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2009年8月 9日 (日)

直木賞とは……殺人事件の容疑者になることと、ほぼ同格。――森村誠一『捜査線上のアリア』

090809 森村誠一『捜査線上のアリア』(昭和56年/1981年8月・講談社刊)

(←左書影は平成18年/2006年3月・徳間書店/徳間文庫)

 ミステリー系のハナシが続きます。

 前週は清張さんでした。松本清張の膨大な作品世界に分け入るのも、そうとう大変です。でも、それを上回るほど、森村誠一大陸も巨大です。

 昭和44年/1969年に『高層の死角』で乱歩賞とって、以来40年。ときに「清張ミステリーの劣化コピー」とか揶揄されながらも、流行作家のド太い道を悠々と歩きつづける持続力は、立派と賞するしかありません。

 それで、最近では『小説道場』(平成19年/2007年10月・小学館刊)というエッセイふう指南書を出されています。しかも、これを2年もたたないうちに、さっそく再編集・再構成・加筆して、『作家とは何か―小説道場・総論』『小説の書き方―小説道場・実践編』(ともに平成21年/2009年4月・角川書店/角川oneテーマ21)と、わざわざ2冊に分けて発売しちゃうとこなんかが、360度“大量作家”のやり口です。

090809_2  ここでは文学賞について、森村さんが淡々と解説してくれています。たとえば、直木賞。

「登竜門としての文学賞で最も知名度が高いのは、直木賞と芥川賞であり、すでにコマーシャルイベント化している。この両賞いずれかを受賞すれば、無名の新人でも一躍脚光を浴びて、受賞作はベストセラーとなる。(引用者中略)受賞者の生き残り率は必ずしも賞の知名度に比例しない。華々しく登場はしたものの、一作か数作で消えてしまう人も少なくない。

 その点、直木賞の場合は、すでに名前を確立している既成作家も候補に入るので、歩留りはよいといえよう。」(『作家とは何か―小説道場・総論』所収「第一章 作家の条件」より)

 正直です。そして、従来(いまも?)両賞を紹介する人間は、ほとんどの割合で、つい「芥川賞と直木賞」っていう順番で列挙するものなのに、森村さんはさらっと「直木賞と芥川賞」と、その順を並べ替えていたりして。この正直者め。

 今にして、こういう本を書いてしまう森村さんなんですが、過去の著作のなかには、何十年も前から、その片鱗をうかがわせるものが散りばめられていました。

 そう、小説家の登場する小説が、いくつもあるわけです。

 そのなかで、デビュー後10数年で書かれた『捜査線上のアリア』を、まずご紹介します。なぜかって? もちろん、直木賞が出てくるからです。

          ○

 銀行マンの津村豊和は、日常の生活に不満を抱き、みずからの体験をベースに小説を書きます。これを、中央の文芸雑誌の懸賞小説に応募したところ、 たまたま入選。パッとジャーナリズムに取り上げられ、津村君おおいに気をよくして、作家一本で生きようと銀行を退職。でも、受賞第一作を書くのをなまけていたため、編集部からの扱いが急激に冷たいものに変わり、せっかくの新しい人生に暗雲がたちこめます。

 小説を書いて編集部に渡しても、果たして発表までこぎつけてくれるのか、わからない。収入がなくなった津村家では、妻が愛想をつかして夜の仕事に出はじめます。津村君、ヒモ生活です。

 その津村君の人生を変えたのが、とある事件でした。ホテルの部屋で、女性の死体に遭遇したのです。警察に通報し、第一発見者となります。

 いったんは容疑者扱いを受けますが、すぐに容疑がとけて解放されます。

 それを機に、編集部の態度ががらりと変わっちゃうのです。こんなふうに。

「あなたはいまや時の人です。殺人の容疑をかけられた作家はいません。津村さんの原稿なら、どこの社でも欲しがっていますよ。おそらく他社からもアプローチがあったとおもいますが、そこは一つ我が社の新人賞作家ということで、うちに最優先権を下さい」(『捜査線上のアリア』「自縛のヒモ」より)

 この編集部の変節っぷり。殺人容疑者になったぐらいで、なんでそんなに注目度が上がるんだ? といった文脈で、いよいよ直木賞のハナシに触れられます。

「「編集長はまたどうして急に意見を変えたのですか」

 津村はわかりきった質問を発した。

「津村さん、A賞やN賞を取ると、なぜ一躍売れっ子作家になるかわかりますか。それは作品のせいではないのです。たまたま受賞した一作だけで、その作家の素質なんてわかるものじゃありません。(引用者中略)受賞によって一躍スターダムに押し上げられるのは、文学という価値判断の尺度の曖昧な分野において、お墨付きがあたえられ権威づけられるからです。そしてそれが文壇のお祭り行事となって受賞者は時の人となる。時の人の作品に読者は飛びつきます。だから出版社も飛びつかざるを得ない」

「すると、私も、一種のスターということでしょうか」津村は自嘲的に言った。」

 津村君はこの事件をきっかけに、どんどん売れっ子になって生活基盤を築いていきます。

 要は「殺人事件に巻き込まれた」=「時の人」っていう設定がカギです。そして「時の人」の例に、A賞とN賞……いや、N賞とA賞を出してくるんだもんなあ。ワタクシはうっかりつぶやいちゃいました。ははあ、森村作品らしいよなあ、と。

 先に書いたように、森村さんには小説家を描いた小説が何作かあります。だけど、そのなかには、ほとんど直木賞っぽい賞のことは描かれていません。『捜査線上のアリア』のこの箇所は、森村作品としてはかなり珍しいと言うことができます。

