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2007年11月11日 (日)

井手雅人 人とシナリオ

 今、本屋に行っても、小説の著作をまったく見つけることができない、そんな作家のことを取り上げて、何の意味があり誰の役に立つのでしょうか。自問自答を続けつつも、懲りずに今回は、この人。

071111w170 『井手雅人 人とシナリオ』シナリオ作家協会 出版委員会・編(平成3年9月・日本シナリオ作家協会刊)

→編者の公式サイト 協同組合日本シナリオ作家協会

 井手雅人の小説には、まずお目にかかることはないけども、この人が脚本を書いた映画なら、いくらでも観る機会はあります。『点と線』(昭和33年/1958年・東映)、『五瓣の椿』(昭和39年/1964年・松竹)、『証人の椅子』(昭和40年/1965年・大映)、『鬼畜』(昭和53年/1978年・松竹)といった単独脚本の他にも、黒澤明らとの共作で『赤ひげ』(昭和40年/1965年・東宝)、『影武者』(昭和55年/1980年・東宝)、『乱』(昭和60年/1985年・東宝)などなど、畏れ多いほど、名作めじろおしです。

 ってことで、本書は、直木賞マニアがこぞって買い求めるような内容じゃありません。シナリオ「点と線」「妻は告白する」「五瓣の椿」「証人の椅子」「きつね」の5本と、それぞれに山形勲、下飯坂菊馬、岩下志麻、伊藤武郎、三村晴彦の短いエッセイが付いている構成で、やっぱり井手さんの小説が読めるわけではないのです。

 そんななかで、映画オンチのワタクシでも、どうにも打ち捨てられないのが巻末の年譜。

「なお、編集に当っては、作品以外に年譜の意味を重視し、出来るだけ正確な一代記を作成した。」(下飯坂菊馬)

 と「あとがき」にあるように、32ページにわたる充実の年譜は、読み甲斐たっぷりで、故人に対する思い入れのこめられたこういう年譜を読むと、ほんと、作成した方への尊敬の念が自然と沸き上がってきますよね。

 だって、井手さんが昭和28年/1953年に直木賞候補になる前、新人シナリオライターでありながら、けっこうたくさんの大衆雑誌に小説を発表していたなんて、この年譜以外のいったい誰が教えてくれると言うのですか。列挙された作品の発表誌を見てみても、『小説サロン』『小説の華』『新文庫』『実話講談の泉』『娯楽雑誌』『サンデー毎日』『読切時代小説』……ううむ、なかなかツウ好み(ゲテモノ好み?)のラインナップだよなあ。

 年譜のなかに“直木賞”の文字が登場するのは、昭和28年/1953年(井手さん33歳)のところです。

「大衆文芸七月号に小説「地の塩」(一三五枚)、八月号に「地の塩・第二部」を発表。この年の直木賞候補作品となる。」

 その後、小説の創作は昭和29年/1954年に自伝的小説「教育総監賞の銀時計」(『大衆文藝』8月号)があるきりで、シナリオライターとしての仕事が主になったようです。しかし、実はそれらのお仕事の中には、直木賞受賞作・候補作の映画化にあたって脚本を手がけられたものが、チョイチョイあって、

  • 沙羅双樹原作の『獄門帳』(昭和30年/1955年・松竹)
  • 川口松太郎原作の『鶴八鶴次郎』(昭和31年/1956年・松竹)
  • 城山三郎原作の『総会屋錦城・勝負師とその娘』(昭和34年/1959年・大映)
  • 中山正男原作の『馬喰一代』(昭和38年/1963年・共作田坂啓・東映)
  • 岩川隆原作の『海峡』(昭和57年/1982年・共作森谷司郎・東宝)

 と5つ(←コメント欄にて間違いを指摘していただき訂正)4つもある、と知れると、何だか勝手に親近感が沸いてくるのです(妙な親近感だな)。

 そもそも井手さんは学校の先生だったんですが、昭和22年/1947年27歳のときに教育の道を去ったそうで、小説を本格的に書き始めたのはそれからなんだとか。その箇所の年譜には、こんなことが書いてあります。

「菊次(引用者注:井手雅人の父)の旧友、佐賀出身の小説家大隈三好の紹介で、南条範夫、村松駿吉らの燈下会に加わった。

 のちに山岡荘八の青涛会、長谷川伸の新鷹会にも参加する。新鷹会で池波正太郎を知り、親しくつきあうようになった。」

 それから20余年のち、昭和44年/1969年から池波原作の「鬼平犯科帳」シリーズが、テレビ朝日でドラマ化されるときに、井手さんがその脚本を担当することにつながるわけで、縁ちゅうのは不思議なものです。

 それはそれとして、ここに、ちょっと気になる団体名が出てきました。新鷹会は有名だからいいんだけど、燈下会とは何ぞや。青涛会とは何ぞや。

 勉強不足なもので、どちらも詳細は不明。すみません。

 でも、「燈下会」がいつ頃できた集まりなのか、非常に興味をそそられませんか。なぜなら、上記年譜の書かれ方だと、井手さんが加わった昭和22年/1947年頃には、すでに南條範夫が燈下会の一員だったように読めるからです。南條さんのデビューは一般的に、それより4年後、昭和26年/1951年に『週刊朝日』の懸賞小説に入選した「出べそ物語」とされています。ほら、南條さんご本人も、『燈台鬼』(平成3年8月・光文社/光文社時代小説文庫)の「文庫版のためのあとがき」で次のように回顧されてますし。

