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2008年9月28日 (日)

面白い小説を書くのは恥。……そんな同人誌界の風潮に敢然と立ち向かう同人誌作家。 第55回候補 北川荘平「白い塔」

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  • 【一般的無名度】…flairflairflair 3
  • 【極私的推奨度】…flairflairflairflairflair 5

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第55回(昭和41年/1966年・上半期)候補作

北川荘平「白い塔」(『VIKING』182号[昭和41年/1966年1月])

 そうそう、そうなんです。推理小説ブームの次にくるのは、同人誌のにぎわいです。

 『小説会議』や『近代説話』みたいなセミプロたちの活動もありました。『断絶』『文学61』『炎』『暖流』なんて、文学史をたどっていても、ちょっとやそっとではお目にかからないマイナー系もガンガン登場しました。まったくの百花繚乱です。

 そのなかでも伝統もあって大所帯な雑誌は、商業誌レベルに有名です。たとえば、丹羽文雄率いる『文学者』、木々高太郎率いる『小説と詩と評論』、小谷剛率いる『作家』あたり。おっとっと、それに『VIKING』。前クール田中ひな子嬢の項でも触れましたけど、そりゃあこの同人誌が直木賞に残した足跡は鮮烈です。

 そして『VIKING』と言えば、富士正晴? 島尾敏雄? 小島輝正? いやいや、断然、北川荘平その人でしょう。直木賞視点で見れば。

 今日は荘平さんのことに触れるんですが、『樹林』誌の511号[平成19年/2007年8月号]に載っている「追悼北川荘平特集」は、とりあえず置いときます。不勉強極まりないことに、いまだ未見なものでして。おお、恥ずかし。

 それでもワタクシ、告白しますと荘平作品は相当好きです。

 処女作の「水の壁」(第39回 昭和33年/1958年上半期 候補)。ははあ、さすが同時に芥川賞と直木賞の候補になったことだけはあるぜ、読み応えあるなあ。なぞと思っていたら、「企業の伝説」(第43回 昭和35年/1960年上半期 候補)はもっと面白い。さらに「企業の過去帳」(第54回 昭和40年/1965年下半期 候補)、面白さ全然衰えなし。続く「白い塔」、同人誌作家らしからぬ(?)ストーリーテリングぶり高水準でキープ。そして、もっと荘平作品を読みたいわい、と思っても、これらを収録した小説集に併録されているものは別として、どうやら他に単行本化された小説は見当たらず、っていう愕然たる現実が襲いかかってくるわけです。

 おいおい、久坂葉子の全集なんてものがあるのに、なんで北川荘平の小説集が昭和56年/1981年を最後にひとつも出ていないんだ。などと言うと久坂ファンにブチ切れられそうですけど、荘平作品の再評価に向けて、編集工房ノアあたりの動向に期待するところ大。

          ○

 荘平作品のいくつかは、“組織のなかでの個人の相克”が描かれています。まあ、そんな難しいテーマ論を持ち出さなくても、普通に読んで面白いものばかりです。

 たとえば「白い塔」の主人公「私」は、電源開発公社の土木担当理事。この「電発」は、昭和27年にできたばかりの公社なのですが、先にGHQの政策や民間電力界の圧力で解散させられた旧帝国発送電の生まれ変わり、とも言うべき国家規模の大公社でした。

 「私」も長く旧帝電で働いてきた第一線の土木技師で、その中核社員として「電発」に迎えられます。まず最初の仕事は、かつて「私」が途中まで手がけてきた「多久間ダム」の建設というので、「私」は俄然やる気を出します。

 多久間ダム建設は政争もからんだ大プロジェクトでした。公社のトップに就任した高間総裁は、関西経済界の顔でありながら、電力開発についてはど素人。しかし、「国際賭博師」の異名をとるやり手でもあります。高間総裁のアイデアで、多久間ダム建設は、国内技術だけに頼らず、外国の技術を導入することになりました。

 たしかに外国製の重工土木機械を購入すれば、難工事が予想されるダム建設に、一筋の可能性が見えてきます。しかし、このことが、国内土木業者の入札に、予想外の影響を及ぼします。入札する各建設会社に課せられた条件は、外国土木業者または技術コンサルタントと提携すること。これで入札可能なグループは2つに絞られ、いよいよ入札当日を迎えます。

 しかし、「電発」のもくろんだ通りには、事は運びません。「私」たちが作成した予算見積もりに対して、入札側はそれを途方もなく上回る額で入札してきたのです。

 「私」は、そして「電発」はいかにしてこの難局を乗り切るのでしょうか。

          ○

 荘平さんが遺した小説集のうち、『企業の伝説』(昭和36年/1961年5月・大和出版刊)と『青い墓標』(昭和56年/1981年9月・構想社刊)には著者あとがきが載っています。それによれば、ご自身、相当の遅筆だそうで、たとえば『企業の伝説』のときは、こう書いています。

