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2008年11月の5件の記事

2008年11月30日 (日)

ムッソリーニがそこにいるだけで。ハッピーエンドになった時代もありました。 第9回候補 摂津茂和「ローマ日本晴」

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  • 【一般的無名度】…flairflairflairflair 4
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第9回(昭和14年/1939年・上半期)候補作

摂津茂和「ローマ日本晴」(『新青年』昭和14年/1939年6月号)

 前週の『空飛ぶタイヤ』の項では、いろいろと過去のモデル小説を挙げました。その余韻を残しつつ、第1回第10回(昭和10年代前半)の直木賞候補作を眺めてみると、どうしてもこの小説に目がとまります。「ローマ日本晴」です。

 作者の摂津茂和さんは、ここでは「一般的無名度」を「4」のハイランクにしちゃいましたけど、いや、なかなか著名な方です。「セモア」の語からすぐさま下着を連想するよりもずっと前に、この言葉をペンネームに拝借したその来歴からもおわかりのとおり、昭和10年代の『新青年』読者たちに、ヨーロッパの風を感じさせてくれた小説家。

 って言うより、ゴルフの摂津茂和、摂津茂和といったらゴルフでしょう。ゴルフ文献の蒐集家にして、ゴルフに関するエッセイや読み物のたぐいはきっと山ほど書いています。昭和40年代以降のこの方の著作は、ほとんどゴルフ本一色です。

 なある、小説家として出発したものの、戦争を挟んで次第に創作欲を失い、徐々にゴルフのことを調べるのが面白くなって、そっちのほうにシフトしていっちゃった人なのね。と、ワタクシもこれまで勘違いしていました。いや、そもそも『新青年』に小説を書きはじめるきっかけが、ゴルフだったようで。頭から尾っぽまでゴルフの人だったんですね。

「僕は元来ものを書くことは嫌いではなかった。若し僕に作家の友達でも二三あったら、もう少し前から小説位書いて見る気になっていたかも知れない。

 処が二年程前にスポーツを通じて博文館の水谷準君と知合になった。僕にとって最初の文士の友達である。彼は僕のスポーツ随筆集を読んで、新青年に何か書いてみいと云った。彼もまさか始めから小説のつもりではなかったらしい。

 然るに僕はたちどころに小説を書いて渡した。新青年という雑誌は大衆小説を載せるものと思ったからだ。此の僕の心臓的な早合点が謂わば今日の僕の端緒を作ったのだった。」(昭和16年/1941年3月・東成社/ユーモア文庫『三代目』所収「跋」より)

 きっと「僕のスポーツ随筆集」とは、日本ゴルフドム社が出していたゴルフ叢書あたりを指しているんだと推測します。それにしても、ううむ、さすがゴルフの水谷準、水谷準といえばゴルフ(これは言いすぎか)だな。ゴルフ関連からもしっかりと作家を発掘してくるところなんぞが、生まれついての名伯楽ぶり、お見事なことです。

 『新青年』と摂津茂和と直木賞、のことは以前のエントリー「『新青年』読本全一巻―昭和グラフィティ」でも、軽ーく触れました。第9回で候補に挙がったときはほとんど黙殺されながら、のちに菊池寛が「話の屑籠」でこの人の短篇集『三代目』を大褒めしたことも。

 本名・近藤高男さんが、作家・摂津茂和となって、あれよあれよと評価されて、直木賞じゃないけど文学賞ももらって、それでも今では「ローマ日本晴」はおろか、『三代目』だって容易に読めない哀しさたるや。……賞まであげたんならもうちょっと次世代に対しても責任もちなさいよ、新潮社。

 ええと、「ローマ日本晴」のハナシです。昭和14年に発表された、つまり後にくるイヤーな負け戦への道筋を想像させる時代に発表されたユーモア小説、かつ国際小説です。とくれば、今の世の中、復刻される望みはほとんどありません。まあ、宝塚ブームと、イタリア・ブームと、それから戦前ユーモア小説ブームあたりがまとまって訪れれば、どこぞの出版社が拾い上げてくれるかもしれません、それまで待ちましょうか。

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2008年11月23日 (日)

「文学」なんちゅうブランドから遠く離れているからこそ、余計にこの作品は光輝きます。 第136回候補 池井戸潤『空飛ぶタイヤ』

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第136回(平成18年/2006年・下半期)候補作

池井戸潤『空飛ぶタイヤ』(平成18年/2006年9月・実業之日本社刊)

