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2016年11月 6日 (日)

第113回直木賞『白球残映』の単行本部数

第113回(平成7年/1995年・上半期)直木賞

受賞作●赤瀬川隼『白球残映』(文藝春秋刊)
初版7,000部→(受賞後)+4万部→7万

※ちなみに……

第111回(平成6年/1994年・上半期)芥川賞

受賞作●室井光広『おどるでく』(講談社刊)
初版(受賞後)4万部→?

第113回(平成7年/1995年・上半期)芥川賞

受賞作●保坂和志『この人の閾』(新潮社刊)
3万

 もう一回ハナシを戻して、今週はまた、平成初期の「直木賞、売れねー」大合唱のころのことです。……あっと、まちがえました、「芥川賞、売れねー」大合唱のころですね。

 平成6年/1994年7月の、第111回(平成6年/1994年・上半期)は、直木賞と芥川賞を合わせて受賞者4人。受賞作も4つあって、さあみなさん、よりどりみどりだ好きなの選んでちょうだい、という感じだったんですが、どれひとつベストセラー上位をうかがうような売れ行きは出ませんでした。

 直木賞は、既刊の海老沢泰久さん『帰郷』と、受賞後に単行本された中村彰彦さん『二つの山河』。2冊とも文藝春秋です。たしかに歴代受賞作のなかでもかなりシブめの、しっとりとした大人向けの小説で、何しろ売れれば「○○万部」というニュースも出てくるはずですが、この2冊はいったいどれだけ売れたものか、よくわからない、というくらいに地味な動きをして終わりました。まず、直木賞平均水準の10万部には届かなかったと思われます。

 いっぽう芥川賞のほうは、室井光広さんの『おどるでく』と、笙野頼子さんの『タイムスリップ・コンビナート』です。前者は、『出版月報』によれば、受賞決定後に初版4万部で緊急発売、その後、2刷目までは行ったようですけど、おそらく5万部前後といったところ。後者は、「売れないから純文芸はダメ、だとか、おいおい馬鹿も休み休み言えよ!」というテーマで本を出してしまう笙野さんの、「難解な芥川賞」の代名詞のような作品で、これもまず、ほかの3冊と同様、ベストセラーまとめ記事には登場しません。

 まあ、売れない、って言ったって、たとえば2000部と2万部じゃ10倍も違いがあり、直木賞や芥川賞の受賞作はすくなくとも、「万部」のほうの世界です。そこまで「売れない、売れない」と言われる筋合いはないんですが、とりあえず賞モノというより文芸書そのものが売れない、とやたら危機感を煽りたい人たちがいたせいで、この両賞は、かっこうの獲物となってしまいます。

 次の第112回(平成6年/1994年・下半期)には偶然、両賞とも授賞作なし、と決まったものですから、小説全般が売れないこととからめて、前期に4人も授賞させたことが皮肉られたりする始末です。

「小説が売れないと言われる今、受賞作が即ベストセラーとなり、時には何十万部も売れるきっかけになる両賞に出版社側の期待が高いのは当然。そのため、賞がやや「バブル気味」になり、それが前回の四人受賞に象徴された。」(『読売新聞』平成7年/1995年1月13日「芥川・直木賞該当作なし “バブル的受賞”に反省も 育たない大物新人」より ―署名:文化部 尾崎真理子、石田汗太)

 この記事の冒頭には、「これは現代文学の停滞を意味するのだろうか。」という文章もあります。いやあ、文芸記者の反応っつうのは、ほんと期待を裏切らないっすねえ、と感心しますけど、1期に1人ずつの授賞、というルールのなかでやっている行事で、4人授賞の次が0人なら、ちょうどいいじゃん、正常ですよね、と思うのが普通の感覚でしょう。それを、盛況の陰でやせ細ってきただの、停滞だの、よくもまあ人を不安に陥れる表現を、上手に使うもんだと思います。

 しかも最後には、しれっと、

「両賞を主催する日本文学振興会の田中健五理事長(文芸春秋社長)は、「こういうこともある。むしろ両賞の権威を高めるとしたら結構なこと」と語ったが、読者のためにも、本当にそうなることを願いたい。」(同)

 と書いてある。思わず、ウソつけ! と笑ってしまいました。どっちに転んだってどうせ、最近のこの賞には問題がある、と指をさしながら楽しむくせに。そもそも、なんで両賞の権威が高まることが、読者のためになるんですか。読者にとってはべつに、直木賞や芥川賞の授賞の有り無しなんて、喜びでも悲しみでもありませんよ。当たり前じゃないですか。

           ○

 オジサンたちの書く、しんみり心に染み入る、爆発力も何もない作品集。というかたちの、直木賞としても売れない部類の受賞作を出したあと、授賞なしを挟んで第113回(平成7年/1995年・上半期)。またソレ系の小説を選び出しちゃうところに、もう直木賞の天然ぶりが炸裂しています。さすがですね、素晴らしいです。

 赤瀬川隼さんの『白球残映』。新聞でも「地味な作風」と思いっきり書かれました。ええ、地味です。地味すぎます。

「初版七千部でスタートしたが、先月の直木賞決定直後に四万部が増刷され、好調に売れている。文芸春秋によると、直木賞に決まると即座に五万部近く増刷されるケースが通常で、その後は話題性などにより売れ行きが左右されるようだ。

(引用者中略)

やや地味な作風だが、弟の尾辻克彦(赤瀬川原平の名でも活躍)さんは芥川賞作家。話題性もあり、どこまで伸びるか注目される。」(『読売新聞』平成7年/1995年8月12日夕刊「「白球残映」赤瀬川隼著 地味な作風にも“直木賞効果”」より)

 ほんとに、どこまで伸びるか注目していた人などいたんでしょうか。と、どうしたって思うんですけど、話題性を打ち消すほどに作風が地味すぎたのか、いや、そもそも「赤瀬川原平の兄」なんて話題性のうちにも入らなかったのか、ぼちぼちと増やして7万部。というところで落ち着いたようです。直木賞水準以下です。

 しかし、これでも目立って「売れない」呼ばわりされなかったのは、かたわらに芥川賞がいたおかげ。……かどうかは、わかりませんが、同じ第113回に芥川賞に選ばれた保坂和志さんの「この人の閾」は、難解さはないけれど、どこと言って華やかさもない受賞作で、3年後に『日経エンタテインメント!』平成10年/1998年10月号で「芥川賞は直木賞より売れるようになるか?」というコラム記事が掲載されたときには、『白球残映』の7万部に対して『この人の閾』3万部、と記録されてました(平成10年/1998年8月20日調べ)。

 芥川賞がもっと、売れ行き好調だと言われていた頃には、直木賞の部数が並んで紹介されることなんてなかったのにねえ。芥川賞の売り上げ不調、という時代に入ってくると直木賞と比較されたりするという、どう見ても愛されキャラなのは芥川賞のほうです。直木賞が多少芥川賞を上まわる売り上げを見せたところで、「大衆文芸」なんだから売れて当たり前だろ、とか言われちゃうし。なかなか可哀そうですよね、芥川賞の兄弟賞、っていう役まわりは。

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