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2016年4月24日 (日)

押切もえは言われた、「文芸誌デビューで真剣に「直木賞」狙い」。(平成26年/2014年12月)

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(←書影は平成28年/2016年2月・新潮社刊 押切もえ・著『永遠とは違う一日』)


 今週は、他の人を取り上げるつもりだったんですけど、予定を変えました。だって嬉しすぎるでしょ。押切もえさんの、山本周五郎賞候補選出。

 こういうの、積極的に大賛成です。たとえば、直木賞にとって芸能人さわぎ(1980年代ごろのやつとか)は、あきらかに大きな華でした。かたや昭和61年/1986年に「新潮社が直木賞のライバルを創設!」とすっぱ抜かれたときがこれまで最高の盛り上がりだったんじゃないか、と疑われる山本周五郎賞。はじまって30年弱もの長いあいだ、ずーっと華やぎに乏しかった山周賞が、そこに進出するとなりゃ、断然賛成しちゃいますよ。いいぞ、もっとやれ。

 いや、むしろ遅すぎた感すらありますよ。山周賞は後発ゆえに、たいていの無茶は「新たなチャレンジ」で済ませられる立場にあるのに、直木賞と似たような路線の「権威」狙ってどうするんですか。これからどんどん、直木賞と競って、芸能人の小説も候補に入れるよう努力していってほしいです。

 おおむね、芸能界で顔を売っている方たちは、その仕事のなかに「客寄せパンダ」みたいな性質が混じっています。ナニソレの発表会に(なぜか)芸能人が呼ばれ、ときに芸能レポーターを巻き込んで大にぎわい、という類いはそのひとつだと思いますけど、なりわいのなかに「多くの人の視線を集める」ことが盛り込まれている。これはこれで、文句をつける筋合いのものじゃありません。当たり前です。

 そういう客寄せパンダ性、小説界・出版界でも見事に効果を発揮することは、すでに歴史が証明しています。これからもめげずに、いっそう続けていけばいいと思います。そのとき、いちばんナチュラルなのは、今回みたいに文学賞とからませる手法です。

 そもそも、候補作を紹介してもらうためにマスコミ向けにリリースを流している、山周賞・直木賞あたりは、これはもう、賞そのものが出版界における立派な「客寄せパンダ」です。「こういう人たちが候補になりましたっ!」「この人たちに賞が贈られますっ!」なんて情報を、わざわざ広く知らせようとしているのは、まわりの人たちの目を引きつけるためにやっています。その意味では、見せものです。

 見せものの文学賞に、さらに大勢の目が向く芸能人の書いた小説を候補に選ぶ。というのは、当然といえば当然。どこにも矛盾もキズもない、きれいで真っ当な姿勢だと思います。

 じゃあ、その小説が買って(あるいは借りて)読むに値するのかとか、いまの日本の小説界のなかでどの程度のレベルにあるのかとか、そんなことを提示するのは、まったく文学賞の任じゃありません。各メディアでの真面目な書評や、時評、口コミ、Amazonレビュー、そういうところでやるのが自然です。だって、考えてもみてくださいよ。山周賞にしろ直木賞にしろ、過去どんな作品を選んだって、それが日本の文学や小説界の趨勢に、さして影響を与えたことなどないでしょ? 何の問題もありません。

 それで押切さんです。「山周賞の候補になって落選した作品は、直木賞を受賞するというジンクスがある」といった摩訶不思議なデマを生み出しただけでも、十分に直木賞に貢献してもらったようなもんですが、山周賞の候補になっただけで、おのずと直木賞も(波及的に)盛り上げてくれている。それはたしかです。直木賞ファンとしては、ほんとにありがたいです。

「モデル・押切もえ(36)の小説「永遠とは違う一日」(新潮社)が、山本周五郎賞にノミネートされた。同賞は「直木賞」などと並び、優れたエンターテインメント作品に与えられる文学賞で、押切にとっては13年の小説家デビューからわずか3年、2作目での快挙。

(引用者中略)

山本賞は、候補作が同年の直木賞にノミネートされるケースも多く、押切が今後の文学賞レースにも絡む可能性も出てきた。」(『スポーツ報知』平成28年/2016年4月22日「押切もえの2作目小説「永遠とは違う一日」が山本周五郎賞にノミネート」より)

 ということで、山周賞といえば次は直木賞だよね、とさくっと紹介してしまう直木賞脳の持ち主が、スポーツ紙に根強くいることも、押切さんのおかげでわかりました。

 いちおう、うちは本体で、しがないデータベースサイトをやっているものですから、データのことだけ言いますと、

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■山周賞候補→直木賞候補になった例

 全137作中19作(13.9%)

 その19作の内訳

 └山周賞受賞10作→直木賞受賞:1作、直木賞落選:9

 └山周賞落選9作→直木賞受賞:3作、直木賞落選:6

 ちなみに、山周賞はどうしたって新潮社の本が候補になりやすい、っていう主催側のお手盛りが入りがちです。新潮社の本が、山周賞でも直木賞でも候補になる確率は、もうちょっと低くなります。

■新潮社の本で、山周賞候補→直木賞候補になった例

 全46作中4作(8.7%)

