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2009年1月の5件の記事

2009年1月25日 (日)

おもしろすぎて直木賞を降参させた伝説のエンターテインメント小説。 第78回候補 山田正紀『火神を盗め』

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第78回(昭和52年/1977年・下半期)候補作

山田正紀『火神を盗め』(昭和52年/1977年9月・祥伝社/ノン・ノベル、小学館発売)

※こちらのエントリーの本文は、大幅に加筆修正したうえで、『ワタクシ、直木賞のオタクです。』(平成28年/2016年2月・バジリコ刊)に収録しました。

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2009年1月18日 (日)

直木賞のもつ隠れた意義。それを実感できるのは50歳を過ぎてから、かも。 第64回候補 三樹青生「終曲」

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第64回(昭和45年/1970年・下半期)候補作

三樹青生「終曲」(『外語文学』7号[昭和45年/1970年8月])

 このあいだの井上武彦さんのエントリーとチトかぶりますが、今日もハナシのまくらは、漫画のことです。

 先日、元・週刊少年マガジン編集長の宮原照夫さんが書いた『実録!少年マガジン名作漫画編集奮闘記』(平成17年/2005年12月・講談社刊)を読んでいたら、直木賞に関連する事項がでてきたので驚きました。

 たとえば宮原さんが、漫画の原作が書ける作家を物色するなかで、白羽の矢をたてたのが、福本和也さんだったとか。

「福本は新しい産業スパイ小説を世に送り出していて、三期連続で直木賞にノミネートされていた作家だった。しかし、梶山季之が初めて書いた産業スパイ小説「黒の試走車」がベストセラーになり、このジャンルを捨てざるを得なくなっていた。

 直木賞を目指すのであれば、新しいジャンルを開拓しなければならないだろう。だが、新ジャンルの開拓は、そう簡単にできるものではない。福本は、作家としていま転機に立っている。」(「第二章 偉大なる実験!―少年週刊誌創刊―」より)

 ふうむ、福本さんの候補作「K7高地」や「泥炭地層」を「産業スパイ小説」とくくるのは、やや違和感がありますけど、福本さんが漫画原作のエリアに一歩ふみだしたときの裏話として、この「ちかいの魔球」に関するエピソード部分は、興味津々です。

 ほかにも、「巨人の星」=大衆文学的、「あしたのジョー」=純文学的っていう漫画内でのジャンル分けとか。おそらく漫画研究においては常識なのかもしれませんけども。そうか、そうやって「あしたのジョー」は生まれてきたのだなと勉強になります。

 それでもうひとつ、本書には直木賞につながるネタがこっそり登場しています。それは三樹創作さん。宮原さんの後を継いで『週刊少年マガジン』編集長になった方です。『週刊少年ジャンプ』の飛躍をわきめに、部数が落ち込むばかりの「『マガジン』冬の時代」の渦中でもがき苦しんだらしいです。

 その三樹さん、お父さんは三樹精吉さんと言います。精吉さんのほうは毎日新聞などの記者勤めから日本新聞協会に入り、昭和43年/1968年から昭和46年/1971年まで第9期・第10期の国語審議会委員を務め(第10期途中で辞任)、それからTBSブリタニカ監修局で働き、帝京大学文学部に招かれた経歴をもつ、根っからの新聞畑の人でした。

 そして精吉さんは文学に対する関心も高くて、「三樹青生」のペンネームで直木賞候補に挙がったことがあるのです。

 「青生」とは、やや風変わりな名前ですが、「終曲」が単行本化された深夜叢書社版(昭和50年/1975年11月刊)の奥付では「(c) Seisei Miki, 1975」。でも3年前の『悪文・失言ものがたり』(昭和47年/1972年11月・アロー出版社刊)の著者紹介文では「ペンネーム三樹青生(みき・せいき)」で、ご本名に近い読み方を採用しています。

 そもそも精吉さんが「終曲」を発表したのは、息子・創作さんが立派に成人したあとの昭和45年/1970年、っていうから精吉さん本人は55歳。頑張って出世(?)してきた結構いいオトナです。おじさんです。

