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2014年9月14日 (日)

「SF作家が直木賞を逸するのは、選考委員の頭が古いせい。」…『SFマガジン』昭和50年/1975年4月号「てれぽーと」投稿文 酒井秀晴

■今週の文献

『SFマガジン』昭和50年/1975年4月号

「てれぽーと」投稿文

酒井秀晴

 以前、小谷野敦さんがブログで、半村良直木賞落選(そして受賞)のころに触れつつ、「SFは「新しい」のか?」というエントリーを挙げていました。今日の文献も、そのころに書かれたものです。

 そのころ、というのは、半村良さんが「不可触領域」で第71回(昭和49年/1974年・上半期)の候補になって、落選したあたりです。SF文壇(やSFファン)の方々の、直木賞に対する反感は、もう肥大化に次ぐ肥大化。そんなに直木賞をアホ呼ばわりするなら、完全無視して、自分たちだけ先鋭を走っているっつう自負に甘えて気持ちよくなっていればいいのに、それでは心がおさまらない乙女ゴコロ。……じゃなくてSFファンゴコロ。とにかく、世間一般に認知されていない、われらグループは常に軽蔑され、低く扱われ、まっとうに評価してもらえていない! という被害者意識、もとい強烈なSF信仰があることに加え、さらにSF界隈というのは、時代小説ファンや中間小説ファンに比べて「文学賞」好きが圧倒的に多い、ときています(ですよね?)。そのため、直木賞なんちゅうクダラぬ文壇行事にまで、ついいろいろと物申す文献が残されました。いまにいたってもまだ、その状況は衰えを知りません。

 SF(とかSF作家の書くもの)のよさが理解できない奴は頭が古い、っていうのは、ほんともう、直木賞周辺ではおなじみの、直木賞批判です。半村さんよりちょい前に、直木賞っつう騒音に見舞われた筒井康隆さんは、第67回(昭和47年/1972年・上半期)『家族八景』で3度目の候補に挙がり、そして落選し、まわりの人たちがギャーギャー騒ぐ、っつう展開を経験しましたが、このとき石川喬司さんが書いた(いま読むとおなじみ感のにじむ)直木賞批判が、これです。

「筒井康隆が『家族八景』(新潮社)で三たび直木賞候補になり、光栄にも受賞を逸した。光栄にも、というのは反語ではない。要するに審査員諸氏の大半は筒井の新らしさを理解できないのだ。過去の文学史にもそういう例はいくつかあった。筒井はそのことを誇りに思い、ひたすらわが道を行くべきである。いまさら賞など必要はないだろう。」(『SFマガジン』昭和47年/1972年10月号 石川喬司「SFでてくたあ」より)

 直木賞が「新しさ」を理解して賞を与えたことなんて、それまでそんなにたくさんあったでしょうか? おそらく石川さんは、生身の直木賞ではなく、「幻想としての直木賞像」を念頭において、お話ししているのかと思います。「過去の文学史」とかを引き合いに出していますしね。直木賞が、いまの(当時の、と言い換えてもいいです)文学史の一端を築いているかのような表現ですが、もちろん、そんなことまったくありませんもん。

 それで半村さんの、問題の落選。「不可触領域」が選ばれなかったときの、『SFマガジン』巻頭言、by長島良三さんです。

「■半村良氏がまたもや直木賞を逸しました。SF作家が直木賞候補になったのはこれで何度目でしょうか。小松左京氏、星新一氏、筒井康隆氏――そのたびにSF陣営は無念の涙を呑んできたわけですが、これは作品よりも直木賞銓衡委員のオジイさま、オジさま方に問題があるのではないでしょうか?

■もちろんこれらのオジイさま、オジさま方は「SFマガジン」を手にとったこともないでしょうし、SFの何たるかもご存知ないでしょう。人間、歳をとるとどうしても保守的になるものですから、SFなどという〈新しい文学〉に理解を示そうとはしたくないものです。いまさら六十の手習でもない気持はわかりますが、時代は、若い読者は新しい文学を要求しているのです。わからないからといってそっぽを向くことは卑怯です。時代小説や人情話ばかりに直木賞をあたえていては笑われますよ。」(『SFマガジン』昭和49年/1974年10月号巻頭言より ―署名:(R・N))

 どれだけ直木賞に、期待をかけているんだ! だいじょうぶかR・N! あんな、騒ぎだけ大きくって中カラッポ、みたいな行事に本気で相手してやることないだろ。と声をかけてあげたいです。

 だいたい、『SFマガジン』みたいな希望に燃えた(?)雑誌とちがって、直木賞は、若い読者の要求に沿おうという思いを、優先するような手合いじゃありません。それと、歳をとりますと、人から笑われるなんて全然気にならなくものだと思いますので、「笑われますよ」と話しかけたところで、それこそ笑われることを恐怖に感じる若い読者にとっては、そういう文章は痛快に感じるかもしれませんが、当の選考委員たちの心には、まず響かないかと。

 「SFは新しい」「それをわからないやつは古い」、というお念仏を支えに生きている人は、当然、『SFマガジン』読者にもたくさんいたらしく、今日の文献は、そのうちのひとりからの投稿文。昭和50年/1975年1月16日、ラジオのNHK最後のニュースで、アナウンサーがかように読み上げた、という紹介から始まります。

「『今日、芥川賞と直木賞の受賞者が決まりました。芥川賞はダレソレが受賞――(僕も今まで何度もいわれたように、SF作家が直木賞を逸すのは、銓衡委員の頭が古いせいでそんな賞は、SF作家には必要ない! と思っていましたので、ここまで聞いて、ア、またくだらないことやってやがんナと思ったのです)――そして、直木賞は、ハンムラリョウサンノ、「アマヤドリ」に決まりました』」(『SFマガジン』昭和50年/1975年4月号「てれぽーと」酒井秀晴の投稿文より)

 SF作家がどうのこうの、というのを除けば、ごく正常な感覚だと思います。直木賞と芥川賞の発表か、あ、またくだらないことやってるな、とそりゃあ思うでしょう。ワタクシですら、思います。

 しかし酒井さんは、こう続けてしまうのです。

「「半村良さん」と聞いてドキッとしました。そして、本当に受賞したのだということがのみこめると、急にいてもたってもいられないほど嬉しくなり、直木賞にもっていた反感はどこかにいってしまい、思わずバンザイと叫んでしまいました。(引用者中略)

 また、他のSF作家がたもまけずに頑張って下さい。何だか僕も、今年高校に合格しそうな気がしてきました。ウレシイナ。まだ感激の震えがおさまりません。(と思ったのですが、本当はストーブが消えて寒くて震えていたのです)」(同)

 えーっ。半村良さんひとりが、非SF小説で受賞したくらいで、ただ「SF作家が直木賞を受賞した」っつうニュース報道のみで、直木賞にもっていた反感がけし飛んでしまう、ですと!?

 そもそもアナウンサーが、同時受賞の井出孫六さんの名を出さないはずがなく、つまり自分の都合のいいように事実を改変して、直木賞受賞を喜んでいるこの姿。ほんとうにこのような若者が背負って立つ日本の未来はだいじょうぶだろうか、と……そんな心配は沸いてはきませんが(約40年も前のおハナシですし)、直木賞に抱いていた反感なんてその程度のものだったのかと、逆に直木賞ファンとしては悲しくなる投稿ではあります。

 違うよ酒井さん。自分のお気に入りの作家が全然選ばれないから「くだらない」んじゃないんだ。半村さんが選ばれようとも、誰が選ばれようとも、直木賞っていうのは、くだらないんだ。そのくだらなさこそが、楽しさの源泉なんだ。新しさが理解できない(はずの)選考委員のメンバーは誰ひとり変わっていないのに、半村さんがとっただけでバンザイまでしてしまう、その酒井さん自身(とか、賞の動向を遠巻きに見ているワタクシたち)の、感情の動きの、くだらないほどの軽さ。それが面白いんですよ、直木賞ってのは。

 これをきっかけに酒井さんが、大人になって歳をとっていって、直木賞のたのしさの虜になってくれていたらいいんだけど。……って、そんなわけないか。

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