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2013年8月18日 (日)

井上ひさし〔選考委員〕VS 泡坂妻夫〔候補者〕…巷では小説界の危機と叫ばれる状況。おのずと選考にも力が入る。

直木賞選考委員 井上ひさし

●在任期間:27年半
 第88回(昭和57年/1982年下半期)~第142回(平成21年/2009年下半期)

●在任回数:55回
- うち出席回数:53回(出席率:96%)

●対象候補者数(延べ):342名
- うち選評言及候補者数(延べ):307名(言及率:89%)

 いまのタイミングに最適だから……ってわけでもないんですが、今日の激突は、ヘビースモーカーの選考委員 VS ヘビースモーカーの候補者です。いやまあ、前の週が連城三紀彦さんでした。となれば自然と流れに身を任せて泡坂妻夫さん、とくるのが直木賞ファンの常道でしょう。

 連城さんがデビューすることになった『幻影城』への投稿を、促すことになったひとつの要因が、泡坂さんの存在だったのですから、仮に泡坂さんが「六度目の正直」で直木賞を受賞していなくても、いま、このブログで取り上げるにもってこいの人なのです。

「泡坂さんも僕(引用者注:連城三紀彦)も探偵小説専門誌『幻影城』出身で、泡坂さんはその新人賞の一期生、僕の二年先輩になるのだが、すでに亜愛一郎という人気シリーズを始めており、そもそも僕はその何作かを読んで大ファンになり新人賞に応募したのだから、泡坂さんは、デビュー前から『師』と呼んでいい存在だったのだ。

(引用者中略)手品師でもある泡坂さんが、後になって「私が手品で覚えた探偵小説のテクニックを、連城さんは生まれつき持っているね」と言ってくれたことがある。酔った時の言葉だからどこまで本気だったかわからないが、泡坂さんが手品で覚えたのなら、僕は他ならぬその泡坂さんの小説で、テクニックを教えてもらったのだ。」(『オール讀物』平成21年/2009年3月号 連城三紀彦「追悼泡坂妻夫 最後のドンデン返し」より)

 誰がどう見ても、探偵小説の遊戯性なりゲーム性を追求する方向性と、文芸であることに固執する直木賞とが、相性がいいとは思えないわけで、『幻影城』の偉大な足跡に、たかが直木賞オタクがこうして触れることのできるのも、連城さん、そして泡坂さんがいてくれたからこそです。うれしいことです。

 ほんとは、超大型新人現わる!と一気に注目された『乱れからくり』で、泡坂さんを認めていたら、直木賞も少しは見直されたんでしょうけど。まったく直木賞というのは窮屈な世界です。何度も候補には挙げながら、泡坂さんに授賞をすることができず、気づけば10年以上も経ってしまいました。

 さて、その間に鳴り物入り(?)で選考委員に加えられたのが井上ひさしさんです。第88回(昭和57年/1982年・下半期)から任に就きました。直木賞・芥川賞は子供だましの文壇ショーになり下がったと散々叩かれ、小説よりもエッセイ、読み物、マンガのほうが世間一般には受け入れられ、小説なんか辛気臭い活字の羅列は、あとは斜陽の一途をたどるだけだよザマアミロ、と言われた時代です。

 ここに、1000円以上の上製小説本は売れない、みんな活字なんかメンドくさくて追いたがらない、っていう潮流に反して、昭和56年/1981年、二段組み834ページ、定価1900円の『吉里吉里人』をベストセラー化させた出版界の偉人、井上ひさしさんに委員就任をお願いしたわけです。当然、井上さんも気負い立ちます。

「この二、三十年の間にテレビをはじめとする新しい娯楽が、大衆小説の本来持っていた面白さとかストーリー性、迫力といったものを全部持ち出していっちゃったように思えるんです。小説に残っているのはもう言葉しかない。そして僕が信頼している小説というのは、まさにそういうものなんです。(引用者中略)

 一九八三年の言語感覚、毎日使っている言葉から出発して、古くさい物語をよみがえらせたり、奇抜な発想を言葉でつなぎとめたりするような作品が出てきてほしいものです。」(『週刊文春』昭和58年/1983年1月13日号「ぴーぷる 選考委員 井上ひさし」より)

