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2011年12月25日 (日)

高村薫(第109回 平成5年/1993年上半期受賞) ほんのささいな言葉をネタに、いい年こいた大人たちが騒げる楽しさ。直木賞のおかげ。いや、ミステリーのおかげ。

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高村薫。『マークスの山』(平成5年/1993年3月・早川書房/ハヤカワ・ミステリワールド)で初候補、そのまま受賞。デビュー作『黄金を抱いて翔べ』から2年半。40歳。

 年末です。ランキングの季節です。

 ミステリー界では昭和63年/1988年スタートの「このミステリーがすごい!」ってのがありまして、うちのブログでも何度か取り上げたことがありました。今日のハナシのまくらも「このミス」です。

 「このミス」と直木賞。腐れ縁です。その縁を結んでくれた超重要人物のひとりが、高村薫さんです。

 高村さんの単行本デビューは平成2年/1990年12月。これを対象期間とするはじめての「このミス」92年版(対象期間は平成2年/1990年11月~平成3年/1991年10月)において、『黄金を抱いて翔べ』(9位)と『神の火』(8位)の2作をベストテンにランクインさせる、っていう快挙をなしとげました。

 この年の同誌覆面座談会で、さっそくチョッカイを出されています。

 ぼくは、世間の評価は高いんですけれども、高村薫の作品がそんなにいいとは思えないんですよね。『神の火』なんかも、みんな口をそろえて褒めちぎってるでしょ。

 僕も同感ですね。ここだけの話ですけど、この人、怖そうなんですよね。あの佐野洋にも意見したっていうし(笑)。

 文章も論理的じゃないし、描写も曖昧だし。重厚というより、単に重いだけなのに。

 明晰な文章ではないですね。いわゆる情念の人なんですよ。

 『黄金を抱いて翔べ』は、もっとスカッと書けば、もっともっと面白くなるのに、もったいない。

 もうひとつ垢抜けないと、はっきり言っていいんじゃないですか。もちろん、すごい作家ではあります、媚びて言いますが(笑)。

 今年読んだなかで、『神の火』がいちばん疲れる本でした。

 うん、だからもう一皮剥けてほしいなという要望はありますね。剥けても、剥けなくても、どうでもいいような人が多いんだから、剥けてほしいというのは、これは非常な好意をもって言っているんですが…、あ、また媚びた(笑)。」(平成4年/1992年1月・JICC出版局刊『このミステリーがすごい!'92年版』「話題の覆面グループの辛口座談会PART2 '91年の作品を叱る!」より)

 なんだか、来たる騒動を予感させるような放言っぷりですねえ。脇の甘いこういう放言が、当時の「このミス」に、ある種のパワーを与えていたのは否めませんけれども。

 翌年。覆面座談会はガラリと態度が変わり、相当な高村推し、にひるがえりました。

 今年は『わが手に拳銃を』と『リヴィエラを撃て』でしょ。宮部みゆきが、十五馬身ぐらい離して逃げていたんだけれども、高村薫が、大外を一気にまくりきって……。牝馬二頭のマッチレースですね。これから、ぼくは高村薫のことは女王様と呼ぶことにします。宮部みゆきは王女様かな(笑)。

 '92年版の座談会で、高村薫はほんとに面白いのか、ということが話題になりましたね。

 去年言ったことも真実なんです。高村薫の実力は認めます。筆力はある。ものすごいと思うけれども、もうちょっとわかりやすく書いてほしいというのはあった。情念の文体には、どこかついていけないところがあったんですよね。(引用者中略)

 たしかに一時間読んだら三十分休憩しなければ読めないけれど、それでも途中で、もうやめようかなという気にはぜんぜんならなかったですね。これだったら大リーグにいっても、四番が打てますよ。

