2017年2月19日 (日)

第85回直木賞『人間万事塞翁が丙午』の受賞作単行本部数

第85回(昭和56年/1981年・上半期)直木賞

受賞作●青島幸男『人間万事塞翁が丙午』(新潮社刊)
受賞前1万7,000部→103万2,000(受賞約半年で)117万

※ちなみに……

第85回(昭和56年/1981年・上半期)芥川賞

受賞作●吉行理恵「小さな貴婦人」収録『小さな貴婦人』(新潮社刊)
22万2,000

 テレビから映画から歌の作詞から、活躍のフィールドは幅広く、とにかくあまりに有名人すぎて、軽く国会議員にまでなってしまった、いわば平成27年/2015年夏当時の又吉直樹とは比べもんにならないぐらいの人気を誇っていた芸能人が、はじめて小説を発表、それがいきなり直木賞受賞だぜ! ……というのに、けっきょく100万部程度しか売れなかった、悲しき受賞作、『人間万事塞翁が丙午』です。

 と、こういうことを言うと、またオカシなことほざいてやがる、と引かれるんでしょうが、でも、あれほど知名度のある人が、これほど知名度のある直木賞をとった、と考えれば、あと2倍は売れていても不思議じゃありません。

 今週もどうせ言いたくなるはずなので、先に言っておきます。やはりここは、直木賞というものが持つ悲しさに、胸が痛くなります。

 100万部を突破すれば、そりゃあ、まわりが盛り上がるのは道理でしょう。これが芥川賞なら、確実に「時代を画した」「賞の歴史を動かした」と絶叫する人が現われ、歴代の売上げでは何位だの、何年ぶりに記録を更新しただの、芥川賞と聞くだけで目をランランとさせる、そのくせ自分が芥川賞偏愛者であることに無自覚な人びとが、懲りもせず、熱ーく後世まで語り継いでいきます。

 それに比べて直木賞は……、と愚痴しか出てきませんから、ここらでやめておきますけど、とにかく直木賞の受賞作が単行本で100万部を超える、なんて前代未聞の大事件。その後、浅田次郎さんの『鉄道員』に抜かれるまで、ただ一作のミリオン達成作品、だったんですが、いったい『人間万事~』が直木賞の歴史を変えるような受賞だと伝承されているか、といえば疑問です。

 青島幸男さんのことは、何度かうちのブログでも取り上げてしまったので、新しいハナシをするつもりもありません。やはり、「芸能人が小説を書き、それに文学賞を与えて、たくさん本が売れる」、それが成功した事例、として知られています。

 ワタクシも、青島さんへの授賞が直木賞の歴史とか日本の小説界を変えた! とはまったく思いませんけど、しかし、ここには明らかに、当時の直木賞らしさが見えています。うん、これこそが直木賞だよね、と思わせるものが、この特異なはずの授賞にも、はっきり現われています。

 たとえば芸能人の小説、のなかには、〈芸能人の小説〉ということが読者の購買意欲をそそる類いのものがあります。以前、「芸能人と直木賞」のテーマで取り上げた何人かの作品は、それ系統と言っていいでしょうし、そこに「その人の露出度の高さ」とか「内容が刺激的」とか「読者の評判」とかが加わって、何万部、何十万部の売り上げにつながり、ベストセラーリストに登場するものが、(全部ではなく)一部にある。これはよくわかります。

 青島さんの『人間万事~』は、歴然たる芸能人の小説です。だけど残念ながら、それだけでベストセラーになるほどの評判作ではありませんでした。

 部数の推移を追ってみます。「四月単行本として刊行されたが、今一歩売れ行きが伸びず、直木賞決定時の七月までに再版分合わせて一万七千部だったという」(『創』昭和57年/1982年11月号 真下利夫「ベストセラー商法の道具と化した文学賞」)。しかしここから、直木賞でドカーンと売れ行きが伸び、ひと月足らずで10万部突破(『出版月報』8月号)、翌月には40万部(同9月号)、さらに翌月には倍増の80万部(同10月号)と、ベストセラー街道の波に乗ります。

 昭和56年/1981年、上半期の文芸書で圧倒的に売れた田中康夫『なんとなく、クリスタル』100万部を、年内のうちに抜いて103万2,000部(『新文化』昭和56年/1981年12月31日号)。

 翌昭和57年/1982年、まだまだ売れ行きの足がつづき、その年だけの部数でいっても19万3,000部。と、新潮社の単行本ベスト5にランクインし(『創』昭和62年/1987年10月号「新潮社VS文藝春秋 出版社の比較研究」)、受賞から約1年、その効果も落ち着いた昭和57年/1982年9月までに117万部、という記録を残しました(『新潮社一〇〇年』平成17年/2005年11月)。

 受賞前には1万部~2万部程度。何もなければそれで終わっていたような小説です(ちなみに最近でいえば、『蜜蜂と遠雷』の受賞前は7万部だったといいます)。こういうものを、賞の力で、もっと大勢の人の目の届くところに押し出してあげる。……っていうのが、だいたい直木賞が果たしてきた役割のひとつです。

 その意味では、芸能人の小説だったとしても、他の回とあまり変わるところはありませんでした。

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2017年2月12日 (日)

第86回直木賞『蒲田行進曲』『機雷』の受賞作単行本部数

第86回(昭和56年/1981年・下半期)直木賞

受賞作●つかこうへい『蒲田行進曲』(角川書店刊)
29万(受賞約1年で)→?
受賞作●光岡明『機雷』(講談社刊)
10万

 昭和57年/1982年は、1月も7月も芥川賞が該当なし。まる1年間、直木賞だけが活性化した年でした。

 いや、活性化した、と言っちゃいましたが、この年は「出版不振だ」「低迷の時代だ」と悲観の論調が跋扈していた時期にあたり、テレビに出ている人の本か、映画・テレビなどとのミックス戦略がないと売れやしない、ともさんざん言われていた時代。残念ながらその潮流に歯止めをかけたり、あるいは追い風に乗って躍進するような存在に、直木賞がなったわけではありません。

