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2010年6月27日 (日)

山本周五郎賞 果たして直木賞の対抗馬なのか、それとも単なる弟分なのか。

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 直木賞のライバルとは……。今の時代を生きる文学賞好きが、その筆頭としてイメージするのは、どうしたって、これ。

 山本周五郎賞でしょう。

【山本周五郎賞受賞作・候補作一覧】

 創設は昭和62年/1987年9月。このとき、さんざん新聞、雑誌、文芸誌などで話題をふりまいて、満を持しての第1回(昭和62年/1987年度)授賞が、翌、昭和63年/1988年5月。以後、毎年5月に、選考会が行われています。

 文学賞、ってやつは不思議です。静かにおごそかに、大して注目を浴びずに行われているうちは、非常に格調高く、ほんのりアカデミックな香りすら漂わせたりしているもんです。作家、評論家、編集者あたりの、せまーい世界のなかで、どうやら優劣の判別が行われているらしいぞ、と知れるものの、一般人にとっては、いまいち関心のわきにくい行事なうちは。

 ところが、ひとたび、新聞やら週刊誌が扇情的にとりあげだすと、一気に、文学賞のイメージは変貌を遂げます。

 どういうイメージになるか。……はっきり言えば、いかがわしいな、胡散くさいな、って感じです。

 文学賞のもっている性質のひとつ、商業的・営業的な“仕掛け”、って側面が、異様にクローズアップされるからでしょうか。

 じっさい、山本周五郎賞のスタートは、かなりな「いかがわしさ」をまとったものでした。

 なにしろ、この賞の創設が世に知れ渡ったのは、新潮社(新潮文芸振興会)の公式発表ではありませんでした。それより前、『読売新聞』のスッパ抜きによるものだったんです。

新潮社が新人対象に、三島由紀夫賞と山本周五郎賞を新設 「芥川・直木」に対抗

 新潮社(佐藤亮一社長)は、新人作家を対象にした三島由紀夫賞、山本周五郎賞の新設を決め、九月七日発売の雑誌「新潮」十月号に賞の概要を発表する。文壇への登竜門とされる芥川・直木賞の向こうを張った“第二芥川・直木賞”として文壇や作家志望者の強い関心を集めそうだ。(引用者中略)

 三島賞は、いわゆる“純文学”を対象にし、選考委員は大江健三郎、江藤淳、筒井康隆中上健次宮本輝の五氏。大江-江藤氏の組み合わせに加え、小説「大いなる助走」で芥川・直木賞を痛烈に風刺した筒井氏が入っている点でも話題性十分。

 また山本賞は、“大衆小説”が対象で、井上ひさし山口瞳藤沢周平野坂昭如田辺聖子の五氏が選考委員。こちらは、五人のうち四人までが直木賞選考委員でもあるが、近著「超過激対談」の中で、なぜ直木賞選考委員になれないか、を過激に語っている野坂氏が異色。」
(『読売新聞』昭和62年/1987年9月1日より)

 これを受けての、新潮社のコメント。

「当の新潮社はなかなか慎重な言い回しである。

「九月一日、読売新聞がスッパ抜いて以来、あちこちから問い合わせがあって、そのたびに『芥川賞に対抗するつもりか』ときかれて困っているんですよ。そんなこと、うちとしてはコメントできませんからね」

 と、梅沢英樹出版部長はいう。とはいうものの、反響のあまりの大きさに、してやったりという表情がないわけではない。」(『週刊朝日』昭和62年/1987年9月18日号「新人発掘で文学賞ウォーズ 切り札三島由紀夫賞で文春芥川賞と張り合う 老舗新潮社の意地 直木賞には山本周五郎賞で対抗」より 執筆:「本誌・広瀬博」)

 この『週刊朝日』の記事タイトル、あるいは本文。まあ、お決まりのごとく、芥川賞・三島賞がメインであって、直木賞・山周賞は添えモノ扱いなんですよね。

 ただ、そのなかでも、谷沢永一さんのこんなコメントが、印象にのこります。

「いや、山本周五郎賞のほうが文春にとって脅威なんじゃないかなという人もいる。「辛口批評」でおなじみの谷沢永一関西大教授だ。

山本周五郎直木三十五では、横綱と前頭ぐらい格がちがう。それに、バックが作家を育てることにかけては定評のある新潮社となれば、そのうち、同じもらうのなら山本周五郎賞ということになるかもしれない」