――登場人物一覧と簡単な地図が欲しかったという意見というか、お願いがあるんですが……。

 ささいなことです。書きっぷりが、もう、堂々たるものですからね。

 最初の『黄金を抱いて翔べ』は非常に読みにくかったけれども、だいぶこなれてきてますね。

 そんなこと言うと怒るよ、だって女王様だもん(笑)。今までは高村薫の文体があまり好きではなかったんですが、今回は、文学的香気さえ感じる(笑)。もう跪いて、足をなめちゃうというぐらいですよね。すごいんです、迫力が。」(平成5年/1993年1月・JICC出版局刊『このミステリーがすごい!'93年版』「ノーテンキ単純面白主義座談会」より)

 素直に褒めずに、なんだかんだとチャチャを入れる感じ。ワタクシ、個人的にそういう姿勢、大好きです。

 で、ところが。さらに翌年の覆面座談会では一気に様相が急変します。高村薫に対する怒りで染められてしまうのです。いや、「覆面座談会」が、というよりB=茶木則雄さんが、と言い換えたほうがいいかもしれません。

 茶木さんの怒りの様子を見る前に、別の方のキレ芸を見ておきたいと思います。このミス覆面座談会の仇敵ともいうべき、『産経新聞』の匿名コラム「斜断機」より。(寿)氏の怒りです。

「直木賞贈呈式での、高村薫のスピーチがミステリーファンの間で話題をよんでいる。というより顰蹙(ひんしゅく)を買っている。出席した知人のミステリー評論家が“何だ、あの言いぐさは!”と怒っていたので、どんな発言なのかと新聞を見たら、なるほど、これでは怒るのも無理はない。曰く“(受賞作『マークスの山』を)ミステリーではなく小説として評価されたのが嬉しかった”、曰く“自分の書くものをミステリーとは思っていなかったが、常にミステリーといわれて、すっきりしないものを感じていた。今回初めて小説として読んでいただけたのがいちばん嬉しい”。

 いやあ、傲慢傲慢。まるで自分はミステリーを書いてきたのではない、それをミステリーとして評価する評論家たちには違和感を覚えた、ということでしょうか。

(引用者中略)

 それにしても、高村の発言を読んで驚くのは、文学コンプレックスである。文学として一段低いミステリーの作家から“小説家”に認知されたと思っているらしいが、そんな考えは過去のもの。文学のなかにミステリーがあり、ミステリーの手法を選ぶのは主題の要請だと思っていたけどね。それともそういう風に高村は書いていないのか。

 高村の力量も将来性も認めるが、いまだノーコン気味で未完。もう少し小説を読んで、謙虚になってくださいませ、女王様。」
(『産経新聞』平成5年/1993年9月15日「斜断機 「ミステリーじゃない」傲慢」より 署名:(寿))

 平成5年/1993年7月、高村さんは『マークスの山』で第109回直木賞を受賞しました。8月23日、その贈呈式が行われ、恒例の受賞者スピーチで高村さんは上記のような発言をしたそうです。

 別に目くじら立てて怒るほどの発言じゃないよなあ。……などと思うのは、きっと常識人の感覚です。一部のミステリーファンは、それとはかけ離れた感覚を持っているらしいのです。驚くべきことに、こんな些末なスピーチがちょっとした騒ぎに発展したようなのですから。

奥泉(引用者注:奥泉光 あの方(引用者注:高村薫)は、すごく野蛮なところがありますよね、十九世紀的な小説をそのまま打ち出すというか、そういうやり方ですよね。すごく野蛮だとは思うけども、それは一つの力わざですよ。質もすごいし、やはり量もすごい。

(引用者中略)

法月(引用者注:法月綸太郎) 高村さんの場合っていうのも、直木賞を受賞された時に、「私はミステリーを書いているのではない」という発言があって、ミステリー畑ではあれはかなり問題になったんですよ。結局、それで何かいろいろ議論百出したにもかかわらず、あんんまり実のない議論がほとんどだったんですが、いずれにせよ、そういう形で何かものすごくはっきり出てくる場所があったんだなという気はしますね。」(『すばる』平成7年/1995年7月号 奥泉光、法月綸太郎「対談 「探偵小説」として読む中上文学」より)

