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2017年9月17日 (日)

『層』…刊行中は直木賞も芥川賞も受賞しなかったけど、あとからじわじわ効いてくる。

『層』

●刊行期間:昭和40年/1965年11月~昭和45年/1970年9月(5年)

●直木賞との主な関わり

  • 井出孫六(候補1回→受賞 第55回~第72回:昭和41年/1966年上半期~昭和49年/1974年下半期)
    ※ただし第72回は単行本

※直木賞を受賞した同人:

  • 色川武大(候補1回→受賞 第77回~第79回:昭和52年/1977年上半期~昭和53年/1978年上半期)

 同人誌と直木賞の関連史を見通したとき、やはり第54回(昭和40年/1965年下半期)を境として、前半と後半に分けられると思います。

 その後半部分、要するに同人誌と直木賞の両者が、徐々に離れていって疎遠になっていく時間のなかで、ひょっこり登場するやいなや一躍(?)有力同人誌の座にのぼりつめ、にもかかわらず、たった10号で潔く幕を下ろしてしまったのが、『層』です。

 『層』というのは刊行中、直木賞にも芥川賞にも候補者を出し、しかし受賞者はひとりも送り出せず、あるいは小田三月さんやら武田文章さんやら室生朝子さんやら、作家の二世たちが何人か参加していたことで知られ……ているのかどうなのか、微妙なところではありますけど、少なくとも中心にいたのが夏堀正元さんであることは、間違いありません。

 昭和27年/1952年ごろ、夏堀さんは親しい付き合いのあった藤原審爾さんから、ひとりの男を紹介されます。これが当時20代前半だった色川武大さん。ウマが合ったか、夏堀・色川の二人の仲はどんどん接近し、いっときは色川さんが夏堀夫妻の家に転がり込んで、ほとんど同居の態で暮らしていたそうですが、色川さんの文学的才能を買った夏堀さんは、知り合いだった中央公論社の笹原金次郎さんに色川さんを引き合わせ、締め切りは守れないかもしれないがきっと傑作を書く男だからと、公募のはずの中央公論新人賞で、下読みの一次選考をすっ飛ばし、編集部での最終選考に入れ込んでくれと、コンプライアンス的に大いに問題のあるルートを依頼。これが、色川さんの作家デビューにつながるんですから、まあ炎上しなくてよかったですね、という感じです。

 しかし二作目以降、目に見えてスランプ状態に陥った色川さんは、夏堀さんに二人だけで同人誌をやろうと言い出します。夏堀さんも、その気になって準備に動きますが、やはり締め切りの守れない色川さんは、いつまで待っても原稿ができず。うかうかしているうちに、夏堀さんの中央公論の担当編集者だった井出孫六さんが、おれも仲間に入れてくれと割り込んできて、じゃあみんなでやるかと夏堀さん、方向転換をはかり、昭和40年/1965年に『層』創刊号ができあがりました。

 柱はどう見ても、色川さんだったはずですが、ここでいきなり注目を浴びてしまったのが、小説なんか初めて書いたんだよ、という井出さんです。創刊号に載った「非英雄伝」が、『文學界』の同人雑誌評でも取り上げられるわ、直木賞の候補に選ばれるわ、とちょっとした井出バブルが起こります(……起きてないか)。

 候補になったけど、このときはさらりと落選しまして、井出さん打ちひしがれたのか。といえば、そんなことはなく、花田清輝さんとの交友記のなかで、

「花田さんは、その後私が同人雑誌に書いた小説を送るたび、読後感をハガキにしたためて寄せてくれた。いつかそのひとつが直木賞候補にあげられ、みごと選にもれたとき、「君の文章は、絶対に賞の対象にはならぬものだ。それを名誉のことと思え」との趣旨をハガキをくださった。私はなんとなく嬉しくなり、以来その趣旨を拳々服膺してきたのだが、今回私は、はからずも直木賞を授かることとなった。」(『群像』昭和50年/1975年4月号 井出孫六「花田清輝流の取材」より)

 と回想。あははは花田清輝といえども、さすがにおれが賞に選ばれることまでは見通せなかったか……なんて勝ち誇ったりはせず、受賞したということは、おれの文章が変わってしまった証しなのか、花田さんにスマない気がする、と良識のあるところを見せています。

 それはそれとして、井出さんは『層』の参加者のなかでも、あまり同人雑誌の経験のなかった人、と言っていいようです。それだけに、同人誌の群衆に置かれると、どこか新鮮な作風であり文章であると見なされ、だからこそ直木賞候補に選ばれる道に通じていたのかも、と思いますけど、その井出さんが、『層』について綴ったエッセイがあります。『小説CLUB』昭和51年/1976年7月号の「同人雑誌という道場」です。

