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2017年5月 7日 (日)

第56回直木賞『蒼ざめた馬を見よ』の受賞作単行本部数

第56回(昭和41年/1966年・下半期)直木賞

受賞作●五木寛之 「蒼ざめた馬を見よ」収録『蒼ざめた馬を見よ』(文藝春秋刊)
3万3,000(受賞後1年で)20万6,000(受賞後6年で)→?

※ちなみに……

第56回(昭和41年/1966年・下半期)芥川賞

受賞作●丸山健二「夏の流れ」収録『夏の流れ』(文藝春秋刊)
初版(受賞後)8,000部→?

 直木賞の第60回は、昭和43年/1968年・下半期です。ようやくこのごろは、一般的な芥川賞偏重主義も薄れてきて、直木賞のほうも注目されるようになってきた、なんて言われはじめた時代です。

 ワタクシから見れば、「どこがだ!」とツッコミたくなるほど、当時の文献で、直木賞に言及されたものはまだまだ少なかったと思うんですが、それまでが、よっぽどヒドかったんでしょう。50年まえの直木賞ファンたちの、せつない境遇が悲しすぎます。

 とりあえず当時、芥川賞作品はだいたい2万部から、ということを夏堀正元さんが明らかにしていましたが、直木賞がそれを上まわっていた、という話は見えません。第71回(昭和49年/1974年・上半期)の藤本義一さんが、自分の受賞作が3万部行った! ということで驚いていたくらいなので、やはり直木賞のほうも、順当に売れて2~3万部見当だったんでしょう。

 直木賞史に燦然と輝くインパクトをもって登場した五木寛之さんが、「蒼ざめた馬を見よ」で受賞したのは第56回(昭和41年/1966年・下半期)。ちょうどそんな時代です。

 受賞からわずか5年で「圧倒的五木寛之ブームを解剖する」(『週刊現代』昭和46年/1971年10月14日号)なんちゅう記事が書かれるくらいに、本が売れた人ですが、同記事によれば昭和46年/1971年での売上部数は、『ゴキブリの歌』15万部、『朱鷺の墓』(空笛の章、風花の章あわせて)18万3,000部、『対論』(野坂昭如・共著)15万部、従来の作品の再版・重版分が約82万部。まあ、ものすごいです。

 それでは、直木賞の受賞作はどのくらいだったのか。……といったことは、以前もうちのブログで取り上げたことがあります。でもワタクシも、すっかり忘れてしまったので、改めて思い出してみます。

 植田康夫さんが調べて、『新評』昭和48年/1973年8月号「白夜のエンターティナー 五木寛之ズームイン」に書き残しておいてくれた数字です。

 昭和42年/1967年4月刊行の『蒼ざめた馬を見よ』は、昭和42年/1967年:3万3,000部、昭和43年/1968年:2万7,000部、昭和44年/1969年:3万4,000部、昭和45年/1970年:4万1,000部、昭和46年/1971年:3万1,000部、昭和47年/1972年:4万部、約6年の合計が20万6,000部。

 この受賞作はその後、昭和47年/1972年10月に『五木寛之作品集1』に収められ(この本もまた相当売れたらしいです)、昭和49年/1974年7月に文春文庫となりますので、さすがに単行本の増刷ペースは落ちたんじゃないかと思いますが、ロングセラー作家を標榜する五木さんの売れ方は、こういうデータからも実証できる、と植田さんはまとめています。

「それにしても、四十二年から四十七年の六年間で約二〇万部という数字は、一年間の平均増刷部数が三三〇〇〇部ということである。これでは、ベストセラーとはいえない。

ちなみに、五木の本で年間ベストセラーに入ったのは、『にっぽん三銃士』と『青春の門』自立篇だけである。だから、五木はむしろ、ベストセラー作家というより、ロングセラー作家と呼んだ方がよい。」(『新評』昭和48年/1973年8月号より)

 ひょっとしたら、受賞作が3万部ぐらい売れた、というのは当時でも珍しくなかったかもしれません。

 しかし、そのくらいの部数で毎年増刷をつづけたうえに、『さらばモスクワ愚連隊』(講談社版、同時期までに20万1,000部)、『青年は荒野をめざす』(文藝春秋版、昭和47年/1972年上半期までで32万1,000部)、『風に吹かれて』(読売新聞社版、同時期までに19万1,000部)など、じわじわ売れて10万、20万を超すような本も、ボロボロ出す。直木賞の受賞で光が当たったのは間違いないのに、直木賞作品だけが特別に売れたわけじゃない(売れなかったわけでもない)、となると、これは直木賞の力というより、五木さんのパワーと見るしかありません。

 受賞直後から、新世代の旗手だ、新しいエンタメ文学の幕開きだ、とテレビから雑誌から、さんざん五木さんを取り上げてにぎわったのに、直木賞の力、そんな程度だったのか。ほんと、だいじょうぶかよ!? と50年前のことを心配しても始まりません。せつなさを感じながら、先に進みたいと思います。

           ○

 第56回(昭和41年/1966年・下半期)、このとき芥川賞を受賞したのが、丸山健二さんです。

 受賞前後のことでは、五木さんもさることながら丸山さんのほうが、「文学賞と作家」の関係性を考えるうえでは面白いんじゃないか。と思ったりするんですが、もちろん直木賞専門ブログなので、そこに深入りするつもりはありません。

 昭和42年/1967年1月、デビュー作でいきなり芥川賞をとり、この賞をとったら何が何でも単行本にする、という慣例に従って(従わされて?)受賞作収録の単行本を出したのが、次の芥川賞が決まろうかという7月。……ということで、丸山さん回想しています。

「私の本はまったく売れなかった。八千部の初版が半分しか売れなかった。売れない理由はいくつかあった。芥川賞受賞作の百枚足らずの小説では単行本にならず、ほかに二本の短篇を書き上げるまでに半年ほど費やしてしまったために、売り出しのタイミングを逸してしまったこと。」(平成12年/2000年10月・新潮社刊 丸山健二・著『生者へ』より)

 その先、「売れなかった理由」として、ほかに3つほど挙げられているんですが、それは『生者へ』を読んでいただくとしまして、まず初版8,000部というのがなかなかの少部数です。

 先週取り上げた江崎誠致さんの「今日芥川賞になりさえすれば、どんな地味なものでも一万部は下らないという」(『別冊文藝春秋』50号[昭和34年/1959年12月]「小説芥川賞」)という記述はデマだったか、と疑わしくなってきますし、その芥川賞ラインさえ見込めないほど「夏の流れ」が地味度を極めていた、ということかもしれません。

 ただ、すぐには再版されなかった『夏の流れ』も、何年かかけて何度も重版した、というのは丸山さんが「芥川賞の一発屋」で終わらなかった証しなんでしょう。こちらも芥川賞の力ではなく、丸山さんのパワーによる売上げ……なのかどうかは、よくわかりませんが、受賞作がどれだけ売れたかで一喜一憂することのむなしさは、よくわかります。

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