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2010年11月14日 (日)

中山義秀文学賞 受賞作を出さざるをえない主催者の悩みを、公衆の面前で見せる勇気。

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 ひと晩あけても、選考会の興奮さめやらないですよねえ。

 と言っても、伝わらないでしょうけど。昨日平成22年/2010年11月13日、中山義秀文学賞の公開選考会がありました。

 公開選考会……。文学ファンならぬ文学賞ファンには、たまらん響きです。賞の選考会が見られるんですもん。選評では伝わり切れない選者たちのナマの評が、聞けるんですもん。

 つうことで、中山義秀文学賞、世の趨勢に敢然と逆行して、非公開だったところから候補作を公表、選考会を公開、の英断をして、はや8年目。第16回選考会の様子を見てきました。

【中山義秀文学賞受賞作・候補作一覧】

 できるだけリポート調で行きます。

 白河市のなかでも、合併前は大信村だった場所。周囲を見まわせば山、田んぼ、空。そんな一区画に、中山義秀記念文学館、大信農村環境改善センター(選考会場)などが静かに建っています。

Photo1_2

 昼の12時をすぎる頃から、主に福島ナンバーを付けた自動車が、次々に駐車場にやってきました。大半は50代60代くらいのおじさんおばさん。そのなかに、子連れのファミリーもけっこう混じっていたりして。……ただ、ファミリー系の多くは、選考会に先立って披露された市立東北中学校生徒たちによる「安珍歌念仏踊り」を見学に来ていた人が大半だったらしく、それが終わったら、ささっと会場から出ていってしまいました。

 13時30分。選考会の開始です。会場に残った聴衆は、50~60人ほどでしたか。パイプ椅子は100数十席は用意されていたので、4割程度埋まっていると見ました。

 壇上に選考委員4名と、コーディネーターが現れます。聴衆から見て左から、コーディネーター人見光太郎、津本陽、竹田真砂子、縄田一男、安部龍太郎。それと、壇の下、聴衆の右側には、一次・二次選考を担当した三人の新聞記者が陣取ります。床田健太郎(時事通信)、佐藤晴雄(福島民報)、重里徹也(毎日新聞)。

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 司会進行役より、委員の紹介、選考過程の説明などがあり、じっさいに選考が始まったのは13時45分ごろでした。選考と言いましても、候補作ひとつひとつについて、4人の委員が順に感想を述べていく、というかたちです。委員同士が議論したり、つかみ合ったり(?)するわけではありません。

 3つの候補作について、委員の評する時間を計ってみましたら。冲方丁『天地明察』は、13時45分~14時30分で45分ほど。これがいちばん長くかかり、あと下川博『弩』が14時30分~15時00分、上田秀人『孤闘――立花宗茂』が15時00分~15時20分。

 しょっぱなが津本陽さんの『天地明察』評で、これがまた、関西弁まじりな上に、かなり呂律のあやしげな語り口なもので、正確に何を言っているのかが聞き取りづらい。おお、かつて直木賞選評で見せてくれた津本節は、じっさいにはこう聞こえるのか、他の直木賞委員の方々も大変だっただろうなと感動していましたら、竹田真砂子さんが、いいところ悪いところをバランスよく語ってくれて、少し持ち直し。

 と、次に語りはじめた縄田一男さん。普段からなのか今日特別なのかわからない、かなり疲れ切った、あるいは不機嫌さまるだしの語りが、会場内にピリピリっと緊張感を走らせることに……。

 義秀賞の対象期間に刊行された時代小説の、作者名・作品名を20個くらいポツリポツリと列挙したあとに、「少なくとも候補3作より、これらのほうが優れていると思う」と断言。そこから、本屋大賞(今年は『天地明察』が選ばれていますね)と書店員たちに対する痛烈批判が始まり、それを利用することで本を売り、売れればいいんだ式の考えで本をつくっている出版界に怒りをぶちまける。

 いわく、中山義秀とは文学の鬼であって、書くことから生じる孤独、書くことの怖れ、闘い、そういったなかで文学活動を続けた。そんな義秀の精神に片手でも届いている作品に、義秀賞は与えるべきで、今回の3候補はとうてい、そのレベルにない。と切り捨てちゃったわけです。

 これだ。文学賞ファンの求める文学賞のかたちが、まさにそこにありました。

 シャンシャンで決まる選考とか、委員全員が同じ方向で決めるような賞は、面白くとも何ともありません。縄田さんは断固、候補作選定に疑義を呈し、今度の候補作はどれも賞に値しないと主張する。安部龍太郎さんは、それでも自分は受賞作は出すべきだと思う、と考えを述べる。そのうえで、『弩』>『天地明察』>『孤闘』と順位をつける。