 ああ、面白かった。と、我々読み手を大満足させてくれただけで『空飛ぶタイヤ』は十分な価値があります。何の賞を受けてなくても。あとは、より多くの人がこの小説を読んで、「やっぱり面白かった」とか「けっ、この劇画チックな文章とストーリー展開にゃ我慢できん」など、いろいろな感想を持たれることを祈るだけです。終わり。

 ところがです。ほんの2年前、『空飛ぶタイヤ』は直木賞の候補になっちゃいました。となれば、やはりこの小説を直木賞の枠組みのなかでも語らざるを得ません。

 じっさい思い返してみると、直木賞の候補になったことが、この小説にまた違った輝きをもたらすんですよねえ。

 そもそも『空飛ぶタイヤ』には、案外この賞の候補の座がお似合いです。なぜなら、直木賞の歴史に流れている血管のひとつに、ピタッとはまるからです。

 「モデルが容易に想定できる小説」って血管です。

 表現を換えるなら、「多くの人の記憶に新しい、ごく最近の事件を題材にした小説」と言っていいかもしれません。

 そんな小説を直木賞では、たまーに候補にしてきました。「大衆小説、それは時代を映す鏡」なんちゅう美しい言説を、よりわかりやすいかたちで残してきてくれました。ときどき思い出したかのように。

 しかし、そういう候補作が受賞にまで至ったケースは、そんなに多くありません。だからこそ「背骨」じゃなくて「血管」のひとつなのです。

 たとえば「有名な身近な事件」じゃなくて、「有名な身近な人物」を扱った受賞作なら、どうでしょう。きだみのるご登場の三好京三『子育てごっこ』(第76回 昭和51年/1976年・下半期 受賞)とか、島田清次郎大活躍の杉森久英『天才と狂人の間』(第47回 昭和37年/1962年・上半期 受賞)ぐらいでしょうか。

 そして「最近の事件」に即した作品が受賞したことなんて、あったでしょうか。むむむ。15年くらい前(発表当時から見て)の二・二六事件を勇気をもって書き切った立野信之「叛乱」(第28回 昭和27年/1952年・下半期 受賞)なんてのがありますね。ああ、発表より1~2年くらい前のポート・モレスビー作戦を半ばまで描いた岡田誠三「ニューギニア山岳戦」(第19回 昭和19年/1944年・上半期 受賞)も、そういえばそうですか。

 他に「これもそうじゃないか」と気づいた受賞作があったら、ぜひ教えてください。

 受賞しなかった作品ならば、もうちょっと思いつきます。

 昭和初期の政治状況=立野信之「公爵近衛文麿」(第25回 昭和26年/1951年・上半期 候補)でしょ。砂川闘争の前夜=赤江行夫『長官』(第36回 昭和31年/1956年・下半期 候補)でしょ。水俣公害=水上勉『海の牙』(第43回 昭和35年/1960年・上半期 候補)でしょ。インドネシア9月30日事件=三好徹『風塵地帯』(第56回 昭和41年/1966年・下半期 候補)でしょ。

 まだまだあるはずです。どれもこれも、新聞やラジオを通して巷におなじみだった事件を入り口にして、想像力をバネに虚構の世界を広げてくれていて、面白い作品ばかりだよなあ。モデル小説、万歳。

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2008年11月16日 (日)

直木賞が生み出した奇抜な建築美、屋根の上の屋根、そのまた上の屋根。 第129回候補 真保裕一『繋がれた明日』

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第129回(平成15年/2003年・上半期)候補作

真保裕一『繋がれた明日』(平成15年/2003年5月・朝日新聞社刊)

 世の中には同じ週刊誌を毎号欠かさず買う人がいます。その中の何割かは、そこに連載されている小説を毎週楽しみに読み進めたりします。ワタクシもいっぱしの小説好きのつもりではいるんですが、とても根気が続かず、その領域には到達できていません。

 昔っから週刊誌に連載小説はつきものでした。それこそ直木三十五さんがバリバリ現役の昔から。大衆文学がもりもり力を蓄えていった背景には、第一に新聞の存在があるわけですけど、大正から昭和初期っていう時期からして、週刊誌が寄与した部分も相当あります。

 その派生として直木賞は誕生しました。大衆文学の世界に新たな風を吹き込む書き手を、っていうのは、当然ゆくゆくは新聞だの週刊誌だのに連載を持ち、老若男女、高学歴・低学歴関係なく、広ーくて薄ーい庶民津々浦々に愛される小説を書いていけるような、そんな作家を発掘する、って未来が念頭にあったわけです。

