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2008年7月27日 (日)

編集者が丁寧に短篇を選び分けていた最後の世代。 第104回候補 東郷隆「水阿弥陀仏」

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第104回(平成2年/1990年・下半期)候補作

東郷隆「水阿弥陀仏」(平成2年/1990年11月・東京書籍刊『人造記』より)

 隆さんの次の週にまた隆さん、とは何と出来すぎた流れじゃありませんか。

 半分はネラいです。でも半分はほんと偶然です。

 平成の直木賞を語るうえで、宮部みゆき東野圭吾と並んで絶対欠かしてはならない存在、おひとり目の宇江佐真理さんについては『ウエザ・リポート』の回で取り上げました。そして、もうおひとかたが、この東郷隆さん。なにせ候補回数が6度もありますので、どれを「名候補作」とするか迷いましたが、うん、ここは衝撃の一発目でしょう、やはり。

 でも今回は、東郷さんご自身のことや、または直木賞への発言といったハナシには大して触れません。今週より4週間はほぼ最近の作品を取り上げる予定ですが、平成に入ってのことですから、みなさんも記憶に新しいでしょう。ワタクシなぞが披露できる話題は、そんなにないわけです。話題の選択に困ったときには、我田引水で逃げたいと思います。

 直木賞の歴史のことです。

 第101回(平成1年/1989年・上半期)~第110回(平成5年/1993年・下半期)の期間で、直木賞に起こった大きな転換とは何か。そうそう、『オール讀物』の編集長が藤野健一さんから中井勝さんに変わった、ってことも見逃せない要素でしょうけど、いや、それまでの“直木賞らしさ”を形成していた候補群のある特徴が、消えていく時期にちょうど当たることです。

 直木賞にとっての短篇および短篇集の扱いについてです。

 たとえば、第104回(平成2年/1990年・下半期)、東郷隆さんの候補作は決して短篇集『人造記』ではありません。そこに収められた「水阿弥陀仏」「放屁権介」「人造記」の3篇のみが対象です。出久根達郎さんの候補作も『無明の蝶』なんかじゃないのです。そこに収録されている「靴」「雲烟万里」「赤い鳩」は、断じて直木賞候補作ではないのです。

 え、何なんだ、それは。意味わからん。……などと声に出して言ってはいけません。

「東郷隆の名が広く人口に膾炙しはじめたのは、やはり本書『人造記』が刊行されてからのことで、表題作及び、本書収録の「水阿弥陀仏」「放屁権介」が第一〇四回直木賞の候補作となった。何故、一冊まるごとではなくこの三篇なのか理解に苦しむが、(引用者後略)(平成5年/1993年11月・文藝春秋/文春文庫『人造記』縄田一男「解説」より)

 まっとうな解釈では「理解に苦しむ」でしょう。でも、実際、そこに「直木賞らしさ」があったはずなのです。平成2年/1990年までは。

 なぜ星新一の候補作が『人造美人』や『ようこそ地球さん』ではないのか。なぜ向田邦子の受賞作が『思い出トランプ』ではないのか。長部日出雄は。谷克二は。田中小実昌つかこうへい赤川次郎は。なぜなぜなぜ、の連続です。

 そこを掘り下げる前に、まずは東郷さんの作品について、ちょっとご紹介しておきましょう。『人造記』は5篇の小説を収めた短篇集です。書き下ろしの「人造記」を除いては、『中央公論増刊』『BRUTUS』『野性時代』『歴史読本 臨時増刊』にすでに発表されていました。巻頭の「水阿弥陀仏」は、『中央公論 臨時増刊 ミステリー特集』昭和62年/1987年第15号[12月]が初出です。

          ○

 15世紀後半、応仁の乱が終わった頃の京に、一人の幻術をあやつる人物があらわれます。通称すいあ、正しくは「水阿弥陀仏(すいあみだぶつ)」と呼ばれる男。

 将軍・義尚はある晩、手水桶から柄杓ですくった水の中に、異様な光景を目にします。なんと水中に、川に架かる大きな橋、その両岸に立った市、そこを行きかう大勢の人間が映っているのです。

 人々の会話も聞こえてきます。義尚の目は、ある奇妙な人物にとまりました。市の隅っこでムシロを敷き、松の枯れ枝を並べて、それを売っているらしい一人の聖。「あんなもんが売れるのか」と興味津々、義尚が眺めていると、通りすがる人びとが、その松の枯れ枝を手にとっては、うまそうな太刀魚だとか、八ツ目だとか干物だか言って、あたかも松枝が魚としか見えていないかのようにして、どんどん買っていきます。

 全部売り切れたあと、聖は腰から小さな瓢箪を外し、呪文らしきものを唱えます。すると、聖の姿は煙となって、瓢箪の口に吸い込まれていきました。

 はっと我に返った義尚、いったいあれは何だったんだろうと思い考えるうちに、きっと自分の守護神が、あのような仙人を身近に置けと伝えてくれたに違いないと思い至ります。そこで義尚は、同朋衆の甘阿弥に、瀬田の大橋の土手にいる(はずの)聖を探して連れてくるよう命じます。聖が見つからない場合は、河原におりる途中の立ち杭に下がっている(はずの)瓢箪を持ってこいと。