 と、ズバリ推測する。」(同『週刊朝日』記事より)

 さらには、こんなに、おいしいゴシップ性満載のネタに、かの『噂の真相』が手を出さないはずがありません。昭和62年/1987年11月号で「芥川・直木賞に対抗する三島・山本賞の“思惑と勝算”」(レポーター:呂淳介)の記事を掲載。この新しい賞の船出に、よりいっそうの「いかがわしさ」を与えることに成功したわけです。

 そもそも、文学賞に、新人賞→中堅賞→功労賞の階層があり、またそれぞれに格上・格下のランクがある、って見立てる姿勢が、人間くさくて、くだらなくて、下世話な感じをかもしだします。

 しかも、このときの主役が新潮社とくるわけですから。それまで同社のやってきた数々の文学賞はどれもパッとせず(あまり認知度があがらずに売上げに結びつかず)、それを打破するために、純文学―大衆文学っていう、芥川賞・直木賞とまったく同じ枠組みを、そっくりそのまま拝借したわけですからね。一面では「けなげな企業努力」、ある一面では「恥も外聞もかなぐり捨てたサル真似」。

 ちなみに、そういう煽情性とは相容れない新潮社社史では、山本周五郎賞のことをどう語っているか。

「新潮文芸振興会は八八年に、功労賞的な傾向が著しくなった日本文学大賞を廃止し、代って新しい書き手を対象とした三島由紀夫賞と山本周五郎賞を制定した。三島賞は「文学の前途を拓く新鋭の作品」、山本賞は「すぐれて物語性を有する新しい文芸作品」に授賞する方針で、作家の名を冠せたのには、賞のイメージを鮮明にする意図があった。(引用者中略)

 この二つの賞は、文藝春秋主催の芥川賞、直木賞に対抗するものと目され、新潮社対文藝春秋の、“文学賞戦争”と話題になったりした。一方社内には、これまで何度も賞を作っては潰してきた経緯を省みて、今度こそは定着させたいという強い意気込みがあった。」(平成17年/2005年11月・新潮社刊『新潮社一〇〇年』「時代の波を乗り切って 出版II」より 執筆:高井有一

 なるほど。新潮社内部でも、さすがに昭和12年/1937年から何度も何度も賞を変えてきた歴史には、忸怩たるものがあったわけですか。50年を経て、ようやく成功例を見習うことにしたと。きっと新潮社にしても、勇気の要ることだったでしょう。

          ○

 かくして山本周五郎賞は、直木賞と同じく、もう片方の賞(三島賞や芥川賞)のきらびやかな外ヅラに圧倒され、しごく地味にスタートを切ったのでした。

 まあ地味ですよ。第1回(昭和62年/1987年度)では、三島賞は派手にずらーっと、注目作家の候補作を並べたのに対して、山周賞の候補はたったの4作。しかもふたを開けてみれば、受賞作は、山田太一『異人たちとの夏』。超がつくほどの著名人。さらに版元は新潮社。……ってことで、おいおい、とおおかたの冷笑を誘う結果に。

 初期の山周賞は、それでも直木賞との距離感を、どうとっていけばいいのか、迷いながらの試行錯誤、という感じがつきまとっていました。

 賞の運営にあたっては、どんな受賞作を生み出していくか、が重要です。ということは、主催者に課せられた最も重要な任務は、どんな候補作を選ぶか、という一点にかかっています。

 山周賞の候補作を見ていくと、明らかに、直木賞と同列のラインで、直木賞に対抗しうる文学賞、という位置どりを意識していたことが見て取れます。

 そして、回を重ねるごとに、そのもくろみは、うまいこと推移していくかに思われました。

 たとえば、第3回(平成1年/1989年度)、候補に選んだのが、泡坂妻夫『蔭桔梗』や山田正紀『ゐのした時空大サーカス』。両者とも、直木賞の候補に何度も挙げられながら落ちてきたベテランです。彼らを、あえて候補にしました。あわよくば授賞となれば、直木賞に対する強烈なアンチテーゼとして、印象づけられたことでしょう。

