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2009年2月 1日 (日)

ミステリー小説なのはわかるけど、そんな「謎」を読者に提供するなんて……。 第82回候補 高柳芳夫『プラハからの道化たち』

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  • 【一般的無名度】…flairflairflairflair 4
  • 【極私的推奨度】…flairflairflair 3

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第82回(昭和54年/1979年・下半期)候補作

高柳芳夫『プラハからの道化たち』(昭和54年/1979年9月・講談社刊)

 このブログには直木賞にまつわることしか書きたくない、と思っています。『プラハからの道化たち』は、立派な直木賞候補作です。直木賞の文脈のなかで、いろいろ語りたいな、っていうのが本心です。……なんですけど、やっぱりこの作品の場合は乱歩賞のテリトリーのほうに、ずずずりっと引きずられてしまいます。

 それは、ほんの7年ほど前、「江戸川乱歩賞全集」に収録されなかった、という事件(?)をもって、われら読者たちを仰天、かつ悲嘆させたからでもあります。

 拙ブログにわざわざお越しの方なら、直木賞にかぎらず乱歩賞にもお詳しいでしょうから、説明は不要でしょう。でも簡単に書いておきます。

 平成10年/1998年から、過去の乱歩賞受賞作を、文庫版で再刊する企てがありました。「江戸川乱歩賞全集」と銘打たれ、日本推理作家協会・編、公募でなかった頃の受賞作、第1回(昭和30年/1955年)の中島河太郎『探偵小説辞典』に始まって、公募になってからの時代のものは1冊につき受賞作2作品ずつが収められました。こんなふうな刊行ペースで。

  • 平成10年/1998年 第1回~第8回(全4巻)
  • 平成11年/1999年(3月)第9回~第12回(全2巻)
  • 同年(9月)第13回~第18回(全2巻)
  • 平成12年/2000年 第19回~第22回(全2巻)
  • 平成13年/2001年 第23回~第26回(全2巻)
  • 平成14年/2002年 第27回~第29回(全2巻)
  • 平成15年/2003年 第30回~第33回(全2巻)
  • 平成16年/2004年 第34回~第35回(全1巻)
  • 平成17年/2005年 第36回(全1巻)

 むろん直木賞ファンが喜んだのは言うまでもありません。お、新章文子『危険な関係』(第42回直木賞候補)が新刊で読めるんだ! 陳舜臣『枯草の根』(同第46回候補)はもちろん、小林久三『暗黒告知』(同第72回候補)までも……。よくやってくれた講談社。こりゃ当然、『プラハからの道化たち』も読めるようになるんだあ、と期待しますよね。

 しかし、この作品が収められるはずの第12巻には、なんともツレない文言が。喜び浮かれる読者の頬をひっぱたいたのでした。

「おことわり

 第二十五回(昭和五十四年度)江戸川乱歩賞は、高柳芳夫氏「プラハからの道化たち」が受賞しましたが、同作品の本全集への収録に関し、平成十三年八月現在、著者よりの許諾を得られておりません。(引用者後略)(平成13年/2001年9月・講談社/講談社文庫『江戸川乱歩賞全集12 ぼくらの時代/猿丸幻視行』より)

 かくして、直木賞候補作『プラハからの道化たち』が21世紀の世に復活するチャンスも、今までのところ失われてしまったのでした。

 はっきり申しまして、ワタクシはなぜ高柳さんが許諾を与えなかったのか、理由は全然知りません。講談社側の証言か、または高柳さんの説明がどこかに発表されているのでしたら、ぜひ教えてほしいのです。

 本書の解説を書かれた日下三蔵さんは「高柳さんは講談社と大喧嘩をしたらしい」といったことを、当時、某掲示板に書かれました。おそらく日下さんにとっても伝聞情報なのでしょう。まあ、もめごとの理由を知ろうだなんて、下衆の心理以外のなにものでもなく、単なる一読者が知ったところでどうなるのだ、と思わないでもありません。

 いやいや、でも「直木賞」なんてものを研究しよう、ってぐらいですからね。ひるまずに、あえて下衆の道を突き進まなきゃ「直木賞研究家」の名が折れます。

 それにですよ。直木賞を愛する者として、心の準備もしておかなきゃなりません。いずれ将来、直木賞全集が刊行された折りに、受賞者の誰かが収録を拒絶したとき、一読者として感じるであろう悲しみと好奇の感情のためにも。