 その人生経験豊富な方が、若かりし頃に抱いていた文学への思いを、いま一度駆り立てられて書き始めました。そのなかの一篇が「終曲」でした。

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2009年1月15日 (木)

第140回直木賞(平成20年/2008年下半期)決定の夜に

 めでたくお二人が同時受賞。パチパチパチ。これが「高いレベルの作品が二つあって甲乙つけがたかった」のか「一本に決められるような強烈な一作がなく、二本を合わせて一本」だったのかは、いずれ明らかになるでしょう。

 そうは言っても、受賞できなかった他の4作が、あなたにとって、ワタクシにとって、これら受賞作に質で劣っているわけじゃないことは、あらためて噛み締めたいところです。

 恩田陸さんが次つぎと繰り出す、チャレンジ精神あふれる数々の作品。ン万人(ン十万人?)の固定読者を得ている、それだけで世間的な評価をしめすに十分です。今も、そしてこれからも、「恩田陸が直木賞をとることによって彼女の名がさらに上がる」のでなく、「恩田陸が直木賞をとることによって直木賞の名がさらに上がる」立場におられます。立派なことです。

 北重人さんの時代小説、ワタクシは個人的には好きだけどなあ。「こういうタイプの小説は、ほかにいくらでもある」とか思われちゃったのかなあ。凝ったしかけで挑んだ山本兼一さんの作品の前では、弱々しく見えちゃったのかも。でも北さんのファンは確実に増えているはずです。今回、候補になったことでさらにファンが増えたことを祈ります。

 葉室麟さんがつむぎ出す、ひきしまった文章と作品世界には、ほれぼれします。『いのちなりけり』では、おそらく葉室さん世代かそれ以上の読者たちの心をぎゅっとつかんだことでしょう。今後も、そういう“大人な”方たちにとって魅力的な作品を書き継がれるいっぽうで、われら若輩者が「こりゃあ参った」と降参するような作品を、ぜひ書き続けてください。

 ああ、今度も直木賞は、新参者にきびしかったですか。でも、道尾秀介さんがになっている期待は、きっと大きいはずです。まさか道尾さんが、直木賞を意識して小説を書くことなんてあり得ないと信じています、その無限にひらかれた未来に向かって、「直木賞っぽくない」驚愕を、がんがん生み出してほしいと思っています。

          ○

 なんだかんだとヒネくれた視点は抜きにして、ともかく7年かけて完成させたお仕事が認められて、天童荒太さんには、祝福はもちろん、ねぎらいの気持ちでいっぱいです。お疲れさまでした。『悼む人』、やっぱり天童さんにしか書けないオリジナリティあふれる作品でした。……そして、うちの親サイトの「作家の群像」ページでは、要らぬ情報まで載せてしまっていて申し訳ございませんでした。

 やったぜ、ヤマケンさん。山本兼一さん、そしてPHP研究所にて文芸にたずさわっている皆さま、その真摯な思いが、決して派手ではなくてもきっちり選考委員の方々に伝わって、勝手に嬉しい思いです。これで、もっと『利休にたずねよ』が売れるはずで、ほんとよかった。そして往年の「利休もの」直木賞作、今東光さん『お吟さま』がどこかの版元から復刻されて、いっしょに書店に並べられたらいいな。……あ、さらに「利休もの」の先駆、海音寺潮五郎さんの「天正女合戦」を収録したあのアンソロジーも、よろしく。

          ○

 今回は直木賞も、もうひとつの賞も、3度めの候補の方が仲良く受賞でしたか。「直木賞をねらうような作家は、何度も候補に挙げられるようでなければいけない」みたいな意味のことを言ったのは、かつての選考委員、村上元三さんですけど、別にそれが「正しい直木賞のかたち」ってわけじゃないんだけどな。むかしは「過去の業績なんて関係ない」と一貫した考えを持っていた委員もいたわけですし。ねえ。城山三郎さんとか。あ、でもその考えがやっぱり選考会の空気に合わずに、選考委員やめちゃったのか。選考委員のみなさんは、どうしても業績がお好きなんですかねえ。

