直木賞とは……直木賞をとれなかった経験が一篇の渾身作を生む。そしてそれが、また候補になる。お見事。――胡桃沢耕史『天山を越えて』
胡桃沢耕史『天山を越えて』(昭和57年/1982年9月・徳間書店刊)
(←左書影は平成1年/1989年10月・徳間書店/徳間文庫)
今年の6月まで1年間、うちのブログでは「これぞ直木賞の名候補作」を取り上げました。そのときは、「受賞した作家の、過去の候補作は、その対象から外す」と決めていたので、素通りしちゃいましたが、第88回(昭和57年/1982年・下半期)の候補作『天山を越えて』はかなり特異な候補作です。
物語の重要な背景として「直木賞」のことが描かれているからです。
読み手によっては「こりゃあ直木賞批判だ」と受け取られかねないくらい、堂々と描かれちゃっています。
まあ、当時の文春編集者が、よくぞこういう作品を候補作に残してくれたな、と感心・感動するわけですけど、胡桃沢耕史さんが「直木賞をとりたい!」っていう熱い思いを込めて書いた渾身の作であり、また彼の自信作であることは、確からしいです。
「ぼくは六期続けて毎度挑戦資格を得られるようにと常に何作か平行して、準備、執筆、出版をずらして仕事をしていた。当選作(引用者注:第89回受賞の『黒パン俘虜記』)は候補で四度目、製作は五作目(一作だけ予選で落ちる)、挑戦作品は六作で後一作しか残っていなかった。」(『現代』昭和58年/1983年9月号 胡桃沢耕史「直木賞の魔力」より)
そうです。昭和50年代に胡桃沢耕史と名前を変えてからは、ただひたすら直木賞をとろうと仕事をしていたそうで。そのなかでも、とくに『天山を越えて』は胡桃沢さんにとって特別な作品だったんでしょう。
「五十六年に初めて直木賞の候補となり、四度目の正直。フィクションとしては、「これ以上のものはない」と思った自信作「天山を越えて」(徳間書店、推理作家協会賞受賞)が前回落とされ、「二流の作家の仕事」と考えているノンフィクションものを、不本意ながら書いてこぎつけた受賞だという。」(『週刊朝日』昭和58年/1983年7月29日号「苦節16年 直木賞に胡桃沢耕史さん やっと文壇キャリア組に仲間入りした元性豪作家の「男の意地」より 署名・本誌・五十嵐文生)
『天山を越えて』が持つ魅力は、そりゃあ「ロマンあふれる」だとか、「壮大な構想」だとか、「現代と過去と、さらなる過去が入り組み合う、練りに練られた構成」だとか、そういう言葉で語られがちです。ワタクシもそんな世界に酔わされた一人です。だけれども。ワタクシにとってのいちばんの魅力は、胡桃沢さんが、直木賞をとろうとして、おのれの直木賞に対する怨念(ちゅうか夢)を作品のなかに塗り込めた部分なんです。
主人公の衛藤良丸が昭和35年/1960年にただ一度、同人誌に発表した小説。その題「東干」(ルビ:トンガン)。
「その初めての作品が、どこで誰の目にとまったのか、文壇の登竜門とされている、有名な文学賞の候補作品になった。」(『天山を越えて』「一章―A」より)
この小説全文が、そのまま『天山を越えて』の前半部の中心をなす「二章」になっています。
そして三章の冒頭で、この「東干」が当時の文学賞の選考会でどんな扱いを受けたかが語られるわけです。
「会議では作品としての本質的な構成上のむじゅんを衝く意見が多く出された。(引用者中略)
つい前年に赤穂義士の切腹の直前のことを、義士当人の述懐で書いた作品が候補に上ったことがあるが、では腹を切るため刑場に向う直前の人がどうしてこんなことを書き残すことができたかということであっさり落選した。これも全く同じだ。
こんな風で会議では、作品の内容は最初から問題にもされなかったらしい。」(同書「三章―A」より)
赤穂義士の切腹うんぬん、だとか妙に具体的に紹介しているのは、もちろんほんとに、そういう作品が直木賞の候補に挙がって、落とされたことがある事実を踏まえてのことです。第39回(昭和33年/1958年・上半期)候補の「切腹九人目」。作者は田中敏樹さん……って、この方も胡桃沢さん同様、長いあいだ直木賞をめざし、オール讀物新人賞を受賞するところまでは行った方ですもんね。そういう方の候補作をわざわざ、ここで連想させるたあ。胡桃沢さん、ニクいね。
そして、上記の引用部分では、直木賞選考委員たちってのは、物語の内容とは何ら関係のないトコばっかりあげつらうような連中だ、とこっそり揶揄しているわけですが、さらに強烈に皮肉っているのが次の箇所です。
「架空のホラ話で、文学的な物の何一つ存在しない個人のたわごとを、貴重な誌面を使って、紹介する必要はない。
それが(引用者注:衛藤の属する同人誌の仲間たち)全員一致の意見であった。
勿論、当時、文学賞の審査に当った先輩作家の意見も最終的には、これと同じようなものだったろう。」(同「三章―A」より)
つくり話=フィクションを、「架空のホラ話」として馬鹿にする連中。しかし、彼らがホラと思い込み、無価値なものと切り捨てた衛藤の作品が、じつは衛藤がじっさいに経験したことだった、っていう構造。……そのことがわかった瞬間、われわれ読者たちの目のまえに、選考委員たちの阿呆さが際立って映される仕組みが、ここにあるんですね。
そりゃまあ、これを胡桃沢さんによる直木賞批判、って取るのはワタクシだけかもしれませんけど。でも、ですよ。なんでこの時期(直木賞に本気で挑戦できる、ラストチャンスの時期)に、胡桃沢さんが「東干」なんて小説を、あえて引っ張り出してきたんでしょう。
20年も前に、じっさいに自分が同人誌に発表した「東干」なんて小説を。
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