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2010年7月11日 (日)

本屋大賞 文学賞。みんなで選べば怖くない。

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 迷いました。今日、どんなエントリーを書くか。

 ちょうど今、うちのブログは、「直木賞以外の文学賞について、集中的に考えていこうね」の周期です。なので、今週木曜日15日に行われる第143回(平成22年/2010年・上半期)の直木賞にひっかけながら、何か文学賞のことを書こうと思っていました。

 どうやら巷でささやかれている評判によると、中島京子さんや姫野カオルコさんが優勢っぽい。ならば、吉川英治文学新人賞にしようか。団鬼六賞にしようか。いや、道尾秀介さんもあなどれないらしいぞ。じゃあ、大藪春彦賞にしようか。

 と、いろいろ悩んだ挙句、まあ、今度の直木賞の注目点のひとつは、「本屋大賞」との関わりだよね。っていう素直な内なる声に従うことにしました。

【本屋大賞投票結果一覧】

 まずは、本屋大賞の簡単なご紹介から。

 本屋大賞とは。……平成15年/2003年、本が売れない小説が売れない、職場で働いてても楽しくない、と負のオーラを背負った書店員の方々が、どうにか書店業界も元気だしていかなあかんぜ、と気炎を上げたのが出発点。本の雑誌社が力を貸し、毎年、前年(厳密には前々年12月~前年11月)に出た小説本のなかから、書店員たちが「売りたい」本を投票してランキングして発表する、ってもの。

 これで書店の方々が喜んで、生き甲斐をもって働けるようになった、わあ幸せ。というのですから、試みとしては大成功ですもの。外野のワタクシが何を意見する必要があるでしょう。

 ただ、直木賞オタクとして無視できないこともあります。この賞がはなから「打倒直木賞!」と、何度も何度も言っていることです。

浜本 (引用者前略)“打倒直木賞!”とか冗談ですから、基本的には。受賞作が話題になるとか、賞そのものがマスコミで取り上げられるなんて予想してなくて、あくまで各書店の中で、こういう賞をはじめましたというフェアができたらいいな、お店の横のつながりができたらいいな、というぐらいのニュアンスでスタートしたわけですから。(引用者中略)

――“打倒直木賞”というのはどこまで本気ですか。第一回目の授賞式で、浜本さんが言っていましたが。

浜本 なんで打倒直木賞だったんだろう。思いつきですよね。前もって考えていたわけじゃない。横山秀夫さんが『半落ち』で賞をとれなかったことに対する憤りが書店員の間にあった、という経緯もありますが。選考に対する不満はずっとありましたね。」(『小説TRIPPER』平成18年/2006年秋季号[9月] NPO法人本屋大賞実行委員会理事長・「本の雑誌」発行人:浜本茂、インタビュー・構成:永江朗「本屋大賞の真実」より)

 思いつきでも何でも、そこで「打倒芥川賞!」と発想しないところが面白いわけです。

 芥川賞ってさ。つまり、単に胸おどるストーリー展開とか、読後じゅんとくるとか、そんな程度の読解力じゃ太刀打ちできなそう。でも、直木賞なら、おれら本読みのほうに勝ち目がありそう。みたいな感じ、ですか。

 いや、何と言おうか。直木賞っていろんな人に親しまれていて、可愛がられていて、ついチョッカイを出したくなるヤンチャなところもあって、庶民的なんだな。ほほえましい限りです。……別の表現を使うとすると、まあ、ナメられているんだな、とも言えますが。

 いちばんナメているのは、こんなブログを毎週書いているお前じゃないか。とのツッコみは、さらっと受け流すことにしまして。

 で、直木賞と本屋大賞との関係のハナシです。

 基本、両賞の対象とする期間の関係上、本屋大賞のほうが、直木賞の受賞作・候補作を、得点にして評価し直す、っていう構図がもともとあります。

 たとえば、佐藤多佳子『一瞬の風になれ』(第136回 平成18年/2006年・下半期 候補)みたいに、何で直木賞はこんなイイ小説を落としちゃうのさ、バッカじゃないの。と、本屋大賞(平成19年/2007年度)で1位になるとか。

 たとえば、伊坂幸太郎クンの小説、どうして直木賞の人たちは認めてくれないの、あたしたちいつまでも伊坂クンの味方だからねっ! と、落選作『重力ピエロ』(第129回 平成15年/2003年・上半期)が、受賞作『4TEEN』や『星々の舟』より上位にきたり、落選作『死神の精度』(第134回 平成17年/2005年・下半期)が、受賞作『容疑者Xの献身』より上位にきたり、などなど。

