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2016年12月の4件の記事

2016年12月25日 (日)

第119回直木賞『赤目四十八瀧心中未遂』、同回芥川賞「ゲルマニウムの夜」「ブエノスアイレス午前零時」の単行本部数

第119回(平成10年/1998年・上半期)直木賞

受賞作●車谷長吉『赤目四十八瀧心中未遂』(文藝春秋刊)
9万4,000

※ちなみに……

第119回(平成10年/1998年・上半期)芥川賞

受賞作●花村萬月「ゲルマニウムの夜」収録『ゲルマニウムの夜』(文藝春秋刊)
10万部→?
受賞作●藤沢周「ブエノスアイレス午前零時」収録『ブエノスアイレス午前零時』(河出書房新社刊)
24万(受賞1年で)

 こないだ、せっかく新しい回の候補も発表されたことだし、何か第156回(平成28年/2016年・下半期)とからめたブログ記事にしたほうがいいんじゃないか。

 と思ったんですけど、無理やりつなげようとすると、だいたい失敗するので、いつもどおり何げない過去の受賞作の部数のことだけ調べたいと思います。

 それで第156回は、候補の段階では、なかなか「これだ!」という目玉の話題に乏しいラインナップだと思うんですが、そのなかでも強いて注目点をさがすとすれば、宮内悠介さんの芥川賞候補入り、っていうことになるでしょうか(……まあ、そこに注目するのは、こっちが直木賞偏愛者のせいだからかもしれませんけど)。

 最初、芥川賞候補だった人が、転じて直木賞のほうの候補になる例は、過去をみても腐るほどあります(いや、腐るほどはないか)。逆に、はじめは直木賞の候補だったのに、その後に芥川賞候補に、という経緯をたどった人は、長い両賞の歴史でも7人しかいません。

 そのまま芥川賞を受賞した松本清張さんや津村節子さん、けっきょく最後は直木賞に戻されて受賞した和田芳恵さんのほか、どちらも受賞できなかった4人が誰なのかは調べてもらえればすぐ出てくると思います。宮内さんで8人目です。

 8例目なんだから大して珍しくない……っていうことかもしれません。だけど、こういうことでも多少の盛り上がりのネタにしたがるのが、悲しき直木賞・芥川賞脳の思考回路ってやつで、ほんとに自分でも悲しくなるんですが、今日はこの「たった二つの文学賞にすぎない直木賞←→芥川賞の、結果の組み合わせでピーピー盛り上がった」第119回(平成10年/1998年・上半期)の、部数のハナシでいくことにします。

 ……と、けっきょく、無理やりつなげようとしてしまいました。つなぎの甘い部分は、気にせずに、先に進みますけど、まずは第119回の芥川賞です。

 二つ選ばれた受賞作のうち、いちおう話題の一端を担ったのは、「ゲルマニウムの夜」の花村萬月さんでした。

 エンタメ作家が、仕事の一環でたまたま『文學界』に短編を書いたところが、それが芥川賞になるなんて、いったい「純文学の新進作家を発掘する」という創設の理念はどこに行っちまったんだ! と気炎をあげた芥川賞マニアは、当時も少なくなかったと思います。

 文芸のボーダーレス化、ビッグバン、クロスオーバー、その他なんでもいいんですけど、第119回の受賞後に(主に直木賞・芥川賞脳をもった出版関係者界隈で)盛り上がった結果の、いっぽうは花村さんで、もういっぽうは直木賞の車谷長吉さんでした。

 何しろ、マスコミがばんばん取り上げてくれます。『ゲルマニウムの夜』の発売は9月中旬と、ちょっと遅めになりましたが、どこまで売り上げを伸ばしてくれるかと、やはり期待されたそうです。

「出版界では「大衆文学の直木賞に比べ純文学の芥川賞は売れない」というのが定説だ。ボーダレス化は作品のヒット指数も変化させるだろうか。今回の取材ではおしなべて「花村氏の今後に期待」という声が聞かれた。」(『日経エンタテインメント!』平成10年/1998年10月号「TOPICS 芥川賞は直木賞より売れるようになるか?」より)

