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2009年6月の5件の記事

2009年6月28日 (日)

直木賞とは……「芸術としての文学」とは正反対にある、俗悪な散文すべて。――中村光夫「『わが性の白書』」

090628 中村光夫「『わが性の白書』」(昭和38年/1963年11月・講談社刊)

 このカテゴリーテーマはまだ2週目です。それなのに、早くも本題から外れた小説を取り上げてしまうのは、心の痛いかぎりです。

 40数年前……と言いますから、直木賞でいえばちょうど第50回(昭和38年/1963年・下半期)を迎えたころのこと。話題作「『わが性の白書』」が世に登場しました。

 しかし正直いって、ここには直木賞も、それを連想させる文学賞も登場しません。

 当たり前だ、中村光夫が直木賞のことなんか触れるわきゃないだろ。と鼻で笑う気持ちもわからんでもないのです。ないんですが、直木賞オタクともなると、当時の芥川賞選考委員・中村光夫さんが、芥川賞をパロった「新人賞」を描いたり、大衆雑誌とか婦人雑誌とかのことを皮肉ったりしている小説を書いて、それでも直木賞ふうの賞のことは完全に埒外に置いたその不在の感じに、逆に直木賞の亡霊が見えてきたりするんですから、いや、手に負えません。

 内容紹介の前に、簡単な書誌を挙げておきます。

 この作品がいきなり講談社から書き下ろしで発表されたのだったら、杉戸一彦の『わが性の白書』と同じことになって、もっと面白かったんですけどね、現実はそれほどうまくはいかないもののようです。

 で、杉戸一彦っていうのは、中村さんの「『わが性の白書』」に出てくる(といっても、物語は彼の葬式から始まるんですが)流行らない小説家です。死後、彼の遺した「わが性の白書――墓の彼方より」っていう350枚の原稿が見つかります。

 これは杉戸の性生活の告白で、相手の名前とかも実名で書かれていて、杉戸の昔からの文学仲間、大学助教授で文芸評論家の永田了介のことが出てくるばかりでなく、了介の妻いつ子との不倫関係も描かれている代物。この評判になること請け合いの原稿を発見したのは出版社の現代社。担当者は吉井昭次といって、赤字つづきの文芸誌『現代文学』の編集長です。

 現代社は大々的な広告をうって、また映画化の話も取りつけてきたりして、杉戸の遺作を売り込みにかかります。そして、モデル……しかも性生活や不倫といった話題のモデルとなった永田了介と妻いつ子の周辺も、もちろん穏やかなままではいきません。

 といった筋で話は運びます。まあ、中村さんの「『わが性の白書』」のもつ文学性とか価値とかは、どうぞまじめに文学研究されている方々に預けるとして、ここでは直木賞のことにだけ視点を合わせます。いや、芥川賞のことですか。

 永田いつ子は、杉戸の遺作が出た後に、『現代文学』に初めての小説「夜よ、ふたたび」を発表。これが好評で、いろんな雑誌から注文がくるようになります。次第に、今度の「新人賞」の有力な候補としていつ子の名前が取り沙汰されるようになるんですが、その頃の了介といつ子の会話。

「「(引用者前略)それより新人賞なんかもらわない方がいいよ。人に怨まれて損するだけだ。あんまり早くもらうと。」

 了介は、本気で云った。

「うらむなんてわずかでしょう。もらおうと思ってた人だけですもの。」

「そうじゃないさ、誰もがみとめる時期があるんだ。賞をとるにはね。」

「作品がすぐれていればいいわけじゃないの。」

「理窟としてはそうだよ。だけど、作品の水準なんて似たりよったりなんだ、新人賞の場合は。委員によって評価が違うしね。だから、経歴がどうしても参考になる。」

「おかしいわね、そんな。新人賞でなくて旧人賞じゃないの。」」

 おかしいですよね、いつ子さん。ワタクシもそう思います。

 でも、これを何らおかしいと感じなくなって、はじめて「現代」人なのかも。ああ、ただ純粋に候補作品だけをもって選考しようとして、その果てに選考委員の椅子を蹴った城山三郎さんの純心さがなつかしい。

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2009年6月21日 (日)