 まず、7月に決まった第87回(昭和57年/1982年・上半期)の受賞作は、深田祐介さんのぶ厚くて長い『炎熱商人』と、さらっと上品で、盛り上がりに欠ける村松友視さんの中篇「時代屋の女房」の二作品です。

 深田さんと村松さん、ともに「ベストセラー」と呼ばれる著作をお持ちの方で、もちろん受賞作そのものも、売れ行きはそこそこ行った雰囲気はあります。しかし、具体的な数字が、いまいちわかりません。

 深田祐介さんの最初の「ベストセラー」、『新西洋事情』(昭和50年/1975年)は北洋社という、なかなかのマイナーどころから出たものが、10万部は軽く超えたらしく、『新西洋~』もさることながら、大宅賞の販促パワーってすごいんだね、などとも言われました。

 その後、直木賞を経て、次にベストセラーと呼ばれることになった『スチュワーデス物語』(昭和58年/1983年)は、こちらは完全にテレビドラマのおかげ(というか、相乗効果?)で、海音寺潮五郎さんあたりがあきれ果てそうな展開ではあったんですが、やっぱり10万部超えを伝える記事があります。

「番組をヒットさせるには出版社新聞社などと提携し、相乗作用を狙えばさらに効果的なことは明らか。単行本の場合、テレビの原作となると、売れゆきが十倍単位で違ってくるから、出版社もかねてから積極的にテレビ化を働きかけたりしてはいたのだが、最近は特にそれが目立つ――。(引用者中略)典型的な成功例は「スチュワーデス物語」(TBS、59年3月終了)。(引用者中略)結果は、テレビドラマは平均20%の視聴率を稼ぎ、原作「スチュワーデス物語」(新潮社)は13万部を売った。」(『読売新聞』昭和59年/1984年8月10日夕刊「テレビToday(16) 出版とのドッキング」より ―署名:山田史生記者)

 『新西洋~』と『スチュワーデス~』に挟まれた『炎熱商人』については、まだ部数の記録を目にできていません。『文藝春秋七十年史』の「単行本の年間ベスト5」では、昭和57年/1982年ベスト5の筆頭に書かれているので、10万部以上は行ったものと思います。ただ、いわば「そこそこ」でもあります。

 村松さんのベストセラー歴のほうは、「時代屋の女房」のまえに『私、プロレスの味方です』(昭和55年/1980年)があり、あとに『アブサン物語』(平成7年/1995年)があるっていう構図で、『アブサン~』が話題のときには、

(引用者注:『アブサン物語』は)発売後およそ二か月で十万部に達し、同氏の直木賞受賞作「時代屋の女房」(八二年)以来の大ヒット作になりつつある。」(『読売新聞』平成8年/1996年2月24日夕刊「「アブサン物語」松村友視著」より)

 とも書かれました。村松さん自身が、自分は「売れない作家」だと自嘲して書いているのを信じれば、たしかに、ほかにそれほど売れた本はなさそうです。

 『時代屋の女房』は、すぐに映画化されたし、角川だし、ずいぶんと売れたものとは思います。だけど、たとえば年間ベストセラーリストなどには姿を見せません。少なくとも単行本の段階での売れ行きは、10万部から15万部に届いていればいいところ、といった様子で、立派なベストセラーではありますが、直木賞史のなかでも、当時の売れ行き良好な文芸書のなかでも、飛び抜けてどうということはない埋ずもれたベストセラーです。

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2017年2月 5日 (日)

第89回直木賞『黒パン俘虜記』の受賞作単行本部数

第89回(昭和58年/1983年・上半期)直木賞

受賞作●胡桃沢耕史『黒パン俘虜記』(文藝春秋刊)
13万9,000

※ちなみに……

第88回(昭和57年/1982年・下半期)芥川賞

受賞作●唐十郎『佐川君からの手紙』(河出書房新社刊)
23万(受賞半月で)37万
受賞作●加藤幸子「夢の壁」収録『夢の壁』(新潮社刊)
8万(受賞1か月で)→?

 もちろん直木賞は、昭和50年代も、さまざまに注目されるマトでした。

 また何週かにわたって、売上げ部数を中心にしながら、この年代の直木賞のことを追ってみます。

 とりあえずこの年代、いまと何がいちばん違っていたか。……といって、直木賞も芥川賞も、どちらも「受賞なし」の結論を出すことにさほど抵抗感が見られず、平気な顔して当たり前のように、受賞作のない回を頻発させていた、ということでしょう。

 直木賞と芥川賞は、扱う対象候補や、ベースとなるメディア領域が違いますから、「受賞なし」の連発を、一概に同じ現象として語るのはおかしいんですが、このころは、どちらの賞も「無理してまで、受賞作を出さなくていいじゃん」という認識下にあったのは、間違いありません。

 第88回(昭和57年/1982年・下半期)は、直木賞は「なし」で、芥川賞だけ受賞作が出ました。

 直木賞のほうは、新人からベテランまで候補者7人。顔ぶれから見れば、誰がとってもよさそうなメンツで、いまなら、誰かには賞をあげていそうなものです。けっきょくその後、4人には直木賞を贈ることになり、残り3人には、直木賞をあげることができませんでしたが、その3人(落合恵子さん、岩川隆さん、森瑤子さん)とも、賞とは関係なく作家の仕事をつづけていって、かなりの業績をのこしました。いわゆる「一発屋」的に候補になった人は、ひとりもいません。

 いっぽうの芥川賞は、あんまり興味がないので無視し……したいところですけど、いまは部数のことをメインに書いているので、少し我慢。いちおう触れておきます。

 何といっても唐十郎さんの『佐川君からの手紙』は、売上げ関連で、芥川賞史に名をのこすことになった一作です。唐さんの有名人性もさることながら、辛気くさい文芸モノには食指が動かない人たちにも関心を抱かせてしまう、その作品内容が注目を浴びまして、ハイスピードで版を重ねます。

