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2011年9月11日 (日)

村山由佳(第129回 平成15年/2003年上半期受賞) 「直木賞をとっても何も変わらない」。わけはなくて、多少は効果があったようです。

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村山由佳。『星々の舟』(平成15年/2003年3月・文藝春秋刊)で初候補、そのまま受賞。「もう一度デジャ・ヴ」でのデビューから12年。39歳。

 さくっと行きたいと思います。かなりワタクシの苦手な部類の受賞作家なものですから。

 村山由佳さんが直木賞をとっていなかったら、その後どうなっていたのか。どんな小説を書き継いでいたのか。もうわかりません。

 直木賞をとってしまった(とれてしまった)ことが遠因となって、一気に肉欲路線に舵を切ってしまったのか。タガを外させてしまったのか。因果関係があると言えばありそうです。でも直木賞受賞がなくても、「文学」なるものに対する村山さんの強い憧れ志向はいずれ、いまみたいな作家になることを約束していた、と言えるかもしれません。

 ただ、これだけは言えます。直木賞をとる前と、いまとで、村山さんのもつイメージは相当変わりましたよね、と。

 どの作家もそうだと思いますが、村山さんの場合はとくに、「見た目」や「ライフスタイル」の放つイメージぬきでは語れない作家です。村山さんの顔を知らずに小説を読む、なんて、まず許されません。許されない環境があります。

 デビューまもない頃から、『LEE』だの『MORE』だの、集英社の女性誌にバンバン登場させられ、他の雑誌でも、

「無名な有名人は「目立たない」「さわがない」「流されない」 自給自足の野菜作りをしながら恋愛小説を書く“地に足のついた”美人小説家」(『DENiM』平成6年/1994年12月号)

 だとか、

「恋愛小説で売り出し中 美人作家・村山由佳さん“晴耕雨筆”の日々」(『週刊読売』平成7年/1995年9月3日号)

 だとか。小説を書いている本人がどんな生活をしているどんな人なのか、そんなの全然関係ないっ! と耳をふさぎたがっている読書子の口をこじ開けてノド奥に突っ込んでくるかのような、村山由佳ビジュアル攻撃。ないしは、農作業をし、馬にまたがり、猫を抱く写真、写真、写真。

 受賞直後の『週刊朝日』林真理子さんとの対談記事には、こんなリードもつけられました。

「作家生活10年の今年、/いままでの作風と違った『星々の舟』で/直木賞を受賞した村山由佳さん。/千葉県の鴨川で「農業」を営む/ライフスタイルも人気の理由です。/「女流作家には珍しい」さわやかさは、/どこから生まれてくるのか。/直木賞選考委員の林さんが鋭く迫ります。」(『週刊朝日』平成15年/2003年10月3日号「マリコのここまで聞いていいのかな」より ―「/」は原文では改行)

 この対談では林さんが、村山さんのことを「文壇の清純派」「どこから見てもさわやかなお嬢さん」と評し、対談後のコメントでは「写真で見ても、さわやかな美人ですが、お会いしてお話しすると、もっと好印象」と書いています。もう村山作品は、その印象どおりであろうと、印象を裏切られたと感じるのであろうと、彼女のビジュアルと切り離して読むことができないわけです。

 そして書かれた連作集『星々の舟』。単純にこの一冊だけが作者名を伏せたまま俎上に乗せられていたら、ほんとうに受賞できていたんですか。と疑いたくもなります。ただ、古くからの村山ファンにとっては、それまでの村山作品のエッセンスは確実に含みつつ、大胆に変貌を遂げた記念碑的な作品、なのだそうです。

 つまり、「これまでのイメージを果敢に打ち破ろうとした意欲作」扱い、と言いますか。

「「せつない恋愛小説の書き手」というのが、村山由佳という作家の一般的イメージだろう。十代、二十代の若者に圧倒的な支持を受けているため、ヤングアダルト系の作家と見なされることもあるようだ。(引用者中略)『星々の舟』は、村山が渾身の力で自己イメージを突き破ろうとした勝負作である。そのずっしりとした読後感、暗く沈み込むようなタッチは、従来のファンを驚かせた。」(『中央公論』平成15年/2003年9月号「人物交差点 村山由佳」より ―署名(石))