直木賞とは……受賞すれば名前が一躍メジャーになり、親戚連中を見返せる。――東野圭吾「もうひとつの助走」

090621東野圭吾「もうひとつの助走」(平成17年/2005年4月・集英社刊『黒笑小説』所収)

※こちらのエントリーの本文は、大幅に加筆修正したうえで、『ワタクシ、直木賞のオタクです。』(平成28年/2016年2月・バジリコ刊)に収録しました。

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第3期は、「直木賞」を描いた小説たち。……ちょっとネタ切れが心配ですけど

 絶対に直木賞のこと以外は書きません、ってだけが取り柄(?)の本ブログは、現在3年目を進行中です。

 先週までと同じく、これからもしばらくは、いろんな小説を取り上げていきたいんですが、視点をチョコっと変えてみます。「直木賞」は、じっさいどういうふうに見られ、どう思われてきたのか、それを知るために、「直木賞」のことを描いている小説に目を向けてみよう、って寸法です。

 そうは言っても、ワタクシも、そんなにネタを持っているわけじゃありません。世に有名なアレとか、コレとか。そのくらいです。

 過去、このブログでは第1期(関連の書籍)、第2期(これぞ名候補作)とも、同じテーマで1年ぐらい続けました。今期は、1年(50週ぐらい)ももつかなあ。だめなら途中で変えます。すいません。

 それと、できればなるべく昔の、しかも受賞もしていないし、候補になったこともない人の書いた作品を取り上げたいのです。もしそんな小説をご存じの方がいたら、ぜひ教えてください。今期はいつも以上にヒト頼みです。

 ただ、1週間なんてすぐに過ぎてしまいます。しかたなく、「受賞作家が描いた、小説なのかエッセイなのか日記なのか、ほとんど判別のつかない作品」(これはけっこうありそうです)をご紹介するときもあると思います。ご容赦ください。

 さあて、始めます。最初は、あなたも知っている、ワタクシも知っている、定番中の定番作品から行きます。

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2009年6月14日 (日)

新しさや斬新さが何もないのだとしても、それが小説として劣っていることにはなりません。 第140回候補 北重人『汐のなごり』

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  • 【歴史的重要度】…flairflairflair 3
  • 【一般的無名度】…flairflairflair 3
  • 【極私的推奨度】…flairflairflairflair 4

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第140回(平成20年/2008年・下半期)候補作

北重人『汐のなごり』(平成20年/2008年9月・徳間書店刊)

 「これぞ名候補作」のエントリーは、これで56本目、ほぼ1年間書いてきたことになります。とりあえずの一区切りです。

 最後ぐらいは「今」につながる最新の候補作を取り上げたいなと思って、第140回(平成20年/2008年・下半期)の候補作のなかから選びました。受賞しなかった4つの候補のうちの一つです。

 こないだの直木賞――半年前の第140回は、いろいろな注目点があったと思います。いつもと同様に。そのなかで一部のマスコミの取り上げた視点がありました。「50代以降の作家が3人(も?)候補になった。そのうち2人は50歳をすぎてからの割りと遅いデビューだった」っていうものです。

 おっと、もうこれだけで、団塊のアレがどうしたこうした、と続くお決まりのハナシを想像させて、ややうんざり。と、眉をひそめる40代以下の小説愛好者が続出したとかしないとか。さらに言えば、オーバー50歳のお三方とも、その候補作は時代小説なんだとさ、ふん、じじいは時代小説ばっかだな、とせせら笑うミステリー愛好者がわんさかいたとかいないとか。

 50歳というラインに、なんか意味があるとは思えません。また、時代小説がおじさん・おじいさんたちだけのものではない、と固く信じます。けれど、「時代小説がいま若い女性に人気」とか、ことさら書き立てる文章に出会うと、ふむ、世の中には時代小説はじじいのものと信じている一派があるんだなと勉強になります。

 関川夏央さんに、その題もずばり『おじさんはなぜ時代小説が好きか』(平成18年/2006年2月・岩波書店刊)っていう著書があります。最後のほうにこんな一節があります。

「これまで時代小説というものがあることは知っていたけれども、なんの興味もなかった。自分には関係ないと思っていた人が多いでしょう。では時代小説は誰に関係があるかというと、おじさんに関係があると思っていたわけですね。で、おじさんというのは得体の知れない暗黒大陸の住人のようなもので、彼らがなにを好んでなにを読もうと関係ない、それが素直な気持だったと思います。」(『おじさんはなぜ時代小説が好きか』より)

