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2011年1月30日 (日)

大藪春彦賞 文壇アウトローの名前をあえて冠した、文学賞に縁遠い出版社の賞。

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 大藪春彦さんを表現するのに、ぴったりくる言葉といえば、「孤高」です。純文壇からも、大衆文壇からも、推理文壇からでさえ、ひとり離れ立つ存在感。

 その孤高さをあわらすのに、しばしば文学賞が引き合いに出されるのは、なぜなんでしょう。いろんな方が言っています。大藪春彦はただのひとつも文学賞を与えられなかった、それがすごいんだ、みたいな具合に。

花村(引用者注:花村萬月) (引用者注:処女作の「野獣死すべし」のときに)文体ができてるんだ。怖えよなァ。

(引用者注:馳星周 二十四、五でしょ。

花村 もうやることねえよな。しかも受け入れられなかったでしょう、文学賞とかには。

 いわゆる文壇にね。

花村 本物の条件だよ。ニセモノがここでちまちまと対談なぞして、ご飯食べてますけど(笑)。カッコいいよね。

 カッコいい。おれらみたいに弱い人間にはできない(笑)。だけど大藪さんなんかになると、もう賞なんかいらないですよ。」(平成11年/1999年2月・徳間書店刊『蘇える野獣 大藪春彦の世界』所収 花村萬月・馳星周「本物の条件」より)

 そんなカッチョいい作家、大藪春彦。よりによって彼の名前を、あえて「カッコ悪さの代名詞」である文学賞に付けてしまった、チャレンジ精神あふれる賞。大藪春彦賞です。

【大藪春彦賞受賞作・候補作一覧】

 平成8年/1996年2月、大藪春彦さん61歳で逝去。公私にわたっての友であり、仕事の相棒であった徳間康快さん(当時の徳間書店社長)が、翌平成9年/1997年9月、大藪春彦賞を創設しました。

 主催はあくまで「大藪春彦賞選考委員会」。徳間書店は、後援ってかたちで賞の運営に関わっています。

 直木賞に限ったハナシではなく、山周賞も吉川新人賞も山風賞も、それぞれ特定の出版社の編集者が候補作を決めています。こういう文学賞は、もちろん、その出版社との関係性ぬきには語れません。大藪賞しかり、です。

 大藪賞は13年の歴史を築いてきました。この賞を見るのに、すでにさまざまな切り口が生まれていることと思います。そのひとつに確実に挙げられるのが、「大藪賞における徳間書店刊行候補作の位置づけ」でしょう。

 第4回(平成13年/2001年度)の選評で、大沢在昌さんは書きました。

「「赤・黒」の著者である石田氏(引用者注:石田衣良に、私は強い期待を抱いている。時代をとりこみつつ、基本形を決して外さないという意味では、近年出色の正統ハードボイルド作家だろう。(引用者中略)

 快作ではあるが、この作品が候補になったことは、石田氏にとって不運だったかもしれない。」(『問題小説』平成14年/2002年3月号より)

 さらに翌年。ふたたびの大沢さんです。

「『溝鼠』

 作者の作風をここであげつらうことはしない。ただ本作には、以前候補となった作品とのちがいが感じられなかった。その意味では、候補となったことじたいが、作者にとっては不運であったと思う。」(『問題小説』平成15年/2003年3月号より)

 いうまでもなく、石田衣良『赤・黒』も、新堂冬樹『溝鼠』も、徳間書店から出た本です。

 作者を論ずるより何より、徳間から出たばっかりに、箸にも棒にもかからない小説が候補作に選ばれてしまって不運なことだ……といった思いを、つい大沢さんの選評から読み取ってしまうのは、ワタクシの意地が悪いゆえでしょうか。

 「作者には力量があるのに、候補作が悪かった」っていう表現。第10回(平成19年/2007年度)の、香納諒一『孤独なき地』に対しても、浴びせられました。第12回(平成21年/2009年度)の、誉田哲也『ハング』もまた、そうでした。

 熱く、どやしつけるような叱咤(酷評)とともに。

「『ハング』が候補になったのも、版元が主催する出版社の作品という不運なのだろうと思いたい。(引用者中略)たとえ手慰みの作品で、候補に挙げられたこと自体が不本意でも、細部に手を抜かずに書いたものであるなら、もっと評価は得られたはずだ。残念でならない。」(『問題小説』平成22年/2010年3月号 真保裕一選評より)

「『ハング』は選考委員という立場にいなければ途中で読むのをやめていただろう。(引用者中略)各方面で高評価を得ている新鋭の作品だということで期待していたのだが、その期待はあっさりと裏切られた。作者にも文句を言いたいが、この作品を担当した編集者は糾弾したい。あなたは小説家と一緒に戦う覚悟があるのか? あるのならば、なぜこんな作品をゆるしたのか?」(同号 馳星周選評より)

 その他、インターネット上には、黒崎視音さんの『交戦規則ROE』が、大藪賞の候補になる前の、あれやこれやのハナシが、まだ少し残っています。これもまた興味ぶかい限りです。

