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2007年6月 3日 (日)

芥川賞・直木賞―受賞者総覧―

 ちまたに直木賞受賞一覧は数あれど、それぞれ微妙に違っていたりなどして、それらをいくつも見ているうちに、さあいったいどれが正解でしょうとクイズを解かされている気分になるものです。

070603w170 『芥川賞・直木賞―受賞者総覧―』(平成2年/1990年3月・教育社刊、教育社出版サービス販売)

 この書名は同書奥付の記述に拠りました。表紙カバーでは、左のとおり「芥川・直木賞」となっています。内容は第1回から第102回までの両賞受賞者の生年月日・経歴・著書や、選評の一部、受賞後の活動が簡単にまとめられています。

 たとえば、おい山田君、過去の直木賞の受賞者を一覧にしといてくれたまえ、と突然上司に言われた新入社員山田君などは、昔ならば図書館に出向いてこういう本を探し出し、一生懸命複写したりしていたんでしょうが、今ではインターネットを使ってどっかに出ている一覧表をサクッとコピペするんだと思います。

 インターネットで直木賞一覧を調べる山田君が、容易に行き着くだろうと思うのは、文藝春秋内日本文学振興会か、Wikipediaでしょう。でもね、この2つのサイトにある受賞者受賞作一覧は、細かい点で違いがあるんです。さあどうする、山田君。

 平成19年/2007年6月3日現在、両サイトの違いでパッと目につくものだけ挙げてみると、こんな感じです(日本文学振興会サイトは【日】、Wikipediaは【W】)。

  • 第1回受賞作
    【日】 鶴八鶴次郎・風流深川唄その他
    【W】 「鶴八鶴次郎」「風流深川唄」「明治一代女」
  • 第2回受賞作
    【日】 吉野朝太平記
    【W】 『吉野朝太平記』その他
  • 第18回受賞者
    【日】 森荘已池
    【W】 森荘巳池
  • 第25回受賞作
    【日】 英語屋さん・その他
    【W】 「英語屋さん」「颱風さん」「御苦労さん」

 本家本元の主催者サイトに頼らずにWikipediaにこの一覧を投稿した人もかなり思いきったことするもんだなあと感心するわけですけど、じゃあ、「明治一代女」とか荘巳池とか「颱風さん」「御苦労さん」なんていったいどこから引っ張り出してきたのだろうか。あくまで推測ですけど、『芥川賞・直木賞―受賞者総覧―』から引用したんじゃないかなと思うわけです。はい、『総覧』では、ほぼWikipediaと同じ表記が採られています。

0706032000w170  で、『総覧』にはさらに改訂版がありまして、書名も版元も変わっていますけど、『芥川・直木賞名鑑』(新装改訂版=平成11年/1999年11月・名鑑社刊)という本があります。これの編者は溝川徳二、『総覧』のときは編集委員会代表を務めていました。内容的には、『総覧』に加えて、第103回~第121回の受賞作家の情報も追加し、巻頭に数葉の写真や、「編著 自序―凡例にかえて―」「芥川賞・直木賞の設立と選考方法」「芥川賞・直木賞テーマ別解説」「芥川龍之介と直木三十五を比べてみる」などの文章もあって、非常に関心をそそられます。ちなみに、上記で挙げておいた受賞者・受賞作については、第18回が「森荘已池」と修正されています。

 まあ、ここは山田君、日本文学振興会の一覧を使っておけばとりあえず丸くおさまりそうだよね。ところが、主催者の一覧が完璧かといえば、それはそれでツッコミどころをまだ残していることは、勇気をもってここで釘をさしておかなければなりません。主催者にツッコミはじめると長くなるので、それはまた別の機会に。

 ところで溝川徳二さんってどなた? とワタクシなんぞは思ってしまうわけですけど、ちょうど『名鑑』の奥付ページに「自註・〈芥川・直木賞〉編集の縁について」という一文が載っています。これをバスッと全文引用しちゃいます。

「 上京から二年目の一九五七年、正宗白鳥を大岡山で、広津和郎を早稲田で相次いで路上で見かけ鮮烈な印象を受けた。出版社勤務となり、二十六歳から中西悟堂氏の下に出入りし、晩年まで厚誼を得た。特に氏の『定本野鳥記』の出版記念会は舞台裏をよく承知していた一人で、黒田長禮、山階芳麿ら鳥類学者、川端康成大佛次郎井伏鱒二、井上靖ら文壇、土岐善麿ら歌壇、水原秋桜子ら俳壇、画壇、仏教界、ほかに入江相政、荒垣秀雄ら二百人をこえる日本文化を代表する風貌を一堂に眺め、編集者冥利に尽きた。