 車谷さんの『赤目四十八瀧心中未遂』のほうも、純文芸誌への連載をまとめたものにしては、受賞前に一度、重版がかかっていて、まずまずの動きでした。こちらも、受賞効果を受けて、さらに爆発してもおかしくはなかったと思います。

 ところがです。両書とも、その後はあまり芳しい売れ行きの話題が聞かれません。

 『ゲルマニウム~』は、事前の期待感から、どっと10万部程度までは刷られたらしいですが、その後の伸びに欠き、「話題になった割りには……」という感じで収束してしまいます。

 『赤目~』のほうもやはり、話題ばかりが先行といった観は否めず、9万部ぐらいまで行ってピタッと頭打ち。『読売新聞』平成28年/2016年2月1日夕刊の「ロングセラーの周辺」で紹介された折りにも、単行本は9万4,000部だった、ということなので、はっきりいえば、直木賞受賞作のなかでも、そんなに売れなかった部類に属します。

 どちらも、売り上げの面では、かなり盛り下がる結果に終わりました。

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2016年12月18日 (日)

第96回直木賞『カディスの赤い星』『遠いアメリカ』の単行本部数

第96回(昭和61年/1986年・下半期)直木賞

受賞作●逢坂剛『カディスの赤い星』(講談社刊)
初版7,000部→12万(受賞約1年で)
受賞作●常盤新平『遠いアメリカ』(講談社刊)
11万(受賞約1年で)

 のちに直木賞をとることになる単行本は、はじめ初版でどのくらい刷られたものだったのか。

 これをすべて調べて並べるだけでも、すごく面白いリストができるはずです。でも、ほとんど実現は不可能に近いので、ちょっとやる気が起きません。

 穴だらけで何の参考にもなりゃしないですけど、昭和60年代からの、ここ30年ぐらいの数字であれば、初版部数が何となくわかっている作品もあります。

昭和60年/1985年 9月刊 森田誠吾『魚河岸ものがたり』 7,000部
昭和63年/1988年11月刊 藤堂志津子『熟れてゆく夏』 8,000部
平成 4年/1992年 5月刊 伊集院静『受け月』 1万5,000部
平成 7年/1995年 5月刊 赤瀬川隼『白球残映』 7,000部
平成11年/1999年11月刊 なかにし礼『長崎ぶらぶら節』 8,000部
平成19年/2007年 3月刊 松井今朝子『吉原手引草』 8,000部
平成21年/2009年 7月刊 佐々木譲『廃墟に乞う』 2万0,000部
平成22年/2010年11月刊 池井戸潤『下町ロケット』 1万8,000部
平成26年/2014年 9月刊 姫野カオルコ『昭和の犬』 6,000部
平成28年/2016年 3月刊 荻原浩『海の見える理髪店』 1万0,000部

 出版業界全体では、初版部数って徐々に少なくなっている、とよく聞きます。だけど、これだけじゃその傾向は見えません。ほんと何の参考にもなりませんでした、すみません。

 それで今日は、ちょうど30年前の第96回(昭和61年/1986年・下半期)のことですが、急激に勢いをもちはじめた冒険小説界から、はじめて直木賞をとった逢坂剛さんが、当時の出版部数の状況を、こんなふうに回想してくれています。

「版元の講談社がその(引用者注:昭和56年/1981年より)少し前に当時無名の作家、船戸与一の『非合法員』をハードカバーで出し、みごとに失敗して懲りたいきさつから、『裏切りの日日』はお手軽なソフトカバーで、出版されることになった。初版部数も、今のような出版不況とは無縁の時代だったのに、わずか六千部にとどまった。そしてみごとに、初版で絶版という結果に終わる。」(平成24年/2012年2月・理想社刊、逢坂剛・著『小説家・逢坂剛』所収「私がデビューしたころ」より ―初出『ミステリーズ!』2号[平成15年/2003年])

 どうも逢坂さんの口ぶりでは、80年代での初版6,000部は少なかった、と言っているようです。だけど、意欲作とはいえ新人の本だから、当時でもそのぐらいが妥当じゃなかったんじゃないでしょうか。

