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2007年7月 1日 (日)

芥川直木賞のとり方 あこがれが“勝利の女神に”!今

 刺激的なタイトル、ほとんど名前を聞いたことのない著者と出版社、こういった本が存在することも、直木賞の周辺世界を形成する、見過ごせない一要素でしょう。

070630w170 『芥川直木賞のとり方 あこがれが“勝利の女神”に!今』百々由紀男(平成5年/1993年7月・出版館ブック・クラブ刊)

 そんなこと言ったって百々さん、あなた、芥川賞も直木賞もとってないじゃないですか。などという子供じみた素朴なツッコミをきっと何万遍も受けていると思いますので、あえてワタクシはそんな意地悪いことは申しません。

 本書の内容を真に受ける人がいたとしても、社会的に害はないので構わないんですが、もしかしたら文壇版“トンデモ本”と言ってもいいかもしれない、バンバン繰り出される驚異のフレーズが、たまらなく面白いのです。

「もちろん、三島由紀夫、大岡昇平、筒井康隆といった例外もあるが、文壇でいう“作家”とは通常、両賞の受賞作家である。」

 え?

「作家もまた人間、そこで理想的な文壇デビューの年齢というと……
 芥川賞~35歳
 直木賞~45歳
 ここらが“適齢期”といっていい。」

 なに?

「特に小説が書けなくなった作家にとり、選考委員の座は文壇内の自分の存在を証明するものであり、権威である。そこで、
「選考委員に逆らったら芥川・直木賞はとれない」
 との恐怖が、新人作家にはいつもつきまとっている。」

 ふふふ、この断言口調が、えもいわれぬ、いい味をかもし出しているのです。

070630w170_1  本書を読んで忠実に実践してみたものの、どちらの賞もとれなかった作家志望者が、次にわらをもつかむ思いで、6年後に出された『芥川直木賞は、とれる! 名作を生むヒットの黄金律』百々由紀男(平成11年/1999年7月・出版館ブック・クラブ刊)を買い求め、怒り猛ったという逸話があるとかないとか。事実、前書『とり方』と、こちらの『とれる!』はタイトルや装幀に相違はあれ、内容はほとんど同じです。

 同じなのですがチョコチョコっと改稿されていて、たとえば「芥川賞は“作品”直木賞は“作家”に与えられる」の項目の最後に、『とれる!』ではこんな予言が付け加えられています。

「おそらく近い将来、両賞は“統一・合併”といったことになるだろう。そもそも芥川龍之介はあと何十年かは残ろうが、直木三十五は「小説など読んだことがない」といった人たちが増え、その名前も形骸化しそうだからだ。」

 いやあ、百々ブシ炸裂ですな。ここだけとりだしても文意はあまり伝わらないと思うけれども、前からの文脈で読むと、要は純文学と大衆文学という分け方はまことに曖昧で、芥川賞と直木賞の違いといえば、前者は作品を、後者は作家を評価する、というくらいなのだからいずれ一本にまとまってもおかしくはない、ということのようです。

 たしかに両賞の違いは、直木賞のことを病的に調べているオタクにとっても、永遠に解けない大テーマですよね。純文学と大衆文学に明確な境界がない以上、そのはざまに存在する作品――本書で百々さんが挙げている松本清張「或る「小倉日記」伝」のような小説――が存在するのは当たり前でして、じゃあ全部いっしょくたにすればいいかというと、絲山秋子『逃亡くそたわけ』(第133回 平成17年/2005年・上半期候補)を、直木賞の選考の場で語られるべき種類の作品ではない、としりぞけた選考委員もいたわけですし、なかなか難しそうなわけです。もちろん、カネとか権力とか、そういったオトナの事情もからんできそうですし。

 個人的には、東野圭吾を絶対に俎上にのせない(であろう)芥川賞よりも、車谷長吉でも絲山秋子でも大衆文学の範疇として語ろうじゃないかという直木賞のフトコロの深さ、雑食性、なんでもアリ精神が好きなので、今後もその路線はつづけていってほしいと直木賞に期待しています。なんやかんや言ってても、ワタクシは応援してますよ、日本文学振興会さん。

 面白いので、さらに百々語録を引用します。

「おそらくこのとき(引用者注:第34回 昭和30年/1955年・下半期 石原慎太郎「太陽の季節」受賞のとき)芥川賞は、ファッション化したのではないか。選考委員は作品より、社会的な、もっとも商業的なイベントとして、時代に追随しようとした。石原作品を否定すれば、

〈バスに乗り遅れる――〉

 といった“茫漠とした不安”(芥川龍之介)が、この堂々たる顔ぶれの作家たち(引用者注:当時の選考委員たち)の胸をかすめなかっただろうか。すなわち芥川賞は単なる作品の結晶度より、話題を集めるインパクトがなければならず、それは今日まで続いている。

 直木賞には芥川賞ほどのインパクトは必要としないが、やはりその時代を先取りした話題性のある作品に分がある。そういった作品はしばしば大穴となって、未だにそれほどでもない作品を受賞作にしてしまう。」

 なぜ直木賞には芥川賞ほどのインパクトを必要としないのか、ぜひとも理由が知りたいところですが、その大事な点が書かれていません。それに、芥川賞のインパクトの例として長々と石原慎太郎のハナシを書いておきながら、直木賞において「時代を先取りした話題性のある作品で、それほどでもない大穴の受賞作品」の具体的なサンプルが、なにひとつ提示されていないのが、ワタクシには不満です。いったいどの作家、どの作品を想定されているのでしょうか。

 ここまでくると、百々さんっていったいどんな人なのか、多少の興味がわいてくるのが人情というもの、本書にある「著者プロフィール」を書き写しておきます。

百々 由紀男(どど ゆきお)

1929年滋賀県生まれ。作家。「駱駝」(滋賀)「野火」「農民文学」(東京)同人を経て、現在、個人同人誌「すずか」主宰。過去に、地上文学賞(家の光)、小説CLUB新人賞(旧小説倶楽部新人賞)、埼玉文芸賞(埼玉新聞)等入賞。また、経済ビジネス評論の分野でも大活躍、ユニークな切れ味鋭い論調には定評がある。著書に「雑文業入門」「投書投稿術」(大陸書房)等多数。」

 ご自分で唱えた“受賞適齢期論”などかなぐり捨て、百々さんが一念発起して、今後、小説書いて芥川賞でも直木賞でもとったら、そりゃあもう、インパクトどころの騒ぎじゃない、天地がひっくり返るほどの大ニュースなんだけどなあ。

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