 芥川賞受賞作の基準は7万部だとか言われていたところ、ほんの一ト月ぐらいで、20万部を突破。これは第85回(昭和56年/1981年・上半期)の吉行理恵『小さな貴婦人』以来、1年半ぶりのことです(……いや、芥川賞の受賞作そのものが、『小さな貴婦人』以来出ていなかったので、この表現はちょっとアレですけど)。そのあとも順調に伸ばし、最終的には37万部まで行った、と言われています(『AERA』平成8年/1996年1月1日・8日合併号「芥川賞がつまらない」より)。

 そのかげに隠れたのが、加藤幸子さん『夢の壁』です。ワタクシにはこっちのほうが面白い小説だと思うんですが、まず「ベストセラー」として取り上げられることはありません。『新文化』昭和58年/1983年2月17日号によれば、贈呈式が開かれた2月14日までの約1か月で、四刷8万部。おそらく、そこら辺で落ち着いたものと思われます。

 じっさい、芥川賞としても『夢の壁』のほうが標準的な売上げで、そりゃあ、おおむね受賞作はそのくらいのもんでしょう。むしろ、『佐川君~』みたいに、インパクトが当たって20万・30万もいってしまう受賞作のほうが稀です。これまで生まれた全164冊ある「芥川賞受賞作」の単行本のうち、30万部を超えたのは、13冊しかないんですから。売れる売れる、といってもその程度です。

 よくよく見れば、「芥川賞の歴史のなかで、受賞作の発行部数が最も好調だったのが、たぶん昭和50年代ではないか」と推測できるその時代にあっても、やはり売れなかった受賞作は、いまと同じくらい売れませんでした。そして芥川賞ってものは、まず「この賞はスゲエ存在だ」と仮定して、そのスゴくなさを、なるべく激しい罵声で攻撃・批判したほうが明らかに面白いんですが、まあそもそも、ワタクシにはそんな熱意はありません。

 30年くらいまえの、昭和50年代後半の芥川賞でも、10万部に遠く届かない受賞作は、ふつうにあったんだな。と当たり前のことだけ言って、さっさと次に行きたいと思います。

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2017年1月29日 (日)

第131回直木賞『空中ブランコ』『邂逅の森』、第132回『対岸の彼女』、第133回『花まんま』の受賞作単行本部数

第131回(平成16年/2004年・上半期)直木賞

受賞作●奥田英朗『空中ブランコ』(文藝春秋刊)
37万
受賞作●熊谷達也『邂逅の森』(文藝春秋刊)
8万

第132回(平成16年/2004年・下半期)直木賞

受賞作●角田光代『対岸の彼女』(文藝春秋刊)
24万

第133回(平成17年/2005年・上半期)直木賞

受賞作●朱川湊人『花まんま』(文藝春秋刊)
10万

※ちなみに……

第131回(平成16年/2004年・上半期)芥川賞

受賞作●モブ・ノリオ「介護入門」収録『介護入門』(文藝春秋刊)
8万

第132回(平成16年/2004年・下半期)芥川賞

受賞作●阿部和重「グランド・フィナーレ」収録『グランド・フィナーレ』(講談社刊)
8万

第133回(平成17年/2005年・上半期)芥川賞

受賞作●中村文則「土の中の子供」収録『土の中の子供』(新潮社刊)
8万

 前週のつづきです。

 東野圭吾さんが直木賞を受賞した第134回(平成17年/2005年・下半期)は、だいたい10年まえの出来事です。まだ、多くの人の記憶にしっかりと残っています。

 10年まえの直木賞が、どんな状況にさらされていたか。といえば、言うまでもなく、「文学賞なんだからもっと販促効果を上げてくれよ!」と、まわりの人たちから期待(や失望)を受けている頃でした。

 本(小説)が売れなくて元気のない書店員たちが、もっと楽しく働けるような一種の仕掛けとして、本屋大賞の始まったのが平成16年/2004年度(4月発表)。これがいきなり1回目から直木賞をしのぐ売り上げを記録したことで注目を浴びた、……ということからもわかるように、要するに「文学賞は、受賞作が売れてナンボ」程度の切り口で、文学賞のことを語っても、だれも不快に思わない風潮が、すでに日本には広まっていたわけです。

 平成17年/2005年7月、第133回(平成17年/2005年・上半期)が決まったあとに、『週刊金曜日』(平成17年/2005年7月29日号)に広中彬さんの「芥川賞直木賞のつくられ方」が載りました。この記事が、当時の直木賞と芥川賞のことを、出版関係者たちがどう見ていたのか、うまく伝えてくれています。

 この二つの賞はこれまで、「文壇政治」ってやつで権威を維持しながら70年間やってきた、しかし、出版不況が長引く状況下、そんな悠長なことは言っていられなくなった。最近ではとにかく、受賞作を売る=受賞者の話題性、を主催者は狙っている。その象徴が、第130回の綿矢・金原の芥川賞ダブル受賞だった……と、おなじみな見解すぎて、つい眠たくなってしまう、匿名の文芸編集者によるご講義がつづいたあと、こんなハナシが展開されます。退屈だからといって眠らないで、聞いてみてください。

「綿矢・金原など話題作以外、最近の受賞作の部数もおおむね減少傾向にあるのも事実。前出文芸編集者もこう語る。

「綿矢・金原旋風に湧いた前年には現役女子高生の島本理生のノミネートが話題になりましたが結局は落選。選考委員の権威主義が未だ生きていたのか、と批判に晒された。その教訓としての綿矢・金原の受賞という意味合いもあったが、翌第一三一回の直木賞を受賞した熊谷達也の『邂逅の森』などは七万五〇〇〇部しか売れなかった。直木賞受賞作が一〇万部に達しないなんて賞=商売の意味がない」」(『週刊金曜日』平成17年/2005年7月29日号 広中彬「芥川賞直木賞のつくられ方」より)

