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2011年7月 3日 (日)

藤原伊織(第114回 平成7年/1995年下半期受賞) 「会社勤めしながら書きたいものだけ書いていきたい」男の、理想と現実。

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藤原伊織。『テロリストのパラソル』(平成7年/1995年9月・講談社刊)で初候補、そのまま受賞。「ダックスフントのワープ」でのデビューから15年。47歳。

 つい先日まで、うちのブログではいろんな文学賞に注目していました。直木賞と関係の深い文学賞をあれこれと。

 江戸川乱歩賞について、じつはどう扱おうか迷ってはいたのです。いたのですが、注目度の低い賞を優先的に取り上げることにかまけて、スルーしてしまいました。ごめんよ乱歩賞。

 直木賞と乱歩賞。ネームバリューにおいては、エンタメ小説界の二大巨頭だと言っちゃいましょう。この二つを一つの作品がかっさらったと聞いたら、興奮を覚えない賞マニアはまずいません。

 関口苑生さんだって興奮しています。

「藤原伊織の『テロリストのパラソル』は、四十年に及ぶ乱歩賞史上初めて、予選選考、本選考ともに満場一致でAランク評価を受けた作品として世に出、第一一四回直木賞も受賞、史上初の乱歩賞、直木賞のダブル受賞作となったのだった。

 過去においても、乱歩賞受賞作が直木賞の候補となった作品はいくつかある。新章文子『危険な関係』、陳舜臣『枯草の根』、小林久三『暗黒告知』、高柳芳夫『プラハからの道化たち』などがそれだ。また乱歩賞受賞作家が直木賞を受賞した例も多岐川恭、陳舜臣、高橋克彦らがいるが同一の作品で受賞したのは、正真正銘『テロリストのパラソル』が初めての作品、作家であったのだ。」(平成12年/2000年5月・マガジンハウス刊 関口苑生・著『江戸川乱歩賞と日本のミステリー』「第二十一章 乱歩賞と直木賞のダブル受賞」より)

 そもそも、なぜ乱歩賞作は即・直木賞をとりづらいのでしょう。今日のハナシは、そこから行きます。

 と言いますか、いまさら居ずまいを正して解説するようなことでもありません。両賞の評価軸が明らかに違うからに決まっています。

 乱歩賞はミステリー小説が対象です。有名無名問わず、プロでもアマでも参加資格があります。が基本、何冊も小説を出版してきたような人は、講談社の編集者にけしかけられたりしない限り、あまり応募しません。

 いっぽう直木賞は、はっきりいって対象の枠が曖昧です。小説なら何でも候補にしちゃうところがあります。ミステリー大好きな人たちからは、「どうして直木賞はミステリーに厳しいんだ!」と叱られますが、じゃあ直木賞がミステリーばかりひいきし始めたらどうなるか。特別そのジャンルの興味のない小説好きが嘆き悲しむのは目に見えています。

 直木賞は、ミステリーとしての出来の良し悪しをはかる場ではありません。ミステリー作として評価された新人の作品、乱歩賞の受賞作があまり受け入れられてこなかったのは、不自然でも何でもありません。

 じゃあ、『テロリストのパラソル』はどうだったんでしょう。どうして直木賞の選考会で評価されたのか。

 この時期に乱歩賞と直木賞、両方の選考委員をしていた方がいます。せっかくなので、その方の選評を参考にさせてもらいましょう。

 ようこそ阿刀田高さん。語っちゃってください。

「藤原さんの「テロリストのパラソル」は推理小説としては、いくつもの欠陥が指摘できるだろう。なによりも犯罪の動機が、「それがテロリストなんです」では、推理小説としては戸惑ってしまう。

 しかし、人物の描写力がただごとではない。とても魅力的だ。そして、なによりも文章が巧みである。よい点はいくつもあるが、とりわけ文章の中にそこはかとなく漂うユーモア感覚、これは、なかなか得がたい特色だ。

