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2008年11月 2日 (日)

新進作家のその後の活躍ぶりなんて、そうそう見通せるもんじゃありません。 第101回候補 多島斗志之『密約幻書』

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  • 【歴史的重要度】…flairflair 2
  • 【一般的無名度】…flairflair 2
  • 【極私的推奨度】…flairflairflair 3

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第101回(平成1年/1989年・上半期)候補作

多島斗志之『密約幻書』(平成1年/1989年5月・講談社刊)

 たとえてみます。候補作家 VS. 直木賞の構図がひとつの勝負だとしたら。……この場合、“直木賞が勝ったなあ、快勝だなあ”と言えるのは、候補作家のデビュー数作目あたりを候補作に持ってきて、作家の将来性を見極めて授賞し、そして期待以上にその作家が縦横無尽の働きをみせてどんどん小説を書き継いでいった例でしょう。ねえ。新田次郎さんとか司馬遼太郎さんみたいに。

 ところが同じ受賞させるのでも、何作も作品を発表してきたような作家に対して、いくらそのときの候補作の出来がいいからといって授賞しても、たいていサポーターからブーイングが上がりますよね。勝負でいうなら、スコアレスドロー、勝ち点1は獲得したけど、どうもスッキリしない引き分けです。

 さらに言えば、こんな例もあります。候補作家の力量を見定めることができず、手近にある候補作だけを読んでボロクソの酷評。しかしながら、のちにその作家が見事、受賞作家と同じか、それ以上の働きをしてしまうってことが。……これを普通にはたから見ると、“わあ直木賞負けちゃったね、惨敗、大惨敗だね”と言われたりします。

 おや。そう考えると直木賞は、引き分けか負け試合ばっかりだな。とか思っても、まあ抑えて抑えて。今日の主眼はそういうハナシじゃありませんので。

 多島斗志之さんは、直木賞に対して勝利をおさめることのできた多彩かつ有能プレーヤーのひとりです。

 はじめての候補作『密約幻書』は、多島さん6冊目の小説でした。ユーモア小説の多島健の時代はこのさい置いとくとして、ほお、国際謀略ミステリーの新しい息吹きが出てきたなあ、程度のことで終わっていれば、その落選もこんなに“直木賞惨敗感”を煽ることにはならなかったんですが。

 この際の勝負には、多作か寡作かはあまり影響を及ぼしそうもありません。たとえば多島さんは、おおかた、作家歴に比べて(あるいは、現代の出版界のなかでは)寡作だ、といった評価があるわけですけど、平成1年/1989年の『密約幻書』以来、約20年間で新作の単行本が15作品ですか。着実な歩みじゃないですか。やっぱ多島さんの勝ちです。

 で、こういった歩みをさらに追って考えてみたいなと思ったときに、一つの策として、一人の作家の文庫本……とくに文庫に載っている解説を順に読んでいく手が思いつきます。

 多島さんでいうならば、単著の文庫本は今までのところ18冊。いや、「解説」って観点ですもん、『〈移情閣〉ゲーム』の講談社ノベルス復刊も含めたいところなので、全部で19冊。ちなみに、こんな方々が多島斗志之についてああだこうだと解説を書かれてきました。