 同人誌に集う人たちの、その真剣な批評のやり合いに、ドギモを抜かれた、と語っています。

「同人雑誌の鬼ともいうべきヴェテラン大森光章さんの参加は、たぶん三号の頃だったろうか。ぼくは三号に「太陽の葬送」という作品を載せてもらったのだが、合評の席上、大森さんから痛烈な批評をたまわったのをおぼえている。大上段からふりおろされた大森さんの剣が、いきなりぼくのメンをとらえたのであった。うまれて二度目に書いた作品であるから、まるでぼくの腰は定まらず、ヴェテランの剣をどう避けるかもわからず、丸腰で名人に立ち向かったようなものであったから、大森さんの一戟でぼくはたちまち脳震とうを起こしてひっくり返ってしまったようなていたらくであった。」(『小説CLUB』昭和51年/1976年7月号 井出孫六「同人雑誌という道場」より)

 『たそがれの挽歌』(平成18年/2006年5月・菁柿堂刊)とかで垣間見せる大森さんの、太刀筋のするどさが、いかにも想像できるような回想で、たしかに、そそくさと逃げ出しくなる雰囲気ですね、これは。

           ○

 主宰者格の夏堀さんも、やはり『層』合評会の厳しさについて、触れています。

「「層」の合評会は厳しく精緻な批評が飛び交って盛会だったが、ここからは前出の井出孫六をはじめ越智道雄(太宰賞次席・明大教授南北比較文学)、黒井千次、諸田和治(仏文学者)、後藤みな子(文芸賞受賞・芥川賞候補)らがひとり色川武大を除いて育っていったので、予定の解散をしたのである。」(『文學界』平成1年/1989年6月号 夏堀正元「流離のひと――色川武大」より)

 いきなり創刊号から直木賞候補作が出たところで、俄然注目を浴びて、参加同人も増えていったものの、同人たちのあまりの厳格な舌鋒におそれをなして、どんどんやめていった。という解釈は、何の根拠もない想像です。

 とりあえず『層』の同人の数は、拡大の路線をたどりながら、その出入りがかなり激しかったのはたしからしく、先に登場した大森さんも3号からの中途組。第7号(昭和43年/1968年)の「穴と空」が芥川賞候補に選ばれた黒井千次さんも、途中の4号からの参加者でした。反面、創刊当時からいた色川さんも井出さんも、次第に合評会からは離れていき、最終的には、色川武大の名前は、同人名簿からもなくなります。

 だけど、さすがに直木賞候補がポロッと一作出たくらいで、ゼエゼエあえぎながら食いつくのは、直木賞オタクぐらいですから、「直木賞候補きっかけで、うんぬん」というのは、現実味の乏しい想像だったかもしれません。じっさい、昭和45年/1970年にほんの10号で終刊となった『層』のことを、当時の新聞記事がどう紹介していたかといえば、こんな具合だったからです。

「黒井千次、岡本達也、越智道雄氏らが活躍していた「層」が創刊5年後、10号で終刊。」(『読売新聞』昭和45年/1970年10月11日「ぺん 同人雑誌編集後記から」より)

 ひとつの同人雑誌を紹介するときに、誰の名前を列挙するか、という問題がもろに発生している決定的状況ですけど、ここに井出さんの名前が出てこないことが、何と言いますか、直木賞ファンの悲しみが、さらに深まる瞬間でしょう。

 しかし『層』がなくなり、みなそれぞれの道へと散会してから、驚きの展開が待っていました。

 直木賞候補ラインナップのなかでも一介の同人誌作家に過ぎなかった井出さんが、賞の対象にならない文章と言われた井出さんが、8年ほどの時を経て、なぜかすんなり直木賞を受賞。そこからさらに時が過ぎ、今度は、色川さんが鮮やかな復活を遂げて、こちらも直木賞に選ばれると、そこから一気に文学的な大活躍の歩みをつづけ、没後にいたっては持ち上げられるだけ持ち上げられ、いかにも大物作家的な扱いを受けることになってしまい、『層』といえばまず、色川武大ヌキでは絶対に語れない、ぐらいの変わりぶりを見せることになります。

 夏堀さんの5年間の試みも、まったく無駄じゃなかったのだな。ということで、胸のすく展開ではありますが、けっきょくここから芥川賞の受賞者は出なかったけど、直木賞は二人の同人を探り出したんだぜ! という大逆転が、やっぱりいちばん胸がすくところです。

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