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2008年11月16日 (日)

直木賞が生み出した奇抜な建築美、屋根の上の屋根、そのまた上の屋根。 第129回候補 真保裕一『繋がれた明日』

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第129回(平成15年/2003年・上半期)候補作

真保裕一『繋がれた明日』(平成15年/2003年5月・朝日新聞社刊)

 世の中には同じ週刊誌を毎号欠かさず買う人がいます。その中の何割かは、そこに連載されている小説を毎週楽しみに読み進めたりします。ワタクシもいっぱしの小説好きのつもりではいるんですが、とても根気が続かず、その領域には到達できていません。

 昔っから週刊誌に連載小説はつきものでした。それこそ直木三十五さんがバリバリ現役の昔から。大衆文学がもりもり力を蓄えていった背景には、第一に新聞の存在があるわけですけど、大正から昭和初期っていう時期からして、週刊誌が寄与した部分も相当あります。

 その派生として直木賞は誕生しました。大衆文学の世界に新たな風を吹き込む書き手を、っていうのは、当然ゆくゆくは新聞だの週刊誌だのに連載を持ち、老若男女、高学歴・低学歴関係なく、広ーくて薄ーい庶民津々浦々に愛される小説を書いていけるような、そんな作家を発掘する、って未来が念頭にあったわけです。

 こう考えるとわかるとおり、そもそも「週刊誌に連載された小説」なんてものは、直木賞がとやかく口を出す範疇ではありませんでした。つまり、新聞や週刊誌といった媒体は、直木賞を卒業した人たちに提供される舞台だったからです。ん、ちょっと違うな。言い直します。新聞や週刊誌といった媒体に小説を発表できる人たちは、直木賞を卒業したものと見なすのが、この賞の暗黙の建前でした。

 ある時期まで、直木賞の候補作に、週刊誌連載の小説(それを単行本化したものを含む)などまったく登場しません。それは別に、直木賞が週刊誌を無視していたわけじゃありません。卒業生たちに対していちいち、通信簿に評価をつけて手渡す気がなかっただけのことです。

 たとえば、第50回(昭和38年/1963年・下半期)の場で、選考委員の海音寺潮五郎さんが投げかけた疑義があります。

安藤鶴夫氏のような著名で、しかも現在週刊朝日のような大雑誌に小説を連載している人を、選考の対象にすることには、大いに疑義がある、この文学賞設立の目的は、屋上屋を架し、錦上また花を添える底(ルビ:てい)のものではないはずである、将来の選考にも影響が大きかろう、その点を考えてもらいたい。――という意味のことを、ぼくは開会冒頭に一席ぶったが、容れられなかった。」(『オール讀物』昭和39年/1964年4月号選評「痛恨深し」より)

 うおお。「設立の目的」なんて根本的な事柄を一人の委員が持ち出して、あっさり却下されて、粛々と時代に(文春の意向に?)身をまかすところなんぞが、いかにも直木賞っぽいなあ。ともあれ、これが賞設立から約30年後の姿です。

 さらに30年ほど経つと、どうなるか。三つ子の魂などすっかり忘れて、大沢在昌さんが『週刊読売』に1年にわたって連載した『新宿鮫 無間人形』に気前よくぽーんと授賞したりします。誰ひとり疑義など提起することなく。

 そして、真保裕一さんです。人気と実力を兼ね備えながら、老いぼれた直木賞の張り巡らす奇略をうまくかいくぐりおおせた卒業組のひとりです。

 真保さんと直木賞の接触は4度にわたります。作家デビューから8年たってから、『ボーダーライン』(第122回 平成11年/1999年・下半期 候補)や『ストロボ』(第123回 平成12年/2000年・上半期 候補)を候補に選ぶのは、まだギリギリ許容できます。しかし、『週刊現代』連載の『黄金の島』(第125回 平成13年/2001年・上半期)を候補にしたのは、まったく教科書どおりの「屋上屋」です。