 ここで発言している「文芸編集者」という人は、頭がおかしいのでしょうか。

 いや、おかしいはずはありません。おそらく本気で、直木賞は10万部に達しなければ意味がない、と考えていた、出版不況を憂う(そして文学賞に対して、どんなことでもケチをつけておきたい)標準的・常識的な人なんだろうと想像します。

 「直木賞も芥川賞もね、べつにこのままでいいんだよ」とか言うより、「これらの賞には問題がある! 権威は崩壊した! 話題性ばかり追ってる! 売れない!」と叫ぶほうが、発言として派手です。「何か言っている」感は、確実に醸し出すことができます。おそらくまわりからの共感も得られやすいんでしょう。

 でも、重要なのは、この時期ほんとに「おおむね減少傾向にあるのが事実」だったのか、だと思います。

 まずは、いつもどおり、直木賞のほうから。以下、単行本の部数は、このころの受賞作の部数を一覧で紹介した『朝日新聞』平成18年/2006年7月15日「芥川賞・直木賞、なぜ注目? 受賞作からミリオンセラーも」を中心として、『出版年鑑』の記述なども参考にしました。

 とりあえず、『週刊金曜日』の「文芸編集者」みたいに、綿矢・金原旋風の売り上げの話題を持ってきといて、いきなり熊谷達也さんの『邂逅の森』を指摘するのは、どう考えても卑怯(っつうかマト外れ)だと思うんですけど、第131回は、『邂逅の森』が8万部、奥田英朗『空中ブランコ』は37万部だった、と言われています。

 37万部というのは直木賞のなかでも、「かなり売れた」部類です。毎回・毎作、受賞作がこのくらい売れていれば、直木賞もスゴいものですが、こういうのは、たまにしかありません。

 第132回の角田光代『対岸の彼女』が24万部。第133回朱川湊人『花まんま』が10万部。そして、前週のエントリーで取り上げた、第134回『容疑者Xの献身』66万部、第135回『まほろ駅前多田便利軒』12万部、『風に舞いあがるビニールシート』11万部……とつづいていきます。

 この流れを見て「減少傾向にある」と解釈するのは、やっぱり、こじつけでしかありません。

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2017年1月22日 (日)

第134回直木賞『容疑者Xの献身』以降、第144回『漂砂のうたう』『月と蟹』までの受賞作単行本部数

第156回(平成28年/2016年・下半期)

直木賞●恩田陸『蜜蜂と遠雷』(幻冬舎刊)
初版1万5,000部→受賞前7万部→受賞後27万部→?
芥川賞●山下澄人「しんせかい」収録『しんせかい』(新潮社刊)
受賞前3,500部→受賞後5万3,500部→?

第134回(平成17年/2005年・下半期)

直木賞●東野圭吾『容疑者Xの献身』(文藝春秋刊)
50万(受賞半年で)66万
芥川賞●絲山秋子「沖で待つ」収録『沖で待つ』(文藝春秋刊)
7万(受賞半年で)→?

第135回(平成18年/2006年・上半期)

直木賞●三浦しをん『まほろ駅前多田便利軒』(文藝春秋刊)
12万
直木賞●森絵都『風に舞いあがるビニールシート』(文藝春秋刊)
11万
芥川賞●伊藤たかみ「八月の路上に捨てる」収録『八月の路上に捨てる』(文藝春秋刊)

第136回(平成18年/2006年・下半期)

芥川賞●青山七恵「ひとり日和」収録『ひとり日和』(河出書房新社刊)
初版(受賞後)4万部→受賞後21万

第137回(平成19年/2007年・上半期)

直木賞●松井今朝子『吉原手引草』(幻冬舎刊)
初版8,000部→受賞後12万1,000
芥川賞●諏訪哲史『アサッテの人』(講談社刊)
初版(受賞後)4万5,000部→5万8,000

第138回(平成19年/2007年・下半期)

直木賞●桜庭一樹『私の男』(文藝春秋刊)
22万
芥川賞●川上未映子「乳と卵」収録『乳と卵』(文藝春秋刊)
11万

第139回(平成20年/2008年・上半期)

直木賞●井上荒野『切羽へ』(新潮社刊)
9万
芥川賞●楊逸『時が滲む朝』(文藝春秋刊)
初版(受賞前)8,000部→受賞後9万

第140回(平成20年/2008年・下半期)

直木賞●天童荒太『悼む人』(文藝春秋刊)
初版10万部→受賞後30万
直木賞●山本兼一『利休にたずねよ』(PHP研究所刊)
25万
芥川賞●津村記久子「ポトスライムの舟」収録『ポトスライムの舟』(講談社刊)
6万7,000

第141回(平成21年/2009年・上半期)

直木賞●北村薫『鷺と雪』(文藝春秋刊)
10万
芥川賞●磯崎憲一郎「終の住処」収録『終の住処』(新潮社刊)
16万1,000

第142回(平成21年/2009年・下半期)

直木賞●佐々木譲『廃墟に乞う』(文藝春秋刊)
初版2万部→受賞後11万
直木賞●白石一文『ほかならぬ人へ』(祥伝社刊)
初版2万部→受賞後15万

第143回(平成22年/2010年・上半期)

直木賞●中島京子『小さいおうち』(文藝春秋刊)
11万1,000
芥川賞●赤染晶子「乙女の密告」収録『乙女の密告』(新潮社刊)
5万8,000

第144回(平成22年/2010年・下半期)

直木賞●木内昇『漂砂のうたう』(集英社刊)
8万5,000部→?
直木賞●道尾秀介『月と蟹』(文藝春秋刊)
10万5,000部→?
芥川賞●朝吹真理子『きことわ』(新潮社刊)
初版(受賞後)5万部→14万
芥川賞●西村賢太「苦役列車」収録『苦役列車』(新潮社刊)
初版(受賞後)5万部→19万

(以上すべて受賞作)

 先週1月19日に第156回の結果発表がありましたが、直木賞はこれからが本番(?)。授賞式があり、選評が発表され、また増刷分の単行本が全国の書店に流通することになって、さてどれほどの売り上げを叩き出すか……というお楽しみが待っています。

