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2009年1月 4日 (日)

スラムダンクほど有名じゃなくても、隠れたとこに眠っている傑作もあります。 第59回候補 井上武彦「死の武器」

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  • 【一般的無名度】…flairflairflairflair 4
  • 【極私的推奨度】…flairflairflairflair 4

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第59回(昭和43年/1968年・上半期)候補作

井上武彦「死の武器」(『東海文学』33号[昭和43年/1968年2月])

 Img_lamp井上雄彦 ではありませんか?

 いえ、ちがいます。

 もしかして: 井上雄彦

 だから、“もしか”もクソもないんだってば。ちがうって言ってるでしょう。井上武彦さんですよ。三重の名(同人誌)作家といえばこの人、「銀色の構図」「死の武器」でおなじみの、あの井上武彦さんですよ。Yahoo!もgoogleもハナシの通じない人だなあ。

 通じなくても無理はなさそうです。たしかに井上さんの単著を調べてみても、「死の武器」を改題した『同行二人―特殊潜航艇異聞』(昭和63年/1988年10月・ユーウ企画出版部刊)ぐらいしか流布していないみたいですし。ワタクシも井上作品は二つの直木賞候補作以外、読んだことないですし。中京地区あたりの出版社がもっと、本にまとめておいてくれると助かるんだけどな。

 なので、今日のエントリーで書く内容は、ほとんど『同行二人』に収められた諸文に頼りっきっています。

 なにしろ、この書に推薦の文を寄せているメンバーが豪華です。

 筆頭は瀬戸内寂聴さんの「序文「歳月に耐えた真実の迫力」」が4ページほど。

 巻末は佐佐木幸綱さん「三島由紀夫さんの手紙」(p185-186)に始まって、伊藤桂一さん「「同行二人」を推す」(p187-189)、利根川裕さん「井上さんと、この作品」(p190-195)の三本立て。それからご本人の「あとがき」(p196-198)まで付いてお徳です。

 さらに出血大サービス。「あとがき」のなかにもう一人、直木賞にゆかりのある方が登場します。田中小実昌さんです。

「旧制中学の同級生に、田中小実昌がいる。

 ぼくと田中は、戦後一時死んだことになっていた。同期生名簿の中で二人そろって黒ワクの中にはいっていたのである。(引用者中略)

 ぼくは、この本(引用者注:『同行二人』)を一番先に田中小実昌に贈ろうと思っている。彼からは、昭和四十三年に『上野娼妓隊』(講談社刊)を贈られてから現在まで二十余冊の本が贈られてきている。

 一方、ぼくが雑誌は別として本らしい本を贈るのは、これが初めてである。」

 旧制中学の同級生どうし、それだけで相当に奇遇です。しかも、お二人の書く作品がちっとも似通っていなく、どこにも接点などなさそうに見えるところが、よけいに奇遇さを際立たせます。

 小実昌さんが柔なら、井上さんは剛。流れにわが身をまかせるフワフワ軽い小実昌さんに対して、拠って立つ足元をしっかりと見つめて毅然と直立を崩さぬように努める井上さん、って感じでしょうか。

 第53回(昭和40年/1965年・上半期)候補の「銀色の構図」もそうなんですけど、この「死の武器」も、そりゃあ重いハナシです。ハナシが重いというより、ハナシの背景が重量感たっぷりです。登場人物たちだけでなく、読んでいるこちらまで、その重さに圧しつぶされそうになります。

 緊迫感と言いましょうか。スリルとサスペンスと言いましょうか。孤島とか雪に囲まれた山荘とか、そういうものよりなお狭く、密室やドアの開かぬエレベーターよりもっともっと狭い、そんな“究極の密閉空間”にまつわる物語です。

          ○

 戦後二十年。「私」は内臓外科医です。病院で思わぬ男から声をかけられます。男の名は曽原。曽原二等水兵。二十年前、「私」が潜水艦の士官室詰め当番兵だったころの知り合いでした。

 彼と語らううちに「私」は、当時のことをまざまざと思い出していきます。昭和16年。海軍の軍医大尉として佐世保にやってきた「私」。勤務するのは、潜水艦です。

 時は日米関係が悪化の一途をたどっている頃でした。潜水艦に関わる軍人のあいだでも日米開戦がちかいのではないか、という不安が漂っています。そんな頃、中央から緊急命令が届きます。潜水艦の艦橋後部に、とある特殊装置をそなえつけよとの指示でした。

 いったいその装置は何に使われるものなのか。「私」をはじめ、ほとんど知る者はいませんでした。そうこうするうちに艦が完成し、11月に入って呉軍港に回送されます。

 そしてそこには、二人の男が待っていました。

 坂田少尉と稲田二等兵曹です。艦長から、彼らが特殊潜航艇の搭乗員であることを紹介され、ようやく「私」は特殊装置が何であるかを知ります。特殊潜航艇(特潜)。全長23.9メートル、最大幅1.85メートル。そこに二人で乗り込み、敵を襲うのです。もちろん、一度放たれた特潜は、その後に収容されることが前提なのですが、生還する確率は極めて低いものでした。

 坂田少尉は、「私」が触れてきたどの潜水艦乗りとも違う人種の男でした。清潔で透明。敏感であり清純。女性的でもあります。口の悪い艦員は、かげで「稚児さん」と呼びはじめます。

 対する稲田二等兵曹は、朴とつでずんぐりした体格、それでいて動作はこまめ。同乗する坂田に対して献身的で、はたから見るとこのコンビはロマンチックでもありユーモラスでもありました。

 数日の訓練を行ううちに、やがて中央から開戦準備の命が伝えられます。来る12月8日を開戦予定日として、ハワイ攻撃作戦が始まったのです。「私」たちの潜水艦も呉を発ちます。