 直木賞の登場の場面が、けっして作品の本筋ではない。……そこに、ワタクシは森村作品らしさを見ます。

          ○

 というのも、ほかの森村作品に描かれた「小説家」像を見てみると、そう見えざるを得ません。

 「小説家」像、その一。作家になりたくて新人賞に応募する人たちがいます。

090809_3  本作の津村豊和は、ここに属します。ほかには、古いところで短篇「文学賞殺人事件」(昭和46年/1971年『文学賞殺人事件』所収)の小高省吾(プロ作家に直結する権威ある長編小説賞の受賞者)。『腐蝕花壇』(昭和62年/1987年)の北村直樹(権威ある長編対象の懸賞小説入選)。『壁の目 新・文学賞殺人事件』(平成8年/1996年)の小寺啓介(大手出版社の新人文学賞の受賞者)。

 あるいは、『空洞星雲』(昭和55年/1980年)の夏崎龍之介(本名は山本三郎。『小説界隈』同人で自費出版多数)も、世に出かかっていて出られない新人作家、って枠ですので同類かもしれません。

 「小説家」像、その二。「流行作家」という一言で紹介されるような人たちです。

 『捜査線上のアリア』では、美崎敏行っていう作家が出てきます。津村が入選したときに新人賞の選考委員をしていた人です。

「美崎は一流誌の新人賞選考委員をつとめるくらいであるから、いちおう名の通った作家である。権威ある文学賞を受賞後十五年、文壇の中堅作家として確固たる位置を占めている。」(「剽窃された現場」より)

090809_4  その系列に位置するのが、『真昼の誘拐』(昭和48年/1973年)の牧野啓介(大衆文芸畑の中堅作家。女性ファンが多い)。『空洞星雲』(昭和55年/1980年)の冬村鋭介(当代の流行作家)。『殺人の詩集』(平成5年/1993年)の矢沢隆一郎(デビュー後苦節十年で、ベストセラー『黒い詩集』で脚光を浴びた作家)。『壁の目』(平成8年/1996年)の浅沼徹也(文壇の寵児)。『山の屍』(平成8年/1996年)の川名純子(専業主婦から一転、華やかな人気作家)。『結婚の条件』(平成16年/2004年)の正橋彩(ベストセラー作家)。

 おっと、さっき「その一」で挙げた「文学賞殺人事件」の小高省吾は、「今を時めく流行作家」と書かれていますから、こっちでしょうか。それと、『死都物語』(平成4年/1992年)の塩崎真人(何人もの売れっ子作家のゴーストライター)も、ここに属させていいかもしれません。「裏の流行作家と陰口をきく者もあった。」と書かれていることですし。

090809_5  ちなみに、「その一」で挙げた北村直樹は、その後、森村作品の重要キャラクターとなります。森村作品で、殺人事件に関わる小説家、といえばたいていこの人が出てくる、ってぐらいでして、『死都物語』(平成4年/1992年)、『殺人の祭壇』(平成4年/1992年)、『壁の目』(平成8年/1996年)、『偽完全犯罪』(平成11年/1999年)、『マーダー・リング』(平成13年/2001年)の「余計な正義」、などなど。『殺人の詩集』(平成5年/1993年)にもチョイ役で出てきたりします。

 とくに、後者の「流行作家」という小説家像は、人を殺したり犯罪を犯したりする人物像―嫉妬だの虚栄心だの、恵まれた地位と生活を失いたくない防衛本能だの、そういう心理から展開するミステリーを書くには、もってこいの人たちなんでしょう。

 逆に、まだ恵まれた地位を得ていない、ごくごく一般的な市井の人たち(っていう言い方は乱暴すぎてイヤですけど)に、より共感できそうな人物像として、文学新人賞を目指したり、それをとったばかりの作家が、配されていたりします。

 そのなかで、北村直樹の存在は特異です。文学新人賞から出発して、年数をへるごとに一応名の知れた作家になっていくんですけど、彼がなにかの探偵役や被害者になることはあっても、殺人を犯す側にまわることはありません。そんな彼に与えられた物語上の設定は、

「北村直樹は社会派の中堅作家である。地味な作風であるが、社会の構造や病蝕に鋭く切り込む作品は、ハイブローな読者の支持を受けている。」(『偽完全犯罪』より)

 ほどほど売れているけど、大ベストセラーを生み出す売れっ子ではない。玄人ごのみの中堅作家。そうでしょう、そうでしょう、森村さんとしては、そんな彼に、重要な犯人役を務めさせるわけにはいかんのでしょう。犯人は派手でなくっちゃ。読者の期待にこたえられませんものね。

 森村作品の多くでは、文学賞といえば、新人文学賞です。公募形式です。物書き稼業とは無縁の人間が、小説家に変わっていくための舞台です。

 直木賞みたいなものには、たぶん、読者の興味をひきつづけていくだけの、小道具としての素質が足りないんでしょう。森村さんが考えるには。だから、作品中に登場させることがほとんどないんでしょう。

 文学がどうだこうだ、みたいなテーマに一切興味のない大多数の読者に対して、小道具として通用するのは、「作家になること」。そして「流行作家になること」なのだと。ふうむ。ざっくりしすぎだけど、まあ、マトを得ているような。

 そんな森村さんだもの。先に引用した『作家とは何か―小説道場・総論』では、直木賞のことを紹介するにあたって、次の一文で、あっさりと締めくくっています。

「発表舞台を持たない無垢の新人には縁のない賞である。」(前掲『作家とは何か―小説道場・総論』より)

 たしかに。森村さん、さすが真っ当な感覚の持ち主だぜ。 

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