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2013年6月23日 (日)

田辺聖子〔選考委員〕VS 黒川博行〔候補者〕…受賞できなかった作品も、大切に評するお人柄。

直木賞選考委員 田辺聖子

●在任期間:18年
 第97回(昭和62年/1987年上半期)~第132回(平成16年/2004年下半期)

●在任回数:36回
- うち出席回数:35回(出席率:97%)

●対象候補者数(延べ):215名
- うち選評言及候補者数(延べ):196名(言及率:91%)

 田辺聖子さんを目のまえにすると、「けっ、直木賞の選考委員なんて腹黒くてノータリンの連中ばっかじゃん」と言い募ってやまないアンチ直木賞派たちが、しっぽを巻いて逃げ出す、と聞いたことがあります。え。そうですか逃げ出しませんか。どうやらワタクシの聞きまちがいだったようです。

 人柄のよさと懐の深さ。……直木賞そのものは、あまり身に着けていない美点を、田辺さんは惜しげもなく選考会に振りまいてくれました。むろん、こういう方が一人いるからといって、直木賞は世間から褒めてもらえるようにはなりません。そこが直木賞のもつ負のオーラのすさまじいところですよね。はきだめにナントヤラ、っていうんですか。

 たとえば、田辺さんが選考委員を辞したあとに語ったインタビューがあります。まさしく、ナントヤラです。

「自分が推しているものが受賞作にならなくても、選評はとっても大事に思って書きました。どうしてこれを推したのか、どうしてこれが落ちたのか、その作品を書いた人だけでなく、文学志望者も、編集者の方たちも、一所懸命になって読まれると思ったから。たくさんの作者、たくさんの作品の中から候補に上がってくるというのは、それだけでも大変なこと。だから受賞できなかった作品に関しても、飾ってあげたいというか、もてはやしてさし上げたかったのね。」(『オール讀物』平成17年/2005年5月号 田辺聖子「特別インタビュー 「百花繚乱、小説を豊かに咲かせてほしい」―直木賞選考委員を辞して」より)

 ……と言いつつ、このインタビュー記事では、思い出の受賞作はわんさか出てくるのに、落ちた作品の話題には、まったく触れられていません。残念。

 これでは田辺さんの思いは、十全には伝わりません。やはり選考委員・田辺聖子といえば、落ちた候補作を抜きにしては語れないのに。もっと言ってしまえば、「直木賞におけるミステリー・SF」の件を省いて、田辺さんの激闘を振り返ることなど許されるはずがないのです。

 選考委員就任1年目、第98回(昭和62年/1987年下半期)で三浦浩『海外特派員―消されたスクープ』に熱い一票を投じたものの、落選。その2年後、山本周五郎賞の委員として大推薦しながら落ちた原リョウさんが、『私が殺した少女』を携えてふたたび田辺さんの目のまえに現われ、猛プッシュ。今度も喧々諤々、反対意見にぶち当たりますが、ようやく第102回(平成1年/1989年下半期)の授賞にこぎつけます。そのときの田辺さんの選評です。題は「開明的になった直木賞」。

「かねて直木賞はSFやミステリーを射程に入れないという噂があり、私なども残念に思っていたが、社会と文学の変貌に応じて、柔軟に対応すべきである。今回の候補作をみても、直木賞が開明的になったなあという印象を受けた。」(『オール讀物』平成2年/1990年3月号 田辺聖子「開明的になった直木賞」より)

 お、田辺さん、ミステリー・SF援護派なのか!? と色めき立たせる選評でした。いや、田辺さん以前にも、ミステリーやSFが好きだ、と公言する選考委員がいなかったわけではありません。三浦浩さんを推しに推したまま亡くなった柴田錬三郎さんなんか、その筆頭だったでしょう。あるいは村上元三さんは、再三再四、自分はSFが好き、SFはよく読む、と選評のなかで自慢していました。