 さっそく芥川賞のほうは、読売新聞調査研究本部の渡辺覚さんが、大手出版社の文芸編集者の、「10万部超えは確実」だという予想を紹介しています(「祝・芥川賞 山下澄人「しんせかい」を読み解く」より)

 受賞が決まったばっかりなのに、どれぐらい売れるかという下世話な話題でオチをつける、かなり末期的な芥川賞脳を披露してくれていて心強いです。ぜひ、『蜜蜂と遠雷』も読み解いていただければと願っています。

 とまあ、『蜜蜂~』ですが、こちらこそ10万部は固いところ。いや、この圧倒的な評判のよさから、20万部は超えるのが自然かもしれず、4月の本屋大賞次第では、『ホテルローヤル』以来の50万部突破も夢じゃない。さらに映画化とかの話題が続けば、『鉄道員』を抜いて、直木賞史上トップ1に立てるかも!?

 (とりあえず、受賞後一発目の重版で、27万部だそうです。

 下世話な夢は広がるばかりですね。

 それで、うちのブログでは「だいたい直木賞受賞作はどのくらい売れるのか」というハナシを半年以上続けているんですが、前回155回の直後には、145回~155回の分を調べてみました。今週は、そのまえのだいたい5年分について取り上げて、「最近10年の受賞作部数の動向リスト」を完成させておきたいと思います。

170122

 各部数の典拠は、

  • 『東京新聞』平成23年/2011年2月22日夕刊…木内昇『漂砂のうたう』、道尾秀介『月と蟹』
  • 『2011出版指標 年報』平成23年/2011年4月…佐々木譲『廃墟に乞う』、白石一文『ほかならぬ人へ』、中島京子『小さいおうち』
  • 『2010出版指標 年報』平成22年/2010年4月…天童荒太『悼む人』、山本兼一『利休にたずねよ』、北村薫『鷺と雪』
  • 『朝日新聞』平成22年/2010年11月24日…井上荒野『切羽へ』、森絵都『風に舞いあがるビニールシート』、三浦しをん『まほろ駅前多田便利軒』、東野圭吾『容疑者Xの献身』
  • 『2009出版指標 年報』平成21年/2009年4月…桜庭一樹『私の男』
  • 『2008出版指標 年報』平成20年/2008年4月…松井今朝子『吉原手引草』

 といったところをベースにしています。

 また、『悼む人』の初版部数については、このブログのコメント欄で教えていただいた『創』のバックナンバーに当たり、当時、文春の第一出版局長だった庄野音比古さんの談話、

(引用者注:平成20年/2008年の)後半は東野(引用者注:圭吾)さんの本もそうですが、天童荒太さんの『悼む人』も初版10万部というスタートだし、1月には村山由佳さんの『ダブるファンタジー』、小川洋子さんの長編も出ます」(『創』平成21年/2009年2月号 篠田博之「出版社の徹底研究 東野圭吾旋風で文藝春秋書籍部門の勢い」より)

 を採りました。

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2017年1月20日 (金)

第156回直木賞(平成28年/2016年下半期)決定の夜に

 直木賞には猛省をうながしたい!

 いったい、この候補作の並びに、『蜜蜂と遠雷』などという、だれが見たって受賞するでしょと言う以外にない小説を、入れなきゃいけなくなってしまった責任は、当然、過去の直木賞にあります。超能力の登場に抵抗感があるだの、オチのよくわからない展開だの、そんなことに気をとられすぎて、ここまで引き延ばしてしまった結果、熾烈な当落に向けての議論にもいたらず、しゃんしゃんと、だいたいの人が想像したとおりの受賞回になってしまいました。

 もっとダイナミックな展開が、直木賞には欲しい。というのが、一観客でしかないワタクシの望みです。これが直木賞、ってもんなんでしょうけど、もうちょっと事前にワクワクドキドキさせてくださいよ、頼みます。奮起せよ、直木賞。

 ……とは言いながら、『蜜蜂~』と同じ土俵に上げられてしまった候補作の数々も、本命ではなかった、ってだけのこと。べつに、読むに値しないクソな作品、というわけではありません(当たり前だ)。あげ遅れの人にようやくあげたと思ったら、同時にまた、あげ遅れの候補者を生んでしまう、という悲しさから、ひとまず目を背けて、やっぱり直木賞の候補作には、どれも楽しませてもらいました。

 『蜜蜂~』が本命ならば、逆・本命は『十二人の死にたい子どもたち』だったと思います。これまでの直木賞の性格からして、まず評価される状況が想像できない、ミステリーの約束事にのっとったうえに、最初から最後まで特殊な環境のなかでのハナシを貫く、冲方丁さんの、この潔さ。そこまで直木賞が歩み寄る日がくることを、はるか夢に見たりしますが、まあ冲方さんは、直木賞の動向など気にせず、ブレずに潔く書きつづけていってくれるんでしょう。頼もしい人です。

 ブレない、と言ったら、そりゃ森見登美彦さんを思い浮かべないわけにはいきません。いいじゃないですか、『夜行』。前の候補のときとは、ちょっと読み心地は違えども、あいかわらず、「直木賞っぽくない小説で、直木賞の候補になる」その堂々たる風格、健在です。確実に、「あげ損ね」作家のひとりなので、いつか直木賞のほうが「これまでスミマセンでした」と頭をさげて賞を差し出す日がくるんでしょうが、そのときの受賞作も変わらず、「直木賞っぽくない小説」であったら、うれしいなあ。

 垣根涼介さんの『室町無頼』が、選考会でずいぶん好評だった、と報道で知り、かなりほくそ笑んでいます。そうとうな気合が生身に伝わる、アッツい小説でしたからねー。体裁やバランスなんてクソくらえ、って感じの骨っぽさが、お上品な直木賞の水には合わなかったのかもしれませんけど、勇ましく既成のものをぶっつぶすぐらいの作品で、またふたたび、候補の場に戻ってきてほしいです。