 そうそう。直木賞は、受賞作だけ見ているより、候補作と合わせて見ると、ショーとして数倍面白い。というのと同様、本屋大賞も、1位の作品だけじゃなく、2位以下に挙がった膨大な作品群について、順位とか得点とかを見ると、また何十倍も面白い、と思います。

 ってことで。以下に掲げますは、過去の直木賞受賞者が、それ以前に本屋大賞でどのくらいの支持を集めていたのか、を表す図です。付録として、第143回候補の6人の、「本屋大賞度」も右に加えてみました。さあ。目をこらして、とくとご覧あれ。

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          ○

 とくと見ろ、と言ったって、たいした新発見があるわけじゃないんですけどね。

 ただ、直木賞と本屋大賞は、相反するかたちの「ライバル賞」ではなく、補完しているのかしていないのか、関係がありそうでなさそうな、微妙な位置関係で成り立っている。というしごく当たり前のハナシ。

 たしかに、直木賞を受賞するような人たちは、受賞以前あまり本屋さんから熱烈支持を受けている感じはありません。東野圭吾北村薫佐々木譲といったベテランから、朱川湊人桜庭一樹といった若手まで。こういった人たちが、本屋大賞の上位に顔を出しはじめるのは、直木賞でまんべんなく顔が売れた後だ、っていう傾向があります。

 そう見ると、第135回(平成18年/2006年・上半期)直木賞の、女性二人受賞は、ちょっと風合いが変わっていました。三浦しをん森絵都。ほんとうは、このときこそ、「直木賞もついに、本屋大賞の後を追うようになったか(書店員レベルになったか)」と注目すべきでしたが、ついついワタクシは、そんな視点をスルーしてしまいました。反省。

 で、今度の候補者6名。

 万城目学さんの、本屋大賞上位ランキングの多さが際立っています。愛されているのう。今度の「直木賞+本屋大賞」の枠組みでいえば、どうしたって冲方丁さんが主役ですけども、案外、影の主役は万城目さんじゃなかろうか、と思わせるほど。

 それと、道尾秀介さんの、ちょぼちょぼと地味に票を集めている感じ。あれ、道尾さんってこんなに書店員に人気なかったっけ?と思わないでもないですけど、地下に潜行している熱心な支持書店員がビターッとはりついている感じが、あるいは人気のあかし?

 下馬評の高いお二人、中島京子さんと姫野カオルコさんは、まさに、これまでの直木賞受賞者をほうふつとさせる歩みで。なるほど下馬評ってやつは馬鹿にできないな、と実感させられます。

 ぶきみなのが、乾ルカさんが、2年前の76位(5点)に『夏光』で食い込んでいるところ。このぐらいの、書店間での温度が直木賞君には心地よかったりするんですよねえ。

 それで、泣く子も黙る冲方丁さん『天地明察』。過去、これと同じケースが一度だけ、「直木賞+本屋大賞」の場面に出現したことがありまして、そのときは、本屋大賞2位の作品だったんですけど、おなじみ泣く子も黙る(?)森見登美彦さん『夜は短し歩けよ乙女』。本屋大賞2007で、佐藤多佳子『一瞬の風になれ』とデッドヒートを演じ、20.5点差で2位に甘んじたんですが(ちなみに3位とは208点差)、その後に直木賞候補(第137回 平成19年/2007年・上半期)になりました。

 結果はご存知のとおり。直木賞委員にはさんざんな言われようで軽ーく落ちました。

 しかし、『天地明察』がどうなるかはわかりませんけど、今後、直木賞&本屋大賞のW受賞をねらおうと企むヤカラが、こぞって奥付の初版日付を11月30日にしてくる、なんて動きが出てきたら、あまりに馬鹿バカしくて、ワタクシは好きです。

          ○

 外野のワタクシが何を意見する必要があるか、とさっき大見得を切りました。早くも、その自戒をやぶって、少し本屋大賞のこれからについて書かせてもらいます。あくまで直木賞オタクの視点から。

 ひとつは、本屋大賞のサイトのことです。

 本屋大賞というのは、「書店員たちの熱い思い」「みんな手弁当でやっている」みたいなところが長所だと思うんです。核心だと思うんです。その割りに、なんかサイトから熱い思いが伝わってこないよなあ。と思っているのは、そうですかワタクシだけですか。

 書店員のための賞なんだから、書店員が満足すればいいのであって、きみたち読者や、さらにはあんたのようなキモい文学賞オタクのことなど、大して重要じゃないんだよねー、と言われると、はい、そうですかと引き下がらざるを得ません。でもね、本屋大賞って、1位に選ばれた作品だけじゃないのでしょう?

