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2009年12月の4件の記事

2009年12月27日 (日)

直木賞とは……選ばれるのは「みんなが楽しめる小説」ではなくて、結局「読み手を選ぶ小説」。……って当たり前か。――石田衣良『チッチと子』

091227 石田衣良『チッチと子』(平成21年/2009年10月・毎日新聞社刊)

(←左書影は上がカバー部、下がカバー無し本体部)

 だらだら書いているうちに、ふと気がつけば、平成21年/2009年最後のエントリーじゃないですか。

 となれば、微妙に一年を回顧しようかな、と。今年も「直木賞を描いた小説」が何作かうまれました。うちのブログでは新刊を紹介することは少ないんですが、最もアレなやつを一冊、いきましょう。

 『チッチと子』です。不思議な小説ですねえ。爽やかそうななりをして、なんですか、このモヤモヤが残る感じは。おそらく、これは、作者・石田衣良さんの不思議な個性と不可分のものかもしれませんよねえ。

 おハナシの中心は、主人公である作家・青田耕平の男やもめの日常生活です。息子のカケルをはじめ、自殺した妻・久栄だの、文壇バーの美人ホステス椿だの、美人書店員の横瀬香織だの、中学校の美人(?)国語教師の坪内奈緒だのとの、関わり合い、からみ合いが物語られます。

 ところが、です。こちとら、そういう現代ふう恋愛小説チックなハナシを楽しみたいっつうのに。耕平の作品が「直本賞」の候補に挙がっただの、それが候補に選ばれるまでの内情だの、「直本賞」に対して各出版社の連中がどういう反応を示すだの、作家仲間たちにどう受け入れられるだの、まあ、本流の筋にとって邪魔っけなだけの業界ネタが、延々と差し挟まれます。うんざりするほど延々です。

「英俊館の岡本は『空っぽの椅子』の担当である。編集者によろこんでもらえるのは、作家としてこれ以上ないほどうれしい。だが、どうして決まったばかりの候補を岡本が知っているのだろうか。

「やっ、どうして岡本さん、わかったの。ぼくもさっききいたばかりなのに」

「ああ、青田さん、初めてでしたね。直本賞の候補作は決まった瞬間から、公然の秘密なんです。新聞なんかで一般に発表されるのは、選考会の一週間ほどまえですけど、実際にはひと月まえに決定されるので」

 プロとして十年も書いているのに、出版界にはわからないことがあるものだ。

「ですから、これからが長いんですよ。候補にあがったかたはみな、そのあいだがしんどいっておっしゃいます」」(『チッチと子』「第2章 11」より)

 ただ逆に、こういった出版界のウラ話が好きな、のぞき見趣味的な読者にとっては、そっくりそのまま、感想が逆転します。

 つまり、耕平がやたらモテまくるところとか、小学生カケルのけなげな言動に世の親御さんたちが胸をジュンっとされられるところとかは、はっきり言ってつまらないの極みなわけです。しかも全体に漂うライトな感じ、いや、スーパーライトな感じが、また思わず歯ぎしりを催させてくれます。

 ある視点から見ればすっごく面白そうな話だなと思えるのに、でも、別の視点から見ても、やっぱり何か消化不良を感じてしまうような、かゆいところに手の届かない構造。

 これって衣良さんの天然なの? 狙いなの? なるほどなあ、近年の衣良作品を読んだ人たちのなかから、「衣良衣良する」「衣良っとする」といった新語が生み出されるのも、うなずけたりして。

 ……と、こんな書き方してたら、あたかも『チッチと子』をケナしているように思われちまうぞ。

 違う、違うんです。ワタクシは、ただちっぽけな直木賞オタクの一人として、猛烈に悔しいだけなんです。

 『チッチと子』は、一歩まちがえば近年まれに見る「傑作直木賞本」になりえました。『毎日新聞』日曜くらぶで、少しずつ連載が進んでいるときには、こりゃあ、ついに衣良さんは次のステージにのぼりましたか、世間一般に流布する「軽薄な出たがり直木賞作家」っていう自分のイメージを逆手に利用して、読み手を仰天させるすごい世界を構築してくれるか、と期待に胸がふくらんでいったのに。