 従来のファンではなかったもので、ワタクシはそれほど驚けませんでした。どうもすみません。

 さらに、驚かなかった人の代表格がこの二人。

大森(引用者注:大森望) 村山由佳に授賞すること自体はいいと思うけど、なんでわざわざこういう作品に……。

豊崎(引用者注:豊崎由美) ひとつの家族の歴史を構成員それぞれの視点で綴った短編を連作にしてまとめてる作品です。これまでに幾度も、しかももっと高度な形で提出されてるありふれた手法をじぶんは使ってる、だから厳しい目で読まれるんだぞっていう畏れや緊張感が稀薄過ぎですね。文章も歌謡曲みたいっていうか……。

大森 ものすごくベタ。出来の悪いテレビドラマみたい。」(平成16年/2004年3月・パルコ刊 大森望・豊崎由美・著『文学賞メッタ斬り!』「ROUND2 エンターテインメント対決!直木賞vs山本賞」より)

 このときの直木賞選評(『オール讀物』平成15年/2003年9月号)を読んでいただければ、まるで真逆の好評価を、何人かの選考委員がくだしているのがわかりますので、合わせて読むと面白いですよ。で、選評のほうでは、これも何人かが『星々の舟』一作に関する感想を逸脱した評を書いているのが印象的です。

「すでに中堅作家でいられるが、この作品で更に飛躍されることであろう。」田辺聖子

「この作家がこの一作で、大きな壁を突き破ったことは、間違いないだろう。」渡辺淳一

「この方の初期のものから読んでいるが、いつのまにかこれほど大人の作家としての技倆を身につけられ、堂々とした大作だ。若い読者を中心に大変人気のある方であるが、今までの作品はやや甘口の感があった。ところが今回はきちんと人間をひとりひとり書き分け、大人の過去と苦さを与えている。」林真理子

 その最たる委員が、宮城谷昌光さんでした。

「「星々の舟」の村山由佳氏は、その成長が賛嘆されての受賞である、と私は理解した。(引用者中略)村山氏の作品をはじめて読む私は、作家としての成長という誉言が交驩を産む選考会に直面して、ひとかたならずおどろいた。それは多くの選考委員が村山氏の旧作を丹念に読んでいる証左であり、それは村山氏の幸運でもあろうが、作家としての徳というものでもあろう。」(宮城谷昌光)

 おお。ザッツ・直木賞。直木賞作が他を圧する傑作であるとは限らない、その必要もない、っていう姿の美しいまでの典型です。

          ○

 直木賞をとったからと言って、はしたなく喜んだり、急に自分を変えたりしない。そんな「周囲の動きにまどわされずブレない女性」像もまた、村山由佳さんに課せられた、憧れの女性イメージです。

「直木賞を頂いても、あまりに何も変わらないので、いいのかしらという感じです。東京から距離を置いているということが大きいと思うんですが、鴨川では別の時間が流れていて、しなければならないことは変わらない。動物の世話があり、一定のクオリティで書き続けなければいけない小説がある。もっと変わってしまうかと思っていましたから、変わらないでいられる自分に、逆に自信が持てたような気がします。」(『オール讀物』平成15年/2003年9月号「直木賞受賞インタビュー 変わりながら変わらずにあるもの」より)

 なるほど。直木賞で変わるより、変わらないでいることを理想と見る価値観ですね。

「デビューして十年という節目の今年、『星々の舟』で第百二十九回直木賞を受賞した。「業界」とは離れた静かな鴨川に暮らし、「ひたひたと寄せてくるうれしさ」をかみしめながらも、「自分のペースを見失わずにいたい」という村山さん」(『新刊展望』平成15年/2003年10月号「インタビュー 村山由佳 それでも「生きていく」ということ」より)

 「ええ、私は直木賞をとっても何も変わっていないわ。自分のペースを守っているだけ」と宣言する人に、いや、はたから見ると変わっているように見えますよ、と指摘するのはむなしいことです。なので、ここは村山さんご自身の言うとおり、直木賞をとる前もとったあとも、彼女の姿勢は何ひとつ変わっていない、っていうハナシを信じることにしようと思います。

 では、直木賞は、村山さんに何も影響を与えることができなかったのか。と言うと、そんなことはないそうです。これも村山さんの述懐。

「私自身もデビュー以来ずっと、会う読者会う読者から「『天使の卵』が一番好きです」と言われ続けていいかげん落ち込んでいた(引用者中略)