 そして『室町無頼』と並んで、須賀しのぶさんの『また、桜の国で』も、授賞するかどうかで最後まで議論が交わされた、とのこと。こういうところで授賞の判断を下せればなあ、あげ遅れ案件が、ひとつでもふたつでも減らせるのになあ……とは思うんですが、あげ損ねを増やして歴史をつむいできたのが直木賞の特徴でしょうから、しかたありません。『また、桜の国で』は、実直でストレートで、でもエンタメに必須なサービス精神を忘れない作者の思いのこもった良作だと思います。

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2017年1月15日 (日)

まもなく平成28年/2016年度の出版界のお祭りなので、5つの小説の順位を予想する。

 今週は、みなさんごぞんじの大きな文学賞イベントがあります。この時期、日本中の小説好きたちが、ほぼ全員そこに注目している、と言ってもいいでしょう。

 なので、通常のブログテーマはひとまずお休み。ここはストレートに、その賞のゆくえを展望するような、予想のハナシでいこうかと思います。

 そうです。1月18日(水)が、いよいよ目前にせまってきました。毎回、数多くの読書家たちがかたずをのんで、その発表の瞬間をドキドキしながら待ち望む、出版界最大のイベント。本屋大賞のノミネート作品発表です。

 すでにネット上では、mmmichyさんをはじめ、いったいどの作品がノミネート作に選ばれるのかと、予想につぐ予想で盛り上がっていますが、それはもう、あらためて紹介するまでもありません。ワタクシのまわりにも、「この日を楽しみに一年を過ごしてきたんだ!」という人が、たくさんいます。もはや世間は、本屋大賞の話題でもちきりです。

 本屋さんたちが、どんな作品を選ぶのか。そして、自分の好きな小説が、どのくらいの順位になるのか。想像するだけで、期待と不安で胸がはちきれそうです!

 ということで、うちのブログでも、本屋大賞の順位を予想してみよう。と思ったんですが、なにしろこっちは、世間の本屋さんほど、たくさん小説を読んでいるわけじゃありません。ふとまわりを見回したところ、いまワタクシの机のうえに、たまたま小説が5冊置いてあったものですから、とりあえず、これらについてだけ、どのくらいの票が入りそうか予想することにしました。

■恩田陸『蜜蜂と遠雷』(平成28年/2016年9月・幻冬舎刊)

予想 1次投票1位→最終3位
過去のランキング(1次投票)→最終
2005年 1位)→1位 『夜のピクニック』
(43位) 『Q&A』
(164位) 『蛇行する川のほとり』
2006年 (48位) 『蒲公英草紙 常野物語』
(55位) 『ネクロポリス』
2007年 19位 『チョコレートコスモス』
(54位) 『中庭の出来事』
2008年 (113位) 『木洩れ日に泳ぐ魚』
2009年 (115位) 『きのうの世界』
(178位) 『不連続の世界』
2010年 (64位) 『ブラザー・サン シスター・ムーン』
(85位) 『訪問者』
2011年 (239位) 『私の家では何も起こらない』
2012年 (89位) 『夢違』
2014年 (291位) 『夜の底は柔らかな幻』
2015年 (243位) 『雪月花黙示録』
2016年 (156位) 『消滅 VANISHING POINT』

 今年度の1位はこれなんだろうなあ。と思いながらも、さんざん迷いました。

 本屋大賞は、何だかんだで、もう14年目です。「この人は、前にも1位になっているし……」と考えて一票をためらうような投票者心理も、そろそろ薄れてきているものと思います。

 だけど、すんなり大賞をとるかと言うと、やはり不安が残ります。なにせ、この作品には、これから2次投票が締め切られるまでのあいだに、他の文学賞をとってしまう可能性がある、という最大の障壁があるからです。

 「すでに別の賞をとって注目されている小説に、重ねて授賞www 本屋大賞、終わったなwww」などと、みんなからガンガン叩かれることが目に見えているのに、票を投じることのできる勇気ある書店員が、いったいどのくらいいるんでしょうか。それを考えると、平和に生きていきたい本屋さんもけっこういると思うので、最終的には、多少順位を落とすのではないか、と思いました。

■森見登美彦『夜行』(平成28年/2016年10月・小学館刊)

予想 1次投票4位→最終4位
過去のランキング(1次投票)→最終
2005年 22位 『太陽の塔』
2006年 (33位) 『四畳半神話大系』
2007年 2位)→2位 『夜は短し歩けよ乙女』
20位 『きつねのはなし』
2008年 3位)→3位 『有頂天家族』
16位 『新釈 走れメロス 他四篇』
2009年 (67位) 『美女と竹林』
2010年 16位 『恋文の技術』
17位 『宵山万華鏡』
(132位) 編『奇想と微笑 太宰治傑作選』
2011年 3位)→3位 『ペンギン・ハイウェイ』
2012年 (105位) 『四畳半王国見聞録』
2014年 9位)→9位 『聖なる怠け者の冒険』
2016年 20位 『有頂天家族 二代目の帰朝』

 これも、上位のランクインは固いですよね。当然かもしれません。

 本屋大賞の前哨戦ともいわれるのが「キノベス!」ですけど、そちらでも着実に4位につけていました(ちなみに『蜜蜂と遠雷』は第3位)。当然、大量の部数がすでに市場に出まわってもいて、逆にこれが上位に挙がらなきゃおかしい、というくらいの評判作です。

 いよいよ森見さん、大賞ウィナーの仲間入りか! と期待しているところですが、そうは単純に着地しそうにない世界観が、この作品の魅力だとも思います。

 「これまでの実績を加味して」とかいう、腐りきった投票行為が許されるような文学賞とは違って、本屋大賞は、ひとつひとつの作品に対する判断と推薦が基本(……ですよね?)。ひきこまれる読者にとっては絶品でも、そうでもない人にとってはそうでもない、という森見作品の長所が存分に発揮された作品と見て、少し遠慮して4位と予想しました。

■須賀しのぶ『また、桜の国で』(平成28年/2016年10月・祥伝社刊)

