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2016年3月13日 (日)

加藤シゲアキは言った、「いつかは直木賞を取れるように頑張りたい」。(平成23年/2011年11月)

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(←書影は平成24年/2012年1月・角川書店刊 加藤シゲアキ・著『ピンクとグレー』)


 昔の直木賞のことを、あれこれ考えるのは楽しいです。でも、ワタクシたちの目の前には(いつでも)、いま進行中の直木賞があります。その混迷したドロ沼のなかでたわむれる。これまた、たまりませんよね。

 ってことで、現在進行形の「芸能人×直木賞」の話題で、もっとも輝きを放っているひとりが、加藤シゲアキさんでしょう。だれにも異論はないと思います。たぶん。

 ジャニーズはアイドルのひとつではない、ジャニーズという独立したジャンルなのだ。……とかいう、手アカのついた表現を誰が最初に使ったのか、よくは知りませんけど、その枠組みからすれば、ジャニーズ史上もっともメディアで「直木賞」と結びつけられてきた人は、おそらく加藤さんです。

 結びつけられてきた、というと受動的な感じですが、いや、直木賞に対する加藤さんの姿勢は、かなり能動的です。テレビを中心に、しばしば直木賞のことを話題にしてくれている。というのはもとより、小説家デビューをする最初の発表のときに、自らいきなり直木賞への思いを語ったところに端を発しています。

 平成23年/2011年11月22日、ジャニーズ事務所のグループ「NEWS」から、山下智久・錦戸亮のふたりが脱退する、と発表されてまだ日の浅いタイミングで、今度は加藤さんの芸名改名と、作家デビューが明らかにされました。

 20歳ごろから、「25歳までに小説を書きたい」とずっと言ってきた加藤さんと、「NEWS」というグループのために、小説の書けるメンバーがいれば大きな売りにもなる、という事務所の判断がおそらく合致。事務所側からの「あなたが書く推理小説など、誰も興味はない。芸能界のことを舞台にした小説にしなさい」というアドバイスもあって(いや、興味をもつ人、けっこういると思うんですけど……)、加藤さん24歳にして、角川書店から書き下ろしで処女作刊行が決まります。

「NEWSの再出発と小説家デビューを機に「たくさんの方に親しまれるように」と自分の名前もカタカナに改名した。

今後は小説家の顔を持つが「あくまでNEWSをメーンで頑張りたい。来年(引用者注:平成24年/2012年)は年明けから動ければ」と抱負。すでに次回作の構想も練っているという。「いつかは直木賞を取れるように頑張りたい」。夢は大きく史上初の“直木賞アイドル”だ。」(『スポーツ報知』平成23年/2011年11月23日「加藤成亮が加藤シゲアキに改名 小説「ピンクとグレー」で作家デビューへ」より)

 平成23年/2011年は、前年にぶっこまれた超弩級の芸能人×作家ネタ、齋藤智裕=水嶋ヒロさんのポプラなんちゃら大賞の受賞、という爆撃弾の余韻(後遺症)が小説界にも、まだ漂っていました。おいおい、また怪しげな、「売れればそれでいいだろ」路線のタレント小説が出るのかよ。いきなり直木賞への夢を語るとか、大風呂敷ひろげちゃうところが芸能人っぽいよねー。などと、世間のひんしゅくを買いまくった……って面もあったとは思います。

 だけど、『ピンクとグレー』が発売されてみると、抑制の効いた地の文、読者を楽しませようと配慮されたストーリー展開、そして何より加藤さん自身が、創作に対して謙虚に真摯に向き合おうとしている好感のもてる青年だ。ということで、けっこう温かく迎え入れられることになりました。

「まあ、及第点。特長のない小説だけど、そこは著者のパーソナリティに負えばいい。ジャニーズタレントによる初の小説というだけで、話題にはなる。

(引用者中略)

意外に作品を書いていけそうな予感も。文章で何らかの世界観を築こうという意欲は、よく伝わってくるのだ。」(『新潮45』平成24年/2012年4月号「ベストセラーウォッチング ピンクとグレー 『KAGEROU』よりはずっといい」より ―ライター:山内宏泰)

 温かいでしょ?