 その4作の内訳

 └山周賞受賞2作→直木賞受賞:なし、直木賞落選:2

 └山周賞落選2作→直木賞受賞:1作、直木賞落選:1

 ともかく、山周賞の候補になりながら直木賞の候補にならない作品のほうが8割以上、と圧倒的に絶望的に多いです。もはやその段階で集計するのも馬鹿バカしくなるんですが、少なくとも、山周賞の候補になったのなら、その当落は、直木賞の候補になりやすいかどうかとは、ほとんど関係ありません。

 ……って、山周賞の結果が出る前から、こんなこと言っているところが、どうにも直木賞と結びつけないと気が済まない直木賞脳の症状なんですよねー、すみません。

 ただ、今回の作品がどうなるかはともかく、押切さん、これからいろんな出版社から数多く小説を出していけば、当然、直木賞だけじゃなく、いずれか文学賞が黙っていないでしょう。黙っている場合じゃありません。いいぞ、どんどんやれ。

           ○

 太宰治の小説が大好きで、ほかに百田尚樹、江國香織、小川洋子、阿川佐和子、などなどの小説を愛し、平成22年/2010年ごろから、最初はまわりに内緒で小説を書きはじめ、途中、何度も行きづまりながらも、阿川さんから「とにかく書き続けることが大切なのよ」と励まされて、『浅き夢見し』(平成25年/2013年8月・小学館)を上梓、もちろん一発出して終りのタレント小説家になるつもりなど、まるでなく、

「できればこれで終わりにせず、これからも書き続けたい。」(『婦人公論』平成25年/2013年8月22日号「落ちこぼれモデルの経験も全部さらけだして」より)

「今回も恋愛のことは少し書いていますが、次回はもっと深く掘り下げてみたいです。

特に私の年代、30代半ばにさしかかると結婚と恋愛の間で心が揺れ動くので、女子会トークをリアルに再現したものなども書いてみたいです。」(『女性セブン』平成25年/2013年9月19日号「著者をたずねてみました」より)

 と頼もしい発言をしていたころには、すでに新潮社(の『小説新潮』編集者)との縁もできていたらしく、きっかけは、それより前の平成21年/2009年、太宰治の特集本(おそらく『人間失格ではない太宰治 ―爆笑問題太田光の11オシ』)に押切さんが書いたエッセイを、担当編集者が読んで、うんぬん……といったような、押切さんとその小説遍歴、などについては、いまもネットにたくさん出ています。これからも増えるはずです。なので、そちらを読んでください(いつもながらの、手ぬき)。

 と言いつつも、やっぱり直木賞に関する話題は無視できない性分なものですから、ひとつだけ、リンクを張っておきます。まだWEBで記事が読める『日刊ゲンダイ』の1年4か月前の記事です。

 文学賞の候補になる必要などなく、小説誌に作品を発表したところで早くも、直木賞(をとりまく騒がしいゴシップ=直木賞にとって重要な要素)に話題を提供してしまう、さすがの押切さん。直木賞に対する貢献ぶりは、かなりのものです。

「「(引用者中略)押切さんは書き慣れた方。物語の中盤は主人公の内面だけで書き通し、そして、きちんと読ませる。今回は連作企画の1作目。来年はそれらをまとめた短編集を刊行する予定です。山本周五郎賞、吉川英治文学新人賞、直木三十五賞に選ばれたらうれしいです」(版元の編集担当者)

(引用者中略)

元コギャルの直木賞作家はもちろん前代未聞。文壇が一気に活性化しそうだ。」(〈日刊ゲンダイDIGITAL〉平成26年/2014年12月25日「文芸誌デビュー作は絶賛 作家・押切もえは真剣「直木賞」狙い」より)

 ということで、担当編集者(の楠瀬啓之さん)は当初から山周賞を視野に入れていたらしいんですが、そりゃ押切さんの書く文章に惚れ込んでいる身としては、当然の発言でしょう。そして、単行本刊行後、最初のチャンスとなった今回の山周賞で、まずは候補に選ばれるところまでこぎつけたんですから、有言実行といいますか、素晴らしいことだと思います。

 それはそれとして、この記事。つい目が行っちゃうのは、なんといっても本文とタイトルの格差、でしょう。コメントではきちんと山周賞、吉川新人賞、直木賞、と「古びた権威」三銃士が挙がっています。しかし、記事タイトルの引きは「「直木賞」狙い」。

 「直木賞。以下その他」みたいな、こういう扱い方が、びっしり社会に蔓延しているのは、直木賞にとっても不幸だと思うんですよね。べつに最高位でも最高峰でもないのに、昔からある、というただそれだけで、取り上げられ方に異常な差がついてしまうというのは。で、こういう事態をひっくり返してもらうためにも、芸能人の方がたの「客寄せパンダ性」……といって悪ければ、文芸でない方面への影響力は、すごく効果的だと思います。

 押切さんは、小説の創作に対して真面目で、真摯な方だと思うので、そんな役まわりは本意じゃないはずですけど、山周賞の押切もえ、押切もえの山周賞として、もっと注目が山周賞に向くようにしてもらい、山周賞がこつこつ築いてきた得難い特異性が、直木賞を抜くほどに、日本全土に根づいていくことを願っています。

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