 これまでの訓練では目標が漠然としていましたが、ついに具体的な攻撃対象が坂田や稲田にもできたことになります。日々一刻と近づく開戦のその日。せまりくる死の恐怖と緊張感。ハワイに近づくにつれ、昼は潜航、夜は浮上してはしるという、光のない生活。「私」は坂田の様子からだんだんと、ニヒルから狂気に近いものを感じるようになっていきます。

          ○

 いくら直木賞の候補になったからといって、昭和40年代ぐらいまでは、そうやすやすと単行本化されたりはしませんでした。そんな世知がらい歴史は、うちの親サイトや拙ブログをお読みの方なら、きっと常識の域だと思います。「死の武器」もそういった隠れた名篇のひとつ。読みたければ、どの図書館に所蔵されているのかよくわからない『東海文学』なる同人誌を、どこぞで見つけるしかない状況が、長いこと続いていました。

 それを昭和63年/1988年になって単行本『同行二人』に仕立て上げたのは、ひとえに元・産経新聞記者でユーウ企画社長、吉田裕さんの力です。

 出版される前、吉田社長にアドバイスを求められ、利根川裕さんは、こんなファックスを送ったのだとか。まさしくそのとおりだなあと一読者として利根川さんに感謝したくなる内容です。

「一、間違いなく傑作、そういう言いかたをしても、たぶん大丈夫です。

 一、これだけの作品が、広く世間の表舞台に出てこなかったのが、不運というより、むしろ不思議です。

 一、いっそのこと、ユーウ企画の意味ある仕事として、出版してみてはいかが。」

 そりゃあ、ユーウ企画がポツンと出したところで、まだまだ「広く世間の表舞台に出た」とまでは言えないところが痛いですけど、手の入れやすさからすれば、『東海文学』オンリーの頃に比べれば格段の改善です。ありがとう、吉田社長、関係各位。

 で、さっきも書いたとおり、この作品には何人かの著名作家が推薦のことばを寄せました。たとえば、

「直木賞の惜しいところまでいったと思う。

 こんないい作品がどうして賞をとらなかったのか不思議でならない。」

 と、ある種直木賞へのイヤミ(?)ともとれることを書いたのは、瀬戸内寂聴さん。「惜しいところまでいった」かどうかは、ワタクシは知りません。選評だけ見れば源氏鶏太以外、みんなそうとう厳しい評なんですけど。

 寂聴さんをはじめ、伊藤桂一さんも、利根川さんも、十分に名のある方々ばかりです。でも、やっぱり最もインパクトのある推薦人は、誰がなんと言おうと、三島由紀夫さんでしょう。ねえ。

 三島由紀夫と直木賞、といえばアレです、三島が切腹の作法について問い合わせた相手に、切腹研究の第一人者・中康弘通さんって方がいるんですが、中康さんは昭和37年/1962年から地元の京都で『三人』という名の同人誌をほそぼそとやっていて、そこにも切腹に関する小説や評論を精力的に発表していました。その『三人』誌からはじつは一人の直木賞候補作家を輩出しています。加藤葵さんです。いやいや、この方は切腹とは何の関係もない、ごく普通の小説を書いていました。でも加藤葵さんに関する資料ってどうにも少ないんですよね、知っている方がいたらぜひ教えてほしいな、と思っています。

 ハナシが逸れました。三島由紀夫と「死の武器」に戻します。

 その件については、『文藝』の元編集長、佐佐木幸綱さんが寄せた「三島由紀夫さんの手紙」を読めば、おおよそのことがわかります。三島さんが『東海文学』の「死の武器」を読み、絶賛の手紙を佐佐木さんに送った様子が。

 こんな手紙です。

昭和四十三年二月十六日

(引用者中略)読後、しばらく打ちのめされて、仕事が手につかなくなつてしまひました。その全部が文学的感動だった、とは敢て言ひません。しかし、小生が戦争中美と考へたものの精髄が、ここには全く肉体的に描かれてゐます。もしかすると、小生が文学でやりたいと思つてきたことの全部が、ここで語られてしまつたかもしれない、といふ痛恨の思ひです。

(引用者中略)この間日沼倫太郎氏に会つたら「F104」をほめてくれました。うれしかつたが、この「死の武器」を読んだら、とてもいけません。」(『決定版三島由紀夫全集38 書簡』平成16年/2004年3月・新潮社刊 ―佐佐木幸綱著『手紙歳時記』昭和55年/1980年2月・ティービーエス・ブリタニカ刊より)

 打ちのめされただの痛恨だのと、三島さん尋常じゃありません。

 佐佐木さんいわく、

「新人の作に関して、わざわざ手紙を下さったのは、このとき一度だけだった。」

 ってことで、よけいに尋常じゃありません。

 好き嫌いなんて人それぞれですから、「死の武器」を読んで何の楽しさも感じない人だって大勢いるでしょう。三島由紀夫が褒めたからってそれが何だ、という気もします。でもワタクシの気分は、三島さん寂聴さん桂一さん利根川さんに大賛成です。ほんの180ページ足らずの中篇ひとつで、緊迫の世界に引き込まれる、こいつは読書の醍醐味です。

 そして「なぜこの作品が直木賞をとらなかったのか」といえば、おそらく直木賞が、「いい小説に賞をあげる」性格のものじゃないからです。ほら、海音寺潮五郎さんだって「死の武器」の選評で言っているじゃないですか。

「直木賞のものではないようだ。」『オール讀物』昭和43年/1968年10月号選評「硬体の文章 柔軟な感情」より)

 直木賞には、「直木賞にふさわしい小説」というまったく別の基準があるわけです。

 過去の候補作を読んでいて、ときに受賞作よりも面白いじゃんかと思わされる作品にしばしばぶち当たるのは、たぶんそのせいです。

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