 最近うちのブログによく登場してしまう林真理子さんも、加藤さんの本を読み、加藤さんと対談して、メロッとイッちゃっています。

 (引用者注:『ピンクとグレー』は)たぶんどこかの新人賞に応募しても通ったと思いますよ。

加藤 いやァ、そう言われても困ります。(笑)

(引用者中略)

 加藤さんの作品には透明感がありますよね。透明感って無理にやっても出せるものじゃないんです。(引用者中略)

ぜひこっち側に来てくださいよ。加藤さんが私たちの業界に来たら、最強のイケメン作家になると思うな(笑)。いまだに島田雅彦さんとかが君臨していて、若手のイケメン作家がなかなか出てこないんですよ。」(『週刊朝日』平成24年/2012年3月30日号「マリコのゲストコレクション 加藤シゲアキ」より ―構成:本誌・石塚知子)

 「こっち側」だの「私たちの業界」だの、そんな意識が残っているから、小説界は沈んでいくいっぽうなんだよ、というツッコみはまあ控えてください。「加藤シゲアキもNEWSも知らないけど、アイドルが芸能界を舞台に書いた小説、っていわれたら、そりゃ売れますよね」という大方の予想どおりに売れまして、ともかくひとつの足跡をのこします。

 角川の雑誌はもちろん、当然のように、いろいろなメディアに呼ばれます。取材もたくさん受けたし、作家として書店まわりも経験。そこで、会うひと会うひとに「ぜひ次作、書いてください」「次も楽しみにしています」と、処女作のこと以上に次の作品を期待されたそうなんですが、なにしろ加藤さん自身、「いつかは直木賞を」と言っちゃうような人です。芥川賞とはちがって、直木賞は、何作も書かなきゃ芽がない、っていう基本のキを知っています。はなっから一作で終わらせるつもりなどなく、とにかく書き続ける、という意欲まんまんでした。

 発表舞台がなくたって、書き続ける意志のある人なら、どこででも書き続けられるはずです。しかし加藤さんの場合、最初から小説でチャレンジできるフィールドを、事務所はじめ、まわりの人たちが整えてくれているという、並の新人作家では考えられない恵まれた環境があります。まずは、その状況をどのように活かしていくか。まったく臆せず、ひねくれずに受け止めて考え、発言するところが、加藤さんの、好青年たるゆえんかと思います。

「なんの賞も獲らずに小説を出せているのは、僕がジャニーズだからと自覚しています。だからこそ使命として、僕の作品を通じて「世の中には面白い本がたくさんある」ことを伝えていけたらいいと思っているし、アイドルとしての僕を知らない人にはジャニーズにも面白いやつがいるんだってことを知ってもらいたいです。」(平成26年/2014年2月・KADOKAWA/角川文庫『ピンクとグレー』「あとがき」)

 新人賞でデビューしたわけじゃなく、その後なんの賞もとっていないのに、小説を刊行しつづけている、顔も容姿もさほどよくはない職業作家に対して、喧嘩を売っているような書きっぷりなんですが、それでも喧嘩にならずに、うんうんそうだよね、がんばって、と声をかけたくなるのは、加藤さんから悪意や濁りが感じられないから、なんでしょう。

 いや、あまりに出版界全体が斜陽な業界のため、少しでもカネを生んでくれる若者は、すぐに叩いたりせず大事にしたい。というオジさんオバさんたちの温かな打算があるから、かもしれません。

           ○

 それで加藤さんは、励ましと声援を受けながら、忙しいなかでも原稿執筆の時間を捻出。「渋谷サーガ」なんちゅう、カッコいいのか小っ恥ずかしいのか、よくわからないシリーズ名を携えて、角川書店(KADOKAWA)から3冊、書き下ろしで小説を発表します。

 「着実に腕を上げている(エンターテインメントとしてこなれてきている)」というのは、大森望さんによる評(『小説すばる』平成26年/2014年5月号「新刊レビュー 『Burn.-バーン-』」)ですけど、たしかに小説としての収まり具合が、次第に堂に入りはじめていて、加藤さんの小説、楽しいです。って、読むこっちが、「アイドルの書いた小説」というレッテルに対してだんだん慣れてきて、構えずに読めるようになったせいかもしれません。

 それで4冊目が、昨年発売された短篇集『傘をもたない蟻たちは』(平成27年/2015年6月・KADOKAWA刊)。

 加藤シゲアキ応援団の旗振り役、KADOKAWAの『小説野性時代』『シュシュアリス レタスクラブ増刊号』をはじめ、『週刊SPA!』『ダ・ヴィンチ』と、はなっから芸能人による小説に寛容な雑誌に載った短篇および書き下ろしが収められているんですが、これがね、イイ小説集なんですよ。