          ○

 さらに、おめでたい夜に、あまり水を差したくないんですけど、芥川賞・直木賞の受賞作に、今度もポロッと文藝春秋の作品が入ってしまいましたね。ワタクシの口から言うのも何なので、今日は、御社の先輩編集者、高橋一清さんにビシッとお叱りいただきましょう。

「私が(引用者注:日本文学振興会の)事務局長をつとめている頃、

「自社ものは二回に一回は目立つ。三回に一回くらいがいい」

 と何かにつけて口にした。そのくらいの度量でないと、賞は続かない。毎回、自社ものを受賞させたりする賞があるが、これでは社内の担当者功労賞になってしまい、賞として世間から信頼を得ることはできない。」(平成20年/2008年12月・青志社刊『編集者魂』所収「「芥川賞・直木賞」物語」より)

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2009年1月11日 (日)

第140回直木賞(平成20年/2008年下半期)候補のことをもっと知るために、その重みを知る。

 まず、順位を発表いたします。

 さて、第140回(平成20年/2008年・下半期)の直木賞選考会を今週木曜日1月15日に控えて、今日のエントリーの主役は、これら最新の候補作6つについてです。

 たとえば発表された候補作を事前にすべて読んで、自分なりの予想を立てつつ、その日を迎える。小説好きにはたまらない至福の時間ですよね。

 いや、でも5つも6つも小説を読むなんて、時間の無駄だ。まして、どこまで楽しい小説を読み解く力があるかよくわからない50代、60代、70代のおじさんおばさんたちが選んだ受賞作だけを読む、なんてのも不安でしょうがない。……そうそう、人生は貴重です。そして小説選びは慎重にいきたいところです。

 前置きが長くなりました。あなたは次に読む小説をどうやって決めていますか。ネットに出ている紹介文ですか。本に巻いてあるオビですか。装丁のパッと見の雰囲気ですか。パラパラとめくってみて、どれだけ活字が詰まっているか(いや、逆にどれだけ余白が多いか)ですか。

 今回の、うちのブログの視点は「読みごたえ」です。

 ……間違えました。もとい。「持ちごたえ」です。重さです。重量です。

 一篇の小説を読む、その行為のなかでもかなり大きな比率を持つ(はずの)、手にとったときに感じる重み。読み終わったとき、重ければ重いほど、ああ、これほどの重作を自分は読破したのだなあ、と満足感もひとしおです(ってほんとか)。

 過去の直木賞は、どれほど重みのある小説が受賞してきたのか、気になったので調べてみました。そしてせっかくなので、今回の6つの候補作も同じ土俵で量ってみようじゃないかって寸法です。

 なにせ、ほら、今回は天童荒太さんが候補に挙がっていますからね。またの名を「シャジ(謝辞)スト」、またの名を「五分冊の貴公子」。第121回(平成11年/1999年・上半期)では『永遠の仔』が上巻510グラム、下巻585グラム、計1,095グラムとあまりに重くて(違う違う、あまりに長くて)選考会で不評を買ったあの天童さんが。

 それでは、素晴らしき重さの世界をひもとく前に、今回の候補作たちのズッシリ感を確認しておきましょう。はかりかたは、実際に選考委員のみなさんが手にとる状況を想定させてもらいました。つまり、第42回(昭和34年/1959年・下半期)~第132回(平成16年/2004年・下半期)の長期間にわたって、賞の運営にたずさわった元・文藝春秋編集者、高橋一清さんの証言を参考にしました。

(引用者注:予選候補に選ばれた作家たちから)応諾を得ると、文藝誌や同人誌はコピーにかけ、活字の大きさをほぼ一致させた、簡単なとじ本を作る。極力同一条件で審査が受けられるようにとの配慮からである。直木賞の単行本は帯もカバーも付けず本体のみを(引用者注:選考委員に)届ける。それらがせっかくの作品に禍を招くこともあるのだ。」(平成20年/2008年12月・青志社刊『編集者魂』所収「「芥川賞・直木賞」物語」より)