 屋上屋は、手がける大工さんにはやり甲斐があるのかもしれませんけど、ぷらっとその建物の前を通る通行人にとっては、滑稽で笑いもの以外の何ものでもありません。

 で、あなた、第129回(平成15年/2003年・上半期)の候補に、『週刊朝日』連載の『繋がれた明日』を持ってこられた日にゃあ。ねえ。屋上屋上屋。

 ……同じくこの時期、そんな奇抜なかたちを強いられた人に、東野圭吾さんがいました(第125回候補の『片想い』は『週刊文春』連載、第131回候補『幻夜』は『週刊プレイボーイ』連載)。ただ、彼はその後、めでたく受賞しましてその建築物は壊されたも同然です。いっぽうの真保さんの場合は、今後もずっと屋上屋上屋は残されたままですもんね。笑いを通り越して、ここまでくると芸術です。

          ○

 『繋がれた明日』は、『週刊朝日』に平成13年/2001年8月17・24日号~平成14年/2002年9月6日号に52回にわたって連載され、大幅に加筆修正して、朝日新聞社から単行本として発売されました。

 少年刑務所に服役中の中道隆太はまもなく26歳。喧嘩の末に三上吾郎を殺した罪で、6年を刑務所で過ごし、ようやく仮釈放の日を迎えました。

 担当の保護司の名は大室敬三。初老の男性です。彼の保護のもと、中道は新たな社会生活を始めることになります。

 一人暮らしの家も決まり、大室の紹介で工務店に勤めることになります。しかし、そんな中道の前に、過去を思い起こさせるような人物が現れます。殺人を犯した当時、ツルんでいた小笹勇です。彼の家に勝手に押しかけてきて、友人たちを呼んで酒を飲み、馬鹿さわぎ……。6年前と何も変わっていない彼らに迷惑します。

 そして、ある日出勤した職場で中道は、大きなショックを受けます。誰が何の目的でつくったのか、こんな紙片が落ちていたからです。「この男は六年前に殺人を犯しています。懲役七年の判決を受け、この八月末に仮釈放で刑務所から出てきたものの、まだ受刑者の身です。皆さん、充分ご注意を」。

 そのビラは一回かぎりでは終わりませんでした。中道の住むアパート付近にも貼られます。そして、中道の妹、朋美の周辺にまでビラが撒かれます。

 殺人を悔いている、しかしその原因は決して自分だけが悪かったわけではないと思っている、苦しみながら生きている中道を、その家族を、さらに苦しめる災難が次々に襲いかかってきます。

          ○

 きっとあと3年ほど待てば、作家生活20周年を記念して真保さんの第2エッセイ集が刊行されるでしょう(って、ほんとか?)。その日を楽しみに待ちつつ、『夢の工房』(平成13年/2001年11月・講談社刊)以後の、つまりは直木賞の網の目をかいくぐった時期のエッセイを、ちょこちょこつまみ喰いしてみます。

 週刊誌への連載、ってことで言えば、新保博久さんのインタビュー記事に少しそんなことが触れられています。時は最初の「屋上屋」が済んだあとの平成14年/2002年、書き下ろしの『誘拐の果実』(平成14年/2002年11月・集英社刊)が刊行された頃です。

「――経済的に不利でしょうが、時々は書き下ろしもやっていただきたいですね。(引用者中略)人気ミステリー作家の長編の大半が連載になってしまって、不必要に大作化している一因になっているような。(引用者中略)

真保 どうしても連載だと、わりとシンプルなお話で、ミステリー的には最後に大きなひねりなりを一つプラスする、ぐらいしかなかなかできない。『誘拐の果実』みたいに二転三転するお話は、書き下ろしでないとうまく着地させられないんです。また、そうでないと書き下ろしをする意味がない。」(『青春と読書』平成14年/2002年11月号「HOW・WHO・WHY? 三段跳びのウルトラCミステリー」より)

 そういえば、真保さんはついに、書き下ろし作品が候補作になることのないまま、直木賞を卒業しちゃったんだな。だいたい、『ボーダーライン』(平成11年/1999年)が初めての候補ってのが遅すぎたんだよ、『ホワイトアウト』(平成7年/1995年9月・新潮社/新潮ミステリー倶楽部)あたりで一度、ガツンと選考委員たちに一発お見舞いさせてあげればよかったのに、ぶつぶつ……。