予想 1次投票19位
過去のランキング(1次投票)
2010年 (72位) 『芙蓉千里』
2011年 (64位) 『神の棘』
2015年 (190位) 『ゲームセットにはまだ早い』
2016年 (35位) 『革命前夜』
(72位) 『紺碧の果てを見よ』
(142位) 『雲は湧き、光あふれて』

 うーん、難しい。

 難しいので、去年の『革命前夜』の得票を参考にしました。そして、それよりは上に行ってもいいじゃないかと、ワタクシの希望も込めてトップ20入り、という予想です。

 祥伝社の本は、これまであまりトップ20に入ったことがなく、平成20年/2008年度(森見さんの『新釈 走れメロス 他四篇』)から8年も出ていない、というのが気がかりではありますが、そういうこととは関係なく、書店員さんはしっかりこの作品を評価して、投票しているはずだ。投票していてほしい。と信じたいです。

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2017年1月 8日 (日)

第90回直木賞『私生活』「秘伝」の単行本部数

第90回(昭和58年/1983年・下半期)直木賞

受賞作●神吉拓郎『私生活』(文藝春秋刊)
11万5,000
受賞作●高橋治「秘伝」所収『秘伝』(講談社刊)
10万部前後

※ちなみに……

第90回(昭和58年/1983年・下半期)芥川賞

受賞作●笠原淳「杢二の世界」収録『杢二の世界』(福武書店刊)
10万部前後
受賞作●高樹のぶ子「光抱く友よ」収録『光抱く友よ』(新潮社刊)
10万部前後

 第90回の直木賞は昭和59年/1984年1月に決まりました。対象期間は、昭和58年/1983年・下半期です。

 受賞したのは、芥川賞も含めて、定員いっぱいのぎっしり4人。受賞者がひとりだろうが何人だろうが、売り上げに跳ね返るわけじゃないんでしょうが、興行としては、写真や画面にうつっている人数の多いほうが、とりあえず盛り上がっている観は醸し出せます。おそらく盛り上がったんでしょう。全然おぼえていません。

 いや、単純に考えても、芥川賞はともかく、この二人が直木賞を受賞して、騒ぎや祭りになる気がまったくしません。「直木賞なんて、完全におっさんのための、時代遅れな文学賞だよな」ぐらいの感想をもたれたって、しかたないと思います。

 それで受賞した作品が、娯楽として楽しめるものなら、まだハシャギようもありますが、これがまた二作とも、途轍もなく地味すぎる小説でした。ほんとに直木賞というのは、変な賞です。

 また今回も、『出版月報』の記事から、当時の観測を引かせてもらいますが、こう言われています。

「芥川・直木賞は受賞作品は、既刊の「私生活」以外は2月新刊ですが、例年に比べてややもの足りず、各版元とも部数は慎重です。」(『出版月報』昭和59年/1984年2月号より)

 既刊だった神吉さんの『私生活』は、初版が昭和58年/1983年11月ですが、当然といおうか、重版の声がかからないなかで1月の選考会を迎え、受賞してから2刷が決まりました。

 この本が、どのくらいの部数まで行ったのか。『創』昭和62年/1987年10月号[9月]に記載されています。

 昭和58年/1983年度の、文春の単行本ベスト・ファイブで第4位にランクイン。……11万5,000部だそうです。

 地味な作品の割りには堅調な動きじゃないか、と言ってしまいましょう。この年の文芸書ベストセラ―に加わるほどの大部数ではなかったものの、10万部をわずかながら超えて、直木賞受賞作に期待されている最低ラインの責任(?)は果たしました。

 おそらくそのままなら初版(きっと1万部にも満たない部数)で終わったかもしれない、技と気品のある作品集を、これだけ売れさせるのだから、十分な効果だし、さすが直木賞ですよね。

 と、ふつうの感覚なら、そう考えると思いますが、あわよくば20万部、30万部ぐらいのベストセラーを求める貪欲な商売人たちにとっては、やはり、もの足りなかったかもしれません。要するに、よく言われるように、「直木賞・芥川賞に対する周囲の期待は、いつでも過剰」ってやつです。

 『私生活』以外の他の3作も、とくべつ爆発することなく、まあ、そこそこだったらしいです。

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2017年1月 1日 (日)

第95回直木賞『恋紅』の単行本部数

第95回(昭和61年/1986年・上半期)直木賞

受賞作●皆川博子『恋紅』(新潮社刊)
初版7,000部→7万(受賞約1年で)

 今日は正真正銘、一切、季節や時流とは関係のない直木賞のハナシに徹したいと思います。

 昭和60年代です。20万部を超える受賞作がぽつりぽつりと生まれるなかで、とくに大きく売れたというハナシを聞かない受賞作のひとつに、第95回(昭和61年/1986年・上半期)の皆川博子さん『恋紅』があります。

 このころ、芥川賞のほうは〈該当作なし〉がけっこう頻発しました。つまり受賞決定後に、直木賞だけ書店に華々しく並べられる、っていう機会が何度もあったわけです。ライバルとなる受賞作がない。直木賞にとっては、売り上げを伸ばす絶好のチャンス! だったかもしれません。

 だけど、直木賞だけしかないから直木賞が売れるのか。というと、どうやら、そんなことはないみたいです。

 『恋紅』について、まず初版の部数ですが、7,000部だったといいます。

「『恋紅』は初版が七千部。二刷二万部、三刷三万部の増刷が決定した。」(『週刊文春』昭和61年/1986年8月7日号「行くカネ来るカネ 私の体を通り過ぎたおカネ」より)

 だいたい標準的な初版刷り部数だと思います。受賞してから、すぐに2万部、さらに3万部、という増刷具合もおそらく、直木賞の通例どおりです。昭和61年/1986年7月から数か月、たった一作の「直木賞受賞作」として広く全国の書店店頭におかれましたが、販売状況は、かなりイマイチでした。

 そもそも時代小説の受賞作は、大して売れない。っていうジンクスが出版界を席巻してもおかしくないくらい、直木賞の時代小説は、(売り上げ的に)厳しいものがあります。なので、これは仕方ありません。