 ってことで量るのは「本体のみ」の重さです。重い順に並べると、こういう順番になるわけです。

  • 530グラム 恩田陸『きのうの世界』
  • 476グラム 天童荒太『悼む人』
  • 472グラム 山本兼一『利休にたずねよ』
  • 412グラム 道尾秀介『カラスの親指』
  • 376グラム 北重人『汐のなごり』
  • 354グラム 葉室麟『いのちなりけり』

 1位から6位までたった約180グラムしか開きがないじゃんか、と見えるかもしれません。しかしこのわずかな重量差が、直木賞の場ではさまざまなドラマを生み出してきました。

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2009年1月 4日 (日)

スラムダンクほど有名じゃなくても、隠れたとこに眠っている傑作もあります。 第59回候補 井上武彦「死の武器」

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第59回(昭和43年/1968年・上半期)候補作

井上武彦「死の武器」(『東海文学』33号[昭和43年/1968年2月])

 Img_lamp井上雄彦 ではありませんか?

 いえ、ちがいます。

 もしかして: 井上雄彦

 だから、“もしか”もクソもないんだってば。ちがうって言ってるでしょう。井上武彦さんですよ。三重の名(同人誌)作家といえばこの人、「銀色の構図」「死の武器」でおなじみの、あの井上武彦さんですよ。Yahoo!もgoogleもハナシの通じない人だなあ。

 通じなくても無理はなさそうです。たしかに井上さんの単著を調べてみても、「死の武器」を改題した『同行二人―特殊潜航艇異聞』(昭和63年/1988年10月・ユーウ企画出版部刊)ぐらいしか流布していないみたいですし。ワタクシも井上作品は二つの直木賞候補作以外、読んだことないですし。中京地区あたりの出版社がもっと、本にまとめておいてくれると助かるんだけどな。

 なので、今日のエントリーで書く内容は、ほとんど『同行二人』に収められた諸文に頼りっきっています。

 なにしろ、この書に推薦の文を寄せているメンバーが豪華です。

 筆頭は瀬戸内寂聴さんの「序文「歳月に耐えた真実の迫力」」が4ページほど。

 巻末は佐佐木幸綱さん「三島由紀夫さんの手紙」(p185-186)に始まって、伊藤桂一さん「「同行二人」を推す」(p187-189)、利根川裕さん「井上さんと、この作品」(p190-195)の三本立て。それからご本人の「あとがき」(p196-198)まで付いてお徳です。

 さらに出血大サービス。「あとがき」のなかにもう一人、直木賞にゆかりのある方が登場します。田中小実昌さんです。

「旧制中学の同級生に、田中小実昌がいる。

 ぼくと田中は、戦後一時死んだことになっていた。同期生名簿の中で二人そろって黒ワクの中にはいっていたのである。(引用者中略)

 ぼくは、この本(引用者注:『同行二人』)を一番先に田中小実昌に贈ろうと思っている。彼からは、昭和四十三年に『上野娼妓隊』(講談社刊)を贈られてから現在まで二十余冊の本が贈られてきている。

 一方、ぼくが雑誌は別として本らしい本を贈るのは、これが初めてである。」

 旧制中学の同級生どうし、それだけで相当に奇遇です。しかも、お二人の書く作品がちっとも似通っていなく、どこにも接点などなさそうに見えるところが、よけいに奇遇さを際立たせます。

 小実昌さんが柔なら、井上さんは剛。流れにわが身をまかせるフワフワ軽い小実昌さんに対して、拠って立つ足元をしっかりと見つめて毅然と直立を崩さぬように努める井上さん、って感じでしょうか。

 第53回(昭和40年/1965年・上半期)候補の「銀色の構図」もそうなんですけど、この「死の武器」も、そりゃあ重いハナシです。ハナシが重いというより、ハナシの背景が重量感たっぷりです。登場人物たちだけでなく、読んでいるこちらまで、その重さに圧しつぶされそうになります。

 緊迫感と言いましょうか。スリルとサスペンスと言いましょうか。孤島とか雪に囲まれた山荘とか、そういうものよりなお狭く、密室やドアの開かぬエレベーターよりもっともっと狭い、そんな“究極の密閉空間”にまつわる物語です。

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