 ――これ以外にどんな作品が書けるのだろうか――

 という声はあったが、この筆力ならば、きっと今後もよい作品を書いてくれるだろうと、私はこのギャンブル好きの作家に賭けてみたくなった。」(『オール讀物』平成8年/1996年3月号 阿刀田高「文章の力」より)

 ははあ。「推理小説としては、いくつもの欠陥が指摘できる」ですか。逆に「完璧な推理小説」だったのだとしたら、どうだったんだろう。直木賞とれていたのかなあ。

 推理小説として不出来、だったからこそ直木賞で受け入れられたのでは、って視点。

 ではもう片方の乱歩賞は、どうなんでしょう。さすがに推理小説として評価されたんでしょ。と思いきや、案外そうでもなさそうです。

 そうでもない、と言いますか。「推理小説」としては不自然だけど、「ミステリー」としては最高の出来、みたいな感じ。

「最も歴史の古い乱歩賞はトリッキーな本格派の作品を世に出してきたことで知られるが、「90年代に入ってからはエンターテインメント傾向が強くなり、間口が広くなった」とフジテレビとともに同賞を後援する講談社。」(『毎日新聞』平成8年/1996年9月20日「ミステリー界最新事情――「定型」超えた作品増え…エンターテインメント色、さらに」より 署名:松村由利子)

 ええ、ええ、平成7年/1995年、『テロリストのパラソル』が世に登場した時期、っつうのはいわゆる「ミステリー」バブル華やかな頃でした。

 90年代。とにかくエンターテインメント小説なら、全部「ミステリー」ってラベルを貼っちゃえ、っていう乱暴な仕掛けが横行していましたよねえ。

 先に引用した毎日新聞の記事から。

「ミステリー作家の北村薫さんは「今使われているミステリーは、ほとんどエンターテインメントと同義」という。「戦前から本格と変格を巡る論争があったようにもともとミステリーの幅は広いが、さまざまな表現、高い技量をもつ作家の登場で、さらに広がりを増した」

(引用者中略)

 ミステリー評論家の北上次郎さんは「もうミステリーという名称をやめた方がいいのではないか」という。大沢在昌逢坂剛船戸与一らが登場した80年代に一連の作品を「冒険小説」と名づけた北上さんは、「その時代の新しい才能を示す名称が必要」と話す。

 ミステリーの作品数が少なかった時代には、SFも「変格推理小説」の中に含まれていたという。「ハードボイルドや冒険小説、ホラーなど、もともとミステリーを出自とするエンターテインメントが豊かに広がった今、何かよいネーミングはないでしょうか」と頭を悩ませている。」
(前掲記事より)

 この当時は、『このミステリーがすごい!』と直木賞候補作とが、ある意味、似たような作品群になってきた、なんて言われていたりもしました。これは、推理小説側の「ミステリー化」と、直木賞側の「推理小説アレルギーの減少」、両面があると思いますが、もっと言っちゃうと、単にラベルの貼りかたの問題だとも言えます。

 直木賞がミステリーに甘くなってきた。ってホントですか?

 その気になれば、どうでしょう、適当にピックアップするとして、たとえば第61回(昭和44年/1969年上半期)の直木賞候補作を見てみてください。これらほとんどが、90年代基準の「ミステリー」に属するものばっかりだ! と強弁したって許されるかもしれません。

 直木賞は元来、「推理小説」は嫌いだけど「ミステリー」は許容する。そんな性格だから、『テロリストのパラソル』も受賞できた。って、そんな解釈も成り立つと思います。

          ○

 言い忘れました。『テロリストのパラソル』がなぜ乱歩賞・直木賞の二冠に輝けたのか。そりゃあ藤原伊織さんの才能があったればこそです。開花するまで時間のかかった才能でしたが。

 『テロリストのパラソル』は、藤原さんの作家人生にとって、三度目のスタートでした。

 一度目は28歳のときに訪れました。大学に入学したとき、ちょっと小説を書いたことはあったものの、電通に就職して3年め、比較的ひまな部署に異動したのをきっかけに本格的に小説に手を染めたんだそうです。