 いや、「卒業しちゃった」なんて不用意に発言してはいけないのでしょうか。ほら、直木賞の視力はもはや相当弱っているから、どのあたりの作家歴の人を対象にするか、なんて考慮するのも面倒くさいみたいですからね。その辺の「細かいことはどーでもいい」感じが、御年70歳を超える直木賞さんの老人パワーの源なのかもしれませんが。まあ、あまり周囲に害をまきちらさずに、これからも元気に生き続けてください。

          ○

 あ、『ホワイトアウト』と『ボーダーライン』のハナシで思い出しました。真保さんご自身が愛着があると語る作品のことです。

 先に挙げた引用とほぼ同じころのインタビュー記事を、もうひとつ見てみます。聞き手は横井司さん、媒体は『ダ・ヴィンチ』です。

「「評価を受けた作品からは、どんどん愛着は失せていきますね(笑)。どこか遠いところで、みんなが喜んでくれているようなもので、何か不思議な感じがするだけなんです。むしろ報われなかった作品のほうに思い入れが募る」」(『ダ・ヴィンチ』平成14年/2002年9月号「解体全書NEO 第41回 真保裕一」より)

 評価を受けた作品の一つは『ホワイトアウト』で、報われなかった作品の代表例としては次の二作が挙げられています。『ボーダーライン』と『ストロボ』。……って二つともたまたま(なのかな)直木賞の候補作にさせられたものじゃないですか。

「日系人の私立探偵がアメリカを舞台に活躍する『ボーダーライン』は、真保がデビューして以来、ずっと書きたいと思っていたハードボイルドに真正面から挑戦した意欲作だった。だが、少年犯罪の凶悪化が話題を撒いていた折から、ハードボイルドとしてよりも、絶対悪との対決というテーマが評価されることになる。真保自身このシリーズを3作くらい続けようかと考えていたが、続編については声が上がらず、結局書くのをやめたという。」

「「『ストロボ』は自分が培ってきたミステリー技法の集大成のようなつもりで書きました。が、それが全く読者に伝わらなかった。情緒的な普通小説だという捉え方をしている人が多いんですね。(引用者後略)」」

 これは対・一般読者のウケの脈絡のなかで語られたものです。ただ偶然にも、対・直木賞選考委員って軸で見てみても、かなりウケが悪いんですよね。いや、この二作だけじゃありません。週刊誌に連載する“売れっ子”になっても、真保作品は徹頭徹尾、直木賞の人たちにはほとんど評価されていません。『容疑者Xの献身』(第134回 平成17年/2005年・下半期 受賞)より前の、すべての東野圭吾の候補作と同様に。

 最終的に受賞しちゃったりすると、それまでの候補落選のことは、けっこうウヤムヤになるもんです。あるいは落選のときのインパクトが薄れるもんです。その意味で『繋がれた明日』を最後に、真保さんがすっきり直木賞の場から立ち去ってくれていることが、真保ファンとしても、直木賞ファンとしても、嬉しい。恥ずかしげもなく築き上げられた屋上屋上屋が、平成10年代の直木賞の歴史に、半永久的に残りつづけるからです。

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コメント

君の読む本と、僕の読む本は、当たり前だが、一致しない。
なので、該当記事を探すのに、とても苦労する。

これは、割と読める記事だと思いきや、やっぱり結局、君が何が言いたのかは、サッパリ。

君、どうも直木賞のことを書きながら、現在の直木賞にご不満のようだね。
当たり前の話なんだが、もう誰も直木賞を取ったからと言って、注目しないし、本も売れない。

それに、君はどうも直木賞選考委員よりも、確かな目をお持ちのようだ。
なら、いつまでも直木賞などに固執せず、君が大衆文学賞を立ち上げたらどうだい?

真保裕一さんは、幾つか楽しませてもらったが、この作品を上げるとはねー。
残念がら、君がこの作品を皆に薦めているのか、単に愚痴ってるのか、やはり君の文章力では、さっぱり。

まさか、本当に小学生が書いているなら、激賞なのだが。

投稿: | 2011年9月 3日 (土) 10時27分

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