 じっさい、出版不況とは無縁の時代ではあったでしょうが、そのわりに直木賞の受賞作の売り上げを見ると、いまとあんまり変わりません。

 『裏切りの日日』から5年後の昭和61年/1986年、『百舌の叫ぶ夜』ではじめて増刷を経験し、それから間もなく刊行された『カディスの赤い星』は、〈いまノッている作家〉×〈でもむちゃくちゃ分厚くて定価も高い〉という判断があったんでしょう、『裏切りの日日』よりも多少上積みされた程度で、初版は7,000部だったと言います。

 ちなみに同じ時代の候補作家、と言っていい森田誠吾さんの場合、『曲亭馬琴遺稿』(昭和56年/1981年3月)と『魚河岸ものがたり』(昭和60年/1985年9月)がともに、初版7,000部だったらしいです。いやいや、そんな、はなから売れそうもない地味な本と冒険小説をいっしょにするな! という気もしますが、新人の小説としては、驚くほど少ない部数でもなかったんでしょう。

 『カディス~』は、昭和61年/1986年7月に発売されたあと、なかなか好調な動きを見せたらしく、翌年1月の直木賞選考会までに、四刷までは行ったと推測されます。それで受賞が決まって一気に増刷、1月末~2月上旬にかけて全国の書店に一斉に配本、となったうえに、さらには、推理作家協会賞だの冒険小説協会大賞だのも受賞してしまう追い打ちがかかりました。

 『出版月報』によれば、直木賞から約1か月で11万部程度まで上昇。ところが、その後はパッタリ勢いがなくなったそうです。

 『出版指標 年報1988』(昭和63年/1988年3月)では、「文学賞受賞作の売れ行きは低調」という小見出しのもとで、『カディス~』12万部と紹介されています。

 出版不況と縁があろうがなかろうが、直木賞パワーっつうのは、どうも爆発力が稀薄なようです。

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2016年12月11日 (日)

第97回直木賞『ソウル・ミュージック・ラバーズ・オンリー』『海狼伝』の単行本部数

第97回(昭和62年/1987年・上半期)直木賞

受賞作●山田詠美『ソウル・ミュージック・ラバーズ・オンリー』(角川書店刊)
9万(受賞決定後)20万(受賞半年で)
受賞作●白石一郎『海狼伝』(文藝春秋刊)
11万3,000部→?

※ちなみに……

第94回(昭和60年/1985年・下半期)芥川賞

候補作●山田詠美『ベッドタイムアイズ』(河出書房新社刊)
18万

第97回(昭和62年/1987年・上半期)芥川賞

受賞作●村田喜代子「鍋の中」収録『鍋の中』(文藝春秋刊)
10万

 直木賞の報道史に燦然とかがやく山田詠美さんの、「これは作家というより芸能人だ!」と巷間言われた大騒ぎの受賞会見は、いまであれば、もっと大変なことになっていたかと思います。

 じっさい、当時も大変なことにはなったはずですが、いったいどの程度の売れ行きだったのか。これがなかなか謎のなかです。

 担当編集者の石原正康さんは、いまでもヒットメイカーで名を馳せていますから、担当した△△が何十万部、××が何十万部と、生み出した本の具体的な部数とともに、その経歴が紹介される場面をよく目にします。だけど、山田さんの『ソウル・ミュージック・ラバーズ・オンリー』が何十万部行ったのか、そういうところには顔を出しません。

 昭和62年/1987年の年間ベストセラーランキングでも、上位には上がらず。その後の山田さんの仕事ぶりのあったおかげで、コツコツと増刷されていったんでしょうけど、あれだけ騒ぎになった受賞の割りには、「受賞したから売れた」感じが稀薄です。

 ああ、これが芥川賞だったら、50万とか100万とかも夢ではなかったのに。

 ……と、いつもながらの直木賞ひがみ節を吐いたところで、受賞した年の部数動向のハナシですが、『毎日新聞』紙上の広告を見ると、8月28日に「大増刷出来! 20万部突破!」とありました。しかし9月22日夕刊では「増刷 ベストセラー」と、トーンダウンしていて、部数で煽るやり方をやめています。