 ほう、そうですか。時代小説=おじさん、っていう構図はそんなに一般的ですか。

 それと関川さんは、こんなことも指摘しています。

「おじさんと時代小説の相性のよさは、たしかに「保守化」と関係があるでしょう。」

 いいでしょう。受け入れましょう。時代小説は、保守的な世界を味わわせてくれるものだと。いつもそこに、そのかたちであることの安心感。なごみ。しみじみ。地道。そして地味。

 ……と、ここまで書いて、ワタクシはこう続けたいわけです。『汐のなごり』や『いのちなりけり』がいかに、『きのうの世界』や『カラスの親指』に比べて、地味であるか。人の目をひかないか。注目度が低かったか。と。

 でもね、そんな暴論はとても吐けません。6人の候補作家のなかでは恩田陸さんだけズバ抜けて著作数も多いし固定読者も多いと思いますけどね、あの人は別格です。

 ちなみに、うちのちっぽけな親サイトのアクセス数を見てみますか。第140回の候補が発表された平成21年/2009年1月5日から、選考日前日の1月14日までの総数で、各作家のページのアクセス比率は、以下のとおりでした(恩田陸さんを100として計算しました)。

  1. 恩田陸………100
  2. 天童荒太……65
  3. 北重人………58
  4. 山本兼一……55
  5. 道尾秀介……45
  6. 葉室麟………39

 って、うちのサイト程度のデータじゃ何の参考にもなりませんか。そうですよね。どうもすみません。

 ワタクシもおそらく、おやじの一人にカウントされても、とくに文句の持って行き場のない人間です。仮に、おじさんの好きな小説、ってことだけで興味を失うような愚かな読者がいるとは思えませんので、堂々と胸をはって言いましょう。

 ワタクシは『汐のなごり』が好きです。時代小説として好き、っていうより、単純に小説として好きです。それだけです。

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2009年6月 7日 (日)

とある組織をあたふたさせた、一人の女の余計な発言と、一人の男の怒り。 第128回候補 横山秀夫『半落ち』

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  • 【歴史的重要度】…flairflairflairflairflair 5
  • 【一般的無名度】…flair 1
  • 【極私的推奨度】…flairflairflair 3

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第128回(平成14年/2002年・下半期)候補作

横山秀夫『半落ち』(平成14年/2002年9月・講談社刊)

 第128回(平成14年/2002年・下半期)は、ほんとは直木賞史のなかでも、のちのち語り継がれるほどの特異な回であるはずでした。ワタクシ、直木賞オタクなものですから、正直いってそのテーマで一本エントリーを書き尽くしたかったのです。

 でも、たぶんよほどの直木賞オタクでないと、その特異さは理解していただけないし面白がってもらえないと推測します。なので、やっぱり今日は、多数の方が興味をもたれるハナシを書くことにします。

 うちの親サイトは、一年のうち2か月を除いて、平常はさしてアクセス数の多くないサイトです。そんな低アクセスの時期でも、けっこう見に来てくれる人の多いページがあります。「横山秀夫氏の「直木賞決別宣言」について」です。

 ほんと、あなたも他人の揉めゴトがお好きですのう。えへへ。ワタクシもそうです。人気作家が直木賞候補になって、落とされて、どうやらその選考の経過に不満を抱いて、もう金輪際おれの作品を候補にするのはやめてくれと、堂々、宣言したと。

 うちの親サイトのページを書いたのが平成15年/2003年6月末。それから先、大して調査を深めることもせず、放ったらかしにしてしまいました。当該ページでは、事実関係について6年ぶりに加筆したんですが、そいつをもとに余聞と余分な事項を、ここに書かせてもらいます。

 まず、横山秀夫さんの直木賞決別宣言にまつわる事柄を、時系列でまとめてみます。

  • 平成14年/2002年9月 講談社より『半落ち』刊行(初出は『小説現代』平成13年/2001年3月号~平成14年/2002年4月号)