          ○

 森雅裕さんの『モーツァルトは子守唄を歌わない』とともに、「乱歩賞全集未収録」という名誉ある座についた『プラハからの道化たち』とは、こんなあらすじです。

 東栄物産は、東欧の共産主義諸国との貿易を中心業務にした会社です。チェコスロバキアでも商売をおこなっていましたが、事態は厳しいものになっていました。チェコにソ連らの五ヵ国軍隊が侵入して占領してしまった「八月の事件」が起きてからです。

 「わたし」はその東栄物産の社員。西ベルリンから、チェコのプラハに出張してきます。飛行機のなかでアメリカ人のスミスという男と知り合います。よくしゃべる男ですが、何か裏がありそうな様子です。

 プラハでは、フリーの新聞記者、黒沢が「わたし」を出迎えました。「わたし」は黒沢に対して、あることを尋ねます。それは以前、チェコと西ドイツの国境で狙撃され、じきに亡くなった義兄、名倉誠一についてでした。

 国境を越えるとき名倉はカレン・ホフマンという恋人と一緒だったはずです。西ドイツの警察も、名倉や「わたし」の上司である支店長も、名倉が彼女ととも逃げるはずだったが、国境で彼女を見捨てて自分だけ助かろうとし、それを苦にして自殺した、と解釈しています。しかし「わたし」はそうは信じていません。名倉の死の真相をさぐる……それが「わたし」の出張のもうひとつの目的でした。

 しかし黒沢は、名倉の死については近寄らないほうがいいと警告します。「わたし」はそれを無視して、当時の名倉の行動のことを、調べまわりはじめました。

 すると、「わたし」のまわりで、想像もしていなかった事件が次々と起こりはじめ……。

          ○

 直木賞からはハナシは外れますが、そうそう、『プラハからの道化たち』といえば今や、森雅裕さんの『モーツァルトは子守唄を歌わない』とセットで語られる存在となりました。

 森さんの作品の未収録だって、もちろん悲しく寂しい事件です。でも、高柳さんの場合に比べて驚きが少なかったのは、森さんに『推理小説常習犯 ミステリー作家への13階段+おまけ』という著書がすでにあるからです(平成8年8月・KKベストセラーズ/ワニの本->平成15年/2003年4月・講談社/講談社+α文庫[加筆・訂正版])。

 でもなあ、ここは講談社の文芸編集者が、偉大なる全集の完遂のために、過去のいきさつをぐっと呑み込んで、森さんとの交渉にあたってほしいものだな、と傍観していたら、「著者本人の意向により」未収録となってしまって、ああ、やっぱり講談社の担当者も大人になりきれなかったか、とガックリ。

 そもそもこの全集が「2作品で1巻」の体裁をとっている以上、『プラハからの道化たち』に拒絶された段階で、「数あわせ」に齟齬が生じてしまっていたわけですからね。まあ『モーツァルトは子守唄を歌わない』を入れないほうが、逆に数がぴったりになって好都合だな、……みたいな計算が講談社の方々にあったかどうかは、もはや邪推の範疇です。

 それにしても、森さんの『推理小説常習犯』は、今度読み返してみて、あらあ、直木賞研究者のためにも必読の書だったんだな、とあらためて気づかされました。斎藤鈴子さんの『刀工源清麿』(第52回候補)が、なぜ初版だけで増刷されなかったのか、みたいなエピソードも書いてあって。まあ、ハナシが逸れるので、ここでは触れませんけど。

 乱歩賞全集の試みは、せっかくの壮挙だったのに。2作もの交渉失敗をやらかしてしまって、乱歩賞の輝かしい歴史にくっきり汚点を残してしまったのは、ほんと寂しいかぎりです。講談社にも言いたいことは山ほどあるだろうとは思いますが(そして、がんがん言ってほしいものですが)、黙っているかぎり、われら外野は想像と好奇心でもって、その悔しさを表現するしかありません。

 たとえば、『産経新聞』の(風乎)さんのように。

「だが、読者は歴代のすべての受賞作がそろうと思い、毎年、安くない本を買っていたのである。全集と銘打つからには、編集サイドにはその責任があるはずだが、著者とどのような交渉をしたのだろうか。

 数人の乱歩賞作家に問い合わせたところ、講談社および推理作家協会から、誤字だらけの文面で、収録の応否に〇をつけて返送せよというはがきが送られてきただけだという。」(『産経新聞』平成16年/2004年5月17日「横車 乱歩賞の「怪」」より)

 講談社さん、これ本当ですか?