 なるほど、そうですか。頼もしいじゃないですか。

 ちなみに、井上さんが直木賞選考委員になったころの記述を、桐原良光さんの『井上ひさし伝』から引くと、

「一九八二年四月、ひさしは「別冊文藝春秋」に「東京セブンローズ」の連載を始めた。この小説の完成刊行は、なんと十七年後の九九年三月である。戦中戦後の東京の庶民史を存分に語り、日本語のローマ字化を食い止めたという女たちを描いたこの小説の連載開始といい、日本国憲法擁護論の展開や『核戦争は戦争ですらない』(岩波ブックレット)の刊行など、ひさしの政治的な発言がさらに増え始めている。」(桐原良光・著『井上ひさし伝』より)

 っていう時期に当たるそうです。

 「奇抜な発想を言葉でつなぎとめたりするような作品」を期待する発言をぶっ放し、おおさすが井上さん、直木賞の場に風穴を開けてくれるかと思わせました。しかし、じっさいの選考会では意外と「奇想」系のおハナシに厳しい姿勢をとります。

 また何しろ、井上さんには「受賞と決まった作品については悪くは言わない」独特のクセがありました。いったいそれまでの直木賞に、どういう変革魂で立ち向かっていったのか不鮮明なところがあります。あるいは、赤瀬川隼さんのしみじみ・ほのぼの郷愁小説をずーっと推し続けたところから見ても、直木賞守旧派のひとりだったのかもしれません。不鮮明です。

 それでハナシを泡坂さんのことに戻しますと、第84回(昭和55年/1980年下半期)に候補に残った「椛山訪雪図」「狐の面」が不評に終わり、まあいいさ、連城さんお先にどうぞ、と言わんばかりにその後、連城さんの第88回第91回の4期連続候補と、その受賞を見届けるかっこうとなります。ふたたび泡坂さんが直木賞に戻ってきたのが第93回(昭和60年/1985年・上半期)の『ゆきなだれ』において。そこから、井上ひさしさんとのバトルが始まりました。

          ○

 第93回(昭和60年/1985年・上半期)の『ゆきなだれ』。井上さんは、各篇に現われる定型に対して、注文を投げかけています。

「「ゆきなだれ」には八篇の機智にあふれた短篇がおさめられているが、そのほとんどが「ある人物との突然の邂逅と、よみがえる過去。そして過去の謎の究明」という定型をふまえている。それから「美女が突然、一夜だけ主人公に身をまかせる」という定型もしばしばあらわれる。つまりこの型になったら絶対に強いという自信が作者にあるのかもしれない。ただ、この型に持ち込もうとするために、人間が道具扱いされがちになるという瑕も見えた。」(『オール讀物』昭和60年/1985年10月号 井上ひさし「小説づくりの巧みさ」より)

 第95回(昭和61年/1986年・上半期)「忍火山恋唄」。これまででいちばん泡坂さんが受賞に近づいた回です。他の委員と同様に、井上さんもまたこの作には未練を残しています。

「「恋紅」「忍火山恋唄」「百舌の叫ぶ夜」、この三作のうちから受賞作品が出てほしいと願っていた。三作ともそれぞれすぐれたところを備えていて、どれがどれに劣っているとか、なにはなにより勝っているとか言い立てても仕方がないようにおもう。ここから先の優劣は、読み手の趣味で決めるしかないのではないか。(引用者中略)

 いまだに筆者は三作に甲乙をつけられないでいる。「恋紅」の受賞に心から拍手を送りつつ、あとの二作の不運を悲しむという、なんだか複雑な心持でいるのである。」(『オール讀物』昭和61年/1986年10月号 井上ひさし「田之助の扱いの妙」より)

 で、つまり井上さんの「趣味」がどれだったのか、選評では明かされていません。甲乙つけられなかったから棄権したのか、それとも結局、どれかに票を投じたのか。濁しています。読んでいるこちらまで、なんだか複雑な心持ちにさせる、さすがの手練です。