  • 同年12月 『このミステリーがすごい!2003年版』(宝島社刊)の国内編で『半落ち』が第一位となる。

  • 同年12月 『週刊文春』(文藝春秋刊)の「ミステリーベスト10」国内部門で『半落ち』が第一位となる。

  • 平成15年/2003年1月 第128回直木賞候補となる。

  • 同年1月16日 選考会が開かれ落選。この回は受賞作なし。

  • 同年同日 選考後に、選考経過を林真理子委員が記者会見。

    「林さんは『半落ち』について、ミステリーとしてでき過ぎではないか、アルツハイマーの奥さんを殺す設定は安易じゃないか、あまりにも善意の人に満ちていて最後が弱く、小説としても決定打に欠けるという意見が大勢を占めた、と選考経過を紹介した。

     さらに(1)北方謙三さんから、受刑者はドナーとして提供できないという指摘があった(2)渡辺淳一さんから、そういう欠陥があるのに誰もわからなかったのか、今のミステリー業界はちょっとよくないんじゃないか、という発言があった――とも明らかにした。」
    (『毎日新聞』夕刊 平成15年/2003年5月28日「小説と現実の間で 広がった不幸な溝」より 執筆:重里徹也)

  • 同年1月23日 『毎日新聞』夕刊が、直木賞選考会が『半落ち』にはミスがあると指摘したことを重点的に取り上げる。

    (引用者注:選考会で)北方謙三さんが、物語のポイントについて「基本的な事実関係の解釈に間違った点がある」と指摘した。(引用者中略)落選したのは、この理由ばかりではないが、出版界では北方さんの指摘が話題になっている。(引用者中略)

     横山さんはこれらの事態について「この問題は承知していた。そのうえで、警部にどんな行動をさせたらふさわしいかを考えた。彼の内面を重視した物語にしたかったので現行の形で書いたのです」と語る。講談社も「致命的な思い違いがあるわけではない」として、書き直しの検討などは考えていない。」
    (『毎日新聞』夕刊 平成15年/2003年1月23日「直木賞候補『半落ち』で評価真っ二つ ミステリーの現実性めぐり議論」より 執筆:内藤麻里子)

  • 同年その頃 講談社がホームページ上で、選考経過への反論を掲載。

    「これに対し、出版元の講談社はすぐに文芸局長名の反論をホームページに掲載。「充分(じゅうぶん)な調査を重ねた上で、このケースは妥当な設定であると判断……問題の核心に迫る先見性を備えている」と、欠陥説を一蹴(いっしゅう)した。」(『朝日新聞』平成15年/2003年3月19日「小説「半落ち」は欠陥作か傑作か 主人公の行動可能?…異例の論争」より)

  • 同年その頃 横山氏自身、「欠陥」と指摘された箇所について、あらためて再取材を行う。その結果、作品のなかに事実誤認はなかったと確信、主催者の日本文学振興会に、事実の再検証をするように申し入れる。

  • 同年2月20日頃 『オール讀物』3月号発売。直木賞の選評が掲載される。ここでも記者会見の内容と同様の、「この作品には事実誤認がある」「それを見抜けなかったミステリー界にも問題がある」「それにもかかわらずこの本はいまだに売れ続けている」といった文章があった。

  • 同年3月 横山氏、おおやけに選考会での指摘に対する反論を行う決意を固める。

  • 同年3月19日 『朝日新聞』が文化欄に「小説「半落ち」は欠陥作か傑作か 主人公の行動可能?…異例の論争」を掲載。横山氏からの反論を載せる。ここで横山氏は(直木賞に)今後、作品をゆだねる気には到底ならない」とコメント。

  • 同年3月31日 上記のコメントを受けて、『上毛新聞』が横山氏へのインタビュー記事「人間の矜持保ち次の一歩進める 直木賞への決別宣言 「半落ち」の横山秀夫さん」を掲載。

 と、ここまでが、いわゆる「直木賞決別宣言」までのおおまかな流れです。

 3月19日の朝日新聞の記事は、『半落ち』に関して論争がまきおこってますよ、と伝える主旨のものでした。たとえば佐野洋さんとか北上次郎さんとかのコメントを載せつつ、北方謙三さんが選考会で行った「欠陥に対する指摘」は正しかったのかを検証しています。そのなかで作者本人が、作品内容の重要なことを明かしてまで反論するに至ったことを記事にしたものです。