『龍の議定書(プロトコル)』昭和63年/1988年6月・講談社/講談社文庫
 →「解説」香山二三郎(p.374~380)
『聖夜の越境者』平成1年/1989年9月・講談社/講談社文庫
 →「解説」関口苑生(せきぐち・えんせい)(p.296~302)
『CIA桂離宮作戦』平成2年/1990年8月・徳間書店/徳間文庫
 →「解説」関口苑生(p.277~281)
『金塊船消ゆ』平成3年/1991年2月・講談社/講談社文庫
 →「解説」西木正明(p.333~335)
『バード・ウォーズ―アメリカ情報部の奇略』平成4年/1992年6月・文藝春秋/文春文庫
 →解説なし
『密約幻書』平成4年/1992年7月・講談社/講談社文庫
 →「解説」小梛治宣(おなぎ・はるのぶ)(p.317~322)
『クリスマス黙示録』平成8年/1996年11月・新潮社/新潮文庫
 →「解説」三浦浩[ 作家 ](p.344~350)
『少年たちのおだやかな日々』平成11年/1999年8月・双葉社/双葉文庫
 →解説なし
『不思議島』平成11年/1999年1月・徳間書店/徳間文庫
 →「解説」長谷部史親[ 文芸評論家 ](p.250~254)
『マールスドルフ城1945』平成12年/2000年2月・中央公論新社/中公文庫
 →「解説」山前譲(p.416~422)
『海賊モア船長の遍歴』平成13年/2001年3月・中央公論新社/中公文庫
 →「解説」日下三蔵(p.429~434)
『症例A』平成15年/2003年1月・角川書店/角川文庫
 →「解説」信田さよ子[ カウンセラー/原宿カウンセリングセンター所長 ](p.569~568)
『追憶列車』平成15年/2003年8月・角川書店/角川文庫
 →「解説」杉江松恋(p.324~328)
『離愁』平成18年/2006年1月・角川書店/角川文庫
 →「解説」北上次郎(p.352~356)
『不思議島』平成18年/2006年5月・東京創元社/創元推理文庫
 →「解説」千街晶之(p.241~247)
『二島縁起』平成18年/2006年7月・東京創元社/創元推理文庫
 →「解説」中辻理夫(p.301~307)
『海上タクシー〈ガル3号〉備忘録』平成18年/2006年10月・東京創元社/創元推理文庫
 →「解説」杉江松恋(p.301~308)
『白楼夢―海峡植民地にて―』平成19年/2007年5月・東京創元社/創元推理文庫
 →「解説」日下三蔵(p.361~367)
『〈移情閣〉ゲーム』平成19年/2007年9月・講談社/講談社ノベルス(綾辻・有栖川復刊セレクション)
 →「解説―移窓換景、触景生情」佳多山大地(かたやま・だいち)(p.308~317)

 ほお、実作家で解説を寄せたことのあるのはお二人かあ。そして、その人選が西木正明三浦浩とは、なるほどねえ。意外性はないけど妙に納得だなあ、などと思うわけですけど、まずは今日の名候補作『密約幻書』に付けられた解説に注目してみましょう。書き手は、若き(?)社会保障論の学者にして文芸評論家、小梛治宣さんです。

「本書をお読みになればお分かりのように、直木賞にノミネートされるにふさわしい、あるいはそれ以上の上質で上品なエンターテインメントである。多島斗志之の持味である濃密なプロット、スピーディな展開、歴史上の「謎」といった要素がふんだんに盛り込まれ、しかもそれが理知的な文章で仕上げられている。」

 文庫解説にふさわしい、端的でド直球でまっとうな評価です。『密約幻書』の面白さは、ほとんどこれで言い表されていると思います。直木賞候補になった平成1年/1989年の段階での面白さ、という意味では。

          ○

 辰巳一夫はロンドンで、日本の企業を相手に便利屋のようなことをして生計を立てていました。ある仕事で富豪のジョン・ポール・ゴッティと知り合い、それ以降、ゴッティから仕事を依頼されるようになります。今度も、ゴッティに呼び出され、ある依頼を受けます。それは日本に亡命した一人のロシア女性を調べることでした。

 時は日露戦争の頃。ゴッティが入手した文献『P・グリーン回顧録』はイギリス人従軍記者が、その当時のことを書いたものです。そこに登場する一人の女性、マリア・チェルノワ―本名ソフィー・ミハイロワのその後を追うことが辰巳の使命です。

 調べていくと、ソフィーは日本人貿易商と結婚、神戸に移り、すでに他界していました。彼女の遺された肉親は孫娘の新井裕子ひとりであることがわかります。

 ゴッティはさらなる依頼を出してきます。ソフィーが持っていたはずの一つの鞄を手に入れることでした。

 日露戦争当時、ロシア革命派工作と諜報活動に従事していた明石元二郎大佐という人物がいます。その明石がソフィーに手渡したと言われる鞄を、ゴッティは所望なのです。

 辰巳は新井裕子に会って、ゴッティが鞄を売ってもらいたいことを打ち明けます。しかし、裕子はそれを拒否。そのことをゴッティに報告すると、自分が交渉するからと言い、辰巳は裕子を連れてロンドンに帰ることになりました。

 なぜゴッティはそこまで「明石大佐の鞄」にこだわるのでしょうか?

