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2009年12月 6日 (日)

直木賞とは……読み手をウンザリさせる自己満足の世界、とはとうてい相容れないもの。――岡照正『高1で芥川賞!』

091206 岡照正『高1で芥川賞!』(平成20年/2008年2月・文芸社刊)

 Amazonで「芥川賞」を検索すると、どどっと一覧が表示されますが、そのなかになぜか、まったく芥川賞作品・作家と関係のない本が一冊だけ含まれていますよね。なんだ、これ? 検索社会を100%意識したマガイもん? と思ったあなた。……おそらく正解です。

 あ、いや、ワタクシは著者の岡照正さんを全然知りませんし、それどころか、芥川賞作品にも大して興味がありません。なのでほんとうに「正解」かどうかは不明です。あくまで、以下は一読者の解釈ですので、念のため。

 『高1で芥川賞!』のあらすじは、ここでは述べません。ウンザリするので。

 ん? この「ウンザリ」感。ひょっとして、これこそが本作の真骨頂じゃなかろうか。そう思うと、俄然、こいつはギャグ小説として光輝きます。……残念なことに、ほとんど笑いどころのないギャグ小説ですけど。

 たとえば、本文116ページ、っていう薄っぺらさ。美的センスを疑う装丁の、色づかいやら題字。裏表紙オビには「特に95、97と100ページは必見! アメリカの文体の小説なのできっと驚く!」って書いてあるんですけど、どれどれと該当ページを見てみても、え? この文体で驚くやつがいますかね? と思わざるを得なかったり。本文だけにあらず、巻末の「解説」と称する作者の3ページにわたる文章がまたクセモノで、本全体から匂ってくる、世間を見下す自己中心的な(あるいは自己陶酔的な)物言い。

 まだありますよ。この制作者の「企み」は、ほんと執拗です。ネット上でも確認できると思いますけど、奥付ページに「著者プロフィール」が掲げられています。これを見て、思わず吹き出したのは、ワタクシだけではないはずです。

「1992年、講談社の『ウォンバット』(3号)のP204~P206までに『クレイジー・ボーイズ』が掲載される。『クレイジー・ボーイズ』は今回の小説の中のP57~P60に収録。今後も他の人が書けない個性的な小説を世に送り出す予定。」

 そういえば、かつて、妙ちくりんな構えで文学の世界に話題をふりまこうとして空振りで終わった『ウォンバット』誌って雑誌がありましたっけ。その雑誌の「FAX新人トライアル」に原稿を投稿して、ほかの6人の採用者に混じって、ほんの数ページだけ掲載された筆歴を、こんなにも堂々と開陳しちゃいますか。16年もたっているのに。

 いやあ、こんなにも道具立てが揃っているのをみたら、これ全部、本の制作者が意識的にギャグとして放っているとしか思えません。

 もうちょっとわかりやすく言いますと、こういうことです。

 「自分は新しい文学を世に発表するだけの力量(才能)がある」と勘違いしてるどこぞの若者がいる、とします。そんな人が、

「小説が出来あがったのでさっそく新人賞に応募した。(引用者中略)もし落ちても俺には開遠高校1年というちゃんとした滑り止めがある。人生が楽しみだ。俺はひょっとして天才なのかもしれない。」(「13」より)

 だとか、

「芥川賞の発表記者会見があり、高1での最年少の受賞は話題となった。僕は言ってやったよ。

「15歳で若いということがそんなに驚きですか?」と。

 記者はこう言ったね。「15歳で開遠高校1年、芥川賞受賞! 凄い肩書きですね。三島由紀夫の再来ですね。自分でもそう思いませんか?」

 バカバカしい。アホと話すと疲れるよ。」(「19」より)

 だとか、風刺と呼ぶにはスキだらけの自意識過剰な作文を、めんめんと綴り、ついには本にまでしちゃったとします。うわあ、恥ずかしいよね、愚かしいよね、むなしいよね。……っていう一部始終をネタにした作品なんです、これは。

 うんうん。本書の本文として掲載されている、読者を意識的に「ウンザリ」させることを狙った文章は、道具立てのひとつに過ぎません。装丁や、プロフィールや、あとがき、などなど一冊まるごとでもって、自意識過剰で鼻持ちならない野郎を皮肉っちゃっているんですね。