「この作品は、七〇年ころの新宿を素材にした恋愛小説である。私は二十八歳だった。どんなデキかと思い、角川の「野性時代新人賞」(引用者注:正確には野性時代新人文学賞に応募した。

 この賞をなぜ選んだかというと、理由はふたつある。ひとつはこの雑誌が当時、いわゆる純文学とエンターテインメントをジャンル分けしない性格を持っていたからである。(引用者中略)理由のもうひとつは、選考委員のひとりに吉行淳之介氏の名があったからだ。」(『オール讀物』平成8年/1996年3月号 藤原伊織「空白の名残り」より)

 藤原さんの応募作は、第4回(昭和52年/1977年)、第5回(昭和53年/1978年)、第9回(昭和57年/1982年)の計3度、野性時代新人文学賞の最終候補に残ったことが確認できています。いずれも藤原利一・名義です。

 のちの藤原さんの姿を想像させるような、鋭いことを指摘した選評だけかいつまんでおきましょう。

「「野性時代」にふさわしいエンターテイナーといえば、あるいは藤原利一の「踊りつかれて」をあげるべきかもしれない。感覚も悪くないし、ミキという女性のもつ雰囲気も割合よく描かれている。しかし後半になると底の割れた感じで、無理に結末をつけたような不自然さがあるのは残念だ。だが今後に可能性を残している書き手ではないだろうか。」(『野性時代』昭和53年/1978年1月号 尾崎秀樹「語り口に好感」より)

「藤原利一氏の「気分はいつも、四月の光」は、途中まですらすらと読めた。その軽みも嫌なものではなかった。しかし、中途で慶齢のホモの父親が出てくる辺りから、急速に不自然になる。なかんずく末尾の沢村の自殺はいかにもとってつけたようだ。(引用者中略)この作者は小説性という幻影にふりまわされたのではないか。」(『野性時代』昭和58年/1983年1月号 北杜夫「選評」より)

 80年代に入ってから藤原さんは、標的を『野性時代』から他の雑誌にも広げていたらしく、『小説現代』や『オール讀物』にも投稿しました。ようやく最終選考会でも丸印をつけてもらえたのが、昭和60年/1985年の『すばる』でした。

 このときの応募作「ダックスフントのワープ」は、選考会でA・B・Cの三段階評価で、Aが3人、Bが2人。Aをつけたのが佐伯彰一、三木卓後藤明生。Bは中村真一郎と安岡章太郎でした。

三木 このままでは失敗していると言わなければならないし、かなり安易に当世風に流れているところもあるが、しかし寓話の部分はなかなかよくできていると思う。(引用者中略)

中村 まあ才筆なんでしょうね。

安岡 才筆だね、確かに。(引用者中略)この人はなかなか好い感性を持っている。それが作家の一番基本なんで、その意味ではぼくは期待を持つな。だけど、このまんまじゃダメだね。

(引用者中略)

後藤 安岡さんが言われた基本的なものとセンスが、確かにうまくかみ合っている人だと思います。この作品でというより、人として、作者として。世界をつかまえる構造、仕掛けとして寓話と現実を絡めているが、ただ最後のウィスキーを飲む場面はいかにも凡庸すぎる。」(『すばる』昭和60年/1985年12月号 「第9回すばる文学賞 選評座談会」より)

 これでいよいよ文壇デビュー。と、すんなり行かないところが藤原さんの藤原さんたるゆえんなんでしょう。

「「易きに流れやすい傾向がある」ので、あえて原稿依頼を断っているうちに注文が来なくなったとか。」(『読売新聞』平成7年/1995年7月2日 「顔 第41回江戸川乱歩賞の受賞が決まった 藤原伊織さん」より)

 ん。どういう意味ですか。「易きに流れやすい傾向があるので、あえて原稿依頼を断る」。……書きたいものだけ書いていたい、っていう藤原さんの別の証言もありますので、まあそういうことなんでしょう。

