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2017年10月 1日 (日)

『現代人』…直木賞をとってから今官一がつくった、楽しい集まりの場。

『現代人』

●刊行期間:昭和35年/1960年11月~昭和51年/1976年11月(16年)

●直木賞との主な関わり

  • 平井信作(候補1回 第57回:昭和42年/1967年上半期)

※直木賞の候補になった同人:

  • 桂英澄(候補1回 第67回:昭和47年/1972年上半期)

 青森県弘前生まれの今官一さんが、直木賞を受賞したのが、第35回(昭和31年/1956年・上半期)のときです。

 現在にまでつづく直木賞文化のひとつに、「受賞者の生まれた・育った・何らかの関係がある」土地の人たちが、ほとんど手放しで祝賀ムードを盛り立てる、というのがありますが、今さんの時代もそうだったようです。貧乏作家(だったはずの)今さんは一躍、地元の名士となりました。

 しかし今さんという人は、直木賞の選評でもさんざん批評されているように、とうてい商業的にカネのとれる作風ではなく、「直木賞のあげまちがい」とさえ言われているような人ですから、受賞後も地道で、光の当たりづらい作家の道を歩きます。自身、『海豹』とか『日本浪曼派』とか、伝説と呼ばれる同人誌で仲間たちと揉んだり揉まれたり、そういった活動のなかで文学の心を育んできた、からなのでしょう、受賞して4年後、自分が主宰となってひとつの同人誌を創刊します。『現代人』です。

 「発行者」としてこの雑誌の運営を中核で支えたのが、山岡明さん。大正9年/1920年高知県東洋町に生まれ、ジャーナリストとして活躍、カストリ雑誌をはじめ数々の専門テーマを抱えていた人らしいですが、小説も書き、『現代人』に発表した諸作を中心に編まれた短編集『小説・稲垣足穂』(昭和45年/1970年10月・東洋出版刊)もあります。

 この雑誌に参加した同人、安田保民さんによれば、『現代人』という有力同人誌の発行者だったこともあって、山岡さんは直木賞・芥川賞の予選がどのように進行しているかも、なんとなく把握していたらしい……というのは、以前うちのブログで紹介した気がしますが、あらためて触れておきます。

「私の作品「立暗(原文ルビ:たちくらみ)」をも載せた「現代人」第六号(昭和三十九年六月発行)の合評会が、新宿の喫茶店で開かれたが、その席上で冒頭、発行人の山岡明さんから、

「安田君の『立暗』が芥川賞候補に名前が出たが、すぐ消えた」

と報告がなされた。(引用者中略)

山内七郎さんという同人も、直木賞候補にあげられたが、この方も私と同じように、世間一般でいう最終候補者ではなかった。

あとで判ったのであるが、日本文学振興会から「直木賞(または芥川賞)候補選考に当たって、○○の作品掲載誌五部、至急送付してほしい」旨の通知がくる。

たぶん、私の「立暗」の場合も、これではなかったかと思われたが、実は山岡明さんは「芥川賞」の予選委員をしておられたのだった。」(平成15年/2003年4月・私家版 安田保民・著『直木賞作家 今官一先生と私』所収「「現代人」のこと」より)

 芥川賞はまあどうでもいいんですけど、直木賞の予選に諮られたという山内七郎さんは、朝日新聞の校閲部で働いていた人だそうで、発表当初、『文學界』の同人雑誌評でも評判をとった「小説『言海』」(『現代人』5号[昭和38年/1963年11月])という作品があります。もしかしたら予選で議論されたのはこれなのかな、とも思いますが、確証がないので、不明です。

 とりあえず、安田さんの『直木賞作家 今官一先生と私』は、タイトルから容易に想像がつくとおり、今さん礼讃の流れが貫かれているので、そこは踏まえて受け取らないといけないんでしょうが、『現代人』を主宰する今さんに、多くの人が、人間としての魅力も感じていたことはたしかなようです。たとえば吉澤みつさんは、青森市出身の友人からの誘いで「棟方志功アンデパンダン展受賞、今官一直木賞受賞」の祝賀会に出席し、今さんと面識を得たという人ですが、「太宰治のかつての妻・初代の叔父、吉澤祐に後妻として嫁いだ」という関係から、桜桃忌で今さんと顔を合わせることもあって、のちに『現代人』にも参加。その同人会で韮澤謙さんと知り合いになり、そういう縁から韮澤さんのやっている審美社から4冊のエッセイ集を出したりしています。