 泡坂さん5度目の「折鶴」では、さすがにもう、受賞するでしょ、っていう空気が漂いました。しかし井上さんは一転、すべての候補作について「提示された謎がどれほどあざやかに解明されたかが、作品評価の最初の手がかりになると思われる」と述べて、「折鶴」はさほど評価しませんでした。

「ある職人の縫箔の技術が、彼のかつて愛した女性の死装束を空しく飾ってしまうという、ひねりのきいた筋立の『折鶴』には、主人公の撒いた四枚の名刺の行方は如何という謎が縫い込まれていた。別にいえば、この謎を原動力に物語が発進する仕立になっていたのであるが、謎は結末を拘束するまでには至らなかった。途中で腰がくだけてしまったという印象を受けたのである。」(『オール讀物』昭和63年/1988年4月号 井上ひさし「謎の解明が生む感動について」より)

 そして、えっ、まだ直木賞は泡坂さんにあげる気でいたの、と思わせた6度目の候補『蔭桔梗』。これでじっさい、泡坂さんは遅ればせも遅ればせの受賞となるんですけど、井上さんの選評を見るその前に、第3回山本周五郎賞のほうも見ておかなきゃいけませんね。山周賞のほうでは、他5作の候補と争い、最初の段階ではトップの点数だったものの、最終決選で佐々木譲さんの『エトロフ発緊急電』に抜かれて二位の座に甘んじた、という経緯が残っています。

 井上さん、『蔭桔梗』への評価は低めです。原田宗典『スメル男』4点、上野瞭『アリスの穴の中で』3点、伊集院静『三年坂』4点、山田正紀『ゐのした時空大サーカス』3点、佐々木譲『エトロフ発緊急電』4点、ときて、『蔭桔梗』は3点。

「泡坂さんのものを僕もよく読む方で、小太刀の使い手といいますか、きちっと出来ていますね。しかも、本当に小さな観察で、ふっと人生総体の謎が解けるみたいなところがある。とても好きな作家なんですが、この短篇集について言えば、各篇とも、ひっかけ方が弱いような気がするんです。スパッと落ちないんですね。

 しかも、泡坂さんにしては、すごい空振りだなというのもあるんです。たとえば「竜田川」。(引用者中略)プロットが少し粗いような気がするのです。「緻密」から「綺想」へ変ってきた。作風は違っても、出来がよければいいんですが、この「竜田川」など、空振りに終わった気がしました。」(『小説新潮』平成2年/1990年7月号)

 ほんとうに井上さん、泡坂さんの小説、好きなのかな、とこれまでの直木賞の展開を見ていて疑いたくもなりますが、どうあっても候補作に差をつけなければ生きていけない選考委員、つらい立場です。山周賞に落ちたことが、泡坂さんには、たぶん直木賞も駄目だろうと思わせる一因になりました。

「●泡坂 (引用者中略)どれがどう評価されるかというのも、全然わかりませんでね……。今度の賞でもそうです。何度も何度も落ちましたが……。

○鈴木(引用者注:鈴木健次) 直木賞は結局、六回候補に上がって、六回目での受賞ですか。

●泡坂 そのたびに何回も何回も大騒ぎになって……。

○鈴木 あまり気持ちのいいものじゃないでしょうね。

●泡坂 でも、もうね、落ち慣れている、と言うと変ですけれどもね(笑)、期待はほとんどしていなかったものですから。その前に山本周五郎賞というのがあるでしょう。その時も『蔭桔梗』が候補になって、落ちているわけですよね。しかも選考委員は四人ダブっている。これはとうていダメだと思っていました。

○鈴木 それがほとんど満場一致で推薦された。これもなかなかのミステリーですね。

●泡坂 さすがの私も、トリックが見破れない(笑)。」(『鈴木健次インタビュー集 作家の透視図』より)

 渡辺淳一さんも直木賞の選評で、これまで山周賞の受賞作は直木賞の候補にならず、『蔭桔梗』は山周賞に落ちて、直木賞では受賞となり、不思議な気がした、とカマトトぶったことを書いていますが、委員が4人かぶっているとはいえ、直木賞の場合、頭数だけは多くて9人も委員がいます。こんなもの、どうとでも転ぶわけです。