 青田耕平が、直本賞の候補にあがり、でも落とされた、そんなあたりはまさに。

「耕平は直本賞発表号の小説誌が届いたその日に繰り返し選評を読んだが、それからは書棚にしまい封印してしまった。あんな評ばかり読んでいたら、のぼせて日々の仕事ができなくなる。ほめ殺しとはよくいったもので、直本賞の候補になっただけで、とたんに立派な文章を書かなければいけないと肩に力がはいってしまうのだ。

「ふーん、そうなんだ。でも、初めての候補作の評判がすごくよくても、そのあとで何回も落選することって多いよね。前回の作品の鮮烈さにおよばなかった、なんていわれて。あれは気の毒だよなあ」

 華々しいデビュー作で候補にあげられた何人かの作家の名前がすぐ頭に浮かんだ。新鮮さを求められたら、デビュー作にかなうはずがない。かなり残酷な仕打ちだが、自分も同じ罠にはまる可能性はすくなくなかった。」(『チッチと子』「第4章 3」より)

 物語中盤からの興味は、衣良さんが、この耕平にどんな役回りを演じさせていくのか……つまり、候補作家のまま描き切るのか、ポロッと受賞させちゃうのか、って点になっていきます。

 ですよね。もしも、あの衣良さんが、ですよ。そう、直木賞を受賞して、そのおかげで活躍の場を広げ、お茶の間にすらおなじみになった一人の作家が、いまここで、あえて「候補どまりの落選作家のあれこれを描く」ことに終始してみせたなら。

 受賞作家が、受賞したことを描く小説なんて、いくらでもあるわけですし。あえてその道を選ばずに完結してくれたら。きっと強烈な小説世界になったはずなのに。そんな領域に到達するまで、あと少しだったのに。みすみす、「後世にまで残る名作」の座を手放してしまうなんて。うおう、残念至極。慟哭。

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2009年12月20日 (日)

直木賞とは……候補になることは文学的な業績でも何でもない。芥川賞候補と違って。――坂上弘『近くて遠い旅』

091220 坂上弘『近くて遠い旅』(平成14年/2002年11月・中央公論新社刊)

 500人近くいる直木賞受賞作家・候補作家のうち、いまの時期――クリスマスの季節に、いちばん似合う作家ってだれでしょう。そんな設問があったとしたら、ワタクシは迷わず山川方夫さんを指名します。

 おっと、ワタクシだけじゃないんです。山川さんの親密なる後輩・坂上弘さんも、同意してくれていますよ。『近くて遠い旅』の登場人物に、こんなセリフをしゃべらせていたりして。

「「そう。クリスマスがあの人には似合っていましたね。私たちは八重洲から銀座にかけてよく歩きましたが、クリスマスはとてもロマンチックで、どこの国でもそうでしょうが、光があって、空疎で」」(『近くて遠い旅』「第三章 人生の半ば」より)

 訂正。「同意」つうのは、語弊がありました。坂上さんがまさか、山川さんを「直木賞候補作家」のくくりで語るわけないですもんね。がっくし。

 というのも、山川方夫さんの短い生涯を、より俗っぽく紹介しなくちゃいけないときに、正確さを求める人は、「芥川賞候補に4度、直木賞候補に1度挙がった」と言ったりします。しかし、正直さを求める文学者たちは、そんな不用意な言い方をしません。じっくり言葉を吟味します。

「卒業後は、桂芳久、田久保英夫らと戦後第三次『三田文学』の編集を担当したあと、自らも、唯一の長編となった「日々の死」(昭三十二)を同誌に連載した。翌年から商業雑誌に登場し、「演技の果て」「その一年」「海岸公園」などの短編、「お守り」ほか数多くのショート・ショートを書いて、しばしば芥川賞候補になった。

「愛のごとく」は、そのあと、昭和三十九年四月号の『新潮』に発表された久方ぶりの力作で、過去最高の傑作との呼び声高く、柴田翔の「されどわれらが日々――」と並んで四度芥川賞候補に挙げられたが、またしても受賞を逸した。」(平成1年/1989年8月・小学館刊『昭和文学全集 第32巻』「中短編小説集・人と作品」より 執筆担当:曽根博義)

 ほら。ね。

「未完成なままで終った山川方夫は、しかし着実に成長する作家であった。そういう型の若手作家を、私はほかに何人も知らない。その意味では、山川が四たび芥川賞候補にあげられて四たび受賞しなかったのは、もし彼が健在であったらかえって幸運だったかも知れない。少なくとも彼はジャーナリズムにつぶされずに自己の文学を育てることができたからである。」(平成1年11月・新潮社刊 江藤淳・著『全文芸時評 上巻』所収「昭和四十年三月」より ―初出『朝日新聞』昭和40年/1965年2月26日、27日)