 ロックフェラー財団人文科学部長を務めたC・B・ファーズ博士が、駐日アメリカ大使館公使(文化担当)を退官後にJBK百科事典編集長に就任した時、編集次長を務めた。かつて同博士の斡旋でロ財団から留学した中村光夫、福田恆存、大岡昇平、阿川弘之、安岡章太郎、小島信夫、庄野潤三、有吉佐和子、江藤淳ら芥川・直木賞につながる人びとの話題の中にいつもいた。〔安岡氏は『アメリカ感情旅行』(岩波新書)のはしがきに同博士への留学の謝辞を述べている。〕特に中村光夫氏には近代文学関連項目で直接教示を受けた。

 一九三六(昭和11)年、鹿児島県生まれ、早稲田大学卒、出版編集者を四十年。

〔溝川徳二〕」

 資料的に『総覧』『名鑑』の記述に信頼がおけるかどうかは、そんなに検証していないのでワタクシは何も言いません。ただ、上記引用でも「芥川・直木賞につながる人びと」と言いながらほとんど芥川賞側陣営であることや、『名鑑』にて両賞の過去を紹介するにあたって第1回の委員会小記(初出『文藝春秋』昭和10年/1935年9月号)を引くとともに、「戦後の「芥川・直木賞の復活」の舞台裏を巌谷大四著『懐しき文士たち』―戦後篇―から再録させていただく。」と、こういった引用元を選んでいるところから見ても、どっちかっていうと芥川賞に偏りぎみになっちゃっていると思うんですが、どうでしょうか。

 だって、巌谷大四著『懐しき文士たち』戦後篇からの引用「芥川賞・直木賞の復活」を読んだらね、唖然としますよ。引用部は、44字詰めで55行、

「 昭和二十四年六月二十五日、戦後復活第一回(通算二十一回)の芥川賞・直木賞の選考委員会が、開かれた。」

 から始まって、芥川賞についてはどの選考委員がこんな発言をしただの、それに誰がどんな反応を示しただの、投票の結果どれが何点だっただの、延々とその模様を描いているのに、直木賞の選考については最後にたったの4行。

「 直木賞の方は、必ずしも新人発掘ということにこだわらず、「押しも押されもしない作家で、日本の大衆文芸の野に新生面を拓き、もしくは拓こうとしているもの」にまで間口を拡げ、「職業作家として大成する作風が前提条件」という第一回以来の原則が再確認され、すんなりと、既に「姿三四郎」で世に認められていた富田常雄が「面」「刺青」の二作によって受賞した。」

 巌谷さん、そりゃつれないぜ。徳川夢声を採るか採らぬかで議論されたハナシはどうなったのさ。そもそも第21回の直木賞が決まったのは、芥川賞と同日じゃなくて、7月2日だったはずじゃないのですか。なんでそのことに触れてくれないのですか。

 さて、『総覧』『名鑑』の、各受賞作家の紹介文には、おそらく溝川さんかそれを手伝う編集グループの誰かが書いた、作家のエピソードなどが短く付いていることがあって、「へえ、そうなんだ」とか「ほんとかよ」とか、なかなか読んでいて面白かったりするのですが、ひとつだけで恐縮ですけど、引用させてもらいます。第63回受賞の渡辺淳一について。

「医学者の眼で人間の生と死を見つめる作品から中年男の愛と悲哀を描いた小説へと向かい、新聞小説『ひとひらの雪』『化身』は大胆な性描写で連載中から話題となり、映画化もされて大ベストセラーとなった。文芸小説が不振といわれるなかで、ひとり渡辺は気を吐く売れっ子作家であり、若い女性にファンが多い。」(『総覧』より)

 「ひとり渡辺は」なんて言ったら、『総覧』刊行の平成2年/1990年当時、他に文芸小説に売れっ子作家がいなかったみたいですけど、ほんとうですか。『総覧』から9年半後の『名鑑』でも、ここの部分はほとんど加筆されず、「新聞小説『ひとひらの雪』、『化身』、『失楽園』は」と、一作増やされているだけです。「若い女性にファンが多い」なんて、いったいどこで調べてきたんでしょうか。もしそれがほんとうだとしたら、結構おもしろい。今のナベジュン作品のファン層は、若い女性っていうイメージじゃないもんなあ。

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