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2017年2月 5日 (日)

第89回直木賞『黒パン俘虜記』の受賞作単行本部数

第89回(昭和58年/1983年・上半期)直木賞

受賞作●胡桃沢耕史『黒パン俘虜記』(文藝春秋刊)
13万9,000

※ちなみに……

第88回(昭和57年/1982年・下半期)芥川賞

受賞作●唐十郎『佐川君からの手紙』(河出書房新社刊)
23万(受賞半月で)37万
受賞作●加藤幸子「夢の壁」収録『夢の壁』(新潮社刊)
8万(受賞1か月で)→?

 もちろん直木賞は、昭和50年代も、さまざまに注目されるマトでした。

 また何週かにわたって、売上げ部数を中心にしながら、この年代の直木賞のことを追ってみます。

 とりあえずこの年代、いまと何がいちばん違っていたか。……といって、直木賞も芥川賞も、どちらも「受賞なし」の結論を出すことにさほど抵抗感が見られず、平気な顔して当たり前のように、受賞作のない回を頻発させていた、ということでしょう。

 直木賞と芥川賞は、扱う対象候補や、ベースとなるメディア領域が違いますから、「受賞なし」の連発を、一概に同じ現象として語るのはおかしいんですが、このころは、どちらの賞も「無理してまで、受賞作を出さなくていいじゃん」という認識下にあったのは、間違いありません。

 第88回(昭和57年/1982年・下半期)は、直木賞は「なし」で、芥川賞だけ受賞作が出ました。

 直木賞のほうは、新人からベテランまで候補者7人。顔ぶれから見れば、誰がとってもよさそうなメンツで、いまなら、誰かには賞をあげていそうなものです。けっきょくその後、4人には直木賞を贈ることになり、残り3人には、直木賞をあげることができませんでしたが、その3人(落合恵子さん、岩川隆さん、森瑤子さん)とも、賞とは関係なく作家の仕事をつづけていって、かなりの業績をのこしました。いわゆる「一発屋」的に候補になった人は、ひとりもいません。

 いっぽうの芥川賞は、あんまり興味がないので無視し……したいところですけど、いまは部数のことをメインに書いているので、少し我慢。いちおう触れておきます。

 何といっても唐十郎さんの『佐川君からの手紙』は、売上げ関連で、芥川賞史に名をのこすことになった一作です。唐さんの有名人性もさることながら、辛気くさい文芸モノには食指が動かない人たちにも関心を抱かせてしまう、その作品内容が注目を浴びまして、ハイスピードで版を重ねます。

 芥川賞受賞作の基準は7万部だとか言われていたところ、ほんの一ト月ぐらいで、20万部を突破。これは第85回(昭和56年/1981年・上半期)の吉行理恵『小さな貴婦人』以来、1年半ぶりのことです(……いや、芥川賞の受賞作そのものが、『小さな貴婦人』以来出ていなかったので、この表現はちょっとアレですけど)。そのあとも順調に伸ばし、最終的には37万部まで行った、と言われています(『AERA』平成8年/1996年1月1日・8日合併号「芥川賞がつまらない」より)。

 そのかげに隠れたのが、加藤幸子さん『夢の壁』です。ワタクシにはこっちのほうが面白い小説だと思うんですが、まず「ベストセラー」として取り上げられることはありません。『新文化』昭和58年/1983年2月17日号によれば、贈呈式が開かれた2月14日までの約1か月で、四刷8万部。おそらく、そこら辺で落ち着いたものと思われます。

 じっさい、芥川賞としても『夢の壁』のほうが標準的な売上げで、そりゃあ、おおむね受賞作はそのくらいのもんでしょう。むしろ、『佐川君~』みたいに、インパクトが当たって20万・30万もいってしまう受賞作のほうが稀です。これまで生まれた全164冊ある「芥川賞受賞作」の単行本のうち、30万部を超えたのは、13冊しかないんですから。売れる売れる、といってもその程度です。

 よくよく見れば、「芥川賞の歴史のなかで、受賞作の発行部数が最も好調だったのが、たぶん昭和50年代ではないか」と推測できるその時代にあっても、やはり売れなかった受賞作は、いまと同じくらい売れませんでした。そして芥川賞ってものは、まず「この賞はスゲエ存在だ」と仮定して、そのスゴくなさを、なるべく激しい罵声で攻撃・批判したほうが明らかに面白いんですが、まあそもそも、ワタクシにはそんな熱意はありません。

 30年くらいまえの、昭和50年代後半の芥川賞でも、10万部に遠く届かない受賞作は、ふつうにあったんだな。と当たり前のことだけ言って、さっさと次に行きたいと思います。

           ○

 10万部、といえば、やっぱり直木賞です(やっぱり、なのか?)。

 第88回、なかなか惜しいところで落選した胡桃沢耕史さんは、第89回(昭和58年/1983年・上半期)、念願すぎて浮かれ切っちゃうほど念願だった受賞を果たしました。

 胡桃沢さんの場合、受賞作そのものが売れるかどうかは、大した勝負ドコロではなかったと思います。だけど『黒パン俘虜記』は間違いなく受賞作です。ここで売れ行きを調べないわけにはいきません。

 受賞後、もちろんのように大量の増刷がかかり、だいたい半月~1か月で8万部だったとか。しかし、その先に大きな伸びはなく、

(引用者注:昭和58年/1983年年間の書籍売り上げとして)受賞ものでは「佐川君からの手紙」「写楽殺人事件」以外はパッとしませんでした。」(『出版月報』昭和58年/1983年12月号「出版傾向Q's&A's ―'83出版回顧―」より)

 と、パッとしないグループに分類されています。

 その後、昭和62年/1987年の段階になって伝えられた単行本部数が、13万9,000部(『創』昭和62年/1987年10月号の特集「新潮社VS文藝春秋 出版社の比較研究」より)。これがパッとしないかどうかは、完全に主観の問題なので賛同は避けますけど、前後の直木賞受賞作のなかでは、明らかに「並」の売り上げです。

 これが、当時のほかの文芸書全般と比べて、どのくらいの水準だったのか。というと、

「二、三万部も売れれば話題となる不況下の出版界で、(引用者後略)(昭和58年/1983年10月・彩流社刊、塩澤実信・著『出版最前線』所収「出版往来'82~'83」昭和57年/1982年5月24日分より)

 といった記録もあります。10万部超えが大したもんだったことは、たしかです。

 まあ、何年も「出版不況だ」何だと言われつづけている今のこの時代に、直木賞受賞作が10万部を超える、というのと、さほど価値は変わらないかもしれません。

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