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2011年10月 9日 (日)

乃南アサ(第115回 平成8年/1996年上半期受賞) 本命の「初候補」をおさえて無印の「初候補」が受賞。ほのぼの微笑む女がひとり。

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乃南アサ。『凍える牙』(平成8年/1996年4月・新潮社刊)で初候補、そのまま受賞。『幸福な朝食』でのデビューから8年。35歳。

 新潮社の名レーベル「新潮ミステリー倶楽部」。そこから直木賞を受賞したのは、ただ一作。乃南アサさんの『凍える牙』でした。

 『凍える牙』の受賞はとにかく意外と言われたそうです。裏を返せば、「直木賞通」を気取るワタクシたちのようなワケ知り顔連中の鼻を明かしちゃったわけでして。とびきり痛快な受賞だったんですね。

 ふふ。直木賞はこうでなくっちゃ。まわりの人間たちを混乱させてシッポをつかませない、ニクいやつ。

 じっさい、乃南さんが受賞した第115回(平成8年/1996年上半期)は、受賞結果もさることながら、周辺も大混乱の回なのでした。何と言っても、あの浅田次郎さん『蒼穹の昴』が候補に挙がっていたからです。

「今回の見どころは、落選した他の候補のラインアップにある。

 浅田次郎、鈴木光司篠田節子宮部みゆきという日本のエンタテイメント小説界を担っていくであろうそうそうたるメンバーで、かつ前年比大幅減収減益に喘ぐ文藝春秋が喉から手が出るほど欲しい、売れ筋の作家たちである。(引用者中略)下馬評でも、浅田が一歩リードしているものの、乃南はまったくノーマークとされていた。

(引用者中略)

(引用者注:浅田次郎『蒼穹の昴』は)実際に選考会の参考資料となる文春の社内投票ではダントツのトップで、「オール讀物」も、まるで受賞を見越したかのように、選考会直後の発売となる八月号で特別対談を組んでいた。それが蓋を開けてみれば、乃南の単独受賞、である。満を持して受賞の報告を待っていた浅田は、悔しさではなく怒りの表情をあらわにして、担当編集者と二人きりで夜の街に消えていったという。」(『噂の真相』平成8年/1996年9月号「文壇事情 誰も予想しなかった乃南アサの直木賞」より 署名:(Z))

 ん。「選考会の参考資料となる文春の社内投票」って何ですか? ほんとにそんなもん、あるんですか。まあ、『噂の真相』の記事ですからね、ハナシ1割で聞いておきましょう。

 ええと、そんなことはイイのです。ここで面白いのは、浅田次郎さんも乃南さんと同じく、これがはじめての直木賞候補だった、って点です。その浅田さんが下馬評では受賞と目されていた、という。

 ふだん「直木賞は初候補だと不利なんだよね」と言いのけている人たちが、この回だけ宗旨替えしたんでしょうか。……で、けっきょく浅田さん、初候補で受賞を逃しちゃっているし。かと思えば乃南さんは、さらっと初候補で受賞しているし。

 そもそも「初候補が不利」なる説は、そんなに強固なものなのか、と疑いたくもなります。かようにもろくも崩れ去る程度のものなんだ、ってことでしょうか。

 乃南さんの『凍える牙』はノーマークだった。なぜか。……その理由に、もうひとつ付け加えておきたいと思います。文献には出てきませんが、おそらく前回第114回(平成7年/1995年・下半期)の結果が結果だったことが、大きかったのではないかな、と。推測ですが。

 前回の受賞作っていうのは、小池真理子『恋』と藤原伊織『テロリストのパラソル』。ハヤカワ・ミステリワールドの一冊と、江戸川乱歩賞受賞作。ともに「ミステリー」の装い満点でした。これで引き続いてまさか新潮ミステリー倶楽部が選ばれることはないでしょ。と、往年の直木賞ファンなら、そう予想してもおかしくありません。

 『噂の真相』ほど下品になり切れない多くのメディアでは、そんな事情はあまり伝えてくれませんでした。でもご安心ください。ただひとり、『噂の真相』と同じくらい下品な(……おっと、失礼)、同じくらい正直な渡辺淳一さんだけは違います。直木賞で二期連続ミステリーかよ!? の意外感を選評のかたちで伝えてくれました。拝聴しましょう。

「それにしても、いまは推理小説全盛。推理小説でなければ小説でないとでもいうように、直木賞候補作は圧倒的に推理小説が多い。このあたりは、書くほうの問題というより、書かせるほうの問題で、推理小説にさえすれば、単行本にしてもらい易い、という思惑があるのかもしれない。