 っていうことで「あんまり実のない議論」の一部を、いまからご紹介します。

 お待たせしました。覆面座談会のBこと茶木則雄さんです。たぶん、コレ笑うところです。牛乳を飲みながら読むと、スクリーンが汚れるでしょうからご注意ください。

 翻訳ミステリーでも何でも、今や高村女王様がお書きになるようなものこそ、ある意味でミステリーの王道じゃないですか。そういう作品を、まさに僕らはミステリーと呼んでいるわけで。それを書いている人が、こんな旧態依然のミステリー観しか持ってないとすればさ、あまりに不勉強で、悲しいよ(怒)。

(引用者中略)

 単に自分の書きたい小説を書いてきただけのことで、それがミステリー・サイドだけからしか褒められないのが不満だったんでしょ。ミステリー・サイドから評価されたこと自体は嬉しいんだけど、それがすべてではイヤだと。

(引用者中略)

 「斜断機」はミステリー・ファンといわれる人たち一般の、心情を代弁してくれたと言えるんじゃないかな。とにかく僕は、ミステリーに愛のない作家っていうのは、あんまり好きじゃないんだよね。

 高村薫の論調は、記事で読む限り、ミステリーより小説が一段上というのが前提になっているから、ミステリー・ファンとしては、がっかりしたというか、バカにされた感じも確かにありますね。

(引用者中略)

 いいじゃないですか。ミステリー・ファンを裏切ったことになるのかどうか、今後の作品で答えてもらえれば。どうせ読むんでしょ? 次の出たら。

 読まないよ、オレ。好きな女から裏切られると、ダメなんですよ、可愛さあまって(笑)。原リョウが直木賞取ったときにはね、挨拶で、直木賞をもらってもちっとも嬉しくないって言ったんですよ。それより自分には一万三千人の読者がいればいい、そういう、ほんとにミステリーが好きな読者に読んでもらいたかっただけだって言って、居あわせた関係者たちを感激させたそうですよ。それに比べて今度の高村薫のは可愛くないなあ、ほんと。」(平成5年/1993年12月・宝島社刊『このミステリーがすごい!'94年版』「ついに最終回か!?緊迫の匿名座談会 暴言かましてすみません」より)

 「お前こそ何サマだ」感がぷんぷん匂ってくる、この感じ。いいなあ。「ミステリー・ファンといわれる人たち一般の心情を代弁」って、ほんとうにミステリーファンって、そんなことで怒っちゃうんですか? 気持ちわるいなあ。

 直木賞が好きで好きでたまらなくて、直木賞のことばっかり取り上げる人間も、よほど気持ちわるい生き物だと思ってきましたけども。真正の「ファン」ってやつの感覚は、狂いかたが尋常じゃありませんよ。ワタクシなど足元にも及びません。お見それいたしました。

          ○

 匿名座談会のBさんや、「斜断機」の(寿)さんのような、奇抜な感覚をみせられて目まいがしてしまった方へ。より常識的な発言も引用しておきます。これで心を落ち着かせてください。

「直木賞贈呈式での、高村薫さんの発言について述べた九月十五日付斜断機『「ミステリーじゃない」傲慢』に対し、作家、逢坂剛氏から反論が寄せられた。

(引用者中略)

 高村さんのいうミステリーが、ごく狭い意味でのミステリーを指していることは、悪意のない読者ならすぐに分かるはずである。高村さんは、トリックやパズルだけに頼るような、人間不在の小説を書くつもりはない、と言ったにすぎない。それが分からぬ(寿)氏なら、読書欄のコラムを書く資格はない。(引用者中略)

 また高村さんは、これまでミステリーを文学でないとか、一段低いものとみるとか、ミステリー評論家が無能だとか、そんなことは一言も言っていないし、ほのめかしたことすらない。言いがかりもいいところである。」(『産経新聞』平成5年/1993年10月3日「斜断機」へ (寿)氏の高村薫さん批判 逢坂剛さんから反論」より)