 なんのこっちゃ、と首をかしげながら甘阿弥が命じられたとおりのところに行きますと、市の人間に聞いても、そんな者はいない、聞いたこともない、との返事が返ってくるばかり。ところが、義尚に言われたとおりの場所に行ってみると、一本の杭に瓢箪が下がっています。これのことか、とそれを持って帰ろうとした甘阿弥の前に、一人の聖があらわれました。

「これこれ、わしの家をどこへ持って行きやる?」

「家?」

 これが、“水”にまつわる幻術を操る水阿弥陀仏。いやがりながらも甘阿弥の説得に乗り、ついに義尚のもとに連れてこられることになります。

          ○

 今の直木賞のかたちだけを見ていると、たしかに、短篇集のなかから、特に数篇だけをピックアップして候補にするやり方は、謎といえば謎です。

 それなら、雑誌に掲載された単独の短篇を、候補にしたり表彰対象にしたほうがスンナリくるじゃんか。とのツッコミはまったくその通りです。

 文学賞が文学賞として成熟(?)したからか、いや、ぐだぐだ説明しないと多くの人が理解できないような中途半端な仕組みが嫌われるからか、ともかく、文学賞といえば単行本、または雑誌に載った一短篇、または公募、と文学賞ごとに媒体ははっきりしているのが普通です。

 直木賞も、そんな凡百の……おっと失礼、ごく普通の文学賞へと変わってしまいました。その完全な変異の終了したのが、平成2年/1990年なのでした。

 つまりは、直木賞における「短篇」の位置づけは、こう変遷していったとも言えます。

  • 雑誌に発表された「短篇」のなかから、有望な連中を探してこようぜ。
  • 一篇だけじゃ力量はわからんなあ。じゃあ同作家が同時期に発表した「短篇」を2つ、候補するのもよしとしよう。
  • たまーには、単行本化された「短篇集」にもいいものもあるから、候補にしてもいいか。
  • でもやっぱり、新人の力量を見極めようってハナシのときに、一度発表された短篇をまとめただけの「短篇集」を持ってくるのはどうかなあ。ふさわしくないよなあ。
  • 短篇集って、優劣バラバラの短篇が、ただ並んでいるだけのものもあるしなあ。候補を選ぶ予選委員としては、短篇集を候補にするときは、最低限、そのなかで優秀と認められる短篇だけを選んで、上にあげようぜ。だってそれが俺たちの仕事だもの。
  • ま、めんどくさいから「短篇集」に収められた作品全部、ってかたちでもいいか。みんな他の賞もそうしてるし。
  • 雑誌に載った「短篇」が受賞しても、次の日からその作品がバンバン書店で売れるわけでもなし、営業的には好ましくないらしいぞ。じゃあ、雑誌の「短篇」を候補にするの、やめましょう。

 たぶん誰からも言ってもらえなかったと思うので、ここでワタクシが言います。単行本となった短篇集を、そのまま受け入れようとせず、「隠れた評論家」としての地位に誇りをもって、それぞれの短篇の出来と、直木賞にふさわしいかどうかを吟味して、なんとか丁寧に候補作を選ぼうと苦心されていた昭和40年代~平成初期までの、文藝春秋の編集者の方がた。その心意気、ワタクシはしっかと受け取りましたよ。

          ○

 最後に、今日のネタの入り口を与えてくれた東郷隆さんのことも、やっぱり少しだけ。

 大学博物館の研究助手、『コンバットマガジン』誌の編集者、軍事評論家など職を渡り歩いた末、「なぜ時代小説を書くようになったか」との問いに、東郷さんはこう答えました。

「時代劇といえばたいていが江戸期の人情話。資料収集もせず、鎧の着方も知らずに合戦物を書いたりする作家までいるんだから。これじゃあ何のために私は博物館の授業中にひどい目にあってきたのかという反感があったんですよ」(『週刊宝石』平成6年/1994年3月10日号「本のレストラン」より)

 時代考証の甘さばっかり突っつかれた宇江佐真理さんもいれば、かたや、時代考証がしっかりしすぎてそれが物語に溶け込んでいないと何度も何度も言われて落とされた東郷隆さんがいる。直木賞ってムズカしいお年頃なのねえ、とため息をつくばかりです。

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コメント

東郷隆氏は、80年代の名(迷?)作、知る人ぞ知る「定吉七番」シリーズが結構ツボでしたね。
今は無き「メカニックマガジン」に連載された「サイバノポリス」シリーズの、「バウンティハンター定吉13号」が元ネタですが、その後の作品を窺わせるような文章が好きでした。
復刊しないかなぁ…

投稿: 一書店員 | 2008年8月 6日 (水) 21時08分

お。「定吉七番」、やはりおすすめですか。
東郷さんのは時代小説しか読んだことがないんですが、
「定吉七番」シリーズについて、いろいろな方が評価されているのを見るにつけ、
興味がわいてきます。
ぜひ近いうち、読んでみます。

投稿: P.L.B. | 2008年8月 7日 (木) 10時53分

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