 8月の市場概況をレポートした『出版月報』9月号では、はっきり「直木賞の「恋紅」は伸びなやみ。」と書かれ、翌年の『出版指標 年報1987』(昭和62年/1987年3月)にいたっても、部数はさほど伸びなかったことが明らかにされました。

 その数、7万部。……当時の直木賞受賞作などと比べても、ほぼ最低水準と言っていいです。

 しかし、だいたい文芸出版の住人たちは、芥川賞のことが大好きなので、わざわざ直木賞に注目して「直木賞のくせに売れないでやんの」などと口汚く攻撃する手はほとんどなく、〈芥川賞は該当なしばかりでもう駄目だ〉だの、〈選考委員に女性を入れろ〉だの、そっちばかり盛り上がって、楽しそうにしていました。

 うらやましい話です。

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2016年12月25日 (日)

第119回直木賞『赤目四十八瀧心中未遂』、同回芥川賞「ゲルマニウムの夜」「ブエノスアイレス午前零時」の単行本部数

第119回(平成10年/1998年・上半期)直木賞

受賞作●車谷長吉『赤目四十八瀧心中未遂』(文藝春秋刊)
9万4,000

※ちなみに……

第119回(平成10年/1998年・上半期)芥川賞

受賞作●花村萬月「ゲルマニウムの夜」収録『ゲルマニウムの夜』(文藝春秋刊)
10万部→?
受賞作●藤沢周「ブエノスアイレス午前零時」収録『ブエノスアイレス午前零時』(河出書房新社刊)
24万(受賞1年で)

 こないだ、せっかく新しい回の候補も発表されたことだし、何か第156回(平成28年/2016年・下半期)とからめたブログ記事にしたほうがいいんじゃないか。

 と思ったんですけど、無理やりつなげようとすると、だいたい失敗するので、いつもどおり何げない過去の受賞作の部数のことだけ調べたいと思います。

 それで第156回は、候補の段階では、なかなか「これだ!」という目玉の話題に乏しいラインナップだと思うんですが、そのなかでも強いて注目点をさがすとすれば、宮内悠介さんの芥川賞候補入り、っていうことになるでしょうか(……まあ、そこに注目するのは、こっちが直木賞偏愛者のせいだからかもしれませんけど)。

 最初、芥川賞候補だった人が、転じて直木賞のほうの候補になる例は、過去をみても腐るほどあります(いや、腐るほどはないか)。逆に、はじめは直木賞の候補だったのに、その後に芥川賞候補に、という経緯をたどった人は、長い両賞の歴史でも7人しかいません。

 そのまま芥川賞を受賞した松本清張さんや津村節子さん、けっきょく最後は直木賞に戻されて受賞した和田芳恵さんのほか、どちらも受賞できなかった4人が誰なのかは調べてもらえればすぐ出てくると思います。宮内さんで8人目です。

 8例目なんだから大して珍しくない……っていうことかもしれません。だけど、こういうことでも多少の盛り上がりのネタにしたがるのが、悲しき直木賞・芥川賞脳の思考回路ってやつで、ほんとに自分でも悲しくなるんですが、今日はこの「たった二つの文学賞にすぎない直木賞←→芥川賞の、結果の組み合わせでピーピー盛り上がった」第119回(平成10年/1998年・上半期)の、部数のハナシでいくことにします。

 ……と、けっきょく、無理やりつなげようとしてしまいました。つなぎの甘い部分は、気にせずに、先に進みますけど、まずは第119回の芥川賞です。

 二つ選ばれた受賞作のうち、いちおう話題の一端を担ったのは、「ゲルマニウムの夜」の花村萬月さんでした。

 エンタメ作家が、仕事の一環でたまたま『文學界』に短編を書いたところが、それが芥川賞になるなんて、いったい「純文学の新進作家を発掘する」という創設の理念はどこに行っちまったんだ! と気炎をあげた芥川賞マニアは、当時も少なくなかったと思います。

 文芸のボーダーレス化、ビッグバン、クロスオーバー、その他なんでもいいんですけど、第119回の受賞後に(主に直木賞・芥川賞脳をもった出版関係者界隈で)盛り上がった結果の、いっぽうは花村さんで、もういっぽうは直木賞の車谷長吉さんでした。

 何しろ、マスコミがばんばん取り上げてくれます。『ゲルマニウムの夜』の発売は9月中旬と、ちょっと遅めになりましたが、どこまで売り上げを伸ばしてくれるかと、やはり期待されたそうです。

「出版界では「大衆文学の直木賞に比べ純文学の芥川賞は売れない」というのが定説だ。ボーダレス化は作品のヒット指数も変化させるだろうか。今回の取材ではおしなべて「花村氏の今後に期待」という声が聞かれた。」(『日経エンタテインメント!』平成10年/1998年10月号「TOPICS 芥川賞は直木賞より売れるようになるか?」より)

 車谷さんの『赤目四十八瀧心中未遂』のほうも、純文芸誌への連載をまとめたものにしては、受賞前に一度、重版がかかっていて、まずまずの動きでした。こちらも、受賞効果を受けて、さらに爆発してもおかしくはなかったと思います。

 ところがです。両書とも、その後はあまり芳しい売れ行きの話題が聞かれません。

 『ゲルマニウム~』は、事前の期待感から、どっと10万部程度までは刷られたらしいですが、その後の伸びに欠き、「話題になった割りには……」という感じで収束してしまいます。

 『赤目~』のほうもやはり、話題ばかりが先行といった観は否めず、9万部ぐらいまで行ってピタッと頭打ち。『読売新聞』平成28年/2016年2月1日夕刊の「ロングセラーの周辺」で紹介された折りにも、単行本は9万4,000部だった、ということなので、はっきりいえば、直木賞受賞作のなかでも、そんなに売れなかった部類に属します。

 どちらも、売り上げの面では、かなり盛り下がる結果に終わりました。

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