「『半落ち』は選考会後も3度の増刷がかかり、現在27万部。「欠陥」説に反論するためには、結末を明かさざるを得ず、作者・出版社にとって、正面から受けて立ちにくい状況だった。

 しかし、「オール読物」3月号の選評に「落ちに欠陥がある……しかし、それほど問題にもならず、未(いま)だに本は売れ続けている。一般読者と実作者とは、こだわるポイントが違うのだろうか」(林さん
(引用者注:林真理子))と書かれていたため、横山さんは「読者までも侮辱された」と感じ、作者として反論する意思を固めた。

 横山さんは「ミスではないと思っている。たとえミスがあったとしても、作品個々の良しあしを論ずるべき選考会の講評で、ミステリーという特定のジャンル批判に及ぶなど言語道断。その後もあらぬ批判が繰り返され、直木賞という権威を笠に着たおごりとしか思えない。今後、作品をゆだねる気には到底ならない」と怒りを隠さない。」
(前掲『朝日新聞』記事より)

 事実上、このコメントをもって、横山秀夫さんの直木賞決別宣言が行われた、ととることができます。

 ただ、これだけではまだ、売り言葉に買い言葉ふうで、怒った勢いで語ってしまったコメントとも読めます。いや、横山さんは本気で、今後いっさい直木賞の候補になるのを拒否するんだな、とワタクシたちに知らされたのが、『上毛新聞』のインタビューでした。

「―「事実誤認はない」のだから、直木賞の主催者、日本文学振興会に疑義を呈した。

「できないと断ずる根拠を示してほしいと申し入れたが、明確な回答がないまま2カ月以上も店晒(たなざら)しにされた。その間、主催者や選考会が再検証を行ったという話も聞かない。要するに、権威ある直木賞選考会の決定は絶対であり、ノミネート作品が傷つこうが死のうが、知ったことではないということだ。それがために、ミスがあったという誤った事実が一人歩きを続け、揚げ句は、ミステリー界や読者を誹謗(ひぼう)する論外な発言までをも誘発した」

―「今後、直木賞に作品を委ねる気はない」と発言しているが。

「もちろん欲しい賞だった。『黙して次のチャンスを待つ』というさもしい考えが頭にちらついたことも確かだが、読者との暗黙の約束もある。これまで、窮地に追い込まれても次の一歩を踏み出す人間の矜持(きょうじ)を描いてきた。作者と作品は無縁ではあり得ない。今回のことを看過してしまっては、作家として一歩も前に進めない。一行たりとも書くことができない」」
(前掲『上毛新聞』記事より)

 それ以後、「決別宣言」に関する記事はいくつかの新聞・雑誌に載りますが、そこで横山さんが語る決別の真意は、ほぼこの記事どおりのものです。

 まあ、横山さんの怒りを沸騰させたのは、主催者の日本文学振興会が、横山さんからの訴えを無視した、っていう姿勢にありそうです。でもさかのぼれば、そもそも騒動に火をつけた真犯人が、林真理子さんであったことは自明の理。

 作品の論評だけしてりゃよかったものをねえ。わざわざ、ミスを見抜けなかったミステリー界がどうだだの、欠陥作品を感動作とか言って買ってる読者のなんとまあ多いことよだの、作品評とは関係ないことを、ぬけぬけ語っちゃう真理子さん。そうか、彼女が一介のコピーライターからここまで人気を博してやってこれたのも、歯に衣きせぬ発言っていいますか、けっこう多くの人が不快に思うにちがいないことをあえて口に出してきたからだもんなあ。それで、支持を得たり、はてまた面白がられたりして、それが真理子さんの魅力、そして嫌われるポイントだろうからなあ。

 その真理子マジックに、まんまとヤられたのが『半落ち』であり、横山さん。それと横山さんの直木賞受賞を心待ちにしていた担当編集者や、多くのファン。プラス、悪者に仕立てあげられることになった日本文学振興会。もっとも心を痛めたのはきっと、文藝春秋で横山さんを担当していた編集者だったかも。

 おお。真理子マジックよ。周囲に迷惑をかけることで、その存在意義を輝かせる負のパワーたるや。さすがです。惚れ惚れします。

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