 こう考えるとわかるとおり、そもそも「週刊誌に連載された小説」なんてものは、直木賞がとやかく口を出す範疇ではありませんでした。つまり、新聞や週刊誌といった媒体は、直木賞を卒業した人たちに提供される舞台だったからです。ん、ちょっと違うな。言い直します。新聞や週刊誌といった媒体に小説を発表できる人たちは、直木賞を卒業したものと見なすのが、この賞の暗黙の建前でした。

 ある時期まで、直木賞の候補作に、週刊誌連載の小説(それを単行本化したものを含む)などまったく登場しません。それは別に、直木賞が週刊誌を無視していたわけじゃありません。卒業生たちに対していちいち、通信簿に評価をつけて手渡す気がなかっただけのことです。

 たとえば、第50回(昭和38年/1963年・下半期)の場で、選考委員の海音寺潮五郎さんが投げかけた疑義があります。

安藤鶴夫氏のような著名で、しかも現在週刊朝日のような大雑誌に小説を連載している人を、選考の対象にすることには、大いに疑義がある、この文学賞設立の目的は、屋上屋を架し、錦上また花を添える底(ルビ:てい)のものではないはずである、将来の選考にも影響が大きかろう、その点を考えてもらいたい。――という意味のことを、ぼくは開会冒頭に一席ぶったが、容れられなかった。」(『オール讀物』昭和39年/1964年4月号選評「痛恨深し」より)

 うおお。「設立の目的」なんて根本的な事柄を一人の委員が持ち出して、あっさり却下されて、粛々と時代に(文春の意向に?)身をまかすところなんぞが、いかにも直木賞っぽいなあ。ともあれ、これが賞設立から約30年後の姿です。

 さらに30年ほど経つと、どうなるか。三つ子の魂などすっかり忘れて、大沢在昌さんが『週刊読売』に1年にわたって連載した『新宿鮫 無間人形』に気前よくぽーんと授賞したりします。誰ひとり疑義など提起することなく。

 そして、真保裕一さんです。人気と実力を兼ね備えながら、老いぼれた直木賞の張り巡らす奇略をうまくかいくぐりおおせた卒業組のひとりです。

 真保さんと直木賞の接触は4度にわたります。作家デビューから8年たってから、『ボーダーライン』(第122回 平成11年/1999年・下半期 候補)や『ストロボ』(第123回 平成12年/2000年・上半期 候補)を候補に選ぶのは、まだギリギリ許容できます。しかし、『週刊現代』連載の『黄金の島』(第125回 平成13年/2001年・上半期)を候補にしたのは、まったく教科書どおりの「屋上屋」です。

 屋上屋は、手がける大工さんにはやり甲斐があるのかもしれませんけど、ぷらっとその建物の前を通る通行人にとっては、滑稽で笑いもの以外の何ものでもありません。

 で、あなた、第129回(平成15年/2003年・上半期)の候補に、『週刊朝日』連載の『繋がれた明日』を持ってこられた日にゃあ。ねえ。屋上屋上屋。

 ……同じくこの時期、そんな奇抜なかたちを強いられた人に、東野圭吾さんがいました(第125回候補の『片想い』は『週刊文春』連載、第131回候補『幻夜』は『週刊プレイボーイ』連載)。ただ、彼はその後、めでたく受賞しましてその建築物は壊されたも同然です。いっぽうの真保さんの場合は、今後もずっと屋上屋上屋は残されたままですもんね。笑いを通り越して、ここまでくると芸術です。

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2008年11月 9日 (日)

世間との折り合いが「受難」を生み出すのだとすると、きっと直木賞も受難のひとつ。 第117回候補 姫野カオルコ『受難』

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第117回(平成9年/1997年・上半期)候補作

姫野カオルコ『受難』(平成9年/1997年4月・文藝春秋刊)

 誤解をおそれず言うならば、この方ほど「誤解」の似合う作家は、そうそういません。似合う、なんて表現は物議をかもしそうだな。もとい、たとえば、鉄はおのれの意志にかかわらず、磁石にくっつくのが世のならいですが、それと同じように、姫野さんにもおのれの意志にかかわらず、なぜか自然と「誤解」にくっついてしまう変な性質がありそうです。

 かく言うワタクシだってきっと、姫野カオルコさんのことを誤解しています。でしょうねえ、だって姫野作品の中では、『ツ、イ、ラ、ク』(第130回 平成15年/2003年・下半期 候補)や『ハルカ・エイティ』(第134回 平成17年/2005年・下半期 候補)などよりも、『受難』こそ断然大好きなんですから。彼女の作品を全部読み通したわけでもありませんし。おそらく読み通したところで、誤解が解ける自信もありませんし。