 ロンドンに乗り込んだ裕子のホテルにMI5(イギリス内務省の防諜・公安機関)を名乗る男がやってきて、部屋を捜索したいと言い出すものの、実はその男はニセモノだということがわかり、本物のMI5が出動してきて……。

          ○

 最初のころの文庫解説では、すぐれた国際謀略ミステリーとその作者、ってくくりが基調路線でした。ただ、この『密約幻書』の解説では、冒頭と後半で当時の新作『不思議島』のことに触れられていて、このあたりから不穏な状況になってきます。多島さんが殻をやぶって次から次へと新手の魅力を繰り出しはじめ、さてどう評したものかしら、と解説陣が試行錯誤しはじめるのです。

「多島氏の創作活動には、二本の大きな流れがある。ひとつは二十世紀という歴史の流れであり、ひとつは海の流れだ。ダイナミックにうねるふたつの流れが、多彩な物語を創り出していく。」(『マールスドルフ城1945』平成12年/2000年2月・中央公論新社/中公文庫「解説」山前譲)

「著者の作風は実に多彩であり、代表作をひとつやふたつに絞ることは極めて困難である。」(『不思議島』平成18年/2006年5月・東京創元社/創元推理文庫「解説」千街晶之)

「一九九〇年を節目としてその前後で決定的に作風が変化した、と書けば収まりはいいが、それは事実と異なる。冷戦構造の終焉という事態を受け(ベルリンの壁崩壊は一九八九年)小説の題材を他に求めなければならなくなったという事情はあるだろうが、作家の姿勢は不変であった。多島は一貫して帝国主義の精算というテーマを描き続けているのである。」「一見作域の変容があるように見える多島作品ではあるが、拠って立つ土台は地続きなのである。」(『海上タクシー〈ガル3号〉備忘録』平成18年/2006年10月・東京創元社/創元推理文庫「解説」杉江松恋)

 ふふ、これまた強引に持っていきましたな、杉江さん。

 そして、日下三蔵さんは『白楼夢―海峡植民地にて―』(平成19年/2007年5月・東京創元社/創元推理文庫)の解説において、多島さんの持つ方向性を「逃亡サスペンス」「本格ミステリ」「歴史小説」「恋愛小説」「謀略小説」「ハードボイルド」と列挙しています。要はほんの20作前後の作家歴にして早くも(?)、どうにもくくることのできない趣きを持つ作家、ってわけです。

 現段階で日下さんの挙げられた各要素は、もちろん、20年前の『密約幻書』にだって当てはめることができちゃいます。作家が新作を出すたびに、旧作に当てるライトも一つずつ増えていく、という読者にとって大変幸せな構造。さすが多島さんだ。

 うん、寡作ながら多様な顔を見せてくれるといえば、往年の受賞作家・有明夏夫さんを思い出しますなあ。ほら、ともに小説現代新人賞をとり、ユーモア小説と呼ばれる作風をスタート地点としているところなんぞが。

          ○

 直木賞そのものは多島斗志之さんのその後の躍進に負けてちゃいましたが、当時の選考委員ひとりひとりは、事実の膨大な積み重ねのうえに大きな虚構を賭ける多島さんの姿勢に、案外心を寄せていました。

 いちばん評価しているのが、藤沢周平さん。

「私は抜群のテクニックと、虚構に賭けようとする作者の姿勢に一票を投じたものの、(引用者後略)『オール讀物』平成1年/1989年9月号選評「笹倉さんを推す」より)

 その他、推さなかった人たちも、壮大な世界、面白い物語をうみだす筆力などは認めています。まあ、賞の選考は絶対評価というより他の候補作との比較っていう相対評価が持ち出される場ですから、『密約幻書』の大ウソつき大仕掛けの物語性が、受賞まで行かなかったのは仕方ないことでしょう。でも、多島さんが、小説現代新人賞をとってからずっと無冠だと聞くと、文学賞ってやつがまとっている限界と悲哀が、しみじみ伝わってきます。

 このだらしない感じの悲哀を帯びた文学賞、とくに直木賞の姿は、もちろん多島さんとの戦いだけではなく、時代時代でさらけ出してくれていて、そこがワタクシが直木賞に面白さを感じるところでもあります。と同時に、その勝者たる作家の方々には賞賛の掛け声を投げたくなってきます。

 いいぞお、多島あ、その調子その調子。今後も変幻しつづけて、常に勝者でありつづけることを願いつつ。

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