          ○

 全集(文学賞の全集)から受賞作が洩れる、って話題なら、こんなのもあります。

 『小説現代新人賞全作品』(全4巻 昭和53年/1978年4月・講談社刊)です。

 また講談社のお仕事を取り上げることになって、まったく恐縮です。偶然であることを願います(そういえば、双葉社の「日本推理作家協会賞受賞作全集」から、『百怪、我が腸ニ入ル』が外れたのはなぜだったのかな。画集を文庫にするのが忍びなかったからかな)。

 まず書名を見てください。「全作品」です。それとカバー見返しにある「刊行にあたって」も読んでみてください。

「十五年間の受賞作を洩れなく収録したこの作品集は、中間小説界十五年の歴史を辿るのに恰好の資料であり、また、現在活躍している有力作家の意欲溢れる文壇処女作の集成として、十分な読みごたえと、多彩な面白さを満喫できる小説集でもあります。」

 「洩れなく」って日本語は、洩れのないときに使う単語のはずです。

 でも、悲しいことに全40作品(刊行当時まで)の受賞作のうち、ひとつだけ未収録を出してしまいました。

「淵田隆雄作「アイヌ遊侠伝」(第七回・昭和四十一年下期)は、作者と話合いのうえ、本書には収録しませんでした。 編集部」(『小説現代新人賞全作品1』昭和53年/1978年4月・講談社刊)

 こういう書かれ方をすると、確実にモヤモヤしたものが残ります。話し合った上で、「なぜそういう結論にいたったのか」まで書かないと、理由を説明したことにならないのは、講談社の方だってわかっているはずで、それを書かないから謎が生まれるわけです。

 謎。そうか、謎を残してこそ、小説作品を超えたところでの「エンターテインメント」。……って意味ではおもしろいんですが、いつかはすっきりと謎が解けることを期待しています。ねえ、高柳さん。講談社さん。『プラハからの道化たち』が、こんなくくりで語られるのは本意じゃないでしょうから。ワタクシもいつかは、別のテーマでこの作品を直木賞の名候補作として推したいものです。

 『芥川賞全集』は今までのところ脱落者なしで来ているようですけど、将来、『直木賞全集』が現実のものとなったとき、ちゃんと全受賞作、洩れなく読めるようになることをワタクシは夢みています。……でも、あの出版社から本気で『直木賞全集』をやろうという気持ちが、伝わってこないのが気がかりです。今のところ。

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コメント

と書いてはみたものの、
おのれだって「直木賞のすべて」なんつって、全然「すべて」を取り上げきれてないじゃんか、と反省します。
絶対無理とわかっていても、拙サイトも「すべて」を網羅できるように努力します。
講談社&日本推理作家協会も、今からでも未収録の2つを再刊できるように、
ぜひ努力を続けてください。

投稿: P.L.B. | 2009年2月 2日 (月) 00時10分

手元にベストセラーズ版しかない私にとっては、『推理小説常習犯』が講談社から復刊されたことが「謎」です。どれくらい修正されているんでしょうか・・・
あれを出せるくらいだったら、『モーツァルトは子守唄を歌わない』を再刊することくらい楽なものじゃないかと私は思うのですが。

『直木賞全集』、出てほしいですねえ。

投稿: 毒太 | 2009年2月 2日 (月) 21時20分

まったくです。
ワタクシも読んだのはベストセラーズ版が先で、講談社+α文庫版が出たときには、そうとう気になりました。
なので両版の違いを、ここで簡単に紹介させていただきます。

基本の構成や、本文はほぼ同じです。

むろん厳密に照合したわけではありませんので多少の修正はあるかもしれません。
でも、「ミステリー作家風俗事典」の「折句」とかは、
修正なしのそのまんまだったりしますので、ご安心ください(……ん?)。

文庫のほうにはさらに、「まえがき」「あとがき」や多くの項(「事典」のほうも)で
数行ずつの「+α後補」が付けられています。

ちなみに「+α文庫あとがき」によると、
この文庫は、講談社でも「文芸」担当部署ではなく「生活文化」のほうの仕事なのだそうです。

ってことで、今後『プラハからの道化たち』と『モーツァルトは子守唄を歌わない』をまとめた「江戸川乱歩賞全集 別巻」が、
+α文庫から刊行されるなんていうアクロバチックな展開が、あったりするかも(まあ、ないですか)。

ああ、直木賞から大きくハナシが逸れてしまいました。
『直木賞全集』、ほんと早く出ないですかねえ。はぁ……。

投稿: P.L.B. | 2009年2月 3日 (火) 00時45分

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