 しかし、委員たちの読書傾向と、選考会での評点が、かならずしも一致するとは限らないのが、直木賞です。ミステリー・SF以外にも、読書の楽しみを味わわせてくれる強力な候補作が、たいてい同じ土俵のうえに挙がるからです。その状況下、「直木賞がSFやミステリーを射程に入れない噂を聞いて、残念」と思っていた田辺さんは、どんな作品に票を入れていったのでしょうか。そして、どのように「残念な」状態を打破しようとしていったのでしょうか。

 田辺さんが明らかに推したことが判明している、ミステリーやSF、その他冒険、ファンタジー、幻想小説の系統に連なる落選作を挙げてみます。第103回(平成2年/1990年上半期)高橋義夫『北緯50度に消ゆ』にはじまり、中島らも『人体模型の夜』、篠田節子『ゴサインタン』、宮部みゆき『蒲生邸事件』、東野圭吾『白夜行』、福井晴敏『亡国のイージス』、黒川博行『国境』、横山秀夫『半落ち』……。

 このうち、さらに半分でも受賞作に入っていれば、直木賞も開明的になった、と言えたかもしれません。田辺さんの力をもってしても、そうやすやすと直木賞に、ミステリー・SFの時代は訪れません。

 ……と言いますか、田辺さんは公平な人です。時代小説でも恋愛小説でも、これぞ、と思うものは褒め称えました。また、上記に引用した回想にもあったように、落ちた候補作のこともなるべく選評で取り上げよう、としていたと言います。なかで、19篇については、選評でもいっさい触れませんでした。

 たとえば、今井泉『ガラスの墓標』、本岡類『真冬の誘拐者』、北村薫『スキップ』、馳星周『M』、真保裕一『ボーダーライン』、伊坂幸太郎『重力ピエロ』、真保裕一『繋がれた明日』、東野圭吾『手紙』、伊坂幸太郎『チルドレン』、伊坂幸太郎『グラスホッパー』など……。伊坂さんの諸作をはじめ、意外と田辺さん、ミステリー系の候補は触れずに済ませていたフシがあります。

 血の気の多いミステリー厨・SF厨を満足させるために選考に当たったわけではありませんからね。当然のことながら。田辺さんのなかには、いかなミステリーやSFとは言え、推す・推さないの基準がきっちりあったわけです。

 さて、そこでご登場願うのは、黒川博行さんです。直木賞では第116回(平成8年/1996年下半期)『カウント・プラン』から、第117回(平成9年/1997年上半期)『疫病神』、第121回(平成11年/1999年上半期)『文福茶釜』、第126回(平成13年/2001年下半期)『国境』まで4度、田辺さんと「激突」した方です。

 いや、直木賞だけじゃありません。田辺さんはサントリーミステリー大賞の選考委員として3度、黒川さんの作品を読み、その作家デビューを見届けた方です。因縁ふかい二人なのでした。

 黒川さんは、『カウント・プラン』で直木賞の候補になる前、田辺さん(とその選考姿勢)について、このように書いています。

「田辺聖子さんは、私が作家としてデビューするにあたり、三度もお世話になった恩人である。

 一九八三年、『サントリーミステリー大賞』が創設され、私の応募した作品を含む三作が最終選考候補作になった。(引用者中略)

 この公開選考会において、私の作品を推してくれたのは阿川氏(引用者注:阿川弘之ひとりで、結果は三作中三位の佳作賞。田辺さんからは確か、「華がない」というふうな評をいただいたのだが、その言葉はとても丁寧で温かみがあり、優しいお人柄が感じられて、私はほのぼのとした気持ちになった。

 翌八四年、私の応募作はまたも最終選考に残り、田辺さんは「タイトルのつけ方がうまい」とおっしゃった。しかしながら「華がない」のは前作と変わらず、結果は佳作賞。(引用者中略)田辺さんの講評は候補者に対する愛情があって、少しも嫌味ではなく、ふたたび挑戦したいという気持ちを奮いたたせてくれる。(引用者中略)

 八六年の『第四回サントリーミステリー大賞』で私は大賞を受賞した。田辺さんには「文章の軽み」を褒めていただき、これはなによりうれしかった。いつも偉ぶらず、真摯に講評される田辺さんの姿勢には頭の下がる思いで、私はますます田辺さんが好きになり、こんなことをいっては失礼だけど、ほんとうに可愛い方だと感じ入る。」(平成8年/1996年5月・新潮社/新潮文庫 田辺聖子・著『姥勝手』所収 黒川博行「解説」より)

