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2014年4月27日 (日)

平岩弓枝〔選考委員〕VS 宇江佐真理〔候補者〕…忠告・注意をする先輩と、まったく気にしない能天気な後輩。

直木賞選考委員 平岩弓枝

●在任期間:通算23年
 第97回(昭和62年/1987年上半期)~第142回(平成21年/2009年下半期)

●在任回数:46回
- うち出席回数:46回(出席率:100%)

●対象候補者数(延べ):277名
- うち選評言及候補者数(延べ):244名(言及率:88%)

 いまはもう、読めなくなってしまった平岩弓枝さんの新作直木賞選評。まだ平岩さんがブイブイ言わせていた頃(なんてあったのかな)、直木賞ファンなら誰もが、楽しみにしていたはずです。今度の選評では平岩さんの得意技「80パーセント理論」が、出るのかな、出ないのかな、と。

 あまりに有名になりすぎて、ワタクシは平岩さんの名を聞くとすぐ、「80パーセント理論」をイメージするようになってしまいました。ただ、そうでない方もいるでしょう。今日はひとつ、これだけ覚えて帰ってください。平岩さんはこれを言うためだけに直木賞選考委員になった、とも言われる(ワタクシが言っているだけです)、80パーセント理論。

 これが平岩さんの代名詞になる予兆は、選考委員になって2期目、第98回(昭和62年/1987年下半期)にすでに現われていました。

(引用者注:堀和久の)「大久保長安」、今回の候補作の中では唯一の時代小説でした。大久保長安という、とかく悪役にまわされがちだった人物を取り上げたのはいいと思いますし、大作であり労作だと思うのですが、はっきりいって資料の中から人間が起き上って来ないという印象を受けました。資料は多いほどよいが、いざ書く時には、その中のどれだけを捨てられるかが勝負だと、かつて、大先輩から教えられたことがあります。」(『オール讀物』昭和63年/1988年4月号 平岩弓枝「さわやかな受賞」より)

 資料を捨てる、っつうおハナシです。そこから約5年ほど経ち、平岩さんも次第に選考会になじんできたとき、歴史作家、中村彰彦さんの登場によって、このエピソードがついに花開きました。

「「五左衛門坂の敵討」 江戸時代の敵討というものの定義やその実態を把握した上で、この幕末の事件を書くと作家の史観がはっきりわかってテーマを読者に伝えやすい。資料は百パーセント集めて、噛み砕いたら八十パーセントを捨てると良い作品が誕生すると、これは私が師父から教えられたこと。なかなか難しいが。」(『オール讀物』平成4年/1992年9月号 平岩弓枝「足りないもの」より)

 これが世に言う、直木賞史上に燦然とかがやく「80パーセント理論」がお目見えした場面です。

 ここからは、この理論をどの作家、どの作品に対して、どういうふうに切り出すか。平岩さんの選評芸を、しばしお楽しみください。

 まずは現代物の宮部みゆきさんに対して繰り出して、この理論の幅広さを印象づけます。

(引用者注:宮部みゆきの)「火車」は大変、面白かった。才能のあり余るほどの作者が、才能だけでなく仕事を仕上げるというのは、宮部さんにとって一つの方向が出来たというよりも、また一つのひき出しがふえたことであろう。一つだけ、これは私自身、若い日に恩師から教えられたことだが、資料や調査は百パーセントやり抜くこと、ただ、作品にとりかかる時はその八十パーセントは思いきりよく捨てる、それも自分の内部に完全に消化させて捨てるのが、作品を成功させる秘訣だという真実である。」(『オール讀物』平成5年/1993年3月号 平岩弓枝「心に残った「風の渡る町」」より)

 それから松井今朝子さん。彼女の登場が、久しぶりに平岩さんの「80パーセント理論」熱を掘り起こしました。

「かつて私の恩師である長谷川伸先生は、小説を書く上での心得として、調べるのは百パーセント、書く時はその八十パーセントを捨ててかかるように。また、自分の得意の分野、専門的な知識を十二分に持っている世界を書く時にはその九十パーセントを捨てないと良い作品は出来ないといわれた。実をいうと私も長いこと、その点で苦い思いを重ねているけれども、捨てるというのはまことに難かしい。まして自分の知り得たことの過半数を捨てるのは書くのを止めろといわれたような気がするものである。(引用者中略)