 ワタクシのハナシはともかくとして、一般的に今のところ、姫野さんにまつわる誤解で最も根強く、また大きいのは、きっとアレですよね。ええ、団だのDだの言うアレです。

 姫野さんが文章を書いてお金をもらう行為を始めた頃に、数年間、その活動の場のひとつは、嗜好の偏ったジャンルの雑誌でした。そのイメージのせいで、まだ姫野作品を読んだことのないまっさらな読者に、よろしくない先入観を与えてしまっていたのだとか、いなかったのだとか。

 まあ、先入観を持たれる作家なんて、姫野カオルコ一人の専売特許じゃないですよね。でも、その引き金を引いてしまったのが、他でもない姫野さんご自身の書いた『ガラスの仮面の告白』(平成2年/1990年5月・主婦の友社刊)だったわけですから、もうこの辺りが、意図せずして誤解を呼び込む作家・姫野カオルコのパワー、フル回転たるところです。

 さらには平成12年/2000年に「私小説タイムストッパー」(『週刊小説』平成12年/2000年19号[10月13日])を発表して、大学生時代にたまたま始めたちょっと変わったバイトみたいなことを、えんえんと何年たっても何十年たっても言われ続けて、うんざりだわ、もううんざりだわ、といった姿勢を表明します(上の作品名から張ったリンクは、姫野カオルコ公式サイトに飛びます。さすがに直接作品ページに張るのはサイトの意図を踏みにじっちゃいそうなので、サイト管理人さんによる作品紹介ページが開くようにしました)。

 さあ、これで「誤解」も収束したのでしょうか。それでもこれは「エッセイ」や「事実体験」じゃなくて、「真実体験」なのだと言って、かたくなに小説家魂を守り抜こうとするところが、誤解の火種を残すことになっていたりして。まあともかく、昔のことは昔のことよ、今はそっとしといてあげなくっちゃ。

 とか殊勝なふりして、今から取り上げようっていうのが、10年も前の『受難』ですよ。おいらにゃ、姫野さんの“いいファン”にはなれそうもありませんや。でもねえ、恋愛だ、人間感情の機微だ、といった薄く広くウケそうな構えなぞはなっから捨てて、ヘンテコリンな設定を自信満々貫いているところなんぞが、ワタクシお気に入りの作品なのです。

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2008年11月 2日 (日)

新進作家のその後の活躍ぶりなんて、そうそう見通せるもんじゃありません。 第101回候補 多島斗志之『密約幻書』

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第101回(平成1年/1989年・上半期)候補作

多島斗志之『密約幻書』(平成1年/1989年5月・講談社刊)

 たとえてみます。候補作家 VS. 直木賞の構図がひとつの勝負だとしたら。……この場合、“直木賞が勝ったなあ、快勝だなあ”と言えるのは、候補作家のデビュー数作目あたりを候補作に持ってきて、作家の将来性を見極めて授賞し、そして期待以上にその作家が縦横無尽の働きをみせてどんどん小説を書き継いでいった例でしょう。ねえ。新田次郎さんとか司馬遼太郎さんみたいに。

 ところが同じ受賞させるのでも、何作も作品を発表してきたような作家に対して、いくらそのときの候補作の出来がいいからといって授賞しても、たいていサポーターからブーイングが上がりますよね。勝負でいうなら、スコアレスドロー、勝ち点1は獲得したけど、どうもスッキリしない引き分けです。

 さらに言えば、こんな例もあります。候補作家の力量を見定めることができず、手近にある候補作だけを読んでボロクソの酷評。しかしながら、のちにその作家が見事、受賞作家と同じか、それ以上の働きをしてしまうってことが。……これを普通にはたから見ると、“わあ直木賞負けちゃったね、惨敗、大惨敗だね”と言われたりします。

 おや。そう考えると直木賞は、引き分けか負け試合ばっかりだな。とか思っても、まあ抑えて抑えて。今日の主眼はそういうハナシじゃありませんので。

 多島斗志之さんは、直木賞に対して勝利をおさめることのできた多彩かつ有能プレーヤーのひとりです。

 はじめての候補作『密約幻書』は、多島さん6冊目の小説でした。ユーモア小説の多島健の時代はこのさい置いとくとして、ほお、国際謀略ミステリーの新しい息吹きが出てきたなあ、程度のことで終わっていれば、その落選もこんなに“直木賞惨敗感”を煽ることにはならなかったんですが。