 第6回(平成4年/1992年度)と第7回(平成5年/1993年度)の2年で、その対抗性は確固たるものになりました。宮部みゆき『火車』。久世光彦『一九三四年冬―乱歩』。ともに、ちまたの読書家たちから高い評価を受けた作品です。山周賞もそういう高評価を反映しての授賞、ところが直木賞は両方とも、落としたからです。

「「本の雑誌」七月号の巻頭コラム〈真空とびひざ蹴り〉が山本周五郎賞を称賛している。“山周賞はそうそうたる作品・作家を選んでいる。なにしろこれまでの受賞作家が、山田太一、吉本ばなな佐々木譲船戸与一、宮部みゆき、なのだ。(略)その間、直木賞は十七人の受賞作家を生んでいるが、幾人か惹かれる作家はいるものの、総じて弱い。その後の活躍を比べれば、山周賞のほうが今や信頼できる”というのである。

 このコラム、題して“山周賞はエライ!”ではさらに、上半期の直木賞候補作でもあった、第六回山本賞受賞作、宮部の『火車』(双葉社)を例にとり、直木賞を批判している。井上ひさしが絶賛しながらも『火車』が賞を逸したのは、“小説観の古い”渡辺淳一黒岩重吾に責任があり、“こういう作家に選考をまかせているかぎり、この賞は読者の実感からどんどん遠のいていく”というのだ。ここで触れている“古い”小説観とは、宮部が試みた趣向、すなわち犯人を最後の最後まで登場させない方法に対して何の理解も示さず、従来の物語でないがゆえの欠点をあげつらう、頑迷な読み方のことだろう。」
(『産経新聞』平成5年/1993年7月7日「斜断機 山本周五郎賞の角度」より)

 当時の山周賞選考委員、逢坂剛さんも、こんなことを。

「立場上、選考会の席上ではいろいろ偉そうなことを言ったが、剛爺にすればこれ(引用者注:久世光彦『一九三四年冬―乱歩』)はもう「賞を授ける」などというレベルのものではなく、「どうかもらってやってください」とお願いすべき作品だった。

 この小説は、直後の直木賞の候補にも残ったので、これは史上初のダブル受賞になる、と確信した。しかし、どうしたことか直木賞では票が集まらず、受賞を逸してしまった。(引用者中略)剛爺にとって『一九三四年冬―乱歩』が落選したのは、〈直木賞七不思議〉の一つである。」(平成22年/2010年3月・講談社刊 逢坂剛・著『剛爺コーナー』「久世光彦さんは選考委員の剛爺をギャフンと言わせた」より)

 文学賞として、直木賞なんかより山周賞のほうが信頼できそうだぞ、っていう雰囲気は、次第に高まっていったのでした。

          ○

 ところが直木賞も、その状況を黙って見過ごしていたわけではありません。

 山周賞がぐいぐい台頭するなかで、直木賞がいかなる手段をとったのか、といえば……。

 それについては、山本周五郎賞に最も縁ぶかい新聞、『読売新聞』が、同賞20周年のときにまとめてくれた記事がありますので、そちらを読んでみましょう。

「興味深いのは、国民文学賞的位置にある直木賞との距離がこの10年近づいていること。(引用者中略)山周賞後に直木賞を取った作家は近年を中心に8人に上る。第5回の船戸与一氏は直木賞まで8年かかったが、第10回以降は山周賞から1、2年内に直木賞を取る傾向が顕著。第17回の熊谷達也氏は『邂逅の森』で初めて直木賞を同一作受賞した。

 一方、直木賞作家を数多く先行評価してきた吉川英治文学新人賞は2000年以降、今のところ直木賞につながっていない。プレ直木賞の席を山周賞が代わりに占めた形だ。」
(『読売新聞』平成19年/2007年6月5日「三島&山周賞20年(下) 優れた先見性、直木賞と蜜月」より)

