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2014年10月 5日 (日)

「ちまたで人気のある候補者を落とす、世間知らずの選考委員たち」…『サンデー毎日』昭和55年/1980年2月3日号「有名人直木賞候補 三者三振」青野丕雄

■今週の文献

『サンデー毎日』昭和55年/1980年2月3日号

「有名人直木賞候補 三者三振」

青野丕雄

 週刊誌の記事はストーリー(とタイトル)が命です。

 命というか、もうほとんど、それだけで成立するとさえ言いたいです。どれほど取材が足りなくとも、情報が間違っていても、そんなこと別にどうってことはありません。どれだけ楽しく、わくわくドキドキするストーリーに仕立て上げられるか(だけ)が重要です。

 昭和54年/1979年下半期の第82回直木賞。別に、候補作のなかに日本の文学史(!)を塗り替えるような問題作があったわけでもないし、結果は「受賞者なし」なので、直木賞の受賞者一覧だけを眺めて満足しちゃう向きには、とくべつ興味を抱くような要素もないはずです。だけど、どう考えてもこの回は、直木賞史のなかでも超重要(といか超有名)な回なので、うちのブログでもこれまで何度か取り上げてきました。

 阿久悠さん(初候補)、つかこうへいさん(初候補)、中山千夏さん(候補2度目)。この3人が候補になって落選するという、大変絵になる結果が生まれたので、まわりがガーガー騒ぎ立て、直木賞としては珍しく盛り上がった回だからです。

 それで『サンデー毎日』も、たまらずに直木賞騒ぎに参戦。ここでどのようなストーリーを組み立てたのか、と言いますと、「直木賞→大家・権威→偉いんだろうけど世間を知らない」の世界がいっぽうであり、他方で「3候補→人気者→ぼくら大衆の民意」の世界をこしらえます。両方を対峙させ、前者をバカ扱いすることで、大衆たる読者たちの溜飲を下げさせる、という作戦に出たわけです。……まあ、そういったことでは、近年ひじょうに好まれる図式「本屋大賞ラブ・直木賞クソ」の感じとあまり変わりませんね。

 記事では、結果を待つ記者連中が期待を高めていたのに、授賞なしの結果が出てしまい、選考経過の会見に出てきた松本清張が、偉そうに講評を垂れた、っていう前段がまずあります。それを経て、担当ライターの青野丕雄さん、こう怒り(?)をあらわにしてみせました。

「大激論の末の結論ではあろう。が、果たして阿久悠や中山千夏がいかなる人物かをご存じなのだろうか。発表を聞いた限りでは、どうも心もとない感じがする。ま、知らなくても文学とは関係ないから構わないわけですが……

 でも、しかし、作家の商品価値が、ある程度問われるのが直木賞じゃないんだろうか。こんな意見もあるのだ。」(『サンデー毎日』昭和55年/1980年2月3日号「有名人直木賞候補 三者三振」より ―署名:本誌・青野丕雄)

 と、つづけて小田切秀雄さんの口を借りながら、「作家の商品価値」(って、そんなことを持ち出す青野さんこそ、ムチャクチャだと思うんですが)を踏まえた授賞をしたほうがいいのではないか、と暗に匂わせるのです。

 ただ、おかしいのは、記事で紹介されている小田切さんのコメントを読んでも、全然「作家の商品価値がどうたら」とは述べられていません。単に、

「最近は、芥川賞の人より、直木賞ふうの人に、優れた人が多いですねえ。(引用者中略)大衆文学とか中間小説として、というのではなく、文学そのものとして優れている。田中小実昌が、直木賞のあと、谷崎賞をとったことをみてもわかります。」(同)

 と指摘しているだけのこと。そのコメントを、「どうして授賞なしにしちゃったんだ!選考委員たちの目は節穴だ!」と文句を言いたい青野さん自身の思いを補強するために持ってきているという。意味がわかりません。組み立てられたストーリー優先の週刊誌記事では、ハナシの噛み合わない部分が、こうやって出てきちゃうわけですね。

 まあ、偉そうなものを見て、論拠もなく「バカだ!愚かだ!(偉そうにしやがって)」と言い立てたくなる気分は、人間の生理現象なのかもしれません。ワタクシもわかります。たしかに(とくにこの当時の)直木賞選考委員たちは、理想が高すぎて、ないものねだり、がひどすぎました。彼らを見て、現実をわかっていないと言いたくなるのは理解できます。

 清張さん、こんなこと言っているし。

「「議論が分かれるということは(作品に)欠点があると言わざるをえない。賞を渡すことで、その人に将来性をつけるという意味もあるが、やはり直木賞の伝統性、権威ということからみて、完成した作品でないといけない。そういうことに落ち着きました」(松本氏)」(同)

 直木賞の伝統性・権威を鑑みて授賞作を決める、とかもう本末転倒もいいところでしょう。完全に直木賞から腐臭が漂っています。腐臭は腐臭として(ワタクシのような)マニアにはたまらないものですが、「アンチ権威=ぼくは庶民の味方」をストーリーに埋め込みたい青野さんにとっても、もってこいの状況でした。

「なんとなく三人が落ちたのも納得できるような……。だって、伝統やら権威やらとは、縁のない、というよりむしろ彼岸にいるのが、彼らである、といってよいだろう。」(同)

 と言い、3候補の人気ぶりを(青野さんの手柄でもないのに)とくとくと語って、彼らを落とした直木賞選考会をバカにしてみせるのでした。

 つかこうへい=「パロディー精神あふれるその演劇は若者に圧倒的な人気を持つ」。

 中山千夏=「“外界”では、スーパー才女の呼び声高い千夏ちゃん」「女優、司会者、歌手、作詞家、そして革自連代表」。

 阿久悠=「“怪物”」「十一年間に約三千三百曲を書いた作詞家ナンバーワン。」「その作品をひとつも知らないという人がいたら、まず相当な世捨て人といえる」。

 ひとりの授賞者も選ばなかった回ですら、こんなふうに3ページにもわたって記事、書いてもらえるのですからね。直木賞の(権威とかから生まれる)「腐臭」の威力、さすがとか言いようがありません。青野さんも、絶対にその臭みに惹きつけられたのだと思います。おお、同志よ。

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