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2009年10月11日 (日)

直木賞とは……人間の自尊心を侮辱し、愚弄する非人間的なシステム。――小林信彦『悪魔の下回り』

091011 小林信彦『悪魔の下回り』(昭和56年/1981年2月・文藝春秋刊)

(←左書影は昭和59年/1984年4月・新潮社/新潮文庫

 選考委員がぶっ殺される、二大“直木賞”本のうちのひとつを、そりゃあ素通りするわけにはいかないだろうな。拙ブログで、『大いなる助走』は何度も登場しているのに、本書にまで筆が及んでいなかったのは、ただワタクシが筒井康隆さんの本ほど、小林信彦さんのものを読んでこなかった個人的事情、以外には何もないわけでして。

 『悪魔の下回り』を語った文章は、おそらくたくさんあるはずです。たとえば藤脇邦夫さんは、

「この小説を読むと、誰しも筒井康隆の『大いなる助走』を連想することだろう。この二つの作品を並列して論じた評論もあったが、(引用者後略)(昭和61年/1986年12月・弓立社刊『定本小林信彦研究「仮面の道化師」』「第三章 道化師の回帰」より)

 と、さらりと述べています。

 そうだよな、筒井作品では選考委員を殺すのは同人誌作家で、小林作品では、雑誌編集者だもんな。お互いの発表時期や発表媒体をながめてみても、前者は『別冊文藝春秋』第141号[昭和52年/1977年9月]~第146号[昭和53年/1978年12月]、後者は『週刊文春』昭和55年/1980年1月3日号~10月23日号だもの、比較したくなる心をよけい熱くさせてくれるしな。両者の作品にくわしい人たちが、すでに、いろいろと評してくれているんだろうなあ。ぜひあなたも、そんな評論を探して読んでみてください。

091011_2  で、身近なところで、前出の藤脇邦夫さんの評論本と、それから文壇揶揄小説の解説者としておなじみ(?)大岡昇平さんの『悪魔の下回り』文庫解説を読んでみまして、やや違和感をおぼえた人間が、ここにひとりいる、ってことをまず宣言しておきたいと思います。

「大体、この出版社(引用者注:『悪魔の下回り』を連載した『週刊文春』の発行元、文藝春秋)が主催する芥介賞(原文ママ)の明らかなモジリである(いや直木賞のニュアンスもある)青田刈賞(このネーミングを考えついた著者はエライ!)がこの小説では徹底的に糾弾(いや、もっといじわるいコキおろしといった方がいい)されているのだから。何か故意に(下線部は原文傍点)連載中止になればいいような意図があって、書かれているようにも思える。」(藤脇邦夫―前出『定本小林信彦研究「仮面の道化師」』より)

「「青田刈賞」は芥川賞と直木賞をいっしょにしたようなものだが、私の芥川賞選考の経験では「根回し」はなかった。縁故や交友関係から有利になる程度である。」(大岡昇平―昭和59年/1984年4月・新潮社/新潮文庫『悪魔の下回り』「解説」より)

 ほお、本作の後半部のものがたりを支配する文学賞「青田刈賞」は、芥川賞と直木賞の混合とおっしゃる。

 そりゃあね、文壇、文学世界、の領域で、出版社が主催する薄汚れた賞(……おっと、失礼。)といえば、その世界にいる人も、あるいは普通の読者も、まずは「芥川賞」を思い浮かべるんでしょう。ネーミングも、あおたがり <-> あくたがわ、ってことですから、「青田刈賞」を構成する要素に「芥川賞」は外せない、って感触もわかります。

 でも、この「青田刈賞」って、意外に、現実の直木賞のほうと瓜二つじゃん。逆に芥川賞っぽい要素なんて、薄くないかい?

