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2008年8月17日 (日)

意味なきものになり果てた直木賞に、小さな光明を投げかける。 第137回候補 万城目学『鹿男あをによし』

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  • 【歴史的重要度】…flair 1
  • 【一般的無名度】…flairflair 2
  • 【極私的推奨度】…flairflairflairflair 4

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第137回(平成19年/2007年・上半期)候補作

万城目学『鹿男あをによし』(平成19年/2007年4月・幻冬舎刊)

 久しぶりに、“直木賞”っぽさ満点の候補作が生まれました。

 ええ、たしかに、それはワタクシ一人が個人的に抱いた印象に過ぎないんですけど、三田完森見登美彦に比べて、さらに“直木賞”っぽいと感じてしまったのはなぜなんだろう。それを考えて突き詰めていくと、どうやら、わずかデビュー二作目である、しかも雑誌掲載の使い古しなんかじゃなく書き下ろしである、しかもその前のデビューが産業編集センターである、というところに落ち着きそうです。

 直木賞は、ある程度実績を積んだ人でないと受賞できない、といった一般論があります。それが真か偽かは、単なる印象じゃなくて詳細な研究を経てからでないと、とても断言できないんですが、まあ、それはいいとしましょう。ただ、ワタクシは、直木賞の唯一にして最大の使命は、新たな面白い小説やそれを書く作家との出逢いを、我ら読者に定期的にもたらしてくれることだと強く信じていて、またそういう“直木賞”が好きです。

 なので、本来なら『鴨川ホルモー』を候補にしてほしかったな。

 バッカじゃないの。産業編集センターみたいなところの本で、直木賞なんかとれるわけないじゃん。

 といった権威主義が、直木賞をつまらなくし、また弱体化させている一因のはずです。ここはひとつ直木賞をやっている方々も、また直木賞を見守る我々も、勇気を持とうぜ。

 小規模の出版社から出た本? しかもデビュー作? ノープロブレム。直木賞の歴史から考えても、立派に候補作の資格アリアリです。

 で、このことを語る上では、やっぱり“出版社の規模”ってやつを数値的にとらえておかなきゃいけません。たとえば、第131回(平成16年/2004年・上半期)から現在までのほんの数年間だけですけど、直木賞候補作に選ばれた出版元(プラス産業編集センター)を例にとってみます。いったい各社、どの程度の規模の会社なんでしょうか。規模、……ここでは、年商と従業員数で計ってみました。

080816 上のほうに固まった第1グループの面々は、もう出版社なのか何なのかよくわからないシロモノぞろい。大きく差があいて、文春の属する第2グループ。いちおうここら辺りが「大手」なんて言われます。

 さらに年商100億を超えたぐらいのところに第3グループがあって、その下はもう、老舗、老舗もどき、新興などがひきしめき合う様相。

 注目すべき領域が、この第4グループなのは明らかです。これからの直木賞が、その異常に肥大化した力をしっかり発揮できる領域って意味でも。そしてその兆しは、近年もはや絶えたかに思えますが、どっこい、まだチラッチラッとほのめいています。

 そうだね、貫井徳郎『愚行録』散々な結果だったよね、でも桜庭一樹『赤朽葉家の伝説』は健闘したよね、池井戸潤『空飛ぶタイヤ』あとちょっとだったよね、松井今朝子『吉原手引草』でようやく第3グループから受賞作が誕生したよね。

 むろん、その候補作を選ぶのが、第2グループの一角を占める某社だってところに、“直木賞なんて結局……”とあきれられる源があるんですけど、いやいや、某社の中にも、きっと愛社精神に縛られない、公平な人間も少しはいるでしょう。ねえ。あの会社の方たちが敬愛、尊敬してやまない菊池寛さんは、「芥川賞・直木賞は半分は雑誌の宣伝のためにやっている」とおっしゃっていますが、どうぞその言葉を曲解(誇大解釈)なさらないように祈ります。だってねえ。自社の媒体に発表した新人ばかりを厚遇して、他社が発掘した新人よりもひいきしている、なんて知ったら、菊池親分、きっと怒りますよ。