 スリリング。緊張感。わくわくものです。だってねえ。ここまで言われて、候補作を選んだ人たち――壇の下に控える三人の予選委員は、何を思っているんだろうな、とか。主催者である中山義秀顕彰会のメンバーは困っているだろうな、とか。つい想像しちゃいますもん。

 過去15回、義秀賞は毎年かならず受賞作を出してきました。でも今年は一筋縄ではいかぬ気配だ。いったいどんな結末を迎えるのか、わからんぞって空気が場内を包んだわけです。

 面白え。

 15時20分すぎ、最後に選考委員4人が、3候補作に得点をつけます。誰が何に何点をつけたかは非公開です。

 このとき、縄田さんが主催者に向かって、「受賞作なし、という選択肢はあるか、聞きたい」と尋ねる。事務局長は、「委員の先生方の採点結果をもとに決めさせていただく」と答える。

 採点が終わってから10数分。ひょっとして、この時間が今回の公開選考会の最大の見せ場だったかもしれません。会場の片隅で、顕彰会の面々(だと思われる)が討議をおこなっていた10数分間。

 待たされている間、壇上の委員たちは、いろいろツッコミを入れます。「授賞に値しない候補ばかりのときは、授賞なしにすべきです」。「『孤闘』の人は、ここで賞をあげれば伸びると思う」。などなど……。

 ほんとは、主催者の討議にもマイクを入れて、どんなことを話し合っているのか公開してくれたら、もっと面白かったんでしょうねえ。残念、そこまでの思い切りはなかったようです。

 そして15時40分。受賞作の発表。上田秀人さんの『孤闘――立花宗茂』となりました。

 その後の委員の話からすると、安部さんは『孤闘』にいちばん低い点を入れたようです。縄田さんはどの候補作にも点を入れず、受賞作なし一本槍。津本さんは『孤闘』推しだったようですが、竹田さんはかなり縄田さんの意見に近かった様子。

 かたや主催者にも立場があります。賞は出さなきゃ意味がない、って思いもあったことでしょう。選考委員への謝礼、5月から11月までにつぎ込んだ、宣伝活動を含めた運営にかかる費用を、無駄にしたくないでしょうし。しかも今年は義秀生誕110周年ってことで、やがて開かれる贈呈式を、盛大なイベントにしたい事情もある。ここで受賞作なし、の結果は、ちとつらい。

 苦渋の決断に違いありません。でも、苦渋なんだな、という雰囲気が、しっかり外野の人間に伝わってきました。これ重要です。公開にしている意味が、かなり発揮されたと思わされる選考会でした。

          ○

 縄田一男さんに「予選選考のありかたを、もう少し考えてほしい」と、苦言を呈されたかたちの一人、重里徹也さん。7年前、はじめて義秀賞が公開選考に踏み切ったときに、こんな記事を書かれていましたが、まったくワタクシも今年そんな体験をさせてもらいました。

「きれいに飾った「紹介」でも、乱暴な「激賞」でもなく、エンターテインメント小説に対する情理を尽くした本音の批評を聞きたい、とよく思う。(引用者注:平成15年/2003年12月)14日に福島県大信村で、そんな経験ができた。

 同村が主催する中山義秀文学賞が9回目を迎えて、選考を公開した。
(引用者中略)

 選考委員たちが候補作について一つずつ語っていくスタイルで進められたが、温かい中に厳しい言葉も飛び交った。
(引用者中略)

 いずれも、作品に真正面から向き合った評で、背後に文学への深い情熱を感じさせた。中学生から年配の方まで、100人以上が集まった会場にはときどき快い緊張感が走った。」
(『毎日新聞』平成15年/2003年12月21日「文化という劇場 本音が飛び交う公開選考、文学への情熱が伝わった」より 署名:重里徹也)

 この緊張感が、快いか快くないかは、よくわかりませんけれども。ワタクシ自身は、文学への情熱とか、そういう高尚なものは持ち合わせていませんが、文学賞を決定する場がかもし出す緊張感は、かなり味わえました。

 平成16年/2004年にも、重里さんは『毎日新聞』で義秀賞のことを取り上げています。なぜ義秀賞が、ながらく非公開でやってきたのに公開に変えたのか、その理由を主催者の口から聞き出していて、参考になる記事です。

「公開選考の実現にはいくつかの困難があった。まず、候補作家への配慮。公衆の面前で批評にさらされることに抵抗のある人がいるかもしれない。既成作家を対象にした文学賞には、候補作自体を明らかにしないものも多い。