 悪魔(=挫折した文学中年・笹井に化けている)が、よろず評論家の首沢に、「どの賞がもっともショウ的要素が大きいでしょうか」と尋ねたところ。

「「それは、もう……」と首沢はにやにやして、「同朋社の青田刈賞だな。この賞は、純文学とか大衆小説とか区分けをしないので、数年まえまでは軽く見られていた。しかし、今の若者は、やれ文学だ、非文学だ、といった発想がない。〈面白ければいい〉〈面白い小説を読ませろ〉――これ一本だ。(引用者中略)この賞は、昭和十年代の代表作家、故青田刈甚輔の〈これからの純文学は、大衆小説の要素も持たなければならない〉という、当時としては破天荒な説にもとづいて設定されたものだ。あの説が、ようやく実を結んだというべきだろう」(『悪魔の下回り』「第八章 賞の周辺」より)

 常識としては、直木賞は「大衆文学の賞」ってことになっていますけど、実際は(少なくとも1980年代ごろまでは)全然そんなことなかった、っていうのは、ご存じのとおりです。

 かつては「直木賞=第二芥川賞」と揶揄されたとかされないとか、要は大衆文学の仮面をかぶって、机の下では純文学に手を差し出していて、さらにはノンフィクションからもエッセイ風散文からも自分の賞に取り込んでやろうと頑張っていて、ああ、まさしく「純文学とか大衆小説とか区分けをしない」姿。なんだ、青田刈賞って直木賞そのまんまじゃないですか。

 だいたい、『悪魔の下回り』では芥川賞のことは「芥川賞」として別に触れられていますしね。

 直木賞マニアの目から見れば、どう考えも本作は、直木賞っぽい賞を主たる攻撃目標として、そのまわりの事象を黒グロしい笑いで蹴っ飛ばしてやろう、としているとしか思えません。

 で、物語のなかでは選考会が近づくにつれて、もっともっと直木賞度は高まっていきます。

          ○

 同朋社の編集者、木田が、選考委員の風戸高徳のところに、候補作品を持参する場面。

「「今回の候補作品は、いつもより少ないのですが」

 木田は模造皮革のバッグから、単行本三冊と数部の雑誌をとり出して、テーブルに置いた。」(同『悪魔の下回り』「第九章 根回し 2」より)

 候補作に、単行本と雑誌掲載の小説をとり混ぜて選ぶこと。これ、当時の直木賞(だけ)が持っていたお約束ゴトです。

 それから、何といっても極めつけは、これでしょう。MHKです。天下の。

「不意に電話が鳴って、びくりとした。(引用者中略)

――梨田さんですか?

 電話の向うの声は妙に明るい。

――は、そうですが……。

――やれやれ、やっと、つかまった。夕方から、ずっと、連絡をとっていたのですがね。こちらMHKテレビです。念のために申しあげておきますが、天下の公共放送です。」(同『悪魔の下回り』「第九章 根回し 2」より)

 この底抜けに明るいMHKの人間が、青田刈賞候補の梨田正義にいったい何の用か、といえば。本作が発表された昭和55年/1980年当時の読者なら(いや、今でも)、すぐさまピンとくるわけです。

「――じつは、このたび、特別番組として、〈青田刈賞の夜〉というのを作ることになりました。(引用者中略)

 銀座の〈珍気楽〉って料亭で、作品の審査がすすむわけですけど、四人の選考委員が、家を出るところ、選考会にくる途中なんかを録画で挿入します。画面の四つ割りとか、ああいう手は、抜け目なく使います。ほかにも仕掛けをいろいろ考えているのですが、多元中継となれば、どうしても、候補者の表情がなければならない。そこで、梨田さんにご出演をお願いするわけでして……。」(同章より)

 天下の公共放送NHKが、自ら応募したわけでもないし取りたいと公言したわけでもない候補作家のところにずかずかとカメラを持ち込み、受賞決定までの彼らの様子を無神経に追ってしまった番組「ルポルタージュにっぽん 直木賞の決まる日」を放送したのは、本作連載が始まってまもなくの、昭和55年/1980年1月26日でした。

