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2007年11月18日 (日)

芥川賞・直木賞100回記念展

 最近だんだん何のブログかわからなくなってきたので、微妙に軌道修正。時はバブルの真っ只中、2つの財団法人が強力タッグを組んで、とある展観を景気よく開催したんですが、そのときの図録を熟読してみます。

071118100w170 『芥川賞・直木賞100回記念展』(平成1年3月・日本近代文学館・日本文学振興会刊)

 奥付によると、開催日程は次のとおり。

■仙台会場 藤崎 平成1年/1989年3月10日~22日

■大阪会場 梅田・大丸 平成1年/1989年4月5日~17日

■東京会場 新宿・伊勢丹 平成1年/1989年6月15日~26日

 表紙まわりを合わせて全100ページ、菊池寛による賞創設のいきさつから、全受賞作の初版本の書影、いくつかの肉筆原稿、作家の愛蔵品や日常生活の写真、全候補作リスト、データをまとめたコラムなどなど、何とまあ充実して、きらびやかなることよ。

 巻頭を見ると、日本近代文学館理事長の小田切進さんがこんなこと書いています。

「豊富な、多種多様な資料による本展から、二つの賞の〈魔力〉とまでいわれる魅力、その秘密をさぐっていただければ幸いです。」

 ははは。魔力、と来ましたか。芥川賞のほうは知らんけど、少なくとも直木賞に関しては、ワタクシもその魔力に人生を狂わされた一人なんでしょうな。

 なにしろ“魔”ですからね、ほんと、すんなり一筋縄ではいかんヤツなんです。直木賞ってヤツは。

 たとえば直木賞のことをじっと考察するのに、本図録に収められた記事「昭和の文学をリードした両賞の足跡」は、大いに参考になります。無署名なのでいったい誰が書いたものかわかりませんが、直木賞といえば文学研究では常に除けモノ扱いなのに、何らか書いてくれているだけでも称賛ものです。

 例によって、芥川賞の歴史についてタラタラと詳細に書き綴られた後に、こんなふうに続きます。

「直木賞の受賞傾向について見てみると、昭和30年代までの主流だった歴史・時代小説から、現代風俗をモチーフに描いた作品の受賞が目立つようになってきた。」

 まあ第1回から昭和30年代(第52回ごろ)までを、たったこれだけの文章で言い尽くそうとしている態度が、やや乱暴なんですけど、それは言いっこなしで。

 ところで戦前(第20回まで)の受賞作の主流が、歴史・時代小説だった、これは確かでしょう。でも戦争が明けてからは、そんな傾向はなくなったと思うんだけどな。とりあえず、昭和20年代だけ見てみますよ。受賞作は15作。そのうち、「面」「刺青」「海の廃園」「執行猶予」「長恨歌」「英語屋さん」「イエスの裔」「罪な女」「叛乱」『終身未決囚』「ボロ家の春秋」「高安犬物語」……これら12作、全部昭和以降のことを描いた作品ですけど、これでも、主流は歴史・時代小説と言い張りますか、あなたは。

 “昔は大衆文芸といえば時代小説だったよなあ、だけど時がたつにつれて時代小説は不振だよなあ”とは、きっと一般的な印象なんでしょう。ワタクシ自身も結構その印象にとらわれているところがあります。でも、直木賞では昭和40年代に立原正秋五木寛之野坂昭如らがとるまでは時代小説が主だった、だなんて何を根拠にそんなこと言うのだ、って気もするのです。イメージで語っちゃいかんよな。マスコミじゃないんだから。

 熱くなってすみません。ツッコミに終始するのも大人げないので、話題をがらりと変えます。

 「作家の「忙中閑アリ」」のページ。作家たちの普段の姿をとらえた写真がずらり並んでいます。58葉の写真も興味ぶかいんですけど、それぞれに付けられたキャプションが、また参考になるのです。

「第1回両賞受賞の石川達三、川口松太郎は生涯のゴルフ仲間(昭33年)」

山口洋子は有名な阪神ファン、21年ぶりの優勝に狂喜した(昭60年)」

中山義秀に師事した安西篤子は受賞を報告に鎌倉を訪問した(昭40年)」

「文壇最強チーム見立てで8番捕手の若手No.1の黒岩重吾(昭38年)」

「今は人気女優の娘ふみと自宅そばの石神井公園で散歩の檀一雄。放浪生活の末、九州の島で不帰の人に(昭36年)」

 檀ふみさん、少女のころの写真なんですけど、お顔が今もマンマですね。

 さらに、本図録の後半のほうには、過去の受賞データをコラム化した「雑記帳」が、全部で9本載っています。たとえば、受賞年齢、出身地、受賞までの候補回数、男女比、血縁関係、医師出身者、ペンネームの由来と、各種文献でおなじみの切り口があるなかで、もう一本、学校の中退者なんていう取り上げ方が載っています。これは面白い。

「芥川賞作家100名のうち中退者は29名、29%。直木賞のほうは111名中26名で、23%。両賞合わせて55名、26%にのぼる。4人にひとりが中退者というのは、他の分野ではちょっと考えられまい。」

 ん? これも“イメージ語り”じゃないだろうな。いや、きっと“他の分野”のこととか、全社会的な中退率も念頭に入れた上での指摘であると、ワタクシは信じています。

第99回直木賞の景山民夫は慶応大学文学部を中退したあと、武蔵野美大に再入学し、そこを再中退した記録保持者だ。」

 やったね、民ちゃん。“記録保持者”だってさ。

 もちろん景山さんは、そんなことで記録されるべき人ではなく、あんなことで記憶されている人でもありますが、やっぱり直木賞史上はじめてSF小説(『遠い海から来たCOO』)で受賞した偉大なる足跡を、忘れるわけにはいかないでしょう(とか書くとSF愛好者から怒られそうだな。あんなのSFじゃねえよって)。

 いやあ、小田切さん。じっさいの展観はいざ知らず、本図録だけで言っても、たしかに豊富で多種多様な資料が並んでいます。こういうものを企画していただいて、ただただ感謝あるのみです。ただね、ほんと残念なんですけど、ここから直木賞の魅力や秘密を十分にさぐるのは、ちょっと無理です。

 なぜならば、受賞作家・受賞作品といった光の部分しか紹介されていないからです。影の部分まで見せてくれないと、なんかマヤかしっぽく見えちゃうんだよなあ。

 まあ、賞の主催者が企画したものだから、しかたないですか。それでも「芥川賞・直木賞受賞作家と候補作全リスト」のなかで、受賞者なしの回のところに、候補作のことに触れた選評の抜粋が載っているだけでも、図録制作者の良心を感じるべきなんだろうな。

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