 ちなみにここは直木賞偏重ブログなので、サントリーミステリー大賞のことには深入りせずに済ませますけど、その一度目と二度目、黒川さんの作品に田辺さんがどのような選評を贈ったのかだけ見ておきます。じっさいは公開選考会だったので、もっともっと黒川作品について語ったはずですけど。

「黒川博行さんの「二度のお別れ」は、よく考えられたトリックでどんでんを楽しめたが、それにとどまったのが物足らなく思われた。」(『オール讀物』昭和58年/1983年5月号 田辺聖子「審査評」より)

「『雨に殺せば』の黒川博行氏は二度目の挑戦なので、私もヒイキ心が出て真先に読み、前回より更に面白くできており、サスペンスもあると思った。ただ何となく作全体が低徊的で息抜きがない気がする。タイトルはいつもしゃれている人だが、その都会的なしゃれ気分がもうちょっと作品の中身にも出て欲しいところ。

 クロ・マメコンビが楽しいので、もっと黒木刑事にハードボイルドの探偵ものみたいな魅力を加えたらどうだろう。一読者としての私の感想をいうと、黒木刑事は、いつまでも結婚しないでいてほしいな。」(『オール讀物』昭和59年/1984年6月号 田辺聖子「新たなる挑戦」より)

 たしかに、大賞作ではないのに、未来に書かれるであろう作品を念頭に入れて評すことで、作者のやる気を促す感じ。人柄のよさがむんむんする田辺さんの面目躍如です。

          ○

 ということで、黒川さん本人だけでなく、多くの人に癒しを与える田辺さんの、黒川作品評。四連発です。

「「カウント・プラン」(黒川博行氏)材料といい、あしらいかたといい、都会風洗練と一抹の清新な野趣が新鮮だった。やや強引なまとめかたの作品もあるが、推理短篇ではそれも必要で、読者は意表をつかれる面白さにむさぼり読むのだ。(人が殺される物語だけれど)推理小説はたのしい。――と思わせる一冊。」(『オール讀物』平成9年/1997年3月号 田辺聖子「力作ぞろいの五篇みな好き」より)

 なんつったって、選評の題名が「力作ぞろいの五篇みな好き」ですから。そんなこと言い出したら、票に差をつけなきゃいけない選考なんて、やっていられないのじゃないかとヒヤヒヤします。

「「疫病神」(黒川博行氏)タイムリーな新しい素材、まずそれに敬服。それからコンビのつるみかげん、というのか、二人の相性が面白く、それだけで持たせる。ただし、人物の出し入れが複雑で、図解で示されても、悪役たちの人物像が画一的でみな同じにみえるから、つかみにくい。この作品も「幻の声」のように、人物はよく書けているが、背後の事件の展開は物足らない。しかし女性のお色気もなく、終始、野郎ばかりの世界、殺人も行われないのに、ミステリーの骨格をそなえて、ページに一種の緊迫感があったのはお手柄と思う。」(『オール讀物』平成9年/1997年9月号 田辺聖子「受賞作品と光背」より)

 「悪役たちの人物像が画一的」と言っておきながら、「人物はよく書けている」というフォローが効いています。この作品に対して「人物が描けていない」とのみ難じて終わらせてしまった他の委員に比べたときの、まあ田辺さんのおやさしいこと。

 第121回では、受賞の『柔らかな頬』『王妃の離婚』を「近来の佳作」と絶賛したあとで、黒川作品を取り上げ、

「「文福茶釜」(黒川博行氏)いやはや、たとえればおいしいカレーライスと、フルコースのフランス料理、どっちがおしいかときかれるようなもので、比較を絶している。どっちもおいしいものはおいしいのだ。