 と、直木賞オタクが直木賞専門ブログで褒めたって、何の腹の足しにもならないでしょうが、次はちがうことに挑戦したいと、幅を広げていこうとする気概は、きっと読み手にも伝わるもんだと思います。

 なにせ、常に他人に見られている、という職業を若いときから続けてきた人です。「自分に何が期待されているのか理解すること」に長けているのはもちろんですが、「その期待を少し裏切ってやりたい」という思いが、いっぽうにある。その両者のせめぎ合いが、一作一作、新しい小説を生み出していくときの力になっているように見えます。

 さて、創作意欲はやたらと旺盛なんですけど、加藤さん自身、どんな小説がお好みなのか。といえば、これまで読書にのめり込んだ経験はあまりなかった、と語っています。読書に目覚めたのは、高校生のとき。同級生との共通の話題をもつために、ベストセラーになっているような小説を読み始めた、ってことらしいです。

 具体的には、どんな小説なんでしょう。先に紹介した林真理子さんとの対談では、「そのとき周りの人が読んでいるはやりものとか、直木賞とかで騒がれた作品とか」と答えていました。おお、高校時代から直木賞に親しんできたんだ、奇特な人だなあ。と思ったんですけど、『ダ・ヴィンチ』平成27年/2015年8月号に、その代表的な本(や作家)の名前が出てきます。

「『ダ・ヴィンチ・コード』や『世界の中心で、愛をさけぶ』など誰もが知っているベストセラーや、村上春樹、綿矢りさ、金原ひとみなど話題の作家の作品や、10代ならば誰もが一度は興味を抱くような近代文学を読み、友達と感想を語り合う。」(『ダ・ヴィンチ』平成27年/2015年8月号「加藤シゲアキの解体全書 僕と本」より)

 えっ。直木賞に関係しそうな本、出てこないんだ! やっぱりな、高校生のあいだじゃ話題にならない、かなしき直木賞……。

「作家デビューを遂げてからは、「小説って何?」「どんな種類があるの?」という探究心を抱きながら、意識的に本を読み始めた。最近読んで面白かった本は? (引用者中略)又吉直樹のデビュー小説『火花』。純文学界の雄・木下古栗の『金を払うから素手で殴らせてくれないか?』。高橋源一郎の34年前のデビュー作『さようなら、ギャングたち』。いわゆるエンターテインメント作品とは、ちょっと違う。」(同)

 直木賞に関係しそうな本、ここにも出てこないんですね。面白かった小説のひとつにも挙げてもらえない、残念な直木賞……。

 まあ、仮に加藤さんが、安部龍太郎『等伯』とか朝井まかて『恋歌』とかが面白かったです! などと激推ししていたら、こっちがヒイちゃうので、いいんですけど。でも、1作目が発売されるまえの段階で、加藤さんに「いつかは直木賞を」と口走らせてしまった、異常なる直木賞の存在感が、よけい際立ちますよね。小説好きの10代・20代から、興味のある小説の代表としては、名指ししてもらえない、だけど、ただただその存在だけは(なぜか)絶対的に知られている直木賞。……うーん、直木賞、ほんとにそれでいいんだろうか。

 加藤さんが、史上初の直木賞アイドルになるのか。そんなこと誰にもわからないし、ワタクシも知りませんけど、少なくとも、ほかにいくつもある出版社系の文学賞が手を出すまえに、直木賞には、こういう人を候補に選ぶ先見性を見せてほしいよなあ、とは願っています。世のなかの多くのひとにとって、直木賞以外の賞など、はっきりいってどうでもよく、もしかしたら「直木賞をとるほどの実力のない作家に与えられる賞」とさえ見られているのかもしれませんが、そういってチヤホヤしてくれる世間の勘違いに、いつまでも甘えていちゃいけませんよ直木賞は。

 候補に選んだりしたら、コノヤロ、文春め、又吉の受賞効果に味をしめやがって、などとさんざん言われることは、誰にでも予想できます。でも、そういう荒れた状況になるのを怖れて、まわりの文学賞の顔色をうかがっている場合じゃないです。もっと新しい領域への授賞に挑戦したいと、幅を広げていこうとする気概を、直木賞自身にも持ってほしいですよ。加藤さんのような作家を、みならって。

 って、加藤さんのこと、持ち上げすぎですかね。

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