暫く、御自分の専門分野に関してはひき出しにしまい込んで、全く知らない世界を一から調べながら書くことを提案したい。」(『オール讀物』平成15年/2003年3月号 平岩弓枝「いま一つの何か」より)

 一回、岩井三四二さんを挟みます。ここでは数字を出さず、お、平岩さんどうしたんだ!? と読者に気をもたせるあたり、選評ファンのツボを心得ていますね。

「岩井三四二さんの「十楽の夢」。資料を柱にして物語を構成するのは悪くはないが、小説の書きはじめになまの資料を長々と書き続けるのは全体のつくりからいって如何なものか。充分な資料を読み込み、それを一度、ふり落してから作品に取り組むのも一つの方法かと思う。」(『オール讀物』平成17年/2005年3月号 平岩弓枝「「対岸の彼女」を推す」より)

 お次の餌食は、森絵都さん。

「森絵都さんの「風に舞いあがるビニールシート」は、作品を書く上で基礎となる取材や資料による下調べをきちんとしている点に好感がもてる。作家として仕事を重ねて行く上で森さんが身につけたこの習慣はかけがえのない武器にもお守りにもなると思う。願わくば調べて知ったものを半分以上、捨ててから作品に取り組むこと。八十パーセント捨てて書けたら大成功と私は教えられました。なかなか出来ませんが。」(『オール讀物』平成18年/2006年9月号 平岩弓枝「三浦しをんさんを推す」より)

 そして第137回で、三たび松井今朝子さんが『吉原手引草』をひっさげて候補に挙がってくるわけですが、こうなりますと、平岩さん、この理論を言いたくて言いたくて仕方ない欲望の、押さえがきくはずもありません。

「時代小説の書き手にとって厄介なのは、背景にする時代について多くのことを調べねばならないが、調べたことが作品の前面に出ると衒学的に見えたり、読者にわずらわしく感じさせる嫌いがある。といって或る程度は書かねば、その時代が明らかにならないので、その兼ね合いが難かしい。若い時分によくいわれたのは、百パーセント調べて八十パーセント捨てて書けというものだが、これが出来たら達人であろう。」(『オール讀物』平成21年/2007年9月号 平岩弓枝「成功した「吉原手引草」より)

 平成21年/2009年下半期にて、直木賞選考委員からしりぞいた後も、この欲望は常に平岩さんのからだに取り憑いているようです。ついこないだの、直木賞委員回顧鼎談でも、しっかりと披露されていました。いいぞ、平岩さん。それでこそ、80パーセント理論の鬼、とまで呼ばれるにふさわしい。

五木(引用者注:五木寛之) ああいう、名伯楽という人、いるもんですね。

平岩 私の場合は長谷川先生ですね。何しろ私の財産はそれしかないんですけど。とにかく一〇〇パーセント調べろとおっしゃるんですよ、たとえば時代ものを書くときに。それで書く時はね、八〇パーセントを捨てろとおっしゃるんですよ。

五木 あ、使うんじゃなくて捨てるほうが八〇。いや、もったいない。

平岩 捨てるんです。それでさらに、九〇パーセント捨てたらなおいいとおっしゃる。だけど、一〇パーセントだって捨てられませんよ。一生懸命調べたんですもん。しがみつくでしょ、やっぱり。捨てられるようになるまでどのくらいの歳月がかかったか。まだ全部捨てられないですもの。(引用者中略)でも、それがもう頭にこびりついてますね。今でもそうなんですけど、捨てたつもりでいても残しますしね。でも、捨てられなかった作品ってやっぱりどっかいけませんね。といって、やっぱり捨てられない。」(『オール讀物』平成26年/2014年2月号 津本陽、平岩弓枝、五木寛之「直木賞と歩んできた」より ―構成:関根徹)

 いずれ、いずれのときには、平岩さんのお墓には、「100パーセント調べて80パーセント捨てる」という言葉が刻まれる予定、とも聞きました。ぜひ実現させてほしいと思います。

 もう今日は、これで十分。平岩さんの直木賞選考委員人生のほぼすべてを語ったようなものですから(って、オイ)、終わりにしちゃいたいです。でも、これまで他の委員の「激闘」を取り上げてきて、激闘多き女・平岩さんだけ、なし、というのも恰好がつきません。80パーセント捨てろ、どころかそもそも100パーセント調べるその前段階のところでミソをつけた、平成の落選王こと、宇江佐真理さんにご登場願いたいと思います。