 また、同記事では大阪の28歳・アルバイトから寄せられた、こんな意見も掲載されていました。

「(寿)氏の論拠がわかりません。まず「彼女は“ミステリー”を冠したシリーズにてデビューしているのに今更」的な指摘、これは無意味では? 作品のとらえ方が作者、読者、編集者でくい違うことはあるだろうし、彼女はずっとくい違いのひずみを引き受けていたのかもしれない。むしろ、タイミング良く宗旨変えしたみたいに受け取って怒るその態度が、「文学コンプレックス」の裏返しに思えたりする。」(同)

 そうそう。「ミステリーの観点ではない評価の場で、たいそう褒められた作家・作品のことを、いちはやく認めていたのがミステリー界。さすがだよね」とでも思っておけば、万事平和ですのに。やっぱり、ミステリー畑には何かコンプレックスがあるんでしょうかねえ。

 考えてみますと、高村さんのこの発言が異常なまでに過敏な反応をひきおこした背景には、「直木賞」の存在が大きかったのだろうと思います。直木賞ってやつは、ミステリーを小説とは認めない、みたいな空気を何十年にもわたって漂わせてきましたからね。憎き直木賞、それをとったミステリー出身の作家が「ミステリーとしてではなく小説として評価されて嬉しい」とかほざきやがった、敵の仲間は敵、そうだ今日からおまえは敵だ……って論法でしょうか。

 しかし、ワタクシはここで震えてしまうのです。な、な、直木賞が小説を小説として評価する場? まじですか。あ、あのう、直木賞ってそんなご大層なものじゃないと思うんですけど……。

 直木賞は「大衆文芸」っていう恵まれない分野のための、ちっぽけな表彰制度にすぎません。純文学の人たちからは唾棄され、ミステリーの人たちからは敵対視され、SFの人たちからは馬鹿にされ、そんな小説界の吹きだまりのような、しがない世界です。高村さんには喜んでもらえて嬉しいですけれど。

「私は今に至るまでミステリーを書いてるつもりはないんです。私はただ小説を書いてきたのであって、それがたまたま、たとえば恋愛小説とか純文学系とか私小説とかでなかったというだけのことであって。最初に発表した媒体に「日本推理サスペンス大賞」という名前がついていましたので、最初から一応エンターテインメントのなかにくくられましたけど。自分の意識のなかでは、そもそも純文学と中間小説とか、そういう区別さえないですから。

 ましてやミステリーとほかの中間小説とか、そんな区別も一切ありません。要するに、本は本、小説は小説だと。(引用者中略)

 私は最初から、いろいろな方から、首をかしげられています。「あんたのはミステリーとしてはちょっと違う。じゃあ娯楽小説かというと、それもちょっと違う」と。」(『海燕』平成5年/1993年10月号 高村薫「特別インタビュー 人間という謎」より)

 高村さんはその後、毎日出版文化賞とか読売文学賞とか大きな賞をとっています。その受賞スピーチで「私は大衆文藝を書いているつもりはない。直木賞作家といわれて、すっきりしないものを感じていた」とか、まさか言っていないだろうと思いますが、直木賞がバリバリの娯楽路線の賞だったら、直木賞のほうが高村さんに迷惑をかけてしまうところでした。くわばらくわばら。

          ○

 高村さんの「ミステリーとは思っていない」発言とその反響を受けて、一席ぶってくれた方がいます。鷲田小彌太さんです。

 『照柿』の書評のなかで、直木賞におけるミステリーについて語ってくれています。拝聴しましょう。

「かつて、直木賞は芥川賞に対して、差別されていた。直木賞対象作品は、「芸術」ではなく「娯楽」である、というようにである。しかし、その直木賞から、ミステリーは差別されなかったが、SFは差別される、ということが続いたのである。だが、さらに遡ってみれば、ミステリー(探偵小説)は「芸術」をめざすべきか、「娯楽」にすぎないか、という論争があったことを記憶しておいてもいい。明らかに、ミステリーは「娯楽」にすぎないと、遇せられてきたのである。この論争を無化したのが、ミステリー作家松本清張の登場であった。単純にいえば、芥川賞作家松本が、ミステリー(『点と線』)を書いて、「ミステリー」(娯楽小説)と「小説」(芸術小説=「純文学」)の壁をとっぱらったのである。だから、直木賞作家高村が、「ミステリー」(?)ではなく、「小説」(?)を書いてきた積もりだ、というのは時代を逆に戻す行き方で、ミステリー作家夏樹静子が、非ミステリー作品を書いたのとはわけが違う、という受け取られ方をしたのも、当然である。」(平成23年/2011年10月・言視舎刊 鷲田小彌太・著『鷲田小彌太書評集成II 1991-1997 失われざる1990年代』「15 人格の分水嶺を描ききった記念碑的作品」より)

