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2016年8月14日 (日)

第91回直木賞『恋文』『てんのじ村』、第93回直木賞『演歌の虫』と第94回直木賞『魚河岸ものがたり』『最終便に間に合えば』の単行本部数

第91回(昭和59年/1984年・上半期)直木賞

受賞作●連城三紀彦『恋文』(新潮社刊)
24万(受賞約半年で)31万3,500
受賞作●難波利三『てんのじ村』(実業之日本社刊)
10万部前後(受賞約半年で)

第93回(昭和60年/1985年・上半期)直木賞

受賞作●山口洋子「演歌の虫」「老梅」収録『演歌の虫』(文藝春秋刊)
初版1万5,000部→12万5,000(受賞後半月で)24万5,000

第94回(昭和60年/1985年・下半期)直木賞

受賞作●森田誠吾『魚河岸ものがたり』(新潮社刊)
初版7,000部→受賞後重版+5万部→12万(受賞約1年で)
受賞作●林真理子「最終便に間に合えば」「京都まで」収録『最終便に間に合えば』(文藝春秋刊)
初版1万5,000部→14万(受賞後1か月で)27万

※ちなみに……

第92回(昭和59年/1984年・下半期)芥川賞

受賞作●木崎さと子「青桐」収録『青桐』(文藝春秋刊)
14万5,000

第94回(昭和60年/1985年・下半期)芥川賞

受賞作●米谷ふみ子「過越しの祭」収録『過越しの祭』(新潮社刊)
12万

 直木賞の受賞作は、だいたい受賞後10万部、というのが売れ行きのひとつの目安になる、と言われているらしいです。たとえば、本屋大賞あたりだと、ノミネートの段階で、10万部近く(いや、それ以上に)売れている小説がずらずらと、だらだらと何作も並んだりしますけど、その意味でも、本屋大賞の売れ行きは、直木賞をかるがると抜いているわけですね。かるがるすぎて、比べるのも失礼なくらいです。

 それで直木賞ですが、「10万部」ラインというのは、べつにここ数年で言われはじめた水準じゃなく、ずいぶん前から固定化している。というのがナゾなところで、本屋大賞があろうがなかろうが、「出版不況」と言われようが言われまいが、10万部を大きく超えれば「売れた」ことになり、10万部を下回れば「伸び悩み」「大して売れなかった」ことになる、というだいたい同じ攻防を、30~40年、つづけています。

 さすが、まわりの状況の変化に動じない、といいますか。結局、社会を変えるほどのパワーがない賞、といいますか。……でも、受賞作を売ることを第一目的としてやっているわけじゃないので、それはそれでいいと思います。

 で、今週もまた、『出版月報』のハナシです。昭和60年/1985年ごろ、つまり約30年前の同誌に、当時、直木賞・芥川賞受賞作ってどれくらい売れると思われていたかが記録されています。

 この時代は、直木賞でいうと、「芸能旋風」が吹き荒れて、直木賞が芥川賞の売り上げを安定して上まわるようになってから、数年がたったころ。芥川賞でいうと、純文芸全体が売り上げで苦戦しはじめたのに加え、受賞作なしが断続して、いよいよ勢いが止まったかと心配・不安視されるようになったころです。

 昭和60年/1985年1月、直木賞は受賞作がなく、芥川賞では一作、木崎さと子さんの「青桐」というシブーいやつが選ばれました。その直後に書かれた記事です。

「最近の(引用者注:直木賞・芥川賞の)受賞作品が売れる相場は、直木賞で10万部、芥川賞で7万部くらいと言われているが、果たして今回はどこまで?」(『出版月報』昭和60年/1985年1月号「クリップclip 木崎さと子」より)

 だいたい直木賞10万部、芥川賞7万部。……ははあ、いまとほとんど変わりませんよね。

 ちなみに結果はどうだったかというと、直木賞受賞作がなかった、という面も大きかったと思いますけど、『青桐』は「相場」の約2倍、14万5,000部まで行きました。芥川賞のことは、大して興味もないので、どうだっていいんですが、まあ、そんなものか。としか言いようがない、じゅうぶんに立派な部数でしょう。

 この前後、直木賞を見てみますと、こちらも「相場」の2倍、20万部超えを果たす作品が続出しています。第91回の連城三紀彦『恋文』、第93回の山口洋子『演歌の虫』、第94回の林真理子『最終便に間に合えば』です。