 とくれば、本文に登場する「直木賞」の扱われ方なんかも、もちろん、アレです。一種の「釣り」です。

「同時期に発表になった直木賞はどこかの56のオヤジ。どこから見てもくたびれた近所のオヤジだった。

「君凄いね! 15歳だってね」

 お前になんか言われたくない。僕はこのおっさんを見ていると、一体何のために今このおっさんが生きているのかわからなくなった。僕がもし56でこんなくたびれたオヤジなら昼間恥ずかしくて外出できないし、すぐにでもビルの屋上から飛び降りるだろう。この男は死ぬ勇気がないからだらしなくこの顔で生きているのだと僕は理解した。」(「19」より)

 さすが56歳の男は、えらいなあ。くだらないほど不遜で生意気で、カワイソーな若者を目の前にして、ついつい声をかけてあげるなんて。この直木賞作家は、そうとう人間としてデキた人なんだな、と感心しちゃいます。

 まあ、この語り手「岡照正」の「想像力の貧困さ」は、小説の作者である「岡照正」が一冊全体をつかってこれでもかと見せつける「想像力の貧困さ」につながっているんだもんなあ。で、そのポーズはたぶんに、作者「岡照正」を創造した、制作者である岡照正さん(ややこしいな)の企みなんですもんね。そう考えると、直木賞のくだりは「釣り」以外のなにものでもありません。

 制作者の企み。そうそう、いちばん大事な「企み」にまだ触れていませんでした。

 「文芸社」から出版してる、ってことです。ええ、あの「自費出版の文芸社」から。わざわざ。狙ったように。

          ○

 「自費出版」と聞いたらたいていマガイもんを連想しますよね。とか言ったら、文芸社の社員はともかく、他の自費出版業の方々は怒るでしょうけど、でもやっぱり「文芸社=自費出版=マガイもん感」のイメージは、かなり一般的らしいです。

 渡邉勝利さんは、出版社・東京経済の創業者にして、昭和60年/1985年に自費出版専門のMBC21を設立した方です。そして、文芸社を中心として横行している、「共同出版」ふうの詐欺まがいのビジネス手法に異をとなえている有名な方です。

091206_2  その渡邉さんの著書に『自費出版を殺すな』(平成20年/2008年3月・東京経済刊)があります。そこでは、文芸社がいくつかの書店に自社専用の棚を設置するやり口の問題点を、いろいろ挙げたうえで、しごくまっとうな見解を示しています。

「もう一つ問題を挙げるならば、「文芸社ブランドが有名になり過ぎた」、ということである。「文芸社の本イコール自費出版」、という目で見る人も少なくない。読者の自費出版に対する差別意識がある限り、売るということは難しい。これを解決するには、業界全体で「自費出版した本の中にも素晴らしい作品がある」、ということを、大きな運動として展開していく必要がある。」(『自費出版を殺すな』「文芸社は」より)

 たしかに。「自費出版に対する差別意識」ですか。そういうの、あるでしょうねえ。

 創栄出版の新出安政さんも、ここ数年の、新風舎やら碧天舎やらの倒産+問題表面化には、そうとう怒っている同業者のおひとりのようです。差別意識については、こう述べています。

「いまだに、自費出版は商業出版に劣るという社会的な先入観がありますが、決してそうではないと申し上げたいのです。そしてまた、インターネットやパソコン、携帯電話、メール等のIT産業の発展とともに、印刷技術の進歩により、誰もが自由に出版できる環境も整いつつあることから、充実した内容の自費出版本が更に増加することは確かなようです。」(平成20年/2008年5月・創栄出版刊、星雲社発売『楽しい自費出版のススメ 本を出したいあなたへ』より)

 そりゃそうでしょう。ワタクシ、「文壇の被差別対象」でありつづけた直木賞のファンの身にしてみれば、自費出版だからといって差別しないようにしなきゃなと肝に銘じます。

 でもね。自費出版と商業出版の内容の優劣はともかくとして、「自費出版」を恥と思う感情は、根強く世のなかにはひそんでいるらしくて。ねえ。大衆小説ばかり書き続けた作家のなかに、常に恥の意識をもっていた人がいたのと同じように。