 鮮やかだなあ。山川さんの人生には直木賞なんて何ひとつ関わっていなかった、と錯覚させる言いざま。江藤さんも曽根さんも、芥川賞の落選のことは紹介していますからね、それゆえに、直木賞のことに触れない姿勢が、逆に際立つわけです。

 そして坂上弘さんの『近くて遠い旅』もまた、例外ではないのでした。そこでは、あたかも山川方夫をほうふつとさせる「堂本啓介」っていう人物を描いているんですが、江藤淳さんや曽根博義さんがそうしたように、ひとつの「文学賞」については、きっちり書いています。「長宗太」なる、川上宗薫っぽい人物にからめて。

「宗太が貰えなかった文学賞は啓介の生涯にも無縁ではなかった。彼も何度も続けて候補になり、時間をおいて、また候補になった。いよいよ世間の中に入って行くということを心にきめていたので、賞を目標に書くように言われて、半年毎に書いていた。実力ある新人として、彼を推す雑誌社も、候補の選考がすすむ裏話まで彼に知らせて、落ちてもまた次の目標に向かって書かせていた。自己をよく知る啓介は、自分の作品が賞に向いていないときは、候補にしてもらうのをことわったこともある。」(『近くて遠い旅』「第三章 人生の半ば」より)

 「堂本啓介」はそうかもしれません。ただし、山川方夫さんにとっては、芥川賞と無縁じゃなかったのと同じように、直木賞とも無縁じゃなかったんだけどな。

 それにしても、山川さん、『文芸朝日』誌に載った「クリスマスの贈物」が、直木賞候補に推されてるんですがどうですか、と打診されたときに、よくぞ断らずにいてくれましたよ。ねえ。万が一、まかり間違ってこの作品が直木賞なんかとっちゃった日にゃあ、親しい友人たちはみな、複雑な思いで悔しがったんじゃないでしょうか。なんで、山川は芥川賞じゃないんだ!って。

 そうなのか。真剣に文学に取り組む方たち、とくに『三田文学』や慶應周辺の方たちにとっては、山川さんが直木賞候補として名を残してしまったことすら、彼の人生の唯一の汚点、なのか。

 って、そりゃ言いすぎですか?

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2009年12月13日 (日)

直木賞とは……直木賞をとれなかった経験が一篇の渾身作を生む。そしてそれが、また候補になる。お見事。――胡桃沢耕史『天山を越えて』

091213 胡桃沢耕史『天山を越えて』(昭和57年/1982年9月・徳間書店刊)

(←左書影は平成1年/1989年10月・徳間書店/徳間文庫

※こちらのエントリーの本文は、大幅に加筆修正したうえで、『ワタクシ、直木賞のオタクです。』(平成28年/2016年2月・バジリコ刊)に収録しました。

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2009年12月 6日 (日)

直木賞とは……読み手をウンザリさせる自己満足の世界、とはとうてい相容れないもの。――岡照正『高1で芥川賞!』

091206 岡照正『高1で芥川賞!』(平成20年/2008年2月・文芸社刊)

 Amazonで「芥川賞」を検索すると、どどっと一覧が表示されますが、そのなかになぜか、まったく芥川賞作品・作家と関係のない本が一冊だけ含まれていますよね。なんだ、これ? 検索社会を100%意識したマガイもん? と思ったあなた。……おそらく正解です。

 あ、いや、ワタクシは著者の岡照正さんを全然知りませんし、それどころか、芥川賞作品にも大して興味がありません。なのでほんとうに「正解」かどうかは不明です。あくまで、以下は一読者の解釈ですので、念のため。

 『高1で芥川賞!』のあらすじは、ここでは述べません。ウンザリするので。

 ん? この「ウンザリ」感。ひょっとして、これこそが本作の真骨頂じゃなかろうか。そう思うと、俄然、こいつはギャグ小説として光輝きます。……残念なことに、ほとんど笑いどころのないギャグ小説ですけど。

 たとえば、本文116ページ、っていう薄っぺらさ。美的センスを疑う装丁の、色づかいやら題字。裏表紙オビには「特に95、97と100ページは必見! アメリカの文体の小説なのできっと驚く!」って書いてあるんですけど、どれどれと該当ページを見てみても、え? この文体で驚くやつがいますかね? と思わざるを得なかったり。本文だけにあらず、巻末の「解説」と称する作者の3ページにわたる文章がまたクセモノで、本全体から匂ってくる、世間を見下す自己中心的な(あるいは自己陶酔的な)物言い。