「これは私の二つめの作品集である。収録作品はそれぞれ次の如く発表された。

『マンモス・タンク』「新潮」昭和三十四年五月号

『企業の伝説』「VIKING」一一五号昭和三十五年三月

『ある殺意』「VIKING」一一七号昭和三十五年五月

『死の形式』「VIKING」一二一号昭和三十五年九月

そして此の三つ(原文ママ)の作品が、処女作「水の壁」以後現在までに私が書き得たものの殆んどすべてでもある。こうして書き並べてみて、いまさらながら自らの怠惰ぶりに呆れはてる想いである。」

 それから20年、『青い墓標』でも、ほぼ同じ類の感想を語っているっていうのが、荘平さんかわいいじゃありませんか。

「これはわたしの三つめの作品集ということになる。もう死んでしまった高橋和巳や、まだ生きていて世界中を飛び回っている小松左京らと一緒に、小説らしいものを書きはじめてから二十数年たつ。その四半世紀のあいだに書いて本にしたのがたったの三冊。この一冊をまとめるのを機会に、念のため、押し入れの中から古い新聞・雑誌をひっぱりだして総点検してかぞえてみたところ、とにかく書いて発表した小説作品はわずか二十篇たらず。

(引用者中略)

 寡作といえば聞えがいいが、その実はどうしようもない怠けぐせである。とりわけここ十年ほどは、ウツ状態もあって、ほとんど何にも書いていない。」

 いちおう、このあとがきをもとに、『青い墓標』収録作の掲載歴をご紹介しときます。

 「青い墓標」(『新文学』昭和43年/1968年6月号)…原型は「企業の過去帳」(『VIKING』176号[昭和40年/1965年7月号])

 「白い塔」(『VIKING』182号[昭和41年/1966年1月号])…原型は「激流」(『別冊小説新潮』昭和39年/1964年7月)

 「参謀」(『VIKING』179号[昭和40年/1965年10月号])

 「白い塔」については、この作品が直木賞候補になったことにまつわる、荘平さんご自身の思いも少し書かれていて、うれしい限り。

「四回目の候補だったから、こんどはひょっとしたら、と思わぬでもなかったが、やっぱり落選。選考委員諸氏には当方のなまけっぷりはお見通しであったようだ。しかし、選後評で、海音寺潮五郎氏がちょっと、源氏鶏太氏が相当に、今日出海氏がたいへんにほめてくれたのを、うれしく思っている。」

 このとき(第55回)の対抗馬はなにしろ、立原正秋さんや、鮮烈デビューの五木寛之さんだったからなあ。つまり、ちょうど直木賞の同人誌中心主義の時代が終わる頃ってわけでして。この時代がもうちょっと長く続いていたらな、荘平さんも直木賞とっていたかもしれません。いや、とっていてほしかった。

          ○

 “同人誌作家”との語には、一般的にどんなイメージがまといついているのか、ワタクシにはわかりませんけど、直木賞における同人誌作家を挙げるとき、北川荘平さんほど適切な人を他に知りません。

 なぜならば、刊行された小説集が、直木賞候補を含むもののみ3つだけで、他に読みたきゃ同人誌を探すしかない、っていう痛々しい現実はもとより、長く“同人誌作品の評論家”として小説月評を書き、『同人雑誌小説月評』(平成9年/1997年7月・大阪文学学校・葦書房刊、星雲社発売)なる著書を遺してくれているからです。

 ワタクシが荘平作品を面白い面白いとうわごとのように繰り返しても、大して伝わらないと思います。ですので、『同人雑誌小説月評』に載っている荘平さんご自身の小説観をもって、彼自身の目指した小説をうかがってみることにします。

「人はなぜ小説を読むか。そこに描かれている状況なり人間なりがおもしろいからである。“小説のように面白い”ということばもある。同人雑誌の小説は一般に面白くない。むしろ、面白くつくることを恥とするような風潮さえあって、味気ないことである。」(「I 今月の秀作一篇(サンケイ新聞) 昭和四十三年八月」より)

「読みつつ残りのページが惜しい。読後の後味がいい。この二条件が、面白い小説・上等な小説の目安であろうと私は心得ている。いい小説はともかく、当今、文句なしに面白い小説にはめったにお目にかからぬ。」(「II 同人雑誌時評(毎日新聞) 昭和六十一年十一月」より)

「平野謙の説によれば、小説の面白さというのは、結局は“身につまされる”面白さか“われを忘れる”面白さかのどちらかである。」(「III 同人雑誌ベストスリー(毎日新聞) 平成七年三月」より)

 うんうん、たしかに。荘平さんご自身、面白い小説であることを恥としないで、次の展開は次の展開は、と読者にどんどんページをめくらせる小説をいくつも書かれていました。たしかに、恥だなんてとんでもないハナシです。ありがとう、北川荘平。

 なぬ? 荘平さんの小説集はみな絶版? 書店でしか本に触れない数多くの読者は、この荘平さんの小説たちに触れることないまま、一生を終えるんですと? あらあ、もったいない。

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