 ってことを大島一雄さんも推測されています。

091206_3  大島さんは『歴史のなかの「自費出版」と「ゾッキ本」』(平成14年/2002年1月・芳賀書店刊)の著者です。この本を読むと、多くの人が「そんなもん研究テーマにすらならない」と見捨ててきた事柄を、おおまじめに取り上げて、突き進んでいて、ほんと惚れ惚れしますよ。

 そのなかの一節です。

「日本の文学史における自費出版のリストづくりをしたときに気づかされたのは、膨大な、特に詩集などの著作が、自費出版と断られずに自費で出版されているらしいことだった。(引用者中略)著者によっては「自費出版」を不名誉とみなすことがあったのではと思う。

 現実には「自費出版」なり「私家版」なりと自他称されていなくても、自費出版と変わらないかたちで出されたものが多くあるはずなのだ。「自費出版」という事実を隠し、その言葉から遠ざかろうとする。あるいは「自費出版」という事実を、こともなげに無視しようとする。」(『歴史のなかの「自費出版」と「ゾッキ本」』「II 自費出版の「歴史」」より)

 大島さんはさらに指摘しているんですが、当然ながら、自費出版であることに恥も何も感じない人もいます。まあ世の中にはいろんな人がいるんだな、ってことです。

 ただ、少なくとも、昨今の自費出版業者の編み出した「共同出版」「協力出版」「共創出版」ふうの、あたかも自費と商業の中間のものがあると見せかけるビジネススタイルが成り立ったり、あるいは「賞」をエサにして原稿を募っておいて、その応募者に共同出版をすすめるって手法が流行しているんですもんね。ってことは、けっこう多くの人が、「単なる自費出版じゃないのよ、自己満足じゃないのよ、わたしの作品は、プロの編集者に認められたのよ」っていう自尊心を快く思うんでしょう。相対的に、「自費出版って恥ずかしい」って土壌がそこに浮かび上がってきます。

 あれれ、危ない危ない。ここは直木賞関連ブログの場なんでした。直木賞のハナシをしなきゃ。

 自費出版と直木賞、ってくれば何でしょうか。ここでは「同人誌とかあれだって自費出版の一種だろ」ってツッコミは、とりあえず抑えるとして。

 自費出版(単行本)に限りますと、むかし有馬頼義さんっていう有馬家の末裔にして異端児がおりました。彼の『終身未決囚』(昭和29年/1954年5月・作品社刊)は、自費出版にして直木賞を受賞した稀有な例、と言われています。

          ○

 孫引きなんですけど、以下は、有馬さんが自作『終身未決囚』が直木賞に選ばれるまでのいきさつを語った文章です。

「僕の場合、とも角運がよかった。自費出版の本を出した頃、上半期(二十九年)の選衡期間であったが、勿論最初は、僕のは、はいっていなかった。僕はその少し前まで、「日刊スポーツ」でコラムを書いていたが、家庭の事情でやめ、そのあとを主筆の河合勇さんが書き続けていた。そこへ僕の本が出たので、河合さんが僕の退社をとむらう意味で、僕のことを紹介してくれたのだ。ここまではいいが、これからが運ということになる。直木賞の選衡委員の一人であった小島政二郎さんが、鎌倉から新橋へ来る間に、その河合さんのコラムを読んで、新橋の本屋で、僕の本を買って下さったのであった。小島さんはすぐにそれを通読して、直木賞候補作品の中に追加して下さった。」(昭和52年/1977年12月・村松書館刊 長野祐二・著『新人作家はなぜ認められない ―作家の不遇時代考―』より 『風景』昭和44年/1969年9月号 有馬頼義「直木賞のころ」の引用部分)

 さすが頼義さんだぜ。自費出版の本を出した、と何ひるむことなく回想してくれている。

 ただし、ここでひとつ注意が必要です。頼義さん自身も、あるいはこの本の著者・長野祐二さんも、しきりに「運」「運」と言っているんですが、たとえば素人が自費出版してそれが認められた、っていうのとは、かなり運のレベルが違います。