 おいおい、徳間書店は、自分のところからたくさん受賞作を出さないようにと、自社のものを候補作にするに当たって、選考委員たちにコテンパンに言われるようなものを、わざと選んでいるんじゃないか? そう思わせるほどの展開です。他の文学賞では、なかなかお目にかかれません。

 そして今年。第13回(平成22年/2010年度)。徳間書店、輝ける記録をまたひとつ更新しました。

 自社の本を候補に残した全12回のうち、受賞は、第1回(平成10年/1998年度)の馳星周『漂流街』一回ぽっきりですから、これで連続落選記録を11回、に延ばしたわけです。第7回(平成16年/2004年度)からは、毎年毎年で、切れ目なし。7年連続です。道尾秀介直木賞連続5回候補、もびっくりの大記録と言えましょう。

 そして、こういうワザを見ていると、妙なすがすがしさを感じてしまいます。文学賞とは縁のない大藪春彦の名を、わざわざ賞名に立てた徳間康快さんの思いが、文学賞とは縁遠い徳間書店の姿として、正しく継承されているのだな! とさえ思われてくるのですから、不思議なものです。

          ○

 大藪賞は、基本、大藪春彦の作品世界に通じる小説を対象としています。冒険小説、と言いますか、ハードボイルド小説、と言いますか。静かで心しみいる小説など、クソくらえの世界です。

 直木賞では、あまり評価されない部類の小説、ともいえます。

 なので、大藪賞と直木賞、両者が接点をもつこともあまりありません。ないんですが、平成12年/2000年にチョコっとだけ、交錯したことがありました。

 主役は船戸与一さんです。

 それより4年前、平成8年/1996年に船戸さんは森村誠一さんと対談しています。大藪春彦について語り合うのがテーマです。

 ここでもやはり「文学賞」の話題が出てきます。

船戸 森村さんがデビューされたころは、まだ文壇というのは確固としてありましたか。

森村 漠然とありました。文壇というのは、いうならば作品以外の要素である種の影響力を形成している、老退(大ではない)家や老虚匠のグループです。(引用者中略)私なんかまだ作家になる以前から、文壇の符牒でもって文芸作品を評価するという傾向に対して漠然たる反感を持っていて、だから大藪作品を読んだときにスカッとしたんです。これはもうアンチ文壇であって、大藪作品は芥川賞とか直木賞とか、ああいうものは決してもらわないだろうと思いましたね。(引用者中略)

船戸 僕は森村さんより十数年遅れてデビューしたもんだから、文壇を、その種の反感を持つほどの存在とは思ってないですね。

森村 眼中にないでしょ。

船戸 はい(笑)。

森村 今は眼中にない作家が多いんです。非常にいい傾向ですよね。」(前掲『蘇える野獣』所収 森村誠一・船戸与一「戦後文学が生んだ異端の巨人」 ―初出『問題小説』平成8年/1996年8月増刊号「蘇える野獣 大藪春彦の世界」より)

 船戸さんも言っています。「大藪さんは賞をとらなかったところが最大の名誉だったんじゃないか」と。

 この対談のなかに、こんなやりとりがさし挟まっています。

森村 で、船戸さんはこれから直木賞をとるかもしらんけど……。

船戸 ありえませんよ(笑)。」

 世の中、「ありえないこと」は、そんなにありません。

 ありえないことが起こってしまいます。平成12年/2000年7月、第123回直木賞を、船戸与一さんが受賞してしまうのです。

 永江朗さんは『噂の真相』平成12年/2000年9月号で、「ひとつの事件である」とさえ言ってのけています。

 以下は、船戸さんへのインタビュー。

「ある日突然速達が来て『ノミネートを受ける気があるなら、経歴等を書き込んで返送されたし』とな。ふつうは電話で編集者から打診があるらしいんだが、俺のときはそうじゃなかった。びっくりしたよ。この商売始めてから21年目、これまで一度も候補になってない。だからもう対象外だと思っていた。それが初ノミネートだなんて。普通はないよな。文春の編集者に『直木賞の性格を変えようと思ってんのか?』って聞いたら、『そんなことはありません』って言ってたけどな」(同号「山本賞に次いで直木賞を受賞した船戸与一が語る受賞劇の楽屋裏事情」より 取材・構成:永江朗)

 性格を変えようと思っていないのに、こういうことを平気でやるのだから、直木賞の天然ぶりが炸裂しています。

 この永江さんの記事の読ませどころは(というか、『噂の真相』記事の多くはそうかもしれないけど)、文壇のドス黒い事情を前提にしたインタビュアーと、そんなことはないはずと正論を答える当事者、その会話の掛け違いのえんえんとした繰り返しにあります。

 たとえば。

「船戸与一は大藪春彦賞の選考委員である。ひとつの賞の選考委員を他の賞の選考委員が選ぶという妙な構図である。しかも今回から直木賞選考委員になった北方謙三は、同時に大藪賞の選考委員も兼ねており、船戸とは長年の友人として知られる。