「惜しくも2次投票へのノミネートはならなかったが、1次投票に寄せられた作品はどれもが、投票した書店員にとっての「本屋大賞」だ。本屋大賞ならではの作品が並ぶ、31位以下をどかーんと一挙に紹介する!」(平成22年/2010年4月・本の雑誌社刊『本の雑誌増刊 本屋大賞2010』「1次投票全集計PartII 獲得ポイント別ランキング」より)

 なぜサイトのどこを見ても、11位以下の作品、もっと言えば、一人しか投票しなかったような「本屋大賞ならではの」作品が、紹介されていないのか(どこかに掲載されているのかもしれませんが、ワタクシは見つけられませんでした)。

 完全営利、だというのならハナシはわかります。投票のあったすべての作品情報を、サイトに反映させるのは手間がかかる、つまりは時間がかかる、作業費がかかりますから。それだけの営業効果のないことはやらない、それも判断のひとつでしょう。

 でもさ。熱意によって成り立っていると公言するのなら、それくらいやってほしい。儲けとか効果とか度外視して。数年たったあとでも、読者が「昔の本屋さんはどんな本を熱く押していたんだろう」と思って、サイトに訪れるわけですから。と思うわけですよ。ワタクシなんぞは。

 もうひとつ。こちらは、今も本屋大賞の血のなかに確かに流れている素晴らしい点。ぜひ今後も続けていってほしいな、と思うことです。

 それは、「言われたら言い返す姿勢」。

 本屋大賞は、そりゃあもう、はたから見たらあざといまでの営業戦略ですし、選ばれる作品にしても、ワタクシが一つひとつ言うまでもなく、各方面からガンガンけなされています。毀誉褒貶なかばしているのか、毀・貶のほうが上回っているのかわからない状況です。

 でもね。先に引用した浜本茂さんインタビューとか、毎年4月に刊行される「本の雑誌増刊」の『本屋大賞』本での記事を読むと、実行委員会として力強く言い返している。「え?それって言い訳じゃん?」と思われるのも構わず、逃げ口上を打っている。……その姿勢が素晴らしいんです。文学賞として。

「――でも、一回目は読売文学賞とのダブル受賞で、二回目は吉川英治文学新人賞とのダブル受賞になりました。だから、選考委員による既存の賞と、結果的には変わらないじゃないか、という批判もありますが。

浜本 べつにそこはこだわっていない。だから本当は直木賞と一緒でもかまわないんじゃないですか。

(引用者中略)

まず既存の文学賞の価値が下がっているとは思わない。本屋大賞もダブらないように意識してるわけじゃないし。ただもっと埋もれてるものを見つけて欲しいっていう期待はあると思うんです。(引用者中略)『博士』(引用者注:2004年受賞の『博士の愛した数式』)は本屋大賞の受賞前、九万部とか十万部でした。その数は、業界の人は、ものすごいベストセラーだと認識するけれども、でもたかだが十万部ですから。日本人の一億人ぐらいいて、そのうち本を読める人がどれくらいいるかわからないですけど、そのうちの十万人しか読んでないわけですから。」(前掲『小説TRIPPER』浜本茂インタビューより)

 「すでに売れている本ばっか選んでいる」批判。これについては、『本屋大賞2009』(平成21年/2009年4月・本の雑誌社刊)の編集後記でも、反論されています。10万部でも100万部でも、人口からすれば全然少ない、と。……そりゃそうなんですけど、ほとんど屁理屈です。

 しかし、屁理屈でも何でも、うちの賞はこう考えてやっているんだ、と批判に対して反撃する姿勢が尊い。

 文学賞なんて、どんな賞でも、まず絶対に、批判を浴びる星の下に生まれているんですから。カンペキじゃなくて当たり前。でも、たいてい出版社がやる文学賞は、批判を受けても、まともに返事をしない流儀なんですよねえ。その「澄ました感」や、「密室性」をウリにしているんじゃないか、と勘ぐりたくなるほど。

 その意味で、本屋大賞の遠吠えをみると、ワタクシみたいな文学賞ファンは、拍手を送りたくなってくるのです。ええ。もっとやってください。

          ○

 週が明ければ、あっという間に木曜日まで時が流れることでしょう。次の木曜、7月15日は、第143回直木賞の日。

 日本文学振興会のサイトや、twitterなんかで結果を知ったらその夜は、うちのブログも見にきてやってください。何か感想めいたこと、書いているかもしれません。

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