 この作品は私など骨董に迂遠な者には知らぬことばかりでその点では面白かった。たぶらかしとだまし合いのネタは美術骨董品だが、(マンガも入っている)素人には理解のそとの話ばかりで、その面白さは無類である。ことに「文福茶釜」がおかしい。ところで、この面白さに滋味をもう少しつけ加えると、底が深くなるのに――というのは望蜀、というものだろうか。主人公の一人称にしたり、今すこし色模様があってそれでしくじったり、と。……」(『オール讀物』平成11年/1999年9月号 田辺聖子「近来の佳作二作」より)

 出ました。田辺さんお得意の「提案型選評」。

 そして、直木賞委員・田辺聖子にとって最後となる黒川さんの候補作『国境』。どれがとってもおかしくなかった、と井上ひさしさんは記者会見で語ったそうですが、『国境』もまた、『あかね空』『肩ごしの恋人』とともに最終決選に残った一作でした。黒川さんが最も直木賞受賞に近づいた回でした。

「『国境』(黒川博行氏) 今回私には×がなく、いずれも水準を抜く面白い作品が揃ったように思う。その中でどれに軍配をあげるかとなると、私はやっぱり『国境』の暴れん坊ぶりである。舞台を北朝鮮に設定するのは、現代、ある種の制約や危険が予想されるが、また、この設定ほど読者の好奇心や興趣をかきたてられる国はない。ただいまの地球上で、一、二を争うような、摩訶不思議にして不条理な国家。(あのかたちが国家と呼べるものならば)その国境を突破して潜入するというだけでなく、(そのこと自体、冒険だが)国内(ルビ:なか)で活劇や大立廻りを演じてしまう。主人公らのご愛嬌にみちた性格には、冒険小説を読みすれている読者でも失笑させられてしまう。ラストのあと味もいい。」(『オール讀物』平成14年/2002年3月号 田辺聖子「蛮勇引力」より)

 第126回で行われた最終決選投票。いったい何票ずつ票が入ったのか。結果の数が明確にされていないのでわかりません。

 果たして、そこに田辺さんの一票は加えられたのでしょうか。この回、田辺さんは長い選考委員生活のなかで、ただ一回だけ欠席しているのです。その場にいなかったのです。これだけ『国境』を推しながら。

 書面での回答にとどまったことが、何とも悔まれます。黒川さん四度目の候補。田辺さんも、ついにこの作品の「暴れん坊ぶり」には一票を投じてもいい、という気になった大チャンスでした。ひょっとして田辺さんが熱弁をふるっていたら、何か選考会の状況も変わったかもしれません。

 18年間の直木賞選考を振り返る田辺さんの口から、ぜひとも『国境』に賭けた思いも、聞きたかったよなあ。

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コメント

田辺サンは優しいですよネ。選評読むとなんだかホッコリしマス。
SF・ミステリーと田辺さんだと99回の景山サンの『遠い海から来たCOO』の選評
「揉めに揉めたが、この作品、賞の権威をそこなわないと私は信ずる」が印象深いです。
あと船戸サンへの「一度は貰って頂かないと」ってのも印象深いです。

いよいよ149回近づいてきましたネェ~(^o^)
直木賞ファンになって2年ほどですが、回が重なるごとに
候補作発表→受賞作決定までの2週間のウキウキが増していくばかりデス(^^)
そして決まったら決まったで選評付きの「オール読物」が出るまでの1か月またワクワクするんですよネ(笑)

それにしても某掲示板の「頭文字チラ見せ」の人はスゴいですネェ~。どなたなんでしょう?

投稿: しょう | 2013年7月 7日 (日) 22時51分

しょうさん、

おお、田辺さんの「名選評」、どんどん出てきますね。
選評を読む者をほんわかさせてしまう、という離れわざ、
直木賞史のなかでも、ホント得がたい存在です。

いやあ、第149回がいよいよせまってきて、ワタクシも楽しみです。
発表日に向けてのドキドキ、選評を読むおもしろさ、
何度体験しても、まったく飽きません。
今回はまた、直木賞ファンにとって贅沢な候補者・候補作ですから、
楽しみもひとしおです。

投稿: P.L.B. | 2013年7月10日 (水) 21時03分

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