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2014年11月30日 (日)

「文学賞をあげて本を売る、ベストセラー商法の白眉。」…『創』昭和57年/1982年11月号「ベストセラー商法の道具と化した文学賞」真下俊夫

■今週の文献

『創』昭和57年/1982年11月号

「ベストセラー商法の道具と化した文学賞」

真下俊夫

 まさかいまどき雑誌『創』が時事ネタになるとは思いませんでした。残念ながら(……残念なのか?)もう収束しちゃったんでしょうか。かなり出遅れましたが、今週は『創』掲載の「直木賞批判」記事でいきます。いや別に、原稿料未支払いとは何の関係もないので、あわてて取り上げる必要もないんですけど。

 『創』がどのような経緯をもって創刊され、おカネに事欠く貧乏所帯の出版元として知られるようになったか……みたいなことは篠田博之さんの『生涯編集者 月刊『創』奮戦記』のはじめのほうに書いてありますが、総会屋雑誌だった『創』が、オーナーの休刊宣告によって先を続けられなくなり、篠田さんたち仲間3人がまるっきり別の出版社をつくって仕切り直したのがいまの『創』。その記念すべき再出発第1号が昭和57年/1982年11月号です。特集は「ベストセラーの内幕」、ということで、直木賞・芥川賞もその船出を祝うがごとく(?)批評の対象として駆り出されました。

 真下俊夫さんが「ベストセラー商法の道具と化した文学賞」なる記事を書いています。冒頭、作家のデビューへの道筋を解説していて、おいおいウソでしょ、と思わざるを得ないその解説ぶりに、直木賞がどんな角度から批判されるのか、期待感をふくらませる記事です。

「作家のデビューの仕方には、昔から二つの方法があった。一つは同人雑誌にコツコツと作品を書きつづけ、先輩作家や編集者の目に止まり、商業文芸誌に引きあげられ、デビューしてゆくという方法である。そこには苦節十年、二十年といった文章練磨の研鑽があった。(引用者中略)もう一つは、いわゆる“懸賞作家”という、やや揶揄的な意味を含んだデビューの仕方である。(引用者中略)

 さらに、作家のデビューの仕方にもう一つ新しい方法が生まれた。それは、既に著名なタレントや、企業の中で確固たる地位にいるいわばスペシャリストに小説を書かせるという形である。」(『創』昭和57年/1982年11月号 真下俊夫「ベストセラー商法の道具と化した文学賞」より)

 えーっ、まじかよ。直木三十五とか長谷川伸とか大佛次郎とか獅子文六とか江戸川乱歩とか横溝正史とか川口松太郎とか木々高太郎とか濱本浩とか堤千代とか(もっと他にたくさんいるはずの)原稿持ち込み or 編集者・記者上がり or 知り合いのツテ、みたいなデビューは完全無視かよ。

 こういう、自分の論に都合のわるいハナシはバッサリ落として強引に突き進む文章が、ときに面白さを醸しだす、ってことはよく知られています。その偏りすぎた目で、さあ直木賞が、どのように批判されるのか(……って、記事タイトルからうすうすわかっちゃいますけど)胸がおどるわけです。

「とにかく“賞ほど素敵な商売はない”といわれるほど、賞はいまや本を売るのには必要な“お墨付”というわけだ。中でも芥川、直木両賞はまさに白眉といえよう。」(同)

 と真下さんは言います。「賞ほど素敵な商売はない」などと誰がどの場面で発言していたのか、よく知らないんですが、そんなフシ穴、ほんとに当時の出版業界にいたんでしょうか。

 何が「素敵」なもんですか。文学賞が、マスコミを使って打たれる広告とか、広告費の発生しないパブリシティ活動とか、書店に足を運んで自社棚を整備する営業員たちの工夫とかなどより、ラクチンだし効果も絶大! なあんて事実があるなら、教えてほしいです。

 ちなみに、当記事では真下さんが「文学賞商法」の例を挙げてくれていますが、『なんとなく、クリスタル』『1980アイコ十六歳』『雨が好き』『時代屋の女房』『蒲田行進曲』『思い出トランプ』『人間万事塞翁が丙午』『小さな貴婦人』……と、要するにひと握りの成功例だけですので(ベストセラーを解剖する特集なんで、そりゃそうなんですが)、この時代に特別に文学賞が「売れる」に結びついていた、と見るには無理があります。