「選考委員が選考委員を選ぶとかなんとか、そういうのは関係ないと思う。これだけ賞が増えると、そういうことをゴチャゴチャ言ってたら、選考委員も候補者も選べなくなってくる。ただ、俺がノミネートを受けたのは、北方を困らせるためだという話が文芸記者の間で流れたらしい。」」(同記事より)

 まったく正直な船戸さん、いいなあ。しかし、あのとき、そんなバカっぽいウワサ話で盛り上がっていた文芸記者がいたのか、笑うなあ。無類にゴシップが大好きな文芸記者って人種、たまらなく、くだらなくて愛おしいよなあ。

 それはそれとして。

 まず直木賞とは縁がない、などと言われていた80年代の冒険小説軍団――いわば大藪春彦チルドレンのなかから、次つぎと受賞者が生まれて、「大事件」の船戸与一さんで終止符が打たれたかと思ったら、なんとびっくり、その約10年後に、佐々木譲さん受賞、でとどめを差しました(たぶん、とどめですよね?)。

 直木賞側に、ほんとうに変えるつもりがないにしても、明らかに変わったと見たくなるところです。だからこそ、よけいに60年代70年代の、大藪春彦さんの開拓者としての姿が、いまさらに光輝くわけです。

          ○

 直木賞が変わった。とは言っても、大藪賞とは、あまりにも評価の観点がかけ離れています。近年では候補作がカブることは、ほとんどありません。

 ただ、大藪賞の初期のころは、いくつかそんな作品もありました。

 福井晴敏『亡国のイージス』です。

 直木賞の選考会(第122回)が平成12年/2000年1月14日。そこで落選した1週間後、1月21日に、大藪賞の選考会(第2回)が開かれて受賞が決まりました。

 直木賞委員の黒岩重吾さんは切り捨てました。

「登場人物が描けていない。(引用者中略)余りにも登場人物が多く、作者は誰に重点を置くかを見失ったのではないか。」

 大藪賞委員の生島治郎さんは、まったく逆のことを言って褒め称えました。

「多数の登場人物が出てくるにもかからず、その一人一人を見事に描き切っている」

 この真逆なコメント。ほとんど演芸です。コントです。

 にしても、まったく惜しいことでした。直木賞のほうでも、『亡国のイージス』は黙殺されたわけではありません。田辺聖子井上ひさしと、を強烈に推す人が二人いました。ここで直木賞をとっていればなあ。直木賞と大藪賞のダブル受賞(いや、ほかにもいろいろな賞をこの作はとっていますけど)、なんちゅう、水と油がドロドロに交じり合う姿が、見られたかもしれないのになあ。惜しい。

 奥田英朗『邪魔』。この小説もまた、直木賞が落第点を出し、逆に大藪賞が合格点を与えた例です。

 伊坂幸太郎『グラスホッパー』になりますと、直木賞・大藪賞ともに、落選。

 直木賞委員、平岩弓枝さん。

「才気煥発ながら、それだけで勝負をするのは難かしい。」

 大藪賞委員、西木正明さん。

「才気煥発、いかにも現代が息づいているような文体と構成で、読みおえて、うまいなあと感心してしまった。

 こういう作品がきちんと評価されること自体にはまったく異論がない。ただ、この作品に関するかぎり、その才気やうまさと、作品の完成度との間に、いささかの乖離が見受けられたように思う。」

 伊坂作品を認めない直木賞なんて、キーッ、ゆるしがたいわ、と怒りに胸をふるわせている方は、きっと、『陽気なギャングが地球を回す』や『グラス ホッパー』を落としてしまった大藪賞にも、同じくらいの恨みを感じていることでしょう。爺さん婆さんが伊坂作品なんか理解できるはずがない、とか何とか。

 ……と言いつつ、じつはワタクシ、伊坂さんが大藪賞に落ちたことで何か発言している人の声を、寡聞にして耳にしたことはないんですが。

 それってあれですか。筒井康隆さんの猛烈なファンが、直木賞をバカにするのと同じくらい、彼に受賞させなかった坪田譲治文学賞をバカにしているのかどうか、よくわからない、というのと同じハナシですか。

 みんなけっきょく、直木賞ばっかり気にするのね。大藪賞や坪田賞のことも、気にしてあげてください。

 ええ。直木賞は、いろいろな人気作家に賞をあげそこねてきた。まったくその通りだと思います。できそこないの賞です。未熟です。大したやつじゃありません。愚かです。権威など、仮に昔はあったのかもしれませんけど、とっくのとうに失墜しています。自明のことです。

 既存の賞ではすくい取れないエリアが、たくさんある(昔だってたくさんありましたけど)。多くの人がもっと奨励されてもいい、と感じている作家に、何か賞をあげたい。……そんな思いから、大藪賞をはじめ、種々の文学賞ができてくるのは楽しいことです。そして、それら種々の賞もまた、歴史を積み重ねていくうちに、けっきょく、あげそこねを生み出していく、という構図。

 いつまでたっても、文学賞界隈は発展途上ですなあ。だから魅力がある、と言えるわけですね、文学賞って。

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