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2008年7月 7日 (月)

第139回候補・井上荒野 19年5ヵ月前に第1回フェミナ賞受賞 「ちょっと純文学臭が強すぎるが、女主人公のまなざしが魅力的」

 『切羽へ』で候補に挙がった井上荒野さんの、華々しい登場は19年5ヵ月前、第1回フェミナ賞のときです。

 フェミナ賞っていっても、有名なほうじゃなくて、すでに姿を消してしまったほうのヤツですので、もはや「歴史」となってしまった観もあります。かく言うワタクシ、恥ずかしながら今回はじめて、同賞の主催・発表媒体であった学習研究社の雑誌『季刊フェミナ』を目にしました。時代は平成1年/1989年、しかしそんなことを感じさせない「創刊のことば」の何とも大仰なこと。やたら新鮮です。

「今、私たち三人の現役の作家が集り、新しい才能の出現のために、ささやかながらまたひとつの文学への門戸を開くことにした。

 すでに何十年も作家を職業として書きつづけながら、かつてひとり手さぐりで習作していた頃の孤独と不安と自信のないまじった心の昂揚を忘れることが出来ない。つい昨日のように思い出されるそれ等の日々と同じ情熱と不安を今抱いている人々のために、新しい雑誌を送り出すことにした。

 私たちは発見した才能の芽が大輪に開花するまで、手ぬきをせず見守る園丁でありたい。」

 との「創刊のことば」の主は、同誌の編集委員に名を連ねる3人の女性。大庭みな子瀬戸内寂聴田辺聖子。実際に書いたのは寂聴さんだそうです。

 まあいわば、新しい書き手を発掘して育てる気満々といったところ。寂聴さんいわく「今度の雑誌はフェミナ賞を中心にして編集していく新しい投稿雑誌で、選者の三人が編集の責任も負うという点に特色がある」んだそうです。

 果たして、その一発目であり、かつ誌命2年間での最大最高の成果が、「フェミナ」創刊記念と銘打たれたこの第1回フェミナ賞だった、というのはたぶん明らかですよね。

 概要は、こんな感じでした。

■選考委員

  • 大庭みな子・瀬戸内寂聴・田辺聖子・藤原新也(海外旅行中のため欠席)

■応募総数

  • 1,098篇

■最終選考委員会開催日

  • 平成1年/1989年2月14日

■最終候補 全8篇(…◎が受賞作)

  • 井上荒野「わたしのヌレエフ」◎
  • 江國香織「409ラドクリフ」◎
  • 木村英代「オー フロイデ」◎
  • 高崎綏子「地上漂流」
  • 福富奈津子「小さな貴婦人」
  • 藤邑藍子「シルバー・プラン」
  • 丸岡泉穂「あふれた無邪気が罪になる」
  • 本吉洋子「夢のトポロジー」

■賞金

  • 各70万円

■発表誌

  • 『季刊フェミナ』創刊号[平成1年/1989年5月]・学習研究社刊

 初回だからでしょうか、学研も太っ腹なところを見せ、3人も受賞者を出しちゃいます。ええと、学研が太っ腹というか、賞金総額100万円を予定していたのに、なぜか途中でプラス100万円を寄付してくれたオリエント・ファイナンス社が太っ腹と言うべきですか。

          ○

 ここにアレノ姉さんが受賞のことばを寄せています。文量にして20字×19行=380文字。彼女の「初心」は、“万年筆”なる小道具に凝縮されていました。

「書き終えた翌日に万年筆を買いに行った。日本橋の丸善でシェーファーを買うという、長年の憧れだった作業にささやかな願をかけたのだ。今、この「受賞の言葉」はもちろんその万年筆で書いているが、想像していたよりはるかに幸せである。」

 そんな頃からバブルの時代を乗り越えて、お父さんの本の初版5,000部・自分の本の初版8,000部、という「いやになっちゃう時代」を乗り越えて、はるばるやって参りました、祝・作家生活20年。もし直木賞をとっちゃって、その受賞のことばで、「想像していたよりはるかに幸せである」とかつぶやいてもらえれば、全然関係ないこちらまで、何だかちょっと幸せになれそうです。

          ○

 受賞作の「わたしのヌレエフ」は、選考委員を務めた3人の先輩女性作家ともども、「文学」味の強さを評価したようです。

 ちなみに当エントリーのタイトルの一文は、かつての直木賞選考委員であり、心やさしく言葉もご丁寧な田辺聖子さんの選評から拝借しました。

「人物の出し入れが多くて、視点がバラバラでありながら、印象が強く、ふしぎな面白さがある。ちょっと純文学臭が強すぎるが、女主人公のまなざしが魅力的なので、抛っておけない、というところ。

 作者の秘めた力量が感じられる。これからを期待したい。」(田辺聖子「ゆたかな収穫」より)

 いっぽう、大庭みな子さんも、アレノさんの文学的感性という“素質”を早くも見出しています。

「「わたしのヌレエフ」の文学的感性は見逃せない。作者井上さんは小説以外では表現しにくい微妙なものを汲み上げる力がある人のように思える。難なく上手い作品というのではなく、文学的気負いもある。妙に生々しく若い肌の匂いがまといつく場面が鮮やかである。」(大庭みな子「のびやかさ」より)

 へえ、「難なく上手い作品というのではなく、文学的気負いもある」だなんて、うおう、いかにも直木賞がこれまで好んできた作品傾向じゃんかよう。

 まあ作品評はいいんですけど、ところで、同時受賞3人のうち、木村英代さんは置いといて、誰も井上光晴とか江國滋とかのことに触れぬつもりかい? と思っていたらやってくれましたよ、寂聴さん。「おいおい、文筆家の娘が2人も受賞かよ。第1回だからってその景気づけに、何か裏で策謀でもあったのか」といった意地悪い邪推を振り払おうと、きちんと弁明に努めています。

「たまたまふたりの受賞者が文士の二世ということも論議に上ったが、生れつきの血は五〇パーセントとしても、本人の努力と研鑽なくしては芸術は生れないという点に、選者の意見は一致した。」

 まったくその通り。そりゃそうでしょうね。

 ただし、最終選考の8篇の中にこの二人の作品を残したのが「たまたま」だったのかは、きっと、『季刊フェミナ』編集部が仕切っていた予選担当のみぞ知る。

 さて、その寂聴さんは、江國香織さん「409ラドクリフ」よりも、どちらかというとアレノ姉さんの作のほうを評価しています。

「井上荒野さんは、最も文学だという点で私は推した。しかし他の選者たちにそれぞれ意見があり様々な論議が出揃った。私が感心したのはこの作品にはすでに文体があり、ストーリーと主人公の関係を作者がはっきりと見極めていて安定感がある点であった。」(瀬戸内寂聴「自由に、のびやかに」より)

 さあさあ、今の直木賞選考委員のなかで、女と男の関係をより文学的に描いた作品を、推しそうな人となると、だいたいメンツは決まっちゃいそうですけど、20年戦士の実力はそりゃ伊達じゃないはずです。渡辺淳一を除く他の男子たち(とくに宮城谷昌光大人)が、どんなふうにアレノ姉さんの成長を見てくれるか、そこが勝負のカギなのかなあ。

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