 ええ。『読売新聞』では、「蜜月」と表現しています。なんとも上品なとらえ方です。

 うちのブログは、べつだん文壇の目を気にせず自由に物言いができますので、もうちょっとツッコんで言ってみます。

 次第に直木賞が、山周賞受賞作家をすぐに後追いするようになってきた。ということは、どういうことか。

 それは、山周賞との張り合いを避けた、と言い換えることもできます。賞として対抗するのではなく、山周賞を直木賞にいたる道筋の途中にポジショニングしたわけです。

 となれば、直木賞は一層、ベテラン向けの賞、にならざるを得ません。

 山周賞だの何だので、ある程度、実績を積んできた作家のなかから、賞を授与する。これほど楽で、安全で、問題の起こりづらい位置どりはありませんよね。

 しかも、直木賞には一年で二度のチャンスが与えられている、というアドバンテージ(?)もあります。山周賞をとった人に、後づけで賞を贈りつつ、そのほかの作家群のなかから、これまたすでに活躍中の作家に与えちゃえば、山周賞の枠以外からも「直木賞独自作家」を生むことができたりして。

 したたかモノめ、直木賞。ボケーッとしているふりして、なかなか、巧妙ですなあ。

 そんなわけで、「文学賞」なる、煮ても焼いても食えなそうな馬鹿バカしい世界のなかでは、山周賞といえども、直木賞の牙城は崩せずにいます。

「もちろん、すべてがうまくいっているわけではない。たとえば、芥川賞の選考委員に就任する三島賞選考委員が相次いだことや山本賞の受賞作が直木賞も受賞してしまうといったことは、三島・山本賞の影を薄くした。(引用者中略)

 いかにして「ミニ芥川賞」「ミニ直木賞」にならないようにするか。新潮社には絶えず、思い切った冒険が求められる。」
(『毎日新聞』平成19年/2007年5月31日夕刊 「三島由紀夫賞・山本周五郎賞:芥川・直木賞に対抗して、両賞の20年」より)

 いいっすねえ、『毎日新聞』。「ミニ直木賞」なんて呼称をわざわざ出すことで、文学賞そのもののアホくささを感じさせる、その書き方。ワタクシは好きです。

 ワタクシ個人的には、文学賞同士が、バッチバッチと火花を散らしてやり合ってくれて、たとえば山周賞とったら直木賞はとらせない、直木賞とったら山周賞の線はない(これは今でもそう)、ぐらいの対抗賞であってくれたほうが、楽しめるのでありがたいんですけど。どうやら、今の直木賞は、文学賞を階級的に仕立てあげて、自分をその上位階級に置きたがっているように見えて、しかたありません。

 ね。こう見ると、文学賞って、いかがわしいでしょ。だから、面白い。

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コメント

pelebo氏が一介の小説好きなんて到底信じられないくらいの文章力。すばらしいです。私も小説大好きなのですが、芥川賞も直木賞も、受賞作をすぐに読むことは少なくなりました。

なんにしろ、このブログは今後も注目させていただきます。

投稿: ピンちゃん | 2010年7月 1日 (木) 21時20分

ピンちゃんさん、

コメントお寄せいただき、恐れ入ります。
いつもダラダラと書き殴り、読み返すこともままならず、読みにくいブログですみません。
それでも、読みに来ていただいて、ありがたいことです。

どこまでやれるかわかりませんが、しばらくは、直木賞以外の文学賞のことを
週イチで書いていきます。
またご意見、お聞かせください。

投稿: P.L.B. | 2010年7月 2日 (金) 02時44分

直木賞は選考メンバー考えた方がいい。山本周五郎賞だけでなくこのミス大賞や本屋大賞に最近では実績でもセール的負けている。井坂幸太郎や恩田陸がまだもらえてないだけで信用できない。このミスと本屋大賞の本だけは新刊で買う。 

投稿: | 2011年1月29日 (土) 15時59分

ええ、もう、「このミスと本屋大賞の本だけは新刊で買う」のお言葉にシビれます。

直木賞の本だけは新刊で買う我が身が、お恥ずかしいやら心苦しいやら……。

(名なし)さんの声が、文藝春秋の関係各位にしっかと届くことを願うのみです。

投稿: P.L.B. | 2011年1月29日 (土) 23時25分

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