「初めて小説を書いたのは、昭和二十六七年頃である。もう四十の坂をとっくに越えていた。」

 南條さんがそれより以前から小説家の卵たちの集まりに参加していたのか、それとも井手さんが加わったのが年譜より遅くて昭和26年/1951年以降だったのか。ふうむ。クダらんことかもしれんけど、妙に気にかかるなあ。

 もうひとつの「青涛会」、こちらも実態の判然としない集まりです。しかし山岡荘八が、井手さんの直木賞候補作「地の塩」に大変ゆかりのある方なのは、おそらく確かでしょう。なにせ、山岡さんはこの作品誕生の過程に深く関わり、『大衆文藝』誌の島源四郎に掲載をはかった張本人なのですから。

(引用者前略)一応この作品から離れて、ある「時間」をおいて再び推敲をすすめるのが私のとるべき道のようであった。しかし、出来ればそのまま発表もさせたい。というのはある時期のある作家の息づかいは二度と聞けない場合がしばしばあるからだった。それで私は本誌の島源四郎氏に相談した。新人育成を生涯の希いの一つにしている島氏は、快くこの新人のためにご覧のような誌面の割き方を承諾してくれた。」

 とあるのは、『大衆文藝』昭和28年/1953年7月号に「地の塩」とともに載った、山岡さんの手による「『地の塩』推薦と紹介」の一節です。

 で、この文章のなかに、問題の「青涛会」もチラッと出てきます。

「彼が私の前にあらわれてから、もう足かけ四年になるがその時はすぐれた感覚と的確な描写力をもった有望な文学青年で、新東宝の社員であった。
 最初に見せられた作品は「忘れられた人」という六十五枚のものであったが、この作品は、その場に居合せた宮本幹世、大塚雅春、岡荘太郎、古長久和などの間で好評で、同時に彼は、われわれの勉強会、青涛会の中で嘱目される一人になった。」

 「宮本幹世」とは多分、「宮本幹也」の誤植でしょう。そうそう、宮本さんといえば、ワタクシお気に入りの一冊、末永昭二さんの『貸本小説』(平成13年9月・アスペクト刊)で、かなり詳しく紹介されていましたっけ。

(引用者注:宮本幹也が)専業作家になったのは昭和二四年とする資料もある。専業作家となるように慫慂したのは海音寺潮五郎と山岡荘八。特に山岡荘八は「我が師」であり「尊敬する先輩」であり「親友」であった。」(「限界に挑む奇想のデパート 宮本幹也」より)

 宮本さんのみならず、大塚さんも岡さんも古長さんも、ワタクシには(いや、おそらく大多数の現代日本人にも)なじみのない存在なんですが、きっと将来、何かの突然変異で「青涛会」マニアがこの世に生まれないとも限らないので、その人の参考のために引用しておきました。たくましく生き抜けよ、「青涛会」マニアよ。

 おっと、また悪い癖で脱線してしまいました。ハナシを井手雅人さんに戻します。

 「地の塩」が候補になった第30回(昭和28年/1953年・下半期)は、候補作全7作、実質的に授賞に値するものとして議論されたのは4作、最も授賞に近かったのはピカピカの新人、白藤茂「亡命記」、それに続いて木山捷平「脳下垂体」、和田芳恵「老猿」、田宮虎彦「都会の樹蔭」という歴戦の猛者ども。残念ながら井手さんはあまり高評価を受けませんでした。

 とはいえ、期待を寄せた選考委員もいます。その代表的な人として、吉川英治さんの選評を。

「「地の塩」の井手雅人氏に、将来の倦まない精進を期待する。といって作品に沈潜してゆくにあたってそう歯ぎしりなさらない方がよいのではないか。またシナリオライターのおち入りやすい達者な特技術型に筆が癖づくことにも自戒なさる必要があると思う。職業的にシナリオを書くことなどは決して文学上のプラスにはならないものだ。」『オール讀物』昭和29年4月号選評「低調だった銓衡」より)

 ふうん、シナリオライティングは、文学上のプラスにならないんだ。

 ここで井手さん、シナリオをやめずに、小説をやめたところが大きな分岐点だったのだろうなあ。

 その後の直木賞史、大衆文学史に井手雅人の名が刻まれることはありませんでしたが、倦まない精進により見事、映画史のほうに大いなる足跡を残されたのですから。文句のつけようがありません。

 それでも、「地の塩」が今後刊行されて、本屋に並べられる日は、きっとこないんだろうな。それはそれで、残念。

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コメント

『海峡』は井手俊郎脚本です。

投稿: よく間違えられますが・・・ | 2012年1月 7日 (土) 01時03分

「よく間違えられますが・・・」さん、

ご指摘への御礼が遅くなり、申し訳ありませんでした。
勘違いの記述、お恥ずかしいかぎりです。

『海峡』は井手雅人さんの脚本にあらず。訂正いたします。

投稿: P.L.B. | 2012年1月17日 (火) 17時36分

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