 今回も、「蒼穹の昴」を除いた四作は、いずれも推理小説か推理仕立て。

 受賞となった、乃南アサ氏の「凍える牙」は、(引用者中略)これが推理小説だといわれると、おおいに疑問が生じてくる。結局、人間関係さえ書けていれば、いいではないかという意見が大勢を占めて受賞となったが、「新潮ミステリー倶楽部特別書き下ろし」と、堂々と書いてあるのだから、表示に難あり、ということになりかねない。」(『オール讀物』平成8年/1996年9月号 選評「推理ばやり」より)

 これぞ渡辺淳一だ、っていう教科書どおりの選評です。『凍える牙』の作品内容にケチをつけるより先に、推理小説の装いをしていることにケチをつけています。

 まあ、こういうオジサンが一人ぐらいいてくれると、直木賞のむちゃくちゃな感じが楽しめるので、ワタクシは好きです。みんながみんな、「ミステリーとして不出来でも、人間が描けていればいいじゃん」とか言ってミステリーファンを小馬鹿にしたのらりくらり選考をするより、ミステリーを旗印にする小説は全部落とす、みたいな姿勢のほうが楽しいじゃないですか。

 たかが直木賞ですし。

 で、乃南さんの受賞により、当然ながら、ミステリーが直木賞にぞくぞく進出してきたよ、って視点で語る記事がいくつか登場しました。これなんか、そうです。

「今期の直木賞受賞作が、まずまず順調に売れている。前回が小池真理子さんの「恋」(早川書房)と藤原伊織さんの「テロリストのパラソル」(講談社)の同時受賞、今回の受賞作も女性刑事を主人公にしたミステリー。「直木賞はミステリー全盛」とも言えそうだが、乃南アサさんの「凍える牙」は、現代ミステリーがいかに多様化しているかを感じさせる力作だ。」(『読売新聞』夕刊 平成8年/1996年8月24日「「凍える牙」乃南アサ著 多様化したミステリー」より)

 多様化多様化っておまえは尾崎秀樹か! とツッコんではいけません。『凍える牙』を読むまで現代ミステリーの多様性を感じられなかった人も、まあいるんでしょう。しかたのないことです。

 いや。「ミステリーの多様化」記事は、まだましだと思います。乃南アサさんの直木賞受賞を報じた記事で、いちばん多かった切り口は、じつはそれではありませんでした。

 第115回(平成8年/1996年上半期)。マスメディアの方々が最も注目したのは、乃南さんが女性だ、って点でした。

          ○

 安西篤子さんを取り上げたエントリーもそうでした。うちのブログでは、直木賞と芥川賞の結果だけにことさら注目して文学事情を語ろうとする記事を、さんざん馬鹿にしてきました。

 馬鹿にする、と言いますか。なかば愛しています。近視眼にすぎるそういう文章を読むのが、ワタクシ面白くてしかたありません。

 平成8年/1996年にもなって、平然とこんなことを言う人がいるのですもの。

「前代未聞の結果となった。(引用者中略)

 女性の受賞自体はいまさら珍しくもないが、女性だけのペア受賞は、両賞(引用者注:直木賞と芥川賞)が制定された一九三五年以来、初めてのこと。文壇の一部には、「ついに、来るべきものが来た」との声も聞かれる。

 かつて、作家は文士と呼ばれ、男の仕事だった。女性にはわざわざ「女流」という冠がつけられ、一段下の存在と見る風潮があったが、今回のペア受賞は、それを根底から覆す衝撃的な「事件」だったというのである。しかも、直木賞にいたっては、候補者五人のうち三人は女性。逆転現象は着実に進んでいる。」(『週刊朝日』平成8年/1996年8月2日号「第百十五回芥川賞・直木賞発表で始まる「男流作家」の時代」より 文:種井和平)

 うん、『週刊朝日』でしょ、そりゃあ男性読者相手の週刊誌ですからね、このぐらいの大仰な見立てもアリかな、と思ったりもします。

 女性の時代がついに到来しましたよ。お父さん方、肩身せまいですね。みたいな書きぶり。……何をいまさら言っているんだ、って感じですけど。

 いや。週刊誌だけじゃないんです。新聞のなかにもまた、「女性だけが受賞した」ことを、どうしても指摘したがる人がおりました。

「第百十五回芥川賞を受賞した川上弘美さんも、直木賞の乃南アサさんも、記者会見場にサンダルばきで、軽やかに現れた。

 それは偶然かもしれないし、二人とも三十代の女性であったのも偶然かもしれない。けれど、「両賞を女性が独占したのは初めて」と注目するマスコミを、ひょうひょうとかわす二人を見ていると、あ、時代は変わってきているなあ、と実感せずにはいられなかった。」
(『朝日新聞』夕刊 平成8年/1996年7月31日「単眼複眼」より 署名:(悦))