          ○

 基本、面倒なことはしたくない作家、藤原伊織。

 江戸川乱歩賞なんちゅうデカい賞をもらっても、まだこんなこと言っています。

「出版社サイドとしては、来年の受賞者が出るまでに第二作を、という一応のガイドラインがあるようです。

 この本が大分褒めていただいているから、下手なものは出せないと思うけれど、まだ何も考えてないし、締め切りは迫ってくるわで、もう本当に、気分真っ暗ですよ(笑い)。

 一番望ましいライフスタイルは、二、三年に一本ぐらい、気に入ったものを、テンションが高まった時に書いて、それがそこそこ売れて……というのが理想的なパターンだと思っていたんですよ。」(『THIS IS 読売』平成8年/1996年3月号 「BOOK AREA 著者インタビュー」より)

 って、このインタビューは厳密には直木賞もとってからのものなんですけど、まあ措いといて。乱歩賞だけだったら、このグウタラな作家に、あとどれだけの小説を書かせることができたか、はなはだ心もとないものがあります。

 むろん、のんびりマイペースで、締め切りに追われることなく、書きたいときだけ書く生活だったら、電通も定年まで勤めたのかもしれないし、あるいは今もまだ書き続けていられたかもしれない。いや、まあ、そんなこたあわかりません。今となっては。

 ただ、乱歩賞と直木賞、二つの賞を一気にとってしまった唯一の男だからこそ言える、こんな述懐もあります。

「賞をもらうと注文がくるんですが、根が行き当たりばったりのいい加減な人間なので、「面倒だなぁ」とお断りしているうちに注文もこなくなる。そうするとまた何かに応募する、という繰り返しなんです。(笑)

(引用者中略)でも今回直木賞をもらったら、もう抜けられないな……という感じなんです。

(引用者中略)ただ、乱歩賞と直木賞をいただいたので、乱歩賞だけだったら『ダックスフント』のようなものは書きづらくなってしまうところが、直木賞作家としては書ける。そういう意味では、書く世界で幅が持てたのでよかったと思っています。」(『潮』平成8年/1996年8月号 「対談 小説を書くことはわが人生の「やじろべえ」!?」 裕木奈江×藤原伊織より)

 けっきょく、藤原伊織といえばミステリー作家、とくくられちゃう状況は変わってないのでしょうけど。それでも放っておいたら、あんまり小説書いてくれなくなりそうな藤原さんに、書く気を起こさせただけでも、直木賞、イイ仕事したじゃん、と思わされます。

 乱歩賞と直木賞、ダブルで受賞した作品だからと言って、「ミステリーの最高傑作」であるとは限りません。もし、そんなイメージを持って本作を読み、「大したことないなあ」と思ったとしても、それは「ダブル受賞=傑作」と勝手に脳内変換した自分自身の勘違いのせいなので、あきらめてください。

 乱歩賞は知りませんが、こと直木賞は傑作に与えられる賞ではありません。ただ、ひとりのワガママ作家に、もっと書けもっと書け、とプレッシャーを与え、その結果いくつもの小説を書かせることができる、そのくらいの効果しかない賞です。……いや、そんなにも効果がある賞です、と言い直しておきましょう。

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コメント

この文章が、2011年に書かれた・・・。

君、藤原伊織氏が、食道癌で壮絶な最後を遂げる前、世間に痛烈に何かメッセージを残したはずなんだが・・・

それに、君の注釈いや・・・そのレベルのレにも達していない何か。
ハッキリ言って要らないし、小学生の読書感想文にも達していない文章「のようなもの」。

僕には、何を書いているのやら・・・。

日本語って、難しいですね。

投稿: | 2011年9月 3日 (土) 07時42分

君、ブログというものは、例え自分にとって耳の痛い話でも、一つ一つ応えていかなければならいはずなんだが・・・。

もはや、誰もが書くブログだが、そういうイロハのイもわかっていない人間が、開設してはいけないんだ。

“三つ子の魂百まで”というやつだね。

投稿: | 2011年9月 3日 (土) 07時59分

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