 本作では、青田刈賞に落選した待鳥海彦が、選考会場に日本刀を手にのりこんでいって、テレビカメラの前でこんなことを語っています。

「賞の仕掛人たちは、候補作家の名をあらかじめ発表して、競馬の予想じみたムードを煽ります。この瞬間から、地道に勉強をしてきた作家は一介のタレントとして扱われるようになります。それも四流の芸人以下の扱いです。しかし、関係者も、マスコミも、このシステムそのもの(下線部は原文傍点)を疑ったことは、一度も、ないのです。どのように無名な作家にも自尊心はあります。が、いまや、この〈システム〉は、タレントとしての無名作家たちを興味本位で眺め、彼らの動揺や一喜一憂をたのしみ、さらにはその姿をテレビ中継までして、ショウアップしようとするまでにエスカレートしました。(引用者中略)ここまで人間の自尊心を侮辱し、愚弄する非人間的な〈システム〉に、なぜ、だれひとりとして反対しないのでしょうか……」(同『悪魔の下回り』「第十章 地獄のカーニバル」より)

 当時のNHKが、なぜ「芥川賞の決まる日」ではなくて、「直木賞の決まる日」を番組にしようとしたかといえば、たぶんその回(第82回 昭和54年/1979年・下半期)の候補者に、すでにマスコミ界隈で活躍中の人が数人ふくまれていたからでしょうが、なるほど、直木賞はその体質として、マスコミに弄ばれやすい性質を持っているんだな。今じゃ芥川賞のほうも、四流芸人以下まで引きずりおろされましたけど。

          ○

 ……などと、本作を現実の直木賞とかとオーバーラップさせて、いかにもその風刺性を取り上げようだなんて、無理なわざです。なにしろ書き手が小林信彦さんですからね。フレドリック・ブラウンの『火星人ゴーホーム』を、二十世紀小説のベスト12に入れたいと激賞する信彦さんですからね。

「ことわるまでもないが、ここ(引用者注:『火星人ゴーホーム』)には〈諷刺〉なんてものはない。人類の愚行をたのしんでいる悪意の作者がいるだけである。一九五五年の世界に対する〈諷刺〉などないからこそ、この寓話は長い生命を得たのである。」(平成1年/1989年3月・新潮社刊『小説世界のロビンソン』「第二十六章 早過ぎた傑作「火星人ゴーホーム」」より ―引用は平成4年/1992年8月・新潮社/新潮文庫版による)

091011_3  そうそう、信彦さんの『小説世界のロビンソン』です。これを読んだことで、よけいにワタクシは、『悪魔の下回り』が徹底的にコケにした文学賞まわりは、芥川賞じゃないよなあ、直木賞のほうだよなあ、と思うにいたったのでした。

 たとえば、ことさらこんな箇所を引用するのも気が引けるんですが、しごく普通の発言。

「読者としてのぼくにとって、〈純〉文学かエンタテインメントかという区別は、ほとんど、どうでもいいことである。その差は、古典落語とアメリカの喜劇映画ぐらいのものでしかない。たとえば、古今亭志ん朝を生で聴くとき、ぼくは、どうしても身構えてしまう。デイヴィッド・ロッジの〈純〉文学を読むときの微妙な緊張も、まあ、そんなものだ。」(同『小説世界のロビンソン』より)

 ほんとほんと。読者にとっては、両者の区別なんてどうでもいいことです。

 ただ、芥川賞とかそこら辺に棲んでいる人びとにとっては、両者の区別こそが我が身のすべて、でしょうから、そっとしておいてあげましょう。

 問題は直木賞です。

 芥川賞にひきずられるようにして、両者を区別しているようでありながら、そのじつ境界線を引くことができず、そもそも「〈純〉文学かエンタテインメントかの区別なんて、どーでもいい」という一般的常識をもった「大衆」に、おのれがいったいどんな立ち位置で接すればいいのか、迷うばかり。結局は、出版社の思惑だの、マスコミの過剰で暴力的な興味本位だのに、あらがうこともせず、容易に取り込まれちまう能天気野郎の文学賞。……

 はあ、ワタクシにとっては愛おしい限りなんですが、人類の愚行を悪意でもって笑い飛ばそうとする視点にすれば、これほどネタにしやすい賞はないのでありまして。

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