 そうです。受賞が決定した翌日、新聞は各紙とも、「史上初の女性独占」みたいな見出しを付けちゃっていまして。(悦)さんのおっしゃるとおり、マスコミは「両賞を女性が独占したのは初めて」なところに注目したらしいんですね。まじで。

 直木賞は乃南アサさん。芥川賞は川上弘美さん。両賞ともに受賞者がいて、その全員が女性だったことはたしかに初めてでした。見出しに間違いはありません。でも、そこ食いつくとこかいな。

 ほんと変わりませんね。ずっと昔から今のいままで。世の中には、作家といえば直木賞受賞者と芥川賞受賞者しかおらず、日本の文学は両賞の受賞結果で語ることができると信じている(または、それで読者を納得させられると信じている)人が、マスコミ界隈には存在しているらしくて。

 こういう面白い記事の書き手を絶滅させてはなりません。なりませんぞ!

 まあ、直木賞偏愛者から見ますと、とかく直木賞は芥川賞と並べられると報道のなかでは地味に扱われがちです。正直、乃南アサさんひとりでは、地味に扱われても仕方のない趣きがありました。それが川上弘美さんといっしょだったおかげで、マスコミの方々に「注目」してもらえた。嬉しいなあ、とは思います。

          ○

 受賞を契機に乃南さんはさまざまな媒体の取材を受けました。それらの記事を概観しますと、各所で乃南さんの「癒し系」なところが映し出されています。

 思い込みが激しくて、聞き違いで失敗したハナシとか。ゆったり、おおらか、天然ボケでチャーミング。前向きでプラス志向の発言。周囲にたいする感謝と気配り。のんびりしていて、おちゃめな人柄のオンパレードです。

 そんな乃南さんも、直木賞を受賞するまでの道のりのなかで、苦しくてつらかったことを二点ほど具体的に語ってくれています。

 ひとつは大学中退後に勤めた広告代理店での件。

「虎ノ門の小さな広告代理店です。(引用者中略)仕事もきつかったけれど、小さな会社なのに派閥やら不倫があって、人間関係がとても複雑だったんです。このままいたら、性格が歪んでしまうと思いました。」(『婦人公論』「後悔の連続を後悔せず」より)

 で、会社の上司だった人と、自分の友人が不倫。その後、友人は上司に離婚をせまって自殺未遂。上司はついに離婚。しかし友人は故郷に帰ってしまい、借金をかかえた上司はそれでもめげずに働いていたが、ある日突然の事故死……などなど『5年目の魔女』のモデルになった実際のハナシについて、かなり細かく明かしてくれています。

 もうひとつは、広告代理店を辞めたあとに共同経営者となったうどん屋でのつらい日々。

「私は客商売にはとてもではないが向いているとは言えなかった。どうして、こんな人に頭を下げなければならないんだろう、どうして、こんな失礼なことを言われる理由があるんだろう、どうして、お金を投げて寄越すんだろうと、毎日毎日「どうして」で頭が一杯になった。辛くて辛くて、店の裏に出て、よく一人で泣いていた。」(『オール讀物』 乃南アサ「笑う門には」より)

 辛い毎日を送っているころから、小説を書きだして、その作品が日本推理サスペンス大賞優秀作に選ばれることになって、晴れて作家デビューに結びつきます。

 で、ご本人いわく、

「その後が順調かといえば、これまたとんでもない話だ。ようやくデビューのチャンスは掴んだものの、またまた新しい波乱が私が待ち受けていた。」(同)

 ってことなんだそうで、じつは『幸福な朝食』から直木賞までの8年間に、どっさりハナシのタネはあるようなんです。しかし、これについては乃南さん、あまり多くを語りません。

「デビューしてからも大変でしたよ。七年後に、直木賞をいただくまでにはいろいろなことがありました。」(『婦人公論』「後悔の連続を後悔せず」より)

 と、さらっと素通りの構えです。

 「いろいろなこと」が語られないことで、逆にその中味の凄まじさが察せられる気もします。酸いも甘いも噛み分けてきた、ように見える、ほんわかほがらかな乃南さんに「大変だった」「いろいろなことがあった」と言わしめる出来事とは、いかなるものか。地味だの華がないだのと言われ続けて8年、その間に何があったのか。明らかになる日を心待ちにしましょう。えへへへへ。

 某選考委員のことをとやかく言っておきながら、つい、わが身の下品さが出ちゃいました。

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