 『出版月報』での記述などでも、やはり、受賞直後に一気に勢いがつきそうだったのに、すぐに失速した様子がうかがえます。

 8月号の「出版傾向Q&A」では順調に9万部、9月号では好調に16万部、と伸ばしているんですが、10月号では「夏期の芥川賞・直木賞作品は売れ行きが伸びず、」と伸び悩みが指摘され、『出版指標 年報1988』(昭和63年/1988年3月)ではけっきょく、20万部、と記録されました。

 ほかの直木賞受賞作に比べたら、健闘した部類でしょう。だけど、1年前の山田さんの超話題作『ベッドタイムアイズ』は、『出版指標 年報1987』によれば、18万部まで伸びたと紹介されています。加えて、アノ派手な受賞まわりの騒がしさ。……もっととんでもない売り上げが残っても、おかしくなかったと思います。

 ほんとに直木賞というのは、これほどの好条件が揃っても、そうやすやすとは爆発しないという。期待どおりと言いますか、期待外れと言いますか、直木賞という賞に、もうちょっとのカリスマ的人気があればよかったのになあ。

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2016年12月 4日 (日)

第98回直木賞『それぞれの終楽章』の単行本部数

第98回(昭和62年/1987年・下半期)直木賞

受賞作●阿部牧郎『それぞれの終楽章』(講談社刊)
8万

※ちなみに……

第98回(昭和62年/1987年・下半期)芥川賞

受賞作●池澤夏樹「スティル・ライフ」収録『スティル・ライフ』(中央公論社刊)
初版3万部→9万
受賞作●三浦清宏「長男の出家」収録『長男の出家』(福武書店刊)
初版4万部→9万

 直木賞史のなかの地味回のひとつ、第98回(昭和62年/1987年・下半期)です。

 何ということもない回かもしれません。

 ちょうど、山田詠美さんの受賞会見があった第97回と、人気者・景山民夫さんの受賞した第99回、そのあいだに挟まれているのも、地味さを際立たせている要因なんだと思います。

 いや、阿部牧郎さんってそんなに地味な作家か。といえば、特別そんなことはないと思いますけど、この回候補になった8人の顔ぶれが、最年少は40歳(小杉健治さん)で、他はアラフィフ、アラカンのおじさんがずらりと揃い踏み。となれば、落ち着いた大人の品格といいますか、突飛で目立ったことをしてくれそうな気配は、微塵もありません。そんなに印象に残るような回にならなかったのも、当然な気がします。

 受賞作の『それぞれの終楽章』も、これもまた、きらびやかさとは縁遠い、たぶん50歳、60歳にならないと魅力がわからない類いの作品。なんじゃないかと推測します。残念ながらワタクシには、まだちょっとピンとこないので、推測です。

 さて、部数のハナシですけど、また今回も『出版月報』を参照しました。

 昭和63年/1988年3月号では、10万部突破、という記事も見えましたが、翌月には、

「芥川賞・直木賞はいずれも地味な動きで仲々底辺が拡がらない。」(『出版月報』昭和63年/1988年4月号)

 とあって、部数のほうも8万部ほどだ、とガクッと下方修正報道されています。

 その直後に、直木賞(と芥川賞)のライバルとして創設された山周賞と三島賞の、第1回発表がありました。もしもそっちの受賞作がド派手に売れまくったりしていたら、一年目から「山周賞は直木賞を超えた!」などと煽られていたんじゃないかと思います。しかし、山周賞の『異人たちとの夏』もそれほど動かず(7万部ぐらいで止まったようです)、両者痛み分けに終わりました。

 これが他の直木賞に比べてどのくらいの水準だったのか。同じころの受賞作部数を見てみますと、一年半後の第101回、「売れなかった受賞作」と言われる『遠い国からの殺人者』が、推定部数7万部です。

 こうなってくると、『遠い国から~』だけをことさら「売れなかった」扱いしていいのか、ちょっと考えを改めなきゃいけませんが、阿部さんの場合はもう、長いあいだ直木賞をとらせる/とらせないで不愉快な思いをしてきただろうなあ、という思いが先に立ってしまうので、それが10万部届かなかったとしても、そんなに悲惨な感じはしません。

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