 ん。ほんとですか?

 「推理小説では直木賞はとれない」っていう、アノ有名な原則はどこ行っちゃったんでしょうか。半分がた、推理文壇の人たちのやっかみだったんでしょうけど。

 歴史的にみてミステリー(探偵小説・推理小説)は、直木賞とは別の路線を歩んできた、っていうのは確かだと思います。これさえ言っておけば文句はないだろうとドヤ顔で放たれる評言「人間が描けていない」は、ミステリーに対する直木賞選考委員のために生まれた言葉なのではないか、と疑うほどです。

 基本、娯楽としてのミステリーは、直木賞から差別を受けっぱなしです。直木賞自身、娯楽なくせして、娯楽を嫌う傾向にあるからです。

 松本清張以後、直木賞をとった推理小説がいったいどれだけあるでしょうか。ミステリーファンが大傑作と太鼓判を捺した小説が、直木賞の場でボロクソに落とされた例を無視したまま、直木賞とミステリーの歴史を語ってしまっては寝覚めがよくありません。

 はっきり言って、直木賞はミステリーに感謝しなくちゃいけないと思いますよ。直木賞はどうしたって「娯楽」を排そうとする性格を治すことができません。昔も今も。このままでは、直木賞=面白くない小説、っていう印象に陥りかねない状況です。その陥穽を、ぎりぎりのところで救ってくれているのは、「このミス」ができた頃からの「ミステリー」でしょ。

 えっ? これがミステリー? と首をひねってしまう小説も、出版社の定見なき営業戦略のおかげで「ミステリー」と名付けられ、ミステリーファンがわいわい盛り上げてくれる。そのなかには「娯楽」から外れた小説もあったでしょう。そういうミステリーなら、直木賞も相手にできる、ってんで候補にしたり受賞させたりする。

 いわば、ミステリーのほうが拡大拡張してくれたおかげで、直木賞も、地味で面白みの薄い小説ばかりを相手にしなくてよくなったわけですから。ありがたいことです。

 ……っていうか、最後まで書いてきて何ですけど。高村薫さんの小説がミステリーだ、ミステリーじゃない、と怒るのも、直木賞が何だどうだ、と口角から泡とばして語るのも、同じくらい馬鹿らしい行為なんですよねえ。

「『マークスの山』が一位に選ばれていたんですね……。実は『このミステリーがすごい!』を読んだ記憶がないんです。(当時の本書をちらっとめくりつつ)うわ~、おそろしい!「女王サマ」なんて呼ばれていたんですか? わたくしはただの大阪のおばさんですよ。恥ずかしいから見なかったことにしましょう。(笑)

 斜に構えているわけではありません。いろんなところでお話していますけれども、わたくしはもともと作家になるつもりがなかったものですから。自分の意思と関係ないところで騒がれると、なんだか居心地が悪くて。」(平成20年/2008年3月・宝島社刊『別冊宝島 もっとすごい!!『このミステリーがすごい!』』「このミス1位インタビュー 新人賞を受賞したら二作目を書かなきゃいけないということすら知らなかった」より)

 外野の興奮をさーっと冷めさせる高村さんの恬淡とした態度。ステキ。茶木さんも(寿)さんも逢坂さんも鷲田さんも、ワイワイガヤガヤ騒がしくて愚かなことです。おや、いちばん愚かなのはこんなエントリー書いたワタクシですか。失礼しました。愚行バンザイ。

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