 井上さんもあえて猛烈に授賞反対はしなかったんでしょう。ただ、やっぱりそれほど高くは評価していないんだな、と思わせる選評を残しました。

「『蔭桔梗』(泡坂妻夫)は名人芸の所産である。名人芸だけに、たまに凡百の読者を置き去りにして独走するところがある。そこに微かな不安もなくはなく、また、作者の恋愛観にも多少の不満はある。がしかし圧倒的な名人芸がそういった不安や不満を押し流してしまった。」(『オール讀物』平成2年/1990年9月号 井上ひさし「読者の存在」より)

 名人芸とか言うまでもなく、10数年、これでやってきた泡坂さんの仕事ぶりを見て、「不安や不満」を感じることのほうが難しいです。まあ、「読み巧者」と名高いはずの井上さんをして、文学賞の選考となると、泡坂さんの諸作を推奨するまでに至らず、「名人芸」なんちゅうレベルの褒め方になっちゃったわけですね。悲しくもあり、おかしくもあり。

 ともかく井上さんは、小説・物語・言葉の未来、なんて重たい荷物を背に感じて、かなり気負い立つものがあったでしょう。それに比べて泡坂さんといえば、いつなんどきでも飄々と身を処してきました。高校を卒業して大学に進まなかった理由を、「努力するのを好かないから」と言っちゃうような人です。六度の候補、直木賞はそれほど欲しいとは思っていなかった、と口にして、

「それがお父さんの欠点で、一番になろうとしない。私は賞を欲しいと思っていました。だって本が売れるでしょ? ハッパをかけるようなことはしょっちゅう言います」(『週刊朝日』平成11年/1999年12月3日号「夫婦の階段 奇術を愛する直木賞作家を表裏で支えた妻のトリック」より)

 と奥さんに叱られてしまっています。このまま受賞しないままでも、直木賞史に鮮烈な足跡を刻み、直木賞オタクにとっては十分なほどでしたが、その泡坂さんのまえで、直木賞がついに身を屈した。ってことが、ただただ爽快な受賞でした。

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コメント

ついにひさしサンの登場ですネェ~。

選評ファンのボクとしてはひさし先生はまさに!直木賞の大恩人だと思ってマス。
なんせひさし先生の登場から選評が今までに比べて
圧倒的に長くなったし全作に触れる人が激増したんですもん。
(モチロン読者や作家サンからの声とか他の事情もあるでしょうケド)
選評を「作品」にまで高めたひさしサンの功績は大きいと思いマス。

泡坂サンが登場してる頃の直木賞ではイロイロな意味でストレートな物言いの委員の方が多かったので
ひさし先生は「フォロー」の役割を果たしてる面もあったかもしれませんね。今だと宮部サン的な。

泡坂サンが山周賞落ちた回は今見ると
佐々木サンが泡坂サンより点数低いうえにわりかしキビシイこと言われてるのに受賞、っていう不思議な回ですよね。
本文でも触れられてマスが直木賞と山周賞って選考委員サンのタイプがそんなには離れてナイのに
(今でも石田衣良サンとか角田光代サンとかそのうち直木賞の委員にも入りそうですよネェ。角田サンは芥川賞かも?)
作品の評価がちょくちょく真逆になるのがフシギですよネェ。
最近だと「夜は短し 歩けよ乙女」とか「オーダーメイド殺人クラブ」とか。

投稿: しょう | 2013年8月18日 (日) 22時55分

しょうさん、

井上さんが直木賞選評界に果たした功績は、
エントリーが長くなることを恐れて、ばっさり省いてしまいましたが(←省くなよ)、
コメントでその点を強調していただき、ありがとうございます。

井上さんが、選評を単なる作品評で済ませようとせずに、
あれこれ工夫を施すことで、各篇を評しながら
一つに通して読ませようと苦慮していた試み(……強引ぎみの回もありましたが)。
ええ、まったく直木賞史に残る業績だと思います。

投稿: P.L.B. | 2013年8月18日 (日) 23時29分

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