 その一冊『青い猫』に収められた「谷底の火皿 三田小山町」より。

「同人誌は、一年に三冊位出る。新しい同人誌を手にして集まり、各々の作品についての、批評をする。その時の会合が楽しみであった。褒めることにおいてはみな吝かでないが、あまり欠点について言わない。言うにしても、言葉を慎んで、核心を衝くことは避ける。(引用者中略)それらの有象無象をうち眺め、穏やかな表情にホンの少し靄をかけ、紙巻き煙草をパイプで燻らしながら、含羞にも似たやさしい微笑を見せていた今先生であった。」(平成12年/2000年1月・審美社刊 吉澤みつ・著『青い猫――自分史的人名録 続』より)

 文学に魂を奪われた連中が、ムキになって峻烈な批評を交わせ、怖くなってみんな泣いちゃうような同人会だったら、さすがにこういう感想は出てこないでしょう。今さんの人柄あってこその、『現代人』の歩みだったことと思います。

           ○

 さて、『現代人』と直木賞の関わりは、昭和42年/1967年に、ようやくオモテに現われます。

 当時、今さんが住んでいたのが、東京・港区の三田小山町だったので、『現代人』界隈の集まりも基本、東京で行われていたそうですが、そこに、たまにやってきては根こそぎ場を荒らし……いや、場を盛り上げたのが、青森でりんご農家をやっていた平井信作さんです。「生柿吾三郎の税金闘争」が直木賞候補に選ばれたことで、『現代人』と直木賞のつなぎ役になった男です。

「平井さんと飲んだ時の記憶から言えば、平井さんは常に「怪気炎」の人だった。

世の中の出来事、文学上の抱負、すべてマイペースで怪気炎を吐いた。好んでビールを飲み、酔いが怪気炎に拍車をかけた。「現代人」の仲間たちは、東京の方が多いが、たまに平井さんが東京を訪れると仲間たちは「平井台風来たる」と恐れた。

平井さんは大正二年生まれだから、もう七十四歳か七十五歳になったのだろうが、イメージの中にある平井さんは、青年将校とは呼べないまでも活気に満ち、行動力のある典型的津軽人といったところだ。」(平成5年/1993年10月・北の街社刊 工藤英寿・著『青森県をめぐる50冊の本』所収「生柿吾三郎の税金闘争 平井信作」より)

 酒を飲んで怪気炎、酒を飲まなくても怪気炎……と聞くと、落ち着いた会話を交わすのにもなかなか難儀しそうな人物像が浮かんできますね。人柄はさておき、「生柿吾三郎の税金闘争」という一篇はまさしく、怪気炎的な怒りとやるせなさが混ざり込んだ怪作で、直木賞の歴史からみて、もう少し早い時代に候補になっていたら、受賞も全然あり得たと思います。それは、今さんが第57回(昭和42年/1967年上半期)ごろの直木賞の候補になっていたとしたら、評価されたかどうか疑わしく、それより10年ぐらい前だったからこそとれたんじゃないか、というのと、ウラオモテの関係と言ってもいいです。昭和20年代から30年代、文学を、より文学を、と突き詰めていった直木賞が、昭和40年代には、そうは言っても数多くの読者に迎え入れられる作家じゃないと、とその姿勢を変えていった時代。『現代人』のなかでも、そうとうに読者受けしそうな部類に入るのが、平井さんの作品でしたが、ギリ、直木賞にかすって落とされました。

 まあ、掲載された作品が何か賞をとるかとらないか、というのは、同人誌にとっては絶対的な評価軸でもないので、それはそれでいいかもしれません。『現代人』はけっきょくのところ、今官一さんがいてこそ集結していたようなところもあり、やがて休刊、終焉を迎えるのは当然のなりゆきだったでしょう。

 しかし、東奥日報社の記者時代に今さんと知り合い、『現代人』同人にもなった工藤英寿さんは、のちにこう書きました。

「私も同人の一人で、その後何冊か本を出すようになったのは「現代人」に負うところが大きい。「現代人」は現在発行されていないが、私は「現代人」の誇りと恩義を忘れないため、今でも所属に、あえて「現代人」同人をつけている。」(前掲『青森県をめぐる50冊の本』所収「今官一作品」より)

 『青森県をめぐる50冊の本』は、ほとんど「裏テーマは今官一礼讃だ!」と言っていいような一冊です。「今先生に酔う」なんちゅう、今さんへの敬愛なくしては書かれない一篇も入っています。それで、もしも今さんが直木賞をとっていなかったら、こういった同人誌も、仲間の集まりもなかっただろう、と考えると、こういう雑誌を生む遠因になったことが、直木賞にとっていちばん誇るべきところかもわかりません。

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