 なかでも、最もわかりやすいのが、山口さんの例だと思います。大ヒット曲をもつ作詞家、あるいはプロ野球界になじみが深く、スポーツ紙にもたびたび登場していた人です。カンペキなまでに「芸能」分野の人扱いをされ、「なんだよ、あいかわらず直木賞は、芸能=テレビ・スポーツ紙・週刊誌界隈からの盛り上がりで本を売るのかよ」というパターンにハマり、よく売れました。いちおう、年内に公称40万部を超え、当時でも直木賞作品としては近年にないほどの売れ行きだった、と言われています。

 他の2作も、「直木賞」の力だけで売れたわけじゃなさそうです。『恋文』は、表題作が昭和59年/1984年9月にいちはやくテレビドラマ化され、7月の受賞から数か月、好調を維持できた、部数が伸びたのはそのおかげだ。と言われていますし、『最終便に間に合えば』は、これは言うまでもなく、林真理子さんの、みんなから弄ばれる例の愛すべきパーソナリティ。すでに受賞前から有名人だったのが、そのまま売り上げに反映されたかっこうです。

 いずれにせよ、直木賞が売れるには、テレビとか芸能人とか、それ系の助けが不可欠ですよね。という、凡庸なところに落ち着くんですが、それでも世間を驚かすほど一挙に売れたりしません。そこが、「どこかいつも、いま一歩感」に包まれた直木賞っぽくて、カワユいです。

           ○

 続出したといいながら、この3つは、直木賞のなかでも比較的、売れ行きのよかった部類になります。直木賞の一部にすぎません。

 いっぽうには、話題性のない受賞作、っつうのがあります。「ただ直木賞をとっただけの作品」と、俗に言われる連中です(……言われていないか)。

 基本的に、何かプラスアルファがなきゃ売れ行きは伸びない。というのは、どんな市場でもそうだと思いますけど、直木賞も同じことで、そういった平凡な受賞作が、ドカドカと売れる、なんて歴史は、直木賞にはありません。

 昭和59年/1984年~昭和60年/1985年の2年間、「派手じゃないほう」グループに属したのが、『てんのじ村』と『魚河岸ものがたり』の2つです。まったくもって、そこそこの売り上げ。例年どおりの動きでした。現状の『海の見える理髪店』と似た感じ、と言い換えてもいいです。

 いや、当時は、出版界全体のベースが、いまより上の水準に置かれていました。派手さと無縁なおじさん(おじいさん)こと、森田誠吾さんの二作目の小説、『魚河岸ものがたり』が初版7,000部でスタート。しかも発売後、すぐに重版がかかった、というのですから、初版3,000部だ4,000部だと愚痴っていた青山文平さんの生きるいまとは、ちょっと様相はちがうかもしれません。

 森田さんは、当時、製版会社「精美堂」の社長で年収が2,000万円あったそうで、林真理子さんとはちがい、切っ先鋭い野心など、まったく持ち合わせていませんでした。

「今度の本(引用者注:『魚河岸ものがたり』)も、第一作(引用者注:『曲亭馬琴遺稿』)と同様、初版七千部ですけれども、(引用者注:直木賞の受賞が決まって)五万部の増刷が決まっています。私は、会社の給料が年収二千万円近うございますので、税金で三分の一以上もっていかれますし、本が増刷になりましても、副賞の五十万円をいただきましても、とにかく、税金でたくさん持っていかれちゃうわけでして、ですから、あんまり、貯金というのはございませんのです。」(『週刊文春』昭和61年/1986年2月6日号「行くカネ来るカネ 私の体を通り過ぎたおカネ」より)

 2年かかって書いた定価1200円の本が、印税10%として、10万部で1,200万円。本業を覆すほどの売り上げでもなく、森田さんに対して直木賞は、(売れるか売れないかのハナシでいえば)さほどのインパクトのある存在じゃなかったでしょう。

 難波さんの『てんのじ村』も、10万部に届いたか届かなかったか、そのぐらい。と言われていて、完全に並の線。あまりに並すぎて、過去の直木賞を語るときに無視されがちな受賞作になっています。そういう意味で、「じつに直木賞っぽい作品」、と言ったって、あながち間違いじゃないでしょう。ドカドカと売れはしない、でも1か月、2か月はベストセラーリストの上位(1位ではない)に登場し、さらーっと流れていく。うん、それこそが直木賞の正常な姿だと思います。

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