 だって当時、頼義さんが無名だったといっても、すでに『キング』誌とかに原稿を書き殴るほどのセミプロ作家だったわけですし。同じ回に芥川賞を受けた吉行淳之介さんとは、受賞前から顔見知りだったことからわかるように、有馬さん、直木賞受賞のまえから文壇の片隅に半身入れていたわけですし。

 そもそも、『終身未決囚』の「後がき」に書かれたこんな一節を読んでも、「文芸社ふう自費出版」とは、まるで世界が違うことを確認できます。

「作品社の田中君(引用者注:田中貞夫のことか)と、何か新しい雑誌をやろうと相談しているうちに、それがいつの間にか小説集出版の話になってしまった。」(『終身未決囚』「後がき」より)

 ってことで、「稀有な例」ですらこのありさまですもの、直木賞と縁のある「自費出版」というのは、「あなたの原稿を、出版します」とひんぱんに新聞広告が踊る世界とは、まあ別ものです。

 それを確認したうえで、『高1で芥川賞!』に戻ります。

 この作品が「自費出版の文芸社」から出版されている企みについてです。

 先に引用した大島一雄さんは、前掲書のなかで、「文芸社ふう自費出版」に対する印象を語っています。おそらく、この印象は多くの人がうなずくと思います。

「自費出版代行会社あるいは自費出版サービス会社が、巨額の宣伝費を投じて、本を出しませんかと人々を誘い・募るとき、そこには、たんに書きたいものを書き、それをせいぜい知人友人に読んでもらいたいとだけ思った最初の初々しい気持ちを飛び越えさせられて、何か一山あてることを目論むような、けちな狙いがかきたてられているという印象は拭えない。」(前掲『歴史のなかの「自費出版」と「ゾッキ本」』「III 生産・流通・消費のなかの自費出版とゾッキ本」より)

 はい、拭えません。

 『高1で芥川賞!』の制作者は、世間のことを何も知らないで意気がっているだけの愚かな若者像を、徹底的にパロってやろうと思ったんでしょう。そこで、わざとリアリティのない物語を書き、わざと突っ込みどころ満載のあとがきを書き、わざと安っぽい装丁にし(ちなみにカバーデザインのクレジットは岡照正/谷井淳一)、わざと経歴と呼ぶには恥ずかしいプロフィールを載せ……。そのギャグを完全なものにするために、「文芸社」というブランド(もしくはレッテル)を選びました。

 まさしく。制作者「岡照正」さんが創造した、この小説の作者「岡照正」ならば、たしかにこの一作で有名になってやろうと目論みそうだし、文芸社あたりにお金はらって本をつくりそうですもん。

 カンペキです、岡照正さん。このほかに、どこで作品を発表されているのか知りませんけど、一般読者に及ぼす効果まで見越してくりだすギャグセンス。ワタクシは好きです。また次も期待しています。

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コメント

プロフィール欄といえば、先日読んだ小説の著者略歴欄には未発表作のタイトルがずらっと並んでました。それに比べれば雑誌に載っただけ(それがたとえ『ウォンバット』でも)まだマシなのかもしれません(笑)
もともとその作家は略歴欄にネタばかり書いている人なので、その未発表原稿も本当に書かれたものかすらわかりませんが。
しかしこの“『第十七回落雷小説大賞選評』”って未発表原稿は本当にあるなら読んでみたいぞ。


余談。
もうご存じとは思いますが、Yahooトピックスに、直木賞ファンには寂しい記事が。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20110924-00000043-mai-soci

投稿: 毒太 | 2011年9月25日 (日) 00時12分

毒太さんへ

著者略歴欄の件、上には上がいるもんですねえ。
略歴欄でネタをかますなんて、ほんと、いいセンスしています。


本牧亭の記事URL、ありがとうございました。

今の今まで、あの本牧亭が残っていたことに感動すら覚えますが、
この世から直木賞関連施設がひとつ消えてしまうのは、ああ、まじ寂しい……。

投稿: P.L.B. | 2011年9月25日 (日) 23時45分

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