 一方、選考委員も負担が大きい。精読することが要求されることはもちろん、批評がリアルタイムに公になるわけで、読む力も文学観も厳しく問われる。

 だから、文学賞の公開選考はほとんど行われていない。一般公募のサントリーミステリー大賞で実施されていたが、新人の応募作が対象だったうえ、すでに今はない。

 しかし、主催する中山義秀顕彰会(会長は渡部泰夫村長)では、何とか公開選考をしたいと考えた。事務局長の片野満・記念館館長は「アンケート調査で、村民がこの文学賞に距離を感じているのがわかった。身近に思っていただくには、選考を公開するのが最善の方法だと考えたのです。選考委員の方々、候補になった作家の方々にとにかく理解を得ようと必死でした」と振り返る。」
(『毎日新聞』夕刊 平成16年/2004年12月17日「中山義秀文学賞:公開選考 小説の楽しさ、奥深さ、あらわに」より 署名:重里徹也)

 当時の福島県大信村(現・白河市の一部)は、人口5,000人弱だったそうです。

 辺鄙、と言っては語弊があるかもしれませんが、少なくとも誰もがこぞって訪れる地とは言いがたい。福島県南部にある土地と言って、まず注目されづらい。しかも中山義秀。地味だ。重い。華々しくない。知る人ぞ知る、の極み。もういっちょさらに、対象が時代・歴史小説とかぶせてきている。おじさんおばさんが好んで読むもの。文学に新しさをもたらしてくれる感が乏しい。

 地方自治体の文学賞のなかでも、そうとう渋くて、光の当てられにくい存在。だからこそ、公開選考会が許される、といった面もあるようです。ってことを、前掲の記事で重里さんは、当時の選考委員・佐江衆一さんから引き出しています。

「選考終了後、(引用者中略)佐江さんは「主催者の思惑がまったく入らない公平な賞。こんなことは東京では差し障りがあってできないでしょう」と話していた。」(同「中山義秀文学賞:公開選考 小説の楽しさ、奥深さ、あらわに」より)

 そうだ。交通の便がよくて、周辺に何万も何十万も人が住んでいるところじゃ、軽々しく公開なんてできないかもしれません。けど自分の土地でできることを、できるようにやる、旧・大信村の発想は正しいと思います。……いや、正誤はともかく、あきらかに文学賞として成功していると思いますよ。

          ○

 白河市にゃ一銭も税金をおさめていないし、とくに何の思い入れもなくて申し訳ないんですが、義秀賞が公開を貫くかぎり、文学賞界エースの地位は安泰でしょう。

 公開っつうのはアレです。たとえば主催者があまり見せたくないな、と思う恥ずかしい面とか、うまくいかない面とか、そういう部分も明らかにするから価値があるんです。司会進行役が噛み噛みなところとか。選考委員に、予選選考がなっていないと叱られるところとか。それをもとに来年からどう改善をはかるか、その姿もまた公開する。いやあ、えらい。文学賞の鑑です。

 まあ、文学賞ファンの声なんて、どうでもいいんでしょうけど。

 平成16年/2004年の第10回のときに、郡山市から駆けつけた58歳の会社員が語っている感想が、一般的なんでしょうか。

「(審査委員の)作家の生の意見を聞くことができ、価値がある。本を読むときに参考になる」(『福島民報』平成16年/2004年12月12日「中山義秀文学賞 大信 公開選考、今年も熱く」より)

 すんません、本を読む参考になるハナシより、出版界隈の抱えた問題点のハナシとか、関係者たちが選考委員の酷評を前に苦りきった表情で受賞作を決める場面とか、そういうのにばっか食いついちゃって。

 何にせよ、どんな困難が立ちはだかろうとも、義秀賞は公開をやめないでほしい。ダメ出し、不機嫌、沈黙、右往左往、そういうものを含んだ選考会は、きっと中山義秀ワールドに通じていると思いますので。

 ほら、義秀さんも言っていたじゃないですか。

「この年になつて聞きたいのは、美しい言葉なんかではなく、ほんとうの言葉、生きた言葉だけだ。ほんとうの言葉ならば、怒られても弱味を衝かれても感動するね。誰もほんとうのことを言つてくれなくなつたのかな。言つてくれるのは、俺の息子ぐらいかと思うことがある。おやじの小説はこのごろマンネリズムで面白くないよと言われた時は、事実注文も来なくなつたものな。そういう真実を言われるのが一番いい。本も多少読んだし、もうほかからたいして教わることもない。生きた言葉だけに感動するんだ。」(昭和47年/1972年4月・新潮社刊『中山義秀全集第九巻』所収「(対談)人生凝視」より 対談相手:永井龍男 ―初出『新潮』昭和41年/1966年8月号)

 公開された選考だからって、義秀さんの言う「ほんとうの言葉、生きた言葉」かどうか、わかりませんけどね。少なくとも、どんな空気感のなかで生まれた受賞作なのかがわかる、って意味では、今年の中山義秀文学賞は、ワタクシのなかでは「生きた文学賞」でした。

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