 この際の勝負には、多作か寡作かはあまり影響を及ぼしそうもありません。たとえば多島さんは、おおかた、作家歴に比べて(あるいは、現代の出版界のなかでは)寡作だ、といった評価があるわけですけど、平成1年/1989年の『密約幻書』以来、約20年間で新作の単行本が15作品ですか。着実な歩みじゃないですか。やっぱ多島さんの勝ちです。

 で、こういった歩みをさらに追って考えてみたいなと思ったときに、一つの策として、一人の作家の文庫本……とくに文庫に載っている解説を順に読んでいく手が思いつきます。

 多島さんでいうならば、単著の文庫本は今までのところ18冊。いや、「解説」って観点ですもん、『〈移情閣〉ゲーム』の講談社ノベルス復刊も含めたいところなので、全部で19冊。ちなみに、こんな方々が多島斗志之についてああだこうだと解説を書かれてきました。

『龍の議定書(プロトコル)』昭和63年/1988年6月・講談社/講談社文庫
 →「解説」香山二三郎(p.374~380)
『聖夜の越境者』平成1年/1989年9月・講談社/講談社文庫
 →「解説」関口苑生(せきぐち・えんせい)(p.296~302)
『CIA桂離宮作戦』平成2年/1990年8月・徳間書店/徳間文庫
 →「解説」関口苑生(p.277~281)
『金塊船消ゆ』平成3年/1991年2月・講談社/講談社文庫
 →「解説」西木正明(p.333~335)
『バード・ウォーズ―アメリカ情報部の奇略』平成4年/1992年6月・文藝春秋/文春文庫
 →解説なし
『密約幻書』平成4年/1992年7月・講談社/講談社文庫
 →「解説」小梛治宣(おなぎ・はるのぶ)(p.317~322)
『クリスマス黙示録』平成8年/1996年11月・新潮社/新潮文庫
 →「解説」三浦浩[ 作家 ](p.344~350)
『少年たちのおだやかな日々』平成11年/1999年8月・双葉社/双葉文庫
 →解説なし
『不思議島』平成11年/1999年1月・徳間書店/徳間文庫
 →「解説」長谷部史親[ 文芸評論家 ](p.250~254)
『マールスドルフ城1945』平成12年/2000年2月・中央公論新社/中公文庫
 →「解説」山前譲(p.416~422)
『海賊モア船長の遍歴』平成13年/2001年3月・中央公論新社/中公文庫
 →「解説」日下三蔵(p.429~434)
『症例A』平成15年/2003年1月・角川書店/角川文庫
 →「解説」信田さよ子[ カウンセラー/原宿カウンセリングセンター所長 ](p.569~568)
『追憶列車』平成15年/2003年8月・角川書店/角川文庫
 →「解説」杉江松恋(p.324~328)
『離愁』平成18年/2006年1月・角川書店/角川文庫
 →「解説」北上次郎(p.352~356)
『不思議島』平成18年/2006年5月・東京創元社/創元推理文庫
 →「解説」千街晶之(p.241~247)
『二島縁起』平成18年/2006年7月・東京創元社/創元推理文庫
 →「解説」中辻理夫(p.301~307)
『海上タクシー〈ガル3号〉備忘録』平成18年/2006年10月・東京創元社/創元推理文庫
 →「解説」杉江松恋(p.301~308)
『白楼夢―海峡植民地にて―』平成19年/2007年5月・東京創元社/創元推理文庫
 →「解説」日下三蔵(p.361~367)
『〈移情閣〉ゲーム』平成19年/2007年9月・講談社/講談社ノベルス(綾辻・有栖川復刊セレクション)
 →「解説―移窓換景、触景生情」佳多山大地(かたやま・だいち)(p.308~317)

 ほお、実作家で解説を寄せたことのあるのはお二人かあ。そして、その人選が西木正明三浦浩とは、なるほどねえ。意外性はないけど妙に納得だなあ、などと思うわけですけど、まずは今日の名候補作『密約幻書』に付けられた解説に注目してみましょう。書き手は、若き(?)社会保障論の学者にして文芸評論家、小梛治宣さんです。

「本書をお読みになればお分かりのように、直木賞にノミネートされるにふさわしい、あるいはそれ以上の上質で上品なエンターテインメントである。多島斗志之の持味である濃密なプロット、スピーディな展開、歴史上の「謎」といった要素がふんだんに盛り込まれ、しかもそれが理知的な文章で仕上げられている。」

 文庫解説にふさわしい、端的でド直球でまっとうな評価です。『密約幻書』の面白さは、ほとんどこれで言い表されていると思います。直木賞候補になった平成1年/1989年の段階での面白さ、という意味では。

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