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2016年10月16日 (日)

第109回直木賞『マークスの山』『恋忘れ草』の単行本部数

第109回(平成5年/1993年・上半期)直木賞

受賞作●高村薫『マークスの山』(早川書房刊)
15万(受賞した月)30万~32万(受賞半年で)55万~57万(受賞約2年で)
受賞作●北原亞以子『恋忘れ草』(文藝春秋刊)
4万8,000(受賞した月)→(増刷)→?

※ちなみに……

第109回(平成5年/1993年・上半期)芥川賞

受賞作●吉目木晴彦「寂寥郊野」収録『寂寥郊野』(講談社刊)
5万4,000(受賞した月)→?

 文芸不振だ、話題作が減った、とうるさい野次馬連中から芥川賞がオチョクられているあいだに、直木賞のほうは手堅く、ベストセラーを生み出していきます。

 いや全然、手堅くなかったかもしれません。こっちはこっちで、うるさい野次馬連中がいて、「ミステリーファンをなめ切っとる!」などと不満まみれのクソボールが投げつけられます。あまりにクソすぎて、高村薫さん、涼しい顔で受け流したらしいですけど、慧眼のミステリーファンたちのおかげで順調に売れていた作品が、直木賞をとって加速がつき、平成初の50万部超え……というか、当時、直木賞受賞作の単行本売り上げでは青島幸男『人間万事塞翁が丙午』に次いで第2位の記録を樹立することになりました。『マークスの山』です。

 前週取り上げた、宮部みゆき『火車』VS. 直木賞・出久根達郎『佃島ふたり書房』の、売れ行き争いがつづいていた平成5年/1993年3月~4月に、発売されたばかりの『マークスの山』もベストセラーリストに顔を出します。だいたい全国の書店に行き渡っているうちに7月の直木賞がやってきて、受賞が決定。となると、こういう本が売れ足を伸ばすのは当然といえば当然でしょうが、7月で早くも15万~16万部ぐらいの領域に届いたらしいです。

 宮部さんの『火車』とともに、この売れ行きヤベえぜ、と『週刊ポスト』にも取り上げられます。

「とにかく売れている。

単行本の場合、平均約1万部、5万部を超えると大ヒットといわれるミステリー本にあって、この7月15日に第109回直木賞を受賞した『マークスの山』(早川書房刊・1800円)は、発売4か月で16万部を売り、5月に山本周五郎賞に選ばれた『火車』(双葉社刊・1600円)は、すでに20万部出ているという。」(『週刊ポスト』平成5年/1993年8月6日号「〈アルシンドかラモスか〉直木賞高村薫VS山本周五郎賞宮部みゆき M(ミステリー)リーグのウケ方研究」より)

 勢いは衰えずに、11月までで26万部。すると、年末恒例のミステリーベストテンでも1位の称号が重なる、という大援軍がやってきまして。平成5年/1993年年内には、30万部を超えて32万部に。

 この段階で、直木賞受賞作としてはトップクラスの刷り部数となったんですが、ちょうど映画化決定のニュースが飛び込んできたりもして、年が明けても、まだまだ絶好調。平成7年/1995年春、映画が公開されるころまでには40万部にまで伸びていて、ここで再びのベストセラー入り。一気にプラス10万部以上が刷られたと言われ、55万部とか57万部とか、そのくらいにまで行ってしまいました。平成7年/1995年8月12日の『読売新聞』の記事によると、このころ70刷だったそうです。

「ここ数年の(引用者注:直木賞の)受賞作でもっとも当たったのは平成五年上期の高村薫「マークスの山」(早川書房)。」(『読売新聞』平成7年/1995年8月12日「「白球残映」赤瀬川隼著 地味な作風にも“直木賞効果”」より)

 「ここ数年の」とか言われちゃっているところが、明らかに直木賞の悲しいところでしょう。

 芥川賞の歴代単行本売り上げベスト5、くらいなら新聞記者の人も即答できるでしょうに(……できるのか?)、直木賞のほうのベストは、よく知られていないというこの悲しさ。……って、ワタクシだって知らないんですが、少なくとも平成7年/1995年当時までのあいだで、直木賞受賞作の単行本(文庫は含みません)が50万部を超えた例は、他にどれだけあったんでしょうか。明らかなのは『人間万事塞翁が丙午』一作だけ。あと可能性があるとすれば、『遠い海から来たCOO』くらいだった、と思われます。

 その後の、現在までの直木賞を見たって、50万部超えなんて、なかなか実現できる数字じゃありません。芥川賞にとっても、当然、越えるのが難しいハードルです。それまでミステリーとかに冷たく当たってきたくせに、急にそっちにすり寄って、ミステリーなら売れる、という時流に乗っかったおかげで「売れる受賞作」をつくり出した卑怯な直木賞のせいで、相対的に、芥川賞の売れなさが際立っていく、という展開が進行することになります。

 『マークスの山』は、偉大な金字塔です。

           ○

 直木賞は芥川賞より売れるのだ! だって大衆文芸が純文芸より売れるのは当然じゃないか! ……という珍説があります。『マークスの山』の爆発的(いや2年越し)大ヒットを見れば、そんなハナシを信じたくもなるところです。しかし、やはりちょっと躊躇してしまいます。第109回の受賞作って、『マークスの山』だけだったわけじゃないからです。

 北原亞以子さんの『恋忘れ草』。これも売れたんでしょうか。

 『マークスの山』より遅れて5月に発売された『恋忘れ草』は、その段階では、派手な動きは見られません。7月に受賞して、ようやく7月25日付で2刷目。『出版月報』平成7年/1995年8月号によれば、これで計4万8,000部だった、ということになっています。

 3刷目は9月25日。そのころにはもう、売れ行き良好のリストからは外れています。じわじわと売れるにふさわしい感じの作品ではありますが、その後にもし増刷があったとしても、10万部への到達は厳しかったでしょう。

 「売れない芥川賞」とされる吉目木晴彦さんの『寂寥郊野』でさえ、7月受賞後の増刷(2刷目)で計5万4,000部と言われています。3刷もあったそうです。ひょっとすると『恋忘れ草』は、『寂寥郊野』よりも売れなかったんじゃないか、という可能性すらあります。

 直木賞だから売れる、芥川賞だから売れない、みたいな考え方がいかに無意味か。……という当たり前のことではあるんですが、とりあえず、『恋忘れ草』に対して、うるさい野次馬連中からの「へへ、売れねーでやんの」みたいな罵声や嘲笑は飛ばなかったようです。『マークスの山』の売れ行きが、それを許さなかったのかもしれません。

 これまでの例で、時代小説の受賞作はそんなに売れない、と暗黙の認識があったのかもしれません。いや、直木賞全般の動向に対して興味をもつ人が、そんなにいなかっただけかもしれません。

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