 まだありますよ。この制作者の「企み」は、ほんと執拗です。ネット上でも確認できると思いますけど、奥付ページに「著者プロフィール」が掲げられています。これを見て、思わず吹き出したのは、ワタクシだけではないはずです。

「1992年、講談社の『ウォンバット』(3号)のP204~P206までに『クレイジー・ボーイズ』が掲載される。『クレイジー・ボーイズ』は今回の小説の中のP57~P60に収録。今後も他の人が書けない個性的な小説を世に送り出す予定。」

 そういえば、かつて、妙ちくりんな構えで文学の世界に話題をふりまこうとして空振りで終わった『ウォンバット』誌って雑誌がありましたっけ。その雑誌の「FAX新人トライアル」に原稿を投稿して、ほかの6人の採用者に混じって、ほんの数ページだけ掲載された筆歴を、こんなにも堂々と開陳しちゃいますか。16年もたっているのに。

 いやあ、こんなにも道具立てが揃っているのをみたら、これ全部、本の制作者が意識的にギャグとして放っているとしか思えません。

 もうちょっとわかりやすく言いますと、こういうことです。

 「自分は新しい文学を世に発表するだけの力量(才能)がある」と勘違いしてるどこぞの若者がいる、とします。そんな人が、

「小説が出来あがったのでさっそく新人賞に応募した。(引用者中略)もし落ちても俺には開遠高校1年というちゃんとした滑り止めがある。人生が楽しみだ。俺はひょっとして天才なのかもしれない。」(「13」より)

 だとか、

「芥川賞の発表記者会見があり、高1での最年少の受賞は話題となった。僕は言ってやったよ。

「15歳で若いということがそんなに驚きですか?」と。

 記者はこう言ったね。「15歳で開遠高校1年、芥川賞受賞! 凄い肩書きですね。三島由紀夫の再来ですね。自分でもそう思いませんか?」

 バカバカしい。アホと話すと疲れるよ。」(「19」より)

 だとか、風刺と呼ぶにはスキだらけの自意識過剰な作文を、めんめんと綴り、ついには本にまでしちゃったとします。うわあ、恥ずかしいよね、愚かしいよね、むなしいよね。……っていう一部始終をネタにした作品なんです、これは。

 うんうん。本書の本文として掲載されている、読者を意識的に「ウンザリ」させることを狙った文章は、道具立てのひとつに過ぎません。装丁や、プロフィールや、あとがき、などなど一冊まるごとでもって、自意識過剰で鼻持ちならない野郎を皮肉っちゃっているんですね。

 とくれば、本文に登場する「直木賞」の扱われ方なんかも、もちろん、アレです。一種の「釣り」です。

「同時期に発表になった直木賞はどこかの56のオヤジ。どこから見てもくたびれた近所のオヤジだった。

「君凄いね! 15歳だってね」

 お前になんか言われたくない。僕はこのおっさんを見ていると、一体何のために今このおっさんが生きているのかわからなくなった。僕がもし56でこんなくたびれたオヤジなら昼間恥ずかしくて外出できないし、すぐにでもビルの屋上から飛び降りるだろう。この男は死ぬ勇気がないからだらしなくこの顔で生きているのだと僕は理解した。」(「19」より)

 さすが56歳の男は、えらいなあ。くだらないほど不遜で生意気で、カワイソーな若者を目の前にして、ついつい声をかけてあげるなんて。この直木賞作家は、そうとう人間としてデキた人なんだな、と感心しちゃいます。

 まあ、この語り手「岡照正」の「想像力の貧困さ」は、小説の作者である「岡照正」が一冊全体をつかってこれでもかと見せつける「想像力の貧困さ」につながっているんだもんなあ。で、そのポーズはたぶんに、作者「岡照正」を創造した、制作者である岡照正さん(ややこしいな)の企みなんですもんね。そう考えると、直木賞のくだりは「釣り」以外のなにものでもありません。

 制作者の企み。そうそう、いちばん大事な「企み」にまだ触れていませんでした。

 「文芸社」から出版してる、ってことです。ええ、あの「自費出版の文芸社」から。わざわざ。狙ったように。

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