 たしかに特例のみに注目するのは、簡単な手法ではあります。とくに直木賞の場合は、そりゃもう、向田邦子さんと青島幸男さんの、あの受賞後の売れ行き。異常すぎました。あれを経てしまったら、成功体験というか、直木賞に対する「とりゃ売れる」感が脳内に沁みついちゃいますよね、だれでも。

 真下さんは青島さんの『人間万事塞翁が丙午』を小説として高く評価しているらしく、これを急激な売れ行きへと導いた直木賞のことを、こういうふうに紹介しています。

「昨年の四月単行本として刊行されたが、今一歩売れ行きが伸びず、直木賞決定時の七月までに再版分合わせて一万七千部だったという。そこで第八十五回直木賞を受賞すると、その翌日からどんどん売れだし、市場在庫がゼロになるほどであった。その後新潮社側の増刷態勢もととのい順調に部数を伸ばし、ことし八月末現在ほぼ百万部に到達としたと見られる。これは直木賞の持つ意味を考えさせられる出来事であった。(引用者中略)要するに、どんなに優れた作品でも、出版社の宣伝や書店の店頭での読者の判断による購買動機だけでは本は売れなくなっているということになる。」(同)

 1万7000部だったものが、直木賞を介すると100万部、ですからね。まあ異例・異常の部類でしょう。これほどの例は、おそらく長い直木賞史のなかでも『人間万事塞翁が丙午』一作だけじゃないか、とも疑えるわけで、そこからは「直木賞の持つ意味」じゃなくて、「全国的な有名人が直木賞をとることの意味」は、たしかにうかがえると思います。

 ちなみに、青島さんの前の回に受賞したズブの新人、無名だった中村正軌『元首の謀叛』は、「十万部以上売れた。」(同)と。平成26年/2014年現在の、直木賞受賞作の売れ行きと、大して変わりません。「この作品では直木賞をとらなきゃ絶対にそんな数字は叩き出せなかったけど、直木賞をとらずにそれ以上売れている小説は他にたくさんある」というレベルの数字です。

 真下さんだって、いい大人です。そんな当然なこと、先刻ご承知です。最後のほうではこう書いています。

「文学賞がベストセラー商法の一環として、実際に有効性を発揮するのは、その受賞者なり、受賞作品なりが、話題性に富んだもののときだけだといってもいいのではないだろうか。そういう時はマスコミがこぞってパブリシティにこれつとめてくれるからであり、その方が読者に訴えかける力にもなっているということであろう。従ってより話題性に富み、より衝撃的な作品のみがベストセラーになってゆくということだろう。」(同)

 まさしく、真下さんの言うとおりだと思います。……わざわざ「文学賞」に限定して語る必要がないくらいです。話題性に富んだものが多く取り上げられる。当たり前のハナシです。そして、文学賞そのものには、購読意欲をそそる話題性など、はじめっから備わってはいません。いつの時代の文学賞も、みなそうです。直木賞だって芥川賞だって、かつては、受賞しただけで(他に話題性がなく)ベストセラーになったものなど一作もありませんでした。

 しかし、です。これが特異なことに、石原慎太郎さんが芥川賞をとって以降、徐々に、徐々に、直木・芥川の二つの賞だけ、受賞したことが、話題性の一つとして効果を発揮するようになっちゃいます。最近は「受賞が売れ行きに反映する」文学賞はこの二つだけ、と盛んに言われるようになりましたが、昭和57年/1982年当時もそうでした。

 文学賞はたくさんあるのに、この二つだけ。直木賞と芥川賞は、おそらく「ベストセラー商法」として他の文学賞といっしょにくくれるような、そういう存在じゃないわけです。変なんです。妙なんです。おかしいんです。

 他に話題性もないのに売れ行きが増しちゃうんですよ。たいして面白くもない小説までもが。10万部前後(しか)売れなかったような、2chで「今回は話題にもならないな」などと発言されるような、サラッとした回……つまり、人が思い出に残る直木賞として挙げないような、よくある通常回にこそ、直木賞の本領が現われているはずなんです。

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