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2018年1月 7日 (日)

『詩と真実』…芥川賞ではなかなか候補にならず、いきなり決まったのが直木賞候補。

『詩と真実』

●刊行期間:昭和23年/1948年11月~(69年)

●直木賞との主な関わり

  • 谷崎照久(候補1回 第33回:昭和30年/1955年上半期)

 昭和23年/1948年11月、と言いますから、69年も時間がさかのぼる、気の遠くなるほどの昔のこと。熊本市に住んでいた伊吹六郎さんが、自宅の倉庫を地元の文化人あるいは文化好きの仲間たちに開放したのが、運のつきでした。

 にわかに人が押し寄せ、30人、40人、50人と、集まるは集まるは。まもなく、にぎやかで流血必至の宴の場、と化したのだと思われますが、だれが言い出したか「おれたちで熊本ペンクラブをつくろうぜ」と気炎が上がり、機関誌もつくらなきゃならんな、おーし、それじゃゲーテの自伝から採って『詩と真実』にしよう! と、ある種、熱に浮かされていなければ、なかなか越えることのできない産みの苦しみを難なく跳躍して、(おそらく)意気軒昂に始まったのが、同人誌界のレジェンド雑誌『詩と真実』。いまもなお、800号を超えながら月刊を守り続刊中、という恐ろしいことになっています。

 創刊当初から、荒木精之さんとか、森本忠さん、永松定さんなど、東京でも名の(ほんの少し)知られた人たちが参加し、その動きは、注目されるに値する芽をもっていましたが、何といっても忘れちゃいけないのが、同人たちが積極的に、東京の出版社・雑誌のやっている懸賞に挑戦、そこで好成績を残したことでしょう。

 たとえば森川譲(甲斐弦)さんは、『太陽』の織田賞(って、すみません、これは大阪の出版社の企画でした)、桜菊書院の夏目漱石賞などに原稿を投じ、上位に選ばれましたし、坂口䙥子さんは新潮社文学賞に受賞して『新潮』に登場、発行の中心人物のひとり伊吹六郎さんも、『悲劇喜劇』戯曲募集で入選を果たします。

 文壇に出る手段、といいますか、東京の出版社やそのまわりにいる作家、評論家、編集者たちに注目される手段として、「同人雑誌に書くこと」と「懸賞(文学賞)に応募すること」は、おそらく二大ルートだった、と言っていいと思います。どちらか一方だけを選択したわけではなく、これらがからみ、もつれ合って、無名作家から新人作家の周囲をとりまく大きな文化を築き上げてあげてきました。『詩と真実』もその一角を担う存在だった、ということに他なりません。

 べつにみんな、賞をとるために書いていたわけじゃない、というのは当然のこととしても、「おれたちは誰も、みずからジャーナリズムまみれのクソ文学に身を投じるつもりはない、だから懸賞など見向きもしない」と言い張らないところが、この雑誌のゆるさ、あるいは、柔軟さだと思います。長くつづく雑誌というのは、たいていそういう性格を備えているものかもしれませんけど。

 いわば、同人雑誌にしろ、懸賞への応募にしろ、それぞれの人が、みずからの文学的決意をもって能動的に選ぶ道だ、ということは共通しています。そこに尊さが湧き出る余地もあります。

 対して、直木賞や芥川賞は、事情が違います。書いている人たちの思惑とは関係なく、勝手にやってくるものです。

 だからこそ、こういう文学賞は、はたから見ている野次馬にとって面白い(!)わけですが、『詩と真実』の場合もやはり、この「やっている人たちの思惑」とは無縁の歴史が刻まれてしまいます。

 芥川賞よりも先に、直木賞のほうがこの雑誌の作品を候補にしてしまったのです。

           ○

 第33回(昭和30年/1955年・上半期)谷崎照久さんの「箱」が、直木賞のほうの候補に挙げられました。驚き、といおうか、相当に予想外の出来事でした。

 同誌の編集同人を務めていたひとり、永松定さんは、こう書いています。

「「詩と眞實」なぞという雑誌にも、毎年毎年、その雑誌に掲載された作品中から、芥川賞の候補となる作品の推薦方を依頼して来るので、毎年作品を送っているが、なかなか問題にもならないのが常である。二三年前直木賞候補になった谷崎照久などは、だから異例とすることが出来よう。然るに今年大江健三郎が芥川賞となるに及んで、つまり一流の商売雑誌に可なりの数の作品を発表してどこからみてもすでに立派な一人前の作家として認められているものに、今更らワザワザ芥川賞をやる必要がどこにあるだろうか、これでは到底田舎で同人雑誌などやっていたって、もはや芥川賞はとてもダメだということに観念せざるを得ないのである。」(『群像』昭和33年/1958年12月号 永松定「田舎住いの哀歓」より)

 熊本の地で、いくら懸命にやっていても、なかなか東京では話題にならない。ブツブツ。と愚痴り芸の冴えわたる永松さんのエッセイなんですが、そこに文学賞の話題が出てくるのは当然としても、これを読むと、いかに「まずは芥川賞」の感覚が根強くひそんでいるかがよくわかります。からだの芯に響くほどの、根強さです。

 『詩と真実』側から見て、推薦するのも、注目するのも、すべては「芥川賞」。という風合いは、この雑誌に限ったハナシではありませんが、しかし直木賞の、なんでおまえが出てくるんだよ感が、思いっきり爆発していて、微笑ましいものがあります。

 谷崎さんは、もとは熊本県玉名で福山嘉直さんや霜川遠志さん、恒井四三さんなどと、これも大所帯の『風貌』という同人雑誌をやっていたそうですが、昭和24年/1949年には『詩と真実』に合流。直木賞の候補になった「箱」は、収監された市井の男の、精神的にみしみし追いつめられていく心理を描いた暗ーい現代モノで、まずストーリー性に乏しく、なかなか楽しんで読めるものじゃありません。

 直木賞の候補に挙がったのは、やはり意外だと思うんですけど、しかし谷崎さんは、その後、オール讀物新人賞に何度か応募したりするうちに、歴史モノという自らの鉱脈を深堀りすることになり、そちらの方面でカネを稼げる作家となりました。

 本人も予期しないところで発生する文学賞の意外性、というのは、誰も予想しない未来が切り開かれる、そういう可能性を秘めています。注目の先に、芥川賞があるような同人雑誌に生きる同人たち本人には、不服かもしれませんが、しかしそこが、他人ゴトのワタクシにとっては、このうえなく楽しいことです。

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