 最初の志のとおり、一作ごとに前とは違う世界にチャレンジし、少しでも深いところ、少しでも高いところに到達しようと、そのつどひとつずつハードルを越えてきたつもりでいたのに、なんでみんなあの最もシンプルで、ある意味何も考えずに書いた『天使の卵』を好きだと言うのか。まるで、その後のお前の仕事には価値がないと、何も進歩などしていないと、処女作がまだ一番マシだったと、そう言われているようなものではないか……。まあ、根が能天気だから落ち込むと言ったってたかが知れているが、それでもけっこうしんどかったことは間違いない。」(『青春と読書』平成16年/2004年11月号 村山由佳「十年 『卵』から『梯子』へ」より)

 それでも村山さんがいつまでもウジウジとマイナス思考を抱え続けるわけがありません。『海を抱く』を書き上げた平成11年/1999年ごろには、『天使の卵』コンプレックスから解放されます。常に前を見て歩きます。村山由佳さんは、そういう人です。

 そして直木賞の受賞。これを村山さんがどう受け止めたか。

「二〇〇三年、デビューからちょうど十年目の年に、長編小説としては十作目にあたる『星々の舟』でひとつの大きな区切りを迎えることができた時、私が何よりも感じたのは解放感だった。賞という名のわかりやすい〈印〉が与えられたことで、なんだかものすごく楽になった気がした。今までだって好きなものを好きなように書いてはきたけれど、これからはそれに輪をかけてヤンチャができる。そう思ったらわくわくした。」(同)

 底抜けのプラス思考ですね。

 でも、いいじゃないですか。直木賞は、村山由佳さんをなんだか楽な気持ちにさせることができた、と。そのくらいの効果は及ぼせたと。「直木賞はけっきょく村山さんに何の効力も残すことができなかった、なぜなら村山さんは周囲に流されない魅力的な女性だからだ!」っていうわけじゃなくて、多少なりとも、村山さんのその後に直木賞が関与できて、直木賞ファンとしては、まったく嬉しいかぎりです。

 ……って、どんな感想だ。

          ○

 で、村山さんのイメージのハナシに戻りますけど、平成23年/2011年現在、村山さんはどんなイメージで見られているんでしょう。

 これまで自分の書いてきたものを常に壊して、一作一作が新境地だ、と言えるものを書いていきたい、いや、書いてきたつもりだ、みたいなことを直木賞受賞のときも語っていました。その路線は健在なようです。

 『ダブル・ファンタジー』刊行時のインタビュー。

「村山さんは03年に『星々の舟』で直木賞を受賞。切ない恋心を描いた『天使の卵』や、青春恋愛小説「おいしいコーヒーのいれ方」シリーズで知られる。また夫とともに田舎暮らしをし、野菜作りや家の手入れを楽しむナチュラル派――というのが定番のイメージだった。

 「自分の小説を色にたとえればブルーや白のさわやか系。上澄みのきれいなところを書いていたら、下に黒いものがたまってきた。そんな私の中の『悪い女』は誰にも愛されず、一人でぽつんとしていたんです」

 固まったイメージとは違う球も投げられることを証明したい思いがあったという。」
(『毎日新聞』夕刊 平成21年/2009年2月10日「村山由佳さん『ダブル・ファンタジー』を刊行 性愛に切り込み新境地開く」より ―署名:内藤麻里子)

 あれだけ、自然に囲まれて料理の上手な夫と仲良く二人暮らしの図、をまきちらして、女性誌読者の目をうっとりさせてきた村山さんが、鴨川を離れ、離婚し、別の男性と再婚、「性欲」のキーワードで売し出しにかかるとは。もう村山さん、手をつけられませんな、としか言いようがありません。

 たぶん、村山さんご自身、自分のペースを守り続けた結果なのでしょう。

 もしもあのとき、『星々の舟』が直木賞をとらず、さして話題にならずに、村山作品を好んで読む層が広がったりもせずに固定化したままだったら。いまごろどうなっていたんでしょう。

 わかりません。まあ、少なくとも『ダブル・ファンタジー』が三冠(中央公論文芸賞・柴田錬三郎賞・島清恋愛文学賞)をとることはなかったでしょうね。直木賞をとっていないと、それら文学賞をとる確率は極端に減りますから。

 しかし村山さんはとってしまいました。三冠の文学賞を手にしたこととも相まって、また「新境地」との評価を受けてしまいました。さあ、これで村山さんはさらに楽になったでしょうか。まだまだ作家生活は長い。これからも楽しみな方です。

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