(上の図は、なるべく最新の数字を使ったつもりですけど、平成17年/2005年度~平成20年/2008年度のデータが混在しています。あくまで目安として見といてください)

 さて、そろそろ、『鴨川ホルモー』じゃなくて正真正銘の直木賞候補作『鹿男あをによし』のハナシをしましょうか。

          ○

 直木賞候補作史上、初めて、鹿がしゃべった。

 と持ち上げたりすると、待て待て、60年以上も前に直木賞候補作で狸をしゃべらせていた宇井無愁さんはどうなるのさ。とツッコミが飛んできます。うほん、仕切りなおし。

 漱石のあの「坊っちゃん」を髣髴とさせる。

 といった面を切り取ったりすると、こらこら、“清の愛”=清野愛児なる教師を造形した永遠のパロディスト、清水義範さんを差し置く気かい。とお叱りを受けます。うほんうほん。もとい。

 『鹿男あをによし』は、運よく、選考委員が放った選評の一部分に対して、のちに作者がそれに対応する発言をしてくれている作品です(伊坂幸太郎さんも『重力ピエロ』に関して、同様のことをやってくれていましたね)。焦点が当てられているのは、ラストシーン。××が△△に□□して▽▽するあの場面に関してです。

 まずは、片手を挙げて物言いを差し挟んだ選考委員、浅田次郎さんの発言。

「もし接吻によって浄身が成るという大団円から、帰納的にストーリーを構築したのだとすれば、いよいよ安易な作法であると私は思う。前途有望な才能であると思えばこそ、小説の冒険を試みてほしいと願わずにはおられない。」(『オール讀物』平成19年/2007年9月号選評「苦悩の不在」より)

 さて、実際には安易な手をとっていたのかどうなのか。作者、万城目学さんの証言がこちら。

「全体の流れはベタな話にしようとは思っていました。それで書く前からラストシーンだけは決めていた。そこまで、どうやってもっていくかを考えて、剣道大会など、いろいろと組み込みました。」(『小説トリッパー』平成20年/2008年春季号[3月] インタビュー「ウソ八百を、それらしく」より)

 帰納的なことが安易かどうかは、判断の分かれるところでしょうけど、つまりそれを冒険ではなく安易だと感じさせてしまう全体に漂う軽やかさ(あるいは軽さ)が、万城目作品の持ち味ですからね。それを損なってまで直木賞をとるぐらいなら、直木賞なんて狙いに行ってほしくないもんだ、と切に願うところです。

          ○

 この春、万城目さんは初めてのエッセイ集『ザ・万歩計』を出しました。そこでは、直木賞のことが、一節だけ登場します。

 『鹿男あをによし』と縁もゆかりも深い小説『坊っちゃん』の舞台、松山に旅する前に、ふるさと大阪に立ち寄ったときのことです。

「お初天神の脇にある高級和牛焼肉店にて、大学時代の友人たちが直木賞ノミネートおめでとう会をしてくれた。近頃の生活の様子を訊ねると、三十五年ローンで家を買ったとか、新入社員とコミュニケーションを取るのが難しいとか、あまりに地に足ついた話が方々より返ってきて、わけもなくうろたえてしまった。そっちはどうかと訊ね返され、何だか浮世ばなれしているなあと思いながら、直木賞落選を伝える電話がかかってきたときのずっこけエピソードを語ると、びっくりするくらいウケた。やはり人間、うまくいく話より、うまくいかない話のほうが聞いていて楽しいものらしい。」(平成20年/2008年3月・産業編集センター刊『ザ・万歩計』所収「大阪経由松山行」より)

 ふふ、わかってらっしゃる。

 でも、できれば次は、何か文学賞をばっしり受賞した“うまくいった話”で、遠慮なくワタクシらを楽しませてください。どんな賞でもいいんですけど、できれば直木賞をとって。そして、できれば「プリンセス・トヨトミ」じゃない作品で。だって、万城目さんが直木賞弱体化の波にのまれて、その片棒担がされるのを見るのは、悲しすぎますから。

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受信: 2008年8月18日 (月) 21時59分

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