 直木賞は、時代小説が候補になる割合が高く、そしてそのほとんどが落選する賞。……とはウィキペディアには書いてありませんが、でもじっさい、そのとおりでして、平成の落選王の座を二分する宇江佐さんと東郷隆さん、ともに時代・歴史小説の書き手。6度候補になり、結果、賞は贈られませんでした。

 江戸人情物の女性作家、というと、宇江佐さんはまさに平岩さんの後継にある、とやはり思います。はじめ平岩さんは、直木賞を受賞した「鏨師」をはじめ、現代小説を多く書いていたんですが、昭和48年/1973年から『小説サンデー毎日』に「御宿かわせみ」シリーズを書き、ここら辺りからグッと時代小説中心の作家と目されるようになっていきました。

「昭和の時代小説は、作家も読者も男性が主流だった。だが、『御宿かわせみ』の人気は、江戸の庶民の人情をテーマにした女性作家の時代小説の地平を切り開き、一九九〇年代には宇江佐真理、諸田玲子、松井今朝子の各氏が登場した。」(『東京暮らし 江戸暮らし』所収「『御宿かわせみ』」より)

 と、後輩たち続々と登場したんですが、平岩さん、宇江佐さんが直木賞候補になった6作品は、てんで認められるものではなかったようです。バツ印、バツ印のオンパレードでした。

          ○

 期待感はあったんだと思います。たぶん。最初の一回目は、「人間の書き方は浅い」と言いながら、とりあえず「佳品」だと褒めましていました。

「宇江佐真理さんの「幻の声」は江戸の市井を描いて巧みな佳品であった。状景はこれで充分だが、人間の書き方はまだまだ浅い。

 何故そうしたのか、何故そうなるのかを書き切らないと読者を納得させ、感動させるには至らない。」(『オール讀物』平成9年/1997年9月号 平岩弓枝「「女たちのジハード」を推す」より)

 しかし、問題はここから先です。夏がくるとウエザの季節、と言われたほど、毎年のように宇江佐さんは直木賞の候補になりましたが、もう平岩さんのお小言が、かならず付いてまわりました。忠告、注意、そして失望……。

「「桜花を見た」。この作者は今、こうした作品を書いている場合ではないと、忠告したい。ただエンターテイメントとして史実やその時代の常識を無視して書くというのであればともかく、一応、時代考証を下敷にして作品を創り上げようとしているこの小説の書き方からすると、間違いが多く指摘されるし、安易にすぎる。どうか江戸をよく学んで、丁寧な仕事をして頂きたいと強く願っている。」(『オール讀物』平成10年/1998年9月号 平岩弓枝「好きだった「定年ゴジラ」」より)

「「紫紺のつばめ」は、こうした連作読切の作品の連載中の何回か分を一冊にまとめたものの弱さが目立った。レギュラーの人物のキャラクターも不充分だし、強烈な個性を持つゲストも登場していないのでは、どう書いても読みごたえのある作品には仕上らない。」(『オール讀物』平成11年/1999年9月号 平岩弓枝「秀頴の二作品」より)

「宇江佐真理さんの「雷桜」は構成にミスがある。

 茶店の老婆の語りで、あれほど複雑な物語が進められるというのからして無理だが、果して途中から老婆の話はどこかへ消えてしまってしめくくりがない。(引用者中略)よけいなこと、無意味なことに紙数を費いやして、肝腎の女主人公がさらわれるいきさつ、山での暮し、成長過程が殆んど読者の納得の行くように書かれていないのはどうしたことか。宇江佐さんにとって、この作品が候補作となったのは、お気の毒としかいいようがない。」(『オール讀物』平成12年/2000年9月号 平岩弓枝「「GO」を推す」より)

 宇江佐さんの作家としての姿勢にまで言及した選評も飛び出します。要は、注文があって、そこそこ時代小説ファンに読まれてオゼゼを稼いで、真理さん、あなたそれで満足なんですかっ! つう叱咤のようでもあります。

「宇江佐真理さんの『斬られ権佐』。もう一度、初心に戻って、作家としての自分に忠実な作品を志して頂けないものか。書ける作家だけに残念でならない。」(『オール讀物』平成14年/2002年9月号 平岩弓枝「弱さを描く」より)

 最後6度目の選評は、まあ、ほとんどあきらめ、のような繰り言になっちまいました。

「宇江佐真理さんの『神田堀八つ下がり』はこの作品が候補になったことが不運としか申し上げようがない。

 これまでにも繰り返して来たことだが、時代小説はまず登場人物が生きた社会の仕組みをよく知るのが、その時代を背景に人間を描く大きな助けになるというのを理解して欲しい。勿論、時代考証なんぞどうでもよくなるほど、すごい人間像が描き出されていれば文句のいいようはない。」(『オール讀物』平成15年/2003年9月号 平岩弓枝「二作品を推す」より)

 その時代に生きた人間を理解してもらうために、時代考証は大事だ、というのが平岩さんの考え方です。それを100パーセント調べ尽くしもせず、間違いの多い時代小説を書いて、真理さん、平岩さんから愛想を尽かされた図、ってところでしょうか。

 まあ、宇江佐さんは筆名に「ウエザー」=「お天気屋」と付けるぐらいの、あっけからんとした人らしく、基本、前向きです。

「デビュー当時は度々、時代考証の不備を指摘された。百戦錬磨の先輩から見たら、どこもかしこも穴だらけだったろう。私は根が図々しいのか、呑気なのか、指摘されてもあまり気にしなかった。間違っていたら直せばいいと気楽に考えていた。」(平成25年/2013年4月・文藝春秋刊 宇江佐真理・著『ウエザ・リポート 見上げた空の色』所収「不易流行」より)

 直木賞についても、6度候補になってとれなかったことを、ほとんど気にしていない、と語りました。筒井康隆『大いなる助走』を紹介しながら、この小説から「直木賞を受賞しなくても、それは大した問題ではない。肝腎なのは書き続けることだ」ということを教わった、というわけです。

「賞はいっときのものだ。文壇パーティーで有名作家の顔をして振る舞うことが何ほどのものか。私はそう思ってきたが、それを言えば負け惜しみと思う人間は多いだろう。まことに勝てば官軍、負ければ賊軍である。

 直木賞受賞者は一生、直木賞作家という肩書きがついて回る。その肩書きは文壇の利権であると言い切る小説家もいた。仕事の回り具合はその利権が作用すると。

 そうかもしれない。あっさりと受賞できれば、それに越したことはないが、受賞できなければ人生おしまいなのだろうか。私はそこに疑問を持つ。その疑問を解決するために私は今日も明日も小説を書く。」(同書所収「小説家として死ねること『大いなる助走』」より)

 人生おしまいか、どうか、とか、また大仰な問題設定、持ち出してきましたね。直木賞がそれほどのものじゃないことぐらい、何かすでに解決しているような気もしますけど。利権はたかが利権ですし。まだまだ宇江佐さん、創作欲旺盛のようですから、目先の作品の出来に振り回されて、けっきょく、カノ次世代時代作家の背中を押してあげられなかった平岩弓枝、何と短絡的で刹那的な選考眼だったことよ、と後世の人たちが笑い話にするぐらい、書いて書いて書きまくってください。

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コメント

ヤッパリ弓枝サンといえば!「80パー理論」ですよネ!!(笑)
「時代作家の選考委員は時代モノにキビシイ」ってのがたまに言われますが
吉川英治さんと司馬さん、隆慶一郎さんと池波さんをめぐるウワサ(ホントかはとにかく)とともに
平岩さんの宇江佐さんへの選評もちょっとそのイメージをつけたのかな~、とも思ったりもしマス。

平岩さんはけっこう「温かい話」がスキだったイメージがありますネェ。
(その意味では黒岩さんとは逆かも)
あと宇江佐さん初登場の117回の「鉄道員」への選評が印象に残ってマス。
「鉄道員がいっぱい出てくる話だと思い込んでた」って話から
ローカル線の駅員サンの想い出話になって
けっきょく内容に一行も触れなかったのが(笑)

投稿: しょう | 2014年4月28日 (月) 23時17分

しょうさん、

後進には、やさしさのなかに厳しさを含ませながら指導する、
新鷹会の血が燃えたぎるような(?)平岩さんの選評が、
ワタクシ、じつはけっこう好きでした
(と、このエントリーを読んでもそうは思えないかもしれませんけど)。

村上元三さんも、直木賞には時代小説を採りたいが、なかなかいい候補がない、
と嘆くような選評を書いたいた、という記憶があり、
みなさん、高いハードルを設定されていたんでしょうね。

平岩さんの指導は、温かいものだったとは思いますけど、
それが宇江佐さんに、伝わるのか伝わらないのか、
6度の候補のあいだは、こっちが見ていてハラハラする展開でした